第10羽 追徴 ②ダンスパーティ /全員美形 -4/5-
翌朝、レオンが起き、三階の客室から窓の外を見ると、速水が野外ステージで踊っていた。
「ん?」
遠目で見てレオンは首を傾げた。どう見てもブレイクでは無い。
リズミカルな足裁き、足を引きずり、流れ、止まるような動きが入る。
ヒップホップダンスだ。
ステージの上で振りを考えながら踊っている様子だ。
イヤホンで音楽を聴いているらしい。
「ああ。おはようレオンさん」
一階に降り、ガラス扉を押して開けると、軒下にいたクリフが声を掛けてきた。
どうやら遠巻きに見学していたらしい。
「俺が起きた時にはもう踊ってたよ。多分邪魔しちゃ悪いと思って。向こうに行こうか?」
クリフは言った。
「そうだな」
レオンとクリフは庭を少し歩き、ステージの側に来た。
観客席に座る。この野外ステージと席は普段もこのままらしい。
「ジャックって、確かB-BOYじゃ?」
クリフが聞いた。
「ああ。が、色々かじってるからな…。君はダンスはするか?」
「あー…俺はいまいち。ベイジルとアビーはそこそこ上手い。あなたは?」
「俺はクランプ専門。ブレイクも他のもやるが…クランプって知ってるか?」
「ええと…聞いた事くらいしか…また後で見せて下さい」
「まあ、見てもよく分からんと思うが、それで良ければ…。そろそろ朝飯か?」
「そうですね…」
レオンとクリフが話している間に、ウィルが起きだしてきた。
ウィルはなにやら慌てている様子で、こちらへ来た。
「──げっ!」
ウィルは踊る速水を見てそう言った。
「何だ?」
レオンはウィルを見た。
「またやってる。おい!ハヤミ!昨日寝たか!」
ウィルは舞台に上がって、速水の腕を引っ張って止めた。
「ジャック!邪魔するなよ!」
振り返った速水は、イヤホンを取って怒った。
「ジャックじゃ無い!」
「え?…あ。ウィルか。ゴメン。寝られなくて。ヒップホップ久しぶりだから、ちょっと軽く」
「…しまったな。大分まともになってたから、忘れてたぜ。お前相変わらずなんだな…」
ウィルが頭を押さえた。
「悪い。ちょうどここにステージがあったから」
速水はダンサーの鏡のような事を言って苦笑した。
「…全く、ダンサーのお手本だなお前は。飯食えよ」
そのやり取りを見ていたレオンは呆れて言った。だが、ようやく調子を取り戻して来たのかと、ホッとした。
そうだ、これが速水だ。馬鹿みたいにダンスが好きで。
馬鹿みたいなダンス馬鹿で。
馬鹿みたいに、悲しそうに踊る…。
「行くぞ」
レオンは先に歩き出した。
ああ、と聞こえ、速水は舞台からストンと降りて歩き出した。
ウィルとクリフ、実は舞台の側にいたウルフレッドも適当に続いた。
…他の皆も起き出したようだ。
アビーとベイジル、イアンが室内からこちらをのぞいている。
「ヒップホップか。…お前やっぱり振り付けは得意そうだな。振りを決めた方が踊りやすいのか?」
レオンは少し後ろに目をやり聞いた。
「ああ。実は即興とか、バトルとか苦手で…」
「苦手であんなに踊るなよ。全くムカツク」
レオンは言って速水の背中を叩いた。そして笑い合う。
「レオンさんは見る目があるな。俺もそう思って、今度の仕事をオファーしたんだ」
ウィルが言った。
「じゃあウィル、俺は汗流してくる。朝食、その後でも良いか?」
速水は去って行った。まさしくいつも通り。これだ、とレオンは思った。
「ああ」
ウィルが返事をした。
「仕事―?」
レオンはウィルを見た。昨日言っていた物か。
「丁度いい、皆にも聞いてもらいたい。俺の新曲をな!」
■ ■ ■
速水が戻ってきて、やたら豪華な朝食が終わった。
そして取り出されたのはデモテープ。といってもCDだ。
二階のウィルの私室で、無駄にでかい音響システムに入れる。
新曲に全員が聴き入る。
…速水は昨日もここでじっくり聞いた。
夜は騒音なのでヘッドフォンを付けた。
その後、久々に踊りたくなって、外に出た。
カモメが鳴いていた…。
レオン、アビー、ベイジル、クリフ、キース、イアン。
ウルフレッドは部屋の外だ。
「へえ、格好良い曲だな!」
皆が言う。
「…相変わらず、イタい曲だな…ふあ」
速水は眠そうに目を擦った。
「お前徹夜したんだっけな」
レオンが言った。
「ああ。…色々考えてて」
速水はそう答えた。
「少し寝たらどうだ?っと、キース達はもう帰るか?」
レオンはキースに聞いた。
「いや、じゃあ俺たちも夕方まで居るかな。レオンさん。今からホールで少し踊ろう」
キースがレオンに言った。
「ああ」
レオンは答えた。
「俺たちは少し見たら帰るかな」「ああ。今回はこのくらいで…」
クリフとベイジルは帰るつもりらしい。
「いいえ、夜まで居ましょう。私あの犬と仲良くなりたいわ。ジャック、彼に餌をあげても良い?」
アビーが言った。ウルフレッドは庭にいる。
速水は少し考えた。
「ああ、仲良くしてやってくれ。俺は少し寝て、適当に起きてくる」
微笑んで客室へ上がった。
■ ■ ■
三階の客室へ入った速水は、飛び込んで来た景観の良さに目を細めた。
この別荘からは空も海も本当によく見える。
角部屋で三方が窓。…海がパノラマに見える、ホテルのような寝室だ。
ゴールデンゲートブリッジも、天気が良いので右側、やや遠くに見える。
白い木の床。オフホワイトのベッド、黄色のシーツ、ベッドの周りには絨毯。
その脇にベッドと同色のソファー&テーブル。白い扉のクローゼット…。
窓の脇には明るいブラウンの、書き物用机に椅子。天井には大きな照明。
速水はセミダブルのベッドに横になる前に、窓際の書き物用の机に座ってノートパソコンを開いた。
エリックにどう打つか考えて、結局、寿にメールした。
時差もあるし電話は夜だな。
それまでにどう切り出すか考えよう…。その前に寝よう…。
速水が起きたのは午後二時を回った頃だった。
セットしたタイマー通りに目が覚めた。
リビングに降りる。
今速水が降りてきたのは部屋の端にある踏み板の白い階段で、金属の棒で出来た手すりはやはり白。
正面は全面ガラスになっていて、庭が見える。
右手の白いソファーの方を見ると、ウィルが居た。どうやら仕事をしているらしい。
ウィルはカウンターキッチンを背に座っている。
「やっと起きたかハヤミ。皆は踊ってる。歌ってもいたな。こっちに座れ」
ウイルが速水に声を掛けた。
使用人兼マネージャーのルークは速水を見て席を外してしまった。
キッチンの奥へ行き、食事に火を入れ始めた。目が合った速水は笑って会釈した。もちろん彼とも顔見知りだ。
広いリビングの中央には、天板の白いテーブルが二つ横に並んでいる。
席は片側に六つずつ。つまり十二人が一度に座る事が出来る。
今朝はこのテーブルで食事を取った。
「…今度は全米ツアーか?」
速水はウィルの向かいに座り、彼が押さえるつもりの会場を見て言った。
食事中に汚したらいけないので、目の前の書類を崩さないようにそっとよける。
速水の右手側には開けっ放しの分厚い両開き扉があり、廊下。
その向こうはダンスホールになっている。
レオン達はそちらにいるらしいが…今は扉が開いていても音楽は聞こえない。
カモメや色々な鳥の声が聞こえる。
ロスと違って、ここでは海猫は鳴かない。
冬だがやはり寒くは感じない。空調は少し効いているのだろうか?
季候おだやかなサンフランシスコの、おだやかな昼下がりだ。
速水は見るとも無しに書類を眺める。
「これも退けるぞ」
「―ああ。と言ってもこれは来年の予定だ。今年のは半年くらい先で、夏から四カ所か。ブラジルにも行く。見たいならチケット送るぜ。ん?そうだいっそゲストで出るか」
「ゲストって…。俺がDJのライブに出てどうするんだよ…誰も喜ばないだろ。観客でいい」
速水は苦笑した。
「お前分かって無いな。今度の仕事でお前はスターになるんだぞ」
ウィルが呆れた。
「だからって…。一応、反ネットワーク活動家だし…大会も、ジャックはWBKの方は出るなって言った。多分ネットワークが締めてたんだ。ウィルは大丈夫なのか?」
速水は資料をパラパラとめくる。大きい会場ばかりだ。
「まあ、俺は。…だが歌にせよ、ダンスにせよ、DJにせよ。駆け出しのアーティストはかなりキツイらしい。俺も長くやって。ようやくここまで来たんだ。初めは会場一つ取るのにも苦労したな…。全部奴らが先に押さえてるんだ。けど要は実力。本物なら網から抜け出せる」
ウィルは上手いことを言った気らしい。得意そうにした。
「どうぞ」「ありがとう」
ルークが簡単な食事を運んで来た。と言ってもスープも付き、さらにちょっとしたステーキ。付け合わせ、サラダ、ライス。それなりに豪勢だ。箸があるのはやはりありがたい。
「面倒な感じだな」
速水は他人事のように言った。箸があるのでまず手を合わせ、箸を取り。食べ始める。
「お前、他人事じゃないぞ?これからも踊るんだろ。それとも、このまま地下で反ネットワークの旗印を目指すか?」
ウィルは速水を見て言う。
「ウィルはいちいち大げさだな。トレードマークって」
速水は苦笑した。そして少し手を止めた。
「そう言う派手な役割とか、俺には向いてない…」
溜息をついた。
「そんな事は無いぜ。お前、ホントに昔から、どうしてそんな自信ないんだ?そりゃ死にたいくらい大変なのは知ってる──。けどお前以外にだれがいるって言うんだ。キングもダンスは凄いらしいが、クランプはマイナーすぎる。彼に活動を任せて、お前は知名度。それが良いと思う」
ウィルはさらに続ける。
「二代目ジャック。お前、その名前の意味分かってるか?お前はジャックの志を継ぐんだ。──『世界は、自由だって、ダンスで伝える』ジョンはその為に頑張ってたんだ。そりゃ、お前と組むって聞いた時は気が触れたのかと思ったが…。あいつは正しかったんだ。くそ…どうして死にやがった…」
「…ウィル…」
速水はくやしそうにするウィルを見た。ウィルは拳を固く握りしめていた。
「お前は俺が踊ったら、嬉しいか?」
速水は尋ねた。
「え?…ああ、もちろん!!お前のダンスは──」「俺は」
ウィルはその先を言おうとしたが、速水の言葉がかぶった。
「俺はジャックにはなれないって思ってた。ジョンの代わりなんて出来ないって。今でもそう思う『JACK+』は…ジャックのおまけ。俺が適当に考えた名前で…今もその通りだ」
いつになく、速水は真剣な様子だった。
ウィルは無言で先をうながした。
「ウィル…俺は、ずっと迷ってた」
「ああ。旗印として立つって事か?」
「あ、いや―、俺は二代目『ジャック』になろうと思う」
速水は言い切った。
「―は?」
「皆、気が早すぎ。俺、別にジャックになるなんて言った覚えないし。旗印だってもっと他にいいやつが居るし──ああ、ウィルはノアって知らないよな。地下の仲間だったんだけど、そいつが凄い奴で、綺麗な、超格好いいダンスするんだ!俺はあんな風に踊りたいっていつも思ってたから、ウィルのアイコンも──?」
速水の語尾が上がった。
「…ハ・ヤ・ミ?」
涼しい気がして、速水が右横を見ると、レオンが青筋を立てていた。
他の皆は目を丸くしている。
「正座しろぉ!!!!!」
「!」
速水は慌ててソファーから降りて正座した。逆らったら不味い気がする。
「お前この後に及んでどうもやる気なさげだと思ったら──!!この馬鹿タレ!!今更それか!!?」
馬鹿かおまえ馬鹿なのか!!?
そしてレオンはひたすら速水をどつきながら説教を続けた。
スクール時代に始まり、アンダー、外に出てから。日頃の恨み辛み。
ついでにちょっとの感謝。イヤ違うむしろ俺にもっと感謝しろ―!!
「ぶわっくはは!!」
ウィルが吹き出し笑い転げている。
小一時間ほど後、速水はレオンに土下座した。
「…すみませんでした。俺、これから頑張ります…」
ぐうの音も出ない。
…レオン様のおかげで、今まで速水は無事にやってこられたのだ。
「ほら、ちゃんと二代目って宣言しろ。ここにいる皆に挨拶しろ!!気まぐれで撤回すんなよ!!」
レオンは念を押させる気らしい。速水の肩を蹴飛ばした。
「皆さんもよろしくお願いします…俺が二代目ジャックです…」
皆にも挨拶した。
『アビーが絶句したの初めて見た』
後にクリフはそう言った。




