第11羽 速水 ①ジョーカー -1/4-
今回時間が少し戻ります。
例によってキャプションは編の最後に付けるので楽しみに?しておいて下さい。
ホームを出た速水は英語で歌を口ずさんでいた。
カラスが鳴いたらかえりましょう。
このフレーズを繰り返す子守歌だ。
今日は近道は通らずに普通に帰る。だって犬が沢山ついてきているし。
今はハシボソカラスを通り越して、悪魔がギーギー鳴いている。
これは『繰り返し』の前兆だ。恐ろしい叫びに寒気がする。
着込んでいても寒くて、速水は二の腕をさすった。赤いマフラーを引き上げる。
二月二十四日。冬は過ぎたはずなのに、ロスは過ごしやすいはずなのに。
俺もいよいよ駄目か。
速水は笑った。
エリックが原因を教えてくれた。
そんな馬鹿な、って話だった。
「…なあ。ウルフレッド」
速水は犬に声を掛けた。
「わん?」
ウルフレッドは今日も犬だった。
バウ?って。──もうだめだなコイツ。人間やめてる。速水はさすがに嫌になった。
「お前、一応まだジョーカーの手下だろ?」
速水はフェンスの側で立ち止まった。
近道はすぐそこだったが、前述の理由で、回り道をしてこちら側へ来た。ホームが少し遠くに見える。
速水は笑った。
「やっと分かった。俺の目指す世界平和の方向性。俺のやり方が。ウルフレッド、俺の答えが聞きたいか?」
「もちろん!!是非聞きたいわ!!」
ウルフレッドは、いきなり、意外にハッキリそう言った。身を乗り出す。
世界平和。この言葉が一番彼には効果がある。
「そうか―、じゃあ言うけど」
レオンみたいな言い方で速水は言った。
「俺は、お前に一度、世界平和に必要なのは愛だって言ったな。あれも多分間違ってはいないけど、多分、お前が欲しがってた答えじゃないよな。あの時絶対、お前、内心俺を馬鹿にしてたろ」
速水は少し疲れたので、フェンスにもたれかかる。
「まあ、そうよ。…でもでもでも!イイエ!!今はちょっと正しかったのかもって思うから、ねえだからご主人様!!お願い!電話も許して欲しいの──!!アビーちゃんのお電話番号教えて!」
今朝もコイツはそればかり言っていた。
「どうしようかな…」
「お願い!ご主人様!!」
「じゃあ、おすわり」
「サー!イエッサー!!」
速水が言うと、犬よろしく、ウルフレッドはさっと跪いた。
そう言えば、速水はウルフレッドを勝手にお姉系の人物だと思っていたが、実は彼の使っている英語は丁寧と言うだけでそっち系ではない。
ノアの時のように、第一印で適当に決めるとこうなる。ノアはむかつくやつかと思ったら意外に素直で良い奴だったし。
速水は脳内翻訳を色々間違えた、と思ったが、まあ今更もうどうでも良いと思い直した。
速水は顎に手を当てた。
…やはりウルフレッドはアビーに本気らしい。なんだゲイじゃなかったのか?
だがアビーとウルフレッドは出会ってまだ二ヶ月だ…。
「それは多分まだ早い──、そうだな。お姉系の日本語覚えたら許可してやる。で俺の目指す世界平和のやり方だけど。まず、適当に人類を百人以下にする。核兵器は面倒だからやめて、ミサイルと銃?をつかって。金はあるし…そろそろ始めようかな。エリックにヤバイウィルス開発してもらうのも良いな。あいつマッドサイエンティストだし余裕だろ…」
どこかで聞いた事を適当に言ってみたら、速水は何だか『世界征服』が出来そうな気がしてきた。
今日は…たぶん、世界をぶっ壊し始めるには丁度良い日だ。
…まあ、やらないな。
だって俺のいるこの世界は、もうズタズタに壊れてるから。
俺がそんな事しなくても人は死んでいく。そして滅んでいく。
百億年、一億年、千年、一年。そのくらい後、人類が地球にいる保証なんて何処にも無い。
…地球も無くなってるかもしれない。
「残りが百人だと少ないか。でも、世界平和に必要なのは、犠牲だ。この世界の人口がそれくらいになったら、きっとみんな、ああ、あれが平和だったんだって気づいて、お前くらい必死で平和を目指すんだろうな…その後、結局もめて滅ぶかも知れないけど」
速水はそう言って笑った。
むしろ滅べ。速水は心のどこかでそう思った。
安っぽい考え──これが自分の思考なのか、散々聞かされて思い込んだだけなのか。
速水には分からない。
でも、ダンスで世界平和。できたら良いよな。
いや、やっぱり不可能だ。やめとこう。
俺はダンスが出来ればそれでいい。
こんな、ただのお気楽ダンサーの速水より、金が欲しいネットワークより、傭兵だったウルフレッドの方がずっと偉いと思う。
自分の物か分からない平和への健全な思考に、ウルフレッドの行動は全く矛盾しない。
気に入らないやつらは、ぶっ殺せば良いのだ。皆がそう言っている…。
今も、カラスが鳴いている。速水の知らない鳥も沢山。
速水に見えないだけで、皆に聞こえないだけでこのフェンスの上とか…網の間とかにきっと色々な鳥があつまっているのだ。
速水はもたれたままフェンスを握った。
…可愛いさえずりが聞こえた。今、小鳥が羽ばたいて逃げたりしたのだろうか?
ここは風が良く通る。
多分、普通のちゃんと固い壁でしっかり守られた皆と違って、速水の周りだけ、こんな風通しの良いフェンスで囲まれていて、だからいつも騒がしいに違いない。
鳥達は意外に小さいので、フェンスの隙間を通れるし、もし上が空いていたらもちろん飛んで来られるし、フェンスの下だって余裕だし。ただ、有刺鉄線には当たらないで欲しい。
あ、カラスならくちばしで器用に外せるかな。カラスは、それを巣にするくらい逞しいかもしれない…。
速水は笑った。
「だから、だれが何と言おうと、お前は世界平和に貢献したんだ。お前が殺した誰がお前を許さなくても、俺はお前をたたえるし、尊敬するし。愛してやる──犬としてだけどな。お前は今まで良くやったよ。──この世界の誰より平和的だ。…これで納得いったか?」
犬はポカンとしている。
はぁこいつ何アホな事を言ってんだ、そんな目で見上げている。
そして犬は溜息をついた。
「──貴方って、馬鹿なのね。…それで?…『あら!?じゃあ私は良い事したのかしら?』なんて言う訳無いわよ。私にとって過去はもう過去。何時までも引きずったりしないわ…笑っちゃうわ!いや怒るわよ!!この===なクソガキ!」
そんな事を言われて、速水は苦笑するしか無かった。
戸惑っているらしいウルフレッドが久々にカタカタ笑い出した。
やっぱり、コイツは優しい。
元気づけようとしているのかもしれないし、また、アンダーの時のように助けてくれようとしているのかもしれない。
速水はあの頃から、それなりに彼を信用していた。
速水は楽しそうに笑った。
レオンが言ってたけど…確かに、俺は少し丸くなったかもしれない。
「サク・ハヤミ!あなた、そんなんじゃ、ジョーカーには勝てないわよ!」
犬は激怒『したい』らしい。
速水にはよく分からないが…最近この犬は何だか色々考えているらしい。
将来の事とか、アビーとの人生設計とかだろうか?
この前、速水が広い犬小屋買ってやると言ったら飛び跳ねて喜んでいた。
「…分かってるよ。俺はジャック。ただの捨て札…。ウルフレッド、これからはレオンに協力してやってくれ」
『…それでいいのか?』『もっと頑張りなさい。全然駄目』
声が聞こえて速水は振り返った。もっとガンバレって、もう良いよ。
…壊れかけたフェンスの下には汚れたどぶ川がある。速水はあのコンクリートの、内側の落書きは誰がどうやって描いたんだろうと思った。
やっぱり、もう一生…俺に自由は無い…。欲しかったな。自由。
けど無くても良いのかも知れない。このまま、死んでいけるなら。
ジサツしなくて済むなら、それでバンザイだ。…きっと幸せだ。
死だって一つの解放だ。しかもこれは永遠の静けさが手に入る。
ってどっかの宗教だな。
速水はポケットから携帯を取り出す。
「これアビーの番号。前払いだから、頑張って日本語覚えろよ。彼女と上手く行くと良いな」
「―~、はい!!ご主人様!!」
ウルフレッドはやや迷った末に飛びついて来た。
こいつの本性が犬で良かった。速水は心底そう思った。
■ ■ ■
時間だ。と他の犬に促されて、速水は犬小屋に戻った。
ここは元々速水が自分で住むために借りた部屋だが、速水は今、監視され犬同然の扱いなので、犬小屋で間違い無い。
「ただいま」
緑色の扉を開ける。
入ってすぐは廊下というには若干広い、机とベッドが余裕で置けるくらいの玄関スペース。ここには特に何も置いていない。
その次にキッチンとキッチンテーブルのある部屋。そこにはパソコンデスク…ただの小さめのテーブル&チェア、その上にデスクトップのパソコンが置いてある。最近出たMacなのでモニターだけで済んでいる。
その奥にリビング。奥行きのある構造だ。
この広さの部屋を日本で借りたら結構するだろうが、こちらはとても家賃が安い。
部屋はリビングの隣にもう一部屋あって、そこは本来寝室だが、速水はそこをゲストルームにしている。なので自分のベッドはリビングの片隅にある。そのほかはバストイレなど。
まだ越してきたばかりなので、小物やラグなどはあまり無い。
棚はリビングに天井まで届く備え付けの物があったので、それを使っている。
いずれ日本に帰るつもりではいるので、物はあまり増やしたくなかった。
キッチンテーブルは何も敷かずにフローリングに置いているが、今のところ特に問題は無い。…椅子で傷が付くようなら考えよう。
パソコンのテーブルの下には一応マットを敷いてある。これを買ってきたのはウルフレッドだ。自分用のテントでも買えと言ったが、これを買って来て呆れた。
もちろん今日もウルフレッドは外に置いてきた。
──さわさわと話し声が聞こえるが無視した。
速水はテーブルの上のメモを見た。
エリックは買い出しに出かけているようだ。
速水はほっと溜息をついて、キッチンで珈琲を煎れ始めた。
何にしようか…。そうだな…カフェオレかな。
偏頭痛には少量のカフェインの摂取が良い。
日本で、馴染みの医者がそう言っていた。
だからダンス教室の帰りに出会った、変人隼人がバリスタを目指してると聞いて、ちょっと興味を持った。
隼人と一緒にマスターの店に入り浸る内に、ああ、ダンスが駄目ならこれも良いかも、なんて思うようになった。
結局、凝り性なのか、気が付けば資格まで取ってしまった…。
速水はもともと病気がちだったし、頭は変だし、長くダンスは出来ないと思っていた。
彼は将来はバリスタになるんだと思っていた。
(本当に、夢みたいだったな…)
いや、いつも思っていた。
今でも信じられない。
自分が、まさか二代目ジャックになるなんて。
プロのダンサーになれるなんて…。
本当に夢みたいだ…。
これからどうなるか分からないけど、世界の片隅で良いから踊り続けよう。
ジャックの為に、ベスの為に、皆の為に。
彼はそう決意した。
──。
「?」
インターホンが鳴り、速水は画面を見た。




