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第10羽 追徴 ③悪魔 -5/5-


交渉は成功だった。


だが契約、また契約か。

レオンは即興の契約書にサインをした。結局これが一番安心感があるのがムカツク。

『ただし、ハヤミの一生の安全が確保されない限りノアの居場所は教えられない』

レオンはそう書き加えた。


エンペラー…。つまりネットワークの番人。

迎えが来て会わされたソイツは、どこにでもいそうな老人だった。

豪華では無いが、重厚感のある玉座。

両脇にキースとイアンが居る。

「分かった。その件はジョーカーに勧告する。私達としても、彼には死んで貰っては困る…。キース」


エンペラーはそう言って、キースが頷いて去る。


「まるで犬だな」

レオンは笑った。


「俺はバカだ。ネットワークのご大層な計画が何かなんて知らない。世界平和なんてもっと知らない。バカで自由なダンサーなのさ。…ダンサーを怒らせると、痛い目見るぞ」

レオンはそう言って立ち去った。


しかし、なぜかイアンが付いてきた。

「何だよ。ウザイな」

レオンは言った。

「送る」

「はぁ?」

「俺はまだハヤミに用がある。連絡はキースだけで良い」


レオンは舌打ちした。

「チッ。今更だが、お前等GANとグルなんだな。用って何だ。まだジャックになりたいのか」

「違う。個人的な事だ」

イアンが短く答えた。


イアンの運転で、レオンは馴染んだ街に戻ってきた。


…あの頃は楽しかったな。

そんな事を思う。

兄貴がいて。師匠がいて。親父は飲んだくれだったが。


「俺には兄貴がいてな。今はどっかで強制労働中らしい。まったく…。親父は、自分以外の仲間は、全員自殺したって言ってたな。それも分かる。さすがネットワークってのは、やり口が汚いな。お前も人質とか、家族とか、気を付けろよ。俺はもうアイツが生きて日本に帰れるなら、後は死んでも構わんって気分だ。…兄貴も、もう良いかもな…」

レオンは自分でも本気かどうか分からない事を言った。


「家族は守れ」

イアンがそう言った。

「まあ、そうするが…」

レオンは溜息を付いた。イアンも、嫌々従っているクチかも知れない。



──まずはとにかく、速水をイギリスに移す。

場合によっては、エリックを殺す。ウルフレッドも殺す。

出る前に命令はしてある。



「速水はどこに居る?ホームか?」

「いや、自分の家だ。帰すと言っても、動いていない。見張りが解かれただけだ」

「へえ」

レオンは相づちを打つ。死人が減ったな。


「―?」

レオンの携帯が震えた。メールだ。

差出人は知らないアドレス。件名無し。

本文。

『レオン、ノアだ。俺、今レオンの師匠の所に隠れてる』


──!!

レオンは目を見開いた。ノア!?

何気ない振りをして、続きを読む。


『別れた後、すぐにネットワークの追っ手が来たんだ。ヤバイって思ってレオン達の所に行こうとしたけど、お札無くしちゃって…。レオンが昔話してくれた師匠の事は覚えてたから、かくまってもらった。

サロンでの事とか、最近の事はリッシーに聞いてた。彼はまだ出ない方が良いって。でも追っ手とか大丈夫そうなら、そろそろ出たいけど、なあ俺、もう出てもいい?超暇』


間違い無くノアだ。

ダンスの神よ、ノアを素直に産んでくれてありがとう!!

レオンは内心で快哉を上げた。

ここでちゃんと確認メールとか、ノアは凄い。


『悪い、もう少し待て。またすぐ連絡する。いいか絶対そこから動くな』

レオンは返事を打った。

『うん。分かった』

五分ほど後で、返事が返ってくる。あいつ、メール出来たのか。

いや…案外覚えたてかも知れない。


「ハァ…」

レオンは息を吐いた。とにかく良かった。

これで速水は助かる…!

ノア、お前は良くやった…!!


車は、速水のアパートに到着した。

ここはレオンの街から少し離れ、治安はそこまで悪く無い。

と言っても、夜は出歩けないが。

周囲には家族連れが住み、子供が遊んでいる。


「キング!」

車から降りたレオンを見つけ、男の子が駆け寄ってくる。

もちろんこの街でもキングは大人気だ。

「よう」

レオンはホッとしたまま、笑いかけた。


「キング。さっき、変な人達が出て行ったよ」

「ああ。だからもう心配は要らない」

「そうなんだ」

「こら、戻って来なさい。まだ危ないわ。皆さんのお仕事のお邪魔しちゃダメ!」

「…はーい。もう大丈夫だって」

母親に諭され、男の子は戻って行った。


「お前は?ここで待つか?」

レオンは運転席を覗き込み、イアンに尋ねた。イアンは車から中々降りない。

「いや…。エリックにも用がある」

イアンは少し逡巡し、車から降りた。

「エリック?…あいつまだ居るのか?」

レオンはエリックは、ジョーカーの命で引き上げたと思っていた。


イアンが目をそらす。

「レオン…俺だって、こんなのは嫌なんだ…」


「?何を、…──!!」

レオンは、はっとして駆け出した。

まさか──。何か!!!?


階段を駆け上がる。


扉を開ける。鍵は掛かっていない。

夕刻だと言うのに、明かりが全く付いていない。…やばい。

「おい!ハヤミ!!」


…殺人、レイプ、暴力。

レオンは最悪の覚悟をしてリビングへ進む。


「ハヤミ!!」



速水はリビングの床に座り込んでいた。

うつむいている。



「おい、ハヤミ!大丈夫か!!」

レオンは速水を揺さぶった。一見普通で、殴られた跡も無い。

着衣に乱れも無い。部屋が荒らされてもいない。


だがその目は普通とは言いがたかった。


居るのだ。

…悪魔が、この部屋に。


「エリック…!!貴様ぁ!!」

部屋の片隅で、──ベッドに呆然と腰掛けていたエリックに、レオンは殴りかかった。

エリックは避けずに喰らった。

レオンはそのまま床に引き倒し馬乗りになり、殴り殺す気で殴った。

エリックが泣きはらしているのに気が付いたが、レオンは容赦無く何度も殴った。

「このクズ!!」

速水は絶対ダメだと分かっていながらも、それでもエリックを信じていたのに。

絶望した速水にとっては、エリックがもう最後の望みだったに違いない。


それを──!!

レオンは殴り続けた。


「おい―もうやめろ!!」

止めたのは、イアンだった。


「離せ!!こいつは最悪のクズだ!!今殺す!!」

レオンは叫んだ。

「ダメだ!こいつは必要なんだ!!」

イアンが言う。


レオンは止まった。

「──お前、何か知ってるのか!?言えよ!!!」

何かまだレオンの知らない事がある。それはずっと分かっていた。


「レオン、落ち着け、まずはそれからだ…。ハヤミ?」

イアンは速水の肩を叩き声を掛けたが、俯いたまま反応は無い。


「エリック、ウルフレッドは?」

イアンが尋ねた。

「…外に…」

イアンの言葉に、腫れた顔でエリックが答えた。


「…私達は、残りました」

震えた声で言って、エリックは号泣した。



■ ■ ■



その後エリックはひたすら速水に謝りだしたので、レオンは殺す気も失せた。


外にいるというウルフレッドを見に行ったら、彼は大した傷だらけで路地の壁にもたれていた。


「おい、犬。ご主人様が呼んでるぞ」

「犬じゃ無いわ…」

コイツのまともな声を久々に聞いた。


「…立てるか」

「両腕、脚も少しやれたわ。手を貸してちょうだい…。と言うか、救急車ね」

「じゃあ、後で良いな」

言いつつ、レオンは仕方無く仲間を呼んだ。


「お前等、何やってたんだ?守れって言っただろ」

到着した満身創痍の仲間達に、レオンは言った。

仲間達は項垂れた。


「コイツを手当てしろ」

ウルフレッドを運ばせた。

…事情はエリックに聞けば良い。


夕暮れの街で、カラスがうるさく鳴いていた。



〈おわり〉

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