第8羽 ノア ④百億 /日本円換算 -5/7-
入って来たのは息を切らしたエリックだった。
「オフィスに行こうとしたら──出くわして」
そして運営から封筒を奪ったらしい。
「…クソっ」
レオンは紙を握り潰した。
「──くっそ…やり方が汚い!」
ノアも怒っている。ベスは呆然としていた。
日付は件の十三日から五日後、十八日。
同じ相手が、きっかり三割引いて…。日本円で七十億の詫び金。
断られたらそのままその金をつぎ込む気らしい。
「十三日の詫び金を…支払いますか?まだ伝えていませんが」
エリックが言った。
百億、支払っても…。次はもう断れない。
「──この相手は、節操が無い。何が何でもという気でしょう」
エリックが肩を震わせ怒っている。
その怒りようが、尋常では無い。手紙は持ってこられた時、すでにぐしゃぐしゃに握り潰された痕があった。
「…ハヤミは?どうなんだ?実際」
レオンは聞いた。
「―」
エリックは目をそらした。
「病気なの?」
「…すみません。本人から──…口止めされています…」
項垂れた。
それはレオン達には分かっていた。
「…エリック、エリックはハヤミのスポンサーと連絡取れるか?」
レオンが尋ねたが、エリックは首を振る。
「いいえ。私はツテを持っていません。連絡先を知っていたのはサラです。ですが彼女はまだ行方が…」
「スポンサーって誰なの?そこに助けて貰えないの?わからないけど…もう入院とか、その方が良いんじゃないの」
ベスが言った。
「…言い辛いのですが…。向こうは、いくらでも金は出すが、引き上げる気は無い。あるいはずっとハヤミがここにいても良い。…そう言う感じなんです。特に、名前を出すのは…固く禁止されています」
エリックが苦悩も露わに言う。
「?…何だ、それ?金だけつぎ込んで…?ずいぶんおかしな話だな」
レオンが首を傾げた。
エリックがカーテンをのぞく。
気になったと言うよりは、追求を避けるためだろう。
「エリック、頼むから、もう言ってくれよ。末期ガンで余命あとわずかとかでも良いから…。──が、そのわりには、速水は健康っぽいか?…もう、何なんだよ」
レオンが天を仰ぐ。
もうそれでも仕方無いと思う。
しかし、それらしいそぶりも、痛がる様子もあまりない。
顔色は若干良くない…。
しかし夜もぐっすり眠っているようだし──いや、これは睡眠薬とかか?
そう言えば、昼間少し眠そうだな──それは睡眠薬のせいかもしれない。
「…たまに息を詰めているような気配はあるが…。ダンスもしてるしな…。最近はずっと勝ってるし、踊れてれば良いのか…?」
レオンは溜息を付いた。
「ハァ…踊れば、負け無し、か」
そして呟く。
…踊れば、負け無し。
そう言ったのはMCだ。
だが、踊り終わった後の、暗い瞳。何を見ているのか。
間違い無く、悪くなっている。
自分の中の何かを削って、それでも速水は歓声の中に立つ。
…止まったらチームが負けるから。ペナルティがあるから。
「貯金は…どうする?もう俺が行ってもいいけど…しつこそうだよね」
ノアが、端末を持って言った。
「ハヤミと相談した方が良いのかしら…勝手に決めたら、彼、暴れそうよね…」
ベスが言った。
「…ベスもそう思ってたのか」
レオンが意外そうに言った。
エリック、…また明日来てくれ。
何かあったら呼ぶ。
誰とも無くそう言った。
■ ■ ■
翌日、起きた速水は元気になっていた。
速水はさっさと着替え、今日は練習に行くつもりのようだ。
『もう大丈夫だから、今からショーの、振り合わせをしよう』とレオン達に言った。
「で、ハヤミ。呼び出しはどうするんだ?」
レオンは聞いた。
「そうだな…、もう俺が行くのがいいと思う。行って殴ってくる」
速水は笑って無茶を言った。
「…ですが」「大丈夫」
エリックは乗り気で無いが、結局、速水の言うことを聞いた。
「おま…行けるのかよ」
レオンが顔をしかめた。
「…ゴメン。ホント良くなったから。エリックは大げさなんだ──」
レオンはその日、速水を目で追っていた。
速水の大丈夫という言葉はうさんくさいが。動きはおかしくない。と思う。
…じろじろ見るなと言ってきた。
「おい、ハヤミ。お前、耳が悪いって?」
レオンはもうやけっぱちで言ってみた。
「──ノアが話したのか?」
速水は少し微妙な顔をした。
ノアはげっ、と言う顔をしていた。
「怒るなよ。お前、もう少し、俺たちに打ち解けてくれよ。日も浅いが…そんなに駄目か?」
レオンは言った。
「別に、そんなに耳は悪く無い」
速水はやや的外れな事を言った。
ノアは苦笑され、ホッとしたようだった。
「またか。お前そうやって、たまに嘘付くよな…いや、隠し事か?」
レオンは速水のその癖に気がついていた。
「一応、俺とお前は外に出たら、ネットワークを倒す仲間になるんだ。隠し事は──そもそもお前──もっと―」
レオンが速水にくどくどと言いつのる。
「あ、そう言えばノアは?ネットワーク狩りに参加するのか」
「おい」
レオンの言葉を切って、速水はノアに聞いた。レオンが文句を言う。
「俺?俺は…暇だったら。だって俺、戦うとか、よく分からないし…父親って忙しいんだろ?」
そう言って、ノアは床を少し蹴る。
「あーもう、俺、いっそここでプロになろうかな。ほら、居残り組っているし。ファンクラブとかあって楽しそう」
ノアはわりと本気な様子で言った。
…勝ち数が五十を越えた後、ここにそのまま居残る者もいる。居残り組になると格段に自由が利くようになる…らしい。
外で講演できたり、ソロでも活動出来たり。豪華なホテルに住む事ができたり。
公式ファンクラブも設立されるし、ファンクラブの力で呼び出しも無くなる。
上位は大体そう言う者達だ。
「…そうだよな。けど…。俺は嫌だな。ダンスって──世界って、もっともっと自由な物だと思う。こんな、ネットワークなんて、凄いおかしい。…俺が言うと変だけどな」
速水は笑った。
苦笑と言うほどでも無いし、静かな微笑みでも無い。
押さえたような笑いで、その割りにノアを揶揄する響きも無い。
「…そうだよね」
ノアはそう言った。
「ハヤミ、私も踊ろうかしら?」
ベスが立ち上がる。
「クィーン!それはちょっと」「そうだよ、頼むから!」
速水とノアが慌てて、そして顔を見合わせて笑った。




