第10羽 追徴 ③悪魔 -2/5-
翌日、午前。
速水とレオンはチャイナタウンにいた。今日は車は無し。
ケーブルカーもあるし、交通の便はかなりいい。
早い話がぶらぶら観光する気で、速水達はここで食事をするつもりだ。
これはレオンの発案でもある。
レオンだって、もう色々うんざりしているのだ。
そう言う訳で、今日はレオンもボディーガードの二人も砕けた服装だ。
速水はウィルも誘ったが、仕事があるらしい。
別に何時からでも良いと言われたので、キース達のスタジオには午後三時に行く事にした。
「へえ。意外にハデだな…、わ?」
緑の屋根の門を見て速水は言った。
今、屋根の上?辺りで何か凄そうな鳥が鳴いた。クジャクか?
「おい、いくぞ」
「ああ…」
速水は門をくぐり、チャイナタウンに足を踏み入れた。
これは中国風なのだろうか?
路地には建物や柱にカラフルな塗装がされ。中国語と英語で書かれた歓迎の横断幕や沢山の赤い提灯が頭上に連なっていて…これはまるでテーマパークだ。
周囲の看板は全て中国語。端っこに英語が書かれている事もある。
「なんだぼーっとして、あ。また何かいたのか」
レオンが苦笑した。
「ああ。たぶんクジャク…?」
「一本向こうの通りには、雀荘とか魚市場があるんだってな。飯食ったら行こう」
ボディーガードの一人が言った。
「ああ」
速水は苦笑した。
周囲には観光客が沢山いるが…。俺たちもその一員か。
レオンとボディーガード二人が先を行き、どの店で食べるかと楽しげに話している。
「ハヤミ、お前は何にする?」「俺はあるやつ頼む」
観光地だし、何を食べてもそんなにハズレは無いだろう。
今日は犬は留守番だ。
別に飼い犬では無いので、土産もいらないな。ウィルには買っていこう…。
速水はそんな事を思い、レオン達が選んだ一軒に入った。
外観は微妙だったが、内装は綺麗な店だった。
どちらかと言えば、洋風だろうか。
店内のほぼ中央、パーテーション横の四人掛けのテーブル席に案内される。
レオンが仕切り横に座り、速水は廊下側。
向かいに仲間二人が座った。
焦げ茶の木肌が落ち着いた印象だ。窓は高い位置にあって、通りは見えない。
昼には少し早いが、店内にはそれなりに観光客がいて賑わっている。
「あ、美味い」
中国風の創作料理だったが、とても美味しかった。
「お前もっと食え」「レオンは食い過ぎ」
「美味いなこのスープ」「『WUN-TUN』って言うらしい」
ボディーガードの二人も舌鼓を打っている。
「よし、この点心も頼むか。追加で」
レオンがさらに追加した。
ちょうどその時、また新しい客が入って来た。
「…ん?」
影が差し、速水は見上げた。
「ちょっと良いか」
「?何だ」
入って来た男に聞かれ、速水は答えた。
「お前、二代目ジャックだな」
「――」
何だ、急に。
向かいで仲間がジャケットに手を入れる。それを見て速水は男を見上げた。
サングラスを掛けている。…奴らの仲間か?
「何の用だ?」
とりあえず訪ねる。
「今食事中だ。後にしてくれ」
レオンが言う。
「――お前等、来い!」
その男が入り口に向かって叫んだ。
「は?」
速水はさすがにあっけにとられた。
ここって、日本で言ったら横浜中華街みたいな物だろ?
なんでゾロゾロ怪しい奴らが入ってくるんだ!?
「ハヤミ、逃げるぞ!」
「ちっ!」
速水は舌打ちしたが、出口は押さえられている。
周囲の観光客が呆然としている。
「食事の邪魔をして悪いな。皆さん。俺たちは強盗じゃ無い。今からこの店を貸し切ってダンスバトルをする。店主には了解済みだ。見たいヤツは残って良いが、面倒だってヤツは帰ってくれ!」
男が大きな声で言った。
「ここに居るのは、有名な日本人ブレイクダンサー、サク・ハヤミだ!俺はお前とジャックの名を掛けて勝負する!」
あっと言う間にテーブルが片付けられて、広いスペースが出来る。
「…」
速水は最悪な気分になった。
「食事中に来るなよ…!」
レオンが点心を見つつ言って、入り口を再度見るが、全く出られそうに無い。
どうやらサングラスはダンスチームのトレードマークらしい。
観光客は皆訳が分からずに出て行った。反対に店主らしき人物は苦笑している。
まさか良くあることなのか?
「おい、店主!」
速水は店主に言った。
「はい!!?」
「これって良くあるのか。それとも金積まれたのか?」
「良くあることで、お金積まれました!」
店主の答えは単純明快だった。
「断るなよ!断ったらお前はジャックじゃ居られない。それとも逃げるのか!」
サングラスにそんな風に挑発された。
「ハァ…どうするレオン」
「っ。お前、昨日ジャックになったばかりなのにな…!」
レオンがそっぽを向いて吹き出した。
「で、どうする?負けたらジャックじゃ無くなるんだってさ。全員倒して逃げるか?」
速水はずらりと壁際に並ぶサングラスを見て言った。
…相手は数こそ多いが、皆ダンサーのようだし何とか倒せるだろう。
「まあ、待て、こういう時に良い方法がある。見てろ」
レオンが速水を制し、不敵に微笑んだ。
「何だ?」
レオンは一歩踏み出す。
「悪いな、俺達のジャックは食事を邪魔されて気が立ってる。コイツは酷く大人しそうに見えるが、一度キレたら俺の手にも負えない。そこでだ。俺たちは午後三時にノブヒルのスタジオに行く予定だ。そこで正式にバトルしよう。君、ペン貸してくれ」
レオンは女性店員からペンを受け取った。
そしてメモを渡した。
「…分かった。食事中悪かったな。三時にスタジオだな」
レオンの言葉にリーダーは少し考えたが、納得し去って行った。
■ ■ ■
「ああ。今は観光中なんだ」「ジャックは忙しい」
「先約がある」「三時にスタジオで」
まさか無いだろうと思ったが、その後チャイナタウンの行く先々でバトルを申し込まれた。
レオンはその度に、断り全てスタジオに行けと言った。
「…なるほど」
速水は感心した。
――そして約束の時間。
速水達はすっぽかしたりせずに、ちゃんとキースが居るスタジオに顔を出した。
「よう。チャイナタウンに行くって聞いて心配してたが。上手くやったな」
キースは、ここがこんなに賑わったのは初めてだと苦笑していた。
イアンは相変わらず速水を睨んでいるが、速水はその目線の意味が分かってスッキリした。
「って訳で、ジャックと戦いたければ、こいつ等全員倒せ。勝ったヤツとコイツが戦う。そうだ一対一じゃつまらないからチーム戦にしようぜ。一チーム四人でこっちは俺とキースとイアンと、ジャックだ!!そしてMCはあのW・Jヒルトンだ!!」
集まったダンサー達にレオンが告げた。
ホワイトスーツのウィルが颯爽と登場する。
うぉぉぉ!と言う歓声が上がった。
「よう、ダンス馬鹿共!ジャックとやり合う前からハイに成りすぎて死ぬなよ!――」
そのまま付き合いの良いウィルが引き継ぐ。
「別にもう元、二代目ジャックでも良いんじゃ無いか…」
壁際で速水はうんざりしていた。
まさか『ジャック』なりたがっているダンサーがこんなにいるとは思わなかった。
…このまま現役のジャックでいたら、この先かなり大変に違いない。
「知名度はノアに任せれば良いし」
速水はチーム同士のバトルを見つつ呟いた。勝てるかは分からない。
チーム戦なら可能性は有るだろうが、当然全員ブレイクダンサーで、皆そこそこの踊り手だ。
「またそれか!お前…っとにアホだな!」
レオンはこづいた。
「だから、ノアの方が俺よりダンスは上手いし――、やっぱり華やかだと思う」
実は昨日、砂浜から帰った後、これからどう動くか打ち合わせらしき物をしたのだが…速水はこの後に及びノアが適任だとか言ってごねだして、レオンと少し喧嘩になったのだ。
「あー、はいはい。っとによ」
レオンは無視した。
…どうやら、速水は万事が対照的なノアに憧憬を抱いてるようなのだ。
これは、ライバル心と言ってもいいのだろうか?…ノアが聞いたら喜ぶかも知れない。
「確かにノアと比べたら、お前のダンスは陰気くさいよな。性格通りか」
ぴく、と速水が反応した。
この際だからと、レオンはいつも思っていた事を言うことにした。
「おまえ…いつも思うが、もうちっと楽しそうに踊れよ。そのうち悪魔が出て来るぞ」
なんかの儀式みたいで恐いんだよ。レオンの意見は率直だった。
「!!!?」
衝撃を受けた速水は壁に寄りかかった。思わずうつむき額を押さえる。
レオンが横から覗き込むとなんだか目を見開いて震えている。何かをつぶやいている。
レオンは耳を近づけ、超早口なソレを聞き取った。
「…悪魔。儀式。下手クソ?俺は陰気くさくて才能無い?踊っててつまらなさそう。イコール見てて面白くない。すなわちダンサーとして全然ダメ――?死んだジャックに顔向けできない?」
そして速水は顔を上げた。ふらりと進み出す。
「…じゃあ、笑う。…ノアみたいに。俺にもきっと出来る」「あ、おい!まだ出番は――」
レオンはおかしなスイッチを入れてしまった。
お客様、珈琲を煎れましょう、エスプレッソはお好きですか――。
練習の様にぼそぼそと呟く。
じゃなかった、ブレイクダンスはいかがでしょうか?
その後、速水はずっとにこやかに微笑んでいた。
「…あいつどうしちまったんだ?」
キースがそんな速水を見て言った。
■ ■ ■
「くっ…負けたぜ…」
ラストチームのリーダーが倒れた。
「いいえ。貴方も素晴らしいダンスでした」
にこやかに勝った速水は、この上なく鮮やかに笑って手を差し出した。
だが対戦相手にはそっぽを向かれ、周囲からは大ブーイングが起きる。
ちゃんとしたジャック出せ!なんて言われても困る。
「お前、そんなだから…男に嫌われるんだよ」
レオンは速水に言ってやった。
本人的には一応最善を尽くしているのだろうが、速水の態度は相手を馬鹿にしているようにも見える。…速水は女性にはモテるが、男性にはとことんモテない。
無愛想な普段の方がまだマシだ。
「別に、どっちも俺だし」
速水は苦笑した。
「さあレオン、もう少し踊ったら帰るか」
「何だ、まだ踊るのか?」
「ああ、別の――」
「悪い、そろそろここは終わりだ。またいつでも連絡くれ」
キースが笑って言った。
「だ、そうだ。帰るか」
「仕方無いな。キース、イアン、皆も、今日は楽しかった。ウィル。行こう」
速水は言って立ち去った。
速水は先にロッカールームを出て、出口付近で待っていたウィルと合流する。
そのまま外に出る。
――外の風が冷たい。だが日本に比べたら寒くない。
「ごめん、ウィル。呼びつけて…仕事は良いのか?」「何、いいさ」
上機嫌の速水は帰路に付こうとした。
車の側でレオンを待っていると、中から数名のダンサー達が出て来た。
「ちょっと待て――」
少し遅れていたレオンも一緒だ。
「レオン、どうかしたか?」
「いや、今から晩飯がてら、飲みに行くかって話になったんだが。ハヤミとウィルも来たらどうだ?帰りはイアンが送ってくれる」
レオンは言った。どうやらサングラスのリーダーに誘われたらしい。
速水は少し考えた。
「ウィルは仕事は?夕飯外で食べても大丈夫か」
「仕事は不味いから、帰らないとな…。お前は行きたければ行ってこい。良い機会だ。ダンス仲間も増やせよ。ただしアルコールは止めとけ。門限は十二時だ。遅れる場合は連絡くれ。門番には言っとく」
そう言ってウィルは微笑み、先に車で帰って行った。




