第10羽 追徴 ③悪魔 -3/5-
「それにしてもウィルは、お前のマザーみたいだな」
サングラスのチームの行きつけだという、バーで、酒を飲みつつレオンは言った。
このバーはいかにもアメリカっぽい感じだ。
ボディーガード二人も一応仕事中なので酒は飲まないが、すっかり周囲と打ち解けている。
彼等もレオンと同じく、クランパーでなかなかの腕だし、ダンサー同士、当然話も合うのだろう。豪快に笑い合っている。
「日本でもよく言われたな…。ジャックは俺の子供で、ウィルは親。隼人は兄貴」
速水は言った。
「ジャックが子供って何だよ」
近くに居たダンサーが苦笑する。
「ジャックは、ちょっと私生活がだらしなくて―」
速水が言った言葉に、近くに居たイアンが反応した。
「ジャックの私生活?お前、そう言えばどうしてジャックと組んだんだ?」
「あ、そうか…」
ウィルが帰ってしまったので、ここにはジャックと速水が出会った当時を知る者はいない。
…レオンにもあまり詳しく話して無かったな。
そう思い、速水はジャックと出会った時の事を語った。
──日本で中学を卒業後、バリスタを目指してカフェのマスターの所で修行していたら、親友が真冬に行き倒れたジャックを拾ってきた。パチモンだと思ったら本物で、一緒に下宿する内に組まないかと誘われて──。
そう言ったら皆が驚いていた。
「その時は幾つだ?」「大会は十六って聞いたけど」
「ハヤミ、確か会ったのはお前が十五の時だって言ってたよな。ならジャックは…当時三十くらいか?」「ああ」
レオンが引き継ぐように言って、速水が食事の手を止め頷く。
「けど、年も離れすぎだし、実力差がありすぎるし、無理だって何度も断った」
「ああ…ウィルもそんな事言ってたな。…そう言えば、ネーミングセンスって何だ?『JACK+』の由来はジャックにお前プラスして、って言ったよな?そんなに変な由来か?」
レオンが首を傾げる。
レオンは二代目襲名の時に由来を聞いて、不思議に思っていたらしい。
「ああ、それは多分プラスの方じゃ無くて、初期案の──」
初期案を言ったら爆笑された。
その後も皆で色々語り合い、アドレスも交換した。
…色々な事を聞いた。
イアンはやっぱりアラブ系で、実家と縁を切って家出中。
イアンというのはアメリカ仕様の通り名で、本名は凄く長いらしい。
「へえ、イアンも家出か」
イアンはどうも速水が嫌いらしいが、速水からしたらそれなりに親近感がある。
年は二十らしい。速水の一つ上だ。…十七とか、それくらいに見えた。
午後十時を回る頃には、名残惜しげに、また踊ろうぜ!と言って、いくつかのチームが引き上げて行った。
そしてバーも閉まる頃。
「おい、レオン飲み過ぎ…」
速水は呆れた。
「そろそろ…俺達も帰るか。キース悪い、レオン達を送ってくれ」
イアンが言った。
最後の方になった速水達も帰ることにした。
■ ■ ■
「お前、大したこと無いな」
それは日本語だった。
「…イアン?」
店のパーキングでいきなり言われ、速水は首を傾げた。
「二代目ジャックって周りが騒ぐから、少しは期待してたけど。全く…『エンペラー』のお考えは分からない」
エンペラー。
「…お前?」
速水はイアンを見た。…こいつ。
イアンは速水を指さした。
「今から俺とブレイクバトルしようぜ。お前が負けたら、ジャックをやめろ」
「止めるも何も…、あ」
「確かに…俺はジャックだな」
速水は苦笑する。やっぱり、たまに忘れる。
「…イアン、お前はどこの誰だ。エンペラーの手下か」
速水はいつもの、睨んでいると言われる悪い目つきで逆に尋ねた。
今日はそれプラス、少し微笑んでいる。やっと来たかと言う気分だ。
「そんな所だ」
イアンは笑った。
「へぇ。何だ、意外にちゃんとしてるな…」
速水は感心した。となると無駄そうな録音もチェックしていたのか。
さすがに全部調べたと言うことは無いだろうが、要するに、きちんと向こうは会う人物を見定めていたのだ。レオンの苦労が無駄じゃ無くて良かった。
「サク・ハヤミ。お前に選択権は無い。ここでしっぽを巻いたらジャックの名が地に落ちる。まあ、先代ジャックと言い、大したダンスじゃ無かったが。田舎くさいダンスだ」
どうも速水は喧嘩を売られているらしい。
分かり易すすぎる。
と言うか…自分は酷く怒りっぽいと思われているらしい。
速水は苦笑した。
「イアン。俺とレオンはとっくに仲違いしてる。俺は対ネットワーク戦線から手を引く。だからエンペラーに会う必要も無い。バトルならレオンに言ってくれ」
「…何?」
イアンが聞き返した。
「色々考えたんだ。このまま地下で、ジャックの志を継いで、反ネットワークの為に踊るか…また、外で、元の世界に戻るか」
イアンは眉を潜めた。
「それで、お前は…、…まさか、外を選んだのか……!?」
「ああ。当然だ。けど…色々すっぽかしたし、ネットワークにも睨まれてるし、しばらく業界、干されるだろうな…」
速水は溜息を付いた。
「そもそも、間違いだったんだ。俺はジャックのおまけで、ジャックみたいに何かができる訳でも無い。さっき話した通りに、将来はバリスタになろうって思ってて、資格も取って。本場イタリアで修行がしたくて、イタリア語も覚えて…」
ダンスは好きだ。
速水は言った。
「それに俺が踊っても踊らなくても、もう誰も帰ってこない…。ダンスの神様は俺がとことん嫌いみたいなんだ。だから」
一拍後、速水はイアンに殴られた。
「この!!腰抜けが!!」
イアンが叫ぶ。
速水はぐらついて、イアンを睨んだ。
「──じゃあ、ジャックを返せよ!ベスを返せ!!ベスはエリーの母親だ!!ノアと結婚して、幸せになるはずだったんだ!!サロン?エンペラー?笑わせるな、ネットワークの犬め!!」
速水はイアンの襟首を掴んで怒鳴った。
「俺はイかれてるって、散々言われたけど。お前等も同じだ。まともじゃねえぞ!もっと真っ当に生きろ!!」
そして放す。
イアンが歯ぎしりし、舌打ちした。
「…お前がおかしいんだよ。クソッ」
地面に唾を吐き、イアンはきびすを返した。
どうやら帰るらしい。闇に紛れた男達の気配も、剣呑で無くなった。
「…イアン、お前はダンス…楽しいか?」
速水はイアンに問いかけた。
イアンは一瞬止まりかけたが、立ち止まらずに消えていった。
■ ■ ■
「おかえりレオン。どうだった?」
深夜一時過ぎ、速水は戻ってきたレオンを出迎えた。
ここはレオンの部屋だ。
…レオンはキースと、バーでダンスバトルをしていたのだ。
「ああ。まあ、適当に踊ったが、クランプで勝敗ってな。どっちも同じくらいの腕なら後は感覚だしな。…結局ハイになっただけで、よく分からん感じになった」
レオンは笑っていた。
もちろん、レオンと速水は別に仲違いしたわけでは無い。
サロンやネットワーク本体が信じるかは別として、とりあえず、速水は表向き対ネットワーク戦線から手を引いたと言う事にしておこう…、実りの無い口喧嘩の末に、そう話が付いていた。
元々対応の本命はレオンだし、好き勝手言ってイアンを挑発した速水とは違い、レオンは上手くやってくれたらしい。
速水もつられて笑った。
「ほんと、ダンスで勝敗って馬鹿げてる」
「だって、ダンスって誰かの為に踊る物だろ?俺はジャックの為にってバトルしてたけど…」
「…やれやれ。お前、やっぱり馬鹿なんだな」
レオンはもう何も言うまいと言う気分だった。
速水に言ってやりたい。
お前は間違ってると。
だがレオンが自分の為にクランプ踊るように、速水は誰かの為に踊る。
…本来なら、両者は矛盾しないはずなのだ。
自分の為に踊り、それで観客が喜ぶ。
あるいは、人の為に踊り自分も楽しい。どちらも健全だ。
しかし速水は根っからのダンス馬鹿だから、自分の為という部分がすっぽり抜けてしまっているのだ。極端なほど。
人の為に踊り、親しい人が喜ぶ。から嬉しい。
…つまりネジの飛んだダンス馬鹿だ。
レオンが自分の為に踊ると言ったら、速水は不思議そうな顔をして、『ごめん、俺にはよく分からない』と言うのだろう。
「お前、とこっとん、破滅型だよな…」
要するに、破滅型の天才だ。レオンはそこまで言わなかった。
「なんだよそれ…」
「褒めてるんだ。先代ジャックをな」
ウィルの話では、速水は大会一つ出るのにも相当ごねたらしい。
「?それで、結局つなぎは取れそうか?」
速水はレオンに尋ねた。
イアンは去ってしまったが、レオンはちゃんと送ってもらえたようだった。
「一応連絡先は教えて貰ったが、向こうからの返事待ちだ」
レオンは答えた。
「じゃあ後はノアを探して、俺が知名度か…まあ、上手く行ったらいいよな。ダメだったらレオンが頑張れ。けどやっぱり…ノアでも良いんじゃないか?」
速水は苦笑した。ノアなら十分プロとしてやっていけるだろう。
「お前な。相変わらずソレか」
「青サギが鳴いてる時は、なるようにしかならない。帰ったら、サラを探さないとな。あ、犬小屋もか」
速水は呟いた。
「…気をつけろよ。ウルフレッドも、エリックもまだ怪しいんだ」
レオンは忠告した。
「―ああ」
速水は答えた。




