第10羽 追徴 ③悪魔 -4/5-
レオン達はホームに戻り、その後ノアの捜索を開始した。
だがやはり見つからなかった。
二月二十四日。その日、速水が久しぶりにホームへ来た。
レオンは速水に、すぐ近くの街の物件を紹介していた。
ホーム三階の一室。絨毯が敷かれ、豪華で無い執務机と、簡素なテーブルがある。
この階の部屋はどこもこういう感じだ。レオンはこの一室を良く使っていた。
窓を背に座る。机の上にはパソコンそして書類やら、何やら。
マフィアと言っても、結局は企業だ。
「…?」
入って来た速水を見て、机に座っていたレオンは眉をひそめた。
…少し、痩せたか?
「ノアは見つかったか?」
速水はレオンに聞いた。
「いや…あいつ旅券持って無いし、国内にいるとは思うんだが…マジでやつらに捕まったのかもしれないな」
レオンは座ったまま答えた。
「そうか…」
答える速水はやはり、顔色が良くない。
「お前、大丈夫か」
レオンは首を傾げ、立ち上がった。入り口の速水に近づく。
「大丈夫…と言いたいけど。多分、また『繰り返し』の時期が来たみたいだから、少し入院する」
「―入院!?」
レオンは声を上げた。
「エリックの知り合いの医者が詳しいって…」
扉の前で速水は言った。
「──!?おいエリックの知り合いって、それ怪しい医者だろ!!『リピート』って何だ!お前ちょっとそこに座れ!?」
レオンは血相を変え、速水をテーブルに着かせる。
「もう全部話せ!何だって良いから…」
レオンは自分も速水の隣に座り、頭を抱えた。
「…レオン。俺はエリックの言う通りに薬を飲んでる」
「―バカっ!!?それは止めろ!!エリックは絶対やばいんだ!サラが人質かも知れないんだぞ!?」
「でも結構、効くんだ」
「―馬鹿野郎!!効くからって!!」
レオンは言った。
効くからって…。
速水は酷く疲れた顔をしていた。
「お前、もう帰るな!ホームに居ろ。いいな!?」
レオンは言い速水に聞かせる。
「…ゴメン。俺は帰る。エリックを信用したいんだ」
速水は言った。
乾いた音がする。レオンは軽く叩いてしまった。
「…っ、すまん。馬鹿…!!くっそ…」
エリックは、間違い無くネットワークの手先だ。
「入院って…お前、繰り返しって何だ?…俺がまともな医者を探してやるから、頼む」
絶望的な気分になって、レオンは聞いた。
速水は、たまに幻聴の酷い時期が来て、昔はその度に入院していたと答えた。
「でも、十歳…?過ぎた頃からすっかり治まって。少しずつ学校にも行けるようになって…これなら大丈夫かなって思ってた」
「…命に関わるとかじゃないけど。エリックは、治せるって言ったから…。薬を飲めば、これ以上酷くならないって」
速水がははっ、と笑う。
こいつ、今ヤバイ。
レオンは、目の前が真っ暗になる、それを初めて経験した。
「バカ…!今すぐ医者を呼んでやる!」
レオンはすぐにファミリーの医者を呼んだ。
だが医者は留守だった。
「ちっ!!」
「レオン、無駄だ」
押さえた声が聞こえた。
「この辺りの医者、全部押さえられてる。何処へ行っても処方は同じ。貰えるのはエリックのくれる薬…。ネットワークは、俺を『自然』に殺す気だ」
ジャックみたいに。
ネットで別の薬も買ったけど、ひとつも届かなかった。もう市販の薬じゃ何にもならない…。
速水はそう呟いた。
レオンは速水を見た。速水は椅子に座ってテーブルを見つめている。
「レオン…。契約で一人死ぬってのはあまり無いらしい。大体が、仲間一人監禁で外に出される。俺達は初めから、特別だったんだ…」
余程、哀れに見えたのだろう。
犬が教えてくれた、と速水は言った。
速水はさらに俯いた。
「俺はこのまま、自然に死のうと思う。…エリックが本当は良い奴なら、助けてくれる。きっと助けてくれるって、もう信じるしか無い…」
頭が痛いのか、額を押さえる。
「馬鹿野郎…!!」
「レオン、仲間と逃げろ。そうだな、日本とか良いんじゃ無いか?」
速水はレオンの方を向いて苦笑した。
「…お前は!?お前こそ帰れよ!隼人に会うんだろ!!」
レオンは速水の肩を掴んだ。
「いやだ。俺はここで死ぬ」
それを振り払い、速水は机に伏せた。…もういやだ、そう呟く。
「レオン…日本に行くのが嫌なら、キースとイアンに連絡して、エンペラーに会ってくれ。ノアをダシに取引するんだ。俺たちに手を出すなってな。…売られたノアは怒るだろうけど…」
伏せたまま言う。
「お前、まさかノアがどこにいるか知ってるのか!?」
レオンは言った。コイツなら知ってるとか言いかねない。
速水はほんの少し顔を上げた。
「さすがに知らないって。当たるか分からない、最後の懸けだ。ノアの消息をネットワークもサロンも掴んでないって事に懸ける。…ブラフだ。外れてももう良いだろ。…これだけ探して見つからないんだ。どこかに隠れてると良いな。時間は無いから、さっさと頼む。俺はすぐに戻らないと。犬共に監視されてる」
「あ…『画策は自由だけど、行動は制限あり』…正にその通りだ」
速水は驚いたようにつぶやく。
その表情は面白がっているようにさえ見えた。
「…それで、居場所聞かれたらどう答えるんだよ…」
レオンの表情は暗い。…色々、絶望とか通り越してもう呆れるしかなかった。
「そこは上手くやってくれ。そうだな、安全な場所にかくまっているとか何とか」
速水は捨て鉢に言った。
「…お前、やっぱり頭良いな」
レオンはとっくに分かっていた事を言う。
速水が笑う。
「だとしても、向こうが上手だったな。俺もバカだったけど」
…眠れないから、考えたのだ。
この街に戻り怪しいエリックと会い。彼をあえて信じ続け薬を飲んで。
そしてもうこの道しか見つからなかった。
「俺はむしろすっきりしてる。…二代目ジャックは弱いカード。…俺はここで捨て札になる。ただ。それだけだ」
少しうつむいて、少し笑って。速水は滲んだ涙を隠した。
「けど他のカードは残してある。ほら、」
速水は晴れやかに笑って、レオンにメモリとディスクを五枚手渡す。
いくつかの連絡先と、データが入ってる。そう言った。
「とりあえず雇ったのは五人。あと、俺が死んだって日本の宇野宮って刑事に話せば、多分、日本の警察がちょっと必死で協力してくれる。イギリスにはケイ達もいる。エリーもいる。後はノアがいれば、レオンは絶対勝てる」
「…馬鹿野郎…っ」
レオンは絞り出すように言った。
「ほら、早く電話かけろよ…」
速水は呆れた様子で言った。
「ハヤミ!お前もエンペラーに会え。そこで保護をしてもらえ!今すぐイギリスに行っても良い!そこで入院しろ!!」
「ダメだ。この建物も囲まれててやばいんだ。時間だから──」
さて俺は、犬小屋に帰るか…。
ホント犬になりたいって言った、ウルフレッドの気持ちがよく分かる。
彼はそう言って立ち去った。
■ ■ ■
速水が去り、レオンは最悪な気分で携帯を取り出した。
三階の窓から見ていたが、悠々と歩く速水の後を犬と犬共が追っていた。
ゆっくりと。
まさに死神の送列。
こうなれば、もう、早くエンペラーの保護を取り付け、速水を助け出すしか無い。
ノアが俺より賢い事を祈る。
ノアならきっと大丈夫だ。かなり心配だが。あいつは運だけは良い。
自分に言い聞かせ、レオンは電話を掛けた。
…レオンはそれを後悔する事になる。




