第8羽 ノア ④百億 /日本円換算 -4/7-
十日。今日はKRUMPのバトルだ。
今日の出来如何で、速水の命運が決まる。
勝って、金を稼ぐ。最低八億。
…速水のスポンサーは、ブレイクを見に来る事が多い。クランプにはあまり来ない。
――何としても勝たなければ。
いけないのに。
明け方、小さなうめき声が聞こえた。
「おい…ハヤミ?入るぞ!」
さすがにレオンはカーテンを開けようとした。
が、開かない。速水が合わせ目を押さえているのだ。
「…エリックを呼べ!!!!」
速水が大声で叫んだ。
まだ寝ていたノアが、ベットから飛び起きた。
ベスも出てきた。…それくらいの大声だった。
「…大丈夫だ」
そしてそう言う。
「お前―っ、…っ」
レオンは自分を抑え、振り向き、どんどん、と扉を叩いた。
エリックは、来てすぐ速水のスペースに滑り込んだ。
「――ハヤミ…」
「エリック。何か、効くやつ頼む。頭が痛い」
…カーテンの中で、そんな会話がされている。会話と言うより命令だ。
「分かりました…」
エリックは程なく出て来た。
「…では」
そう言って素早く去って行った。
レオンは勢いよくカーテンを開けた。
速水は左腕を押さえ、ベッドの上で体を起こしていた。
「おい。お前いい加減にしろ。一体何なんだ!!」
「―、だから、偏頭痛。ちょっと黙ってくれ。注射したから」
「偏頭痛で注射だと?」
レオンが言った。
「頭痛に効くやつらしい。よく知らない。クランプには出る。寝かせろ」
速水は言った。さっさと横になる。
「~~っ」「おい!」
レオンが、速水に殴りかかろうとして、ノアに止められた。
ベスがカーテンを閉める。ノアはレオンを引っ張った。
■ ■ ■
「ぜったい嘘だろ!」
おなじみの個室で、レオンは怒っていた。
「そうね。…多分…違うと思う…。けど、分からないわ…。私も、めまいがして、起き上がれない時はあるから…何なのかしら…」
ベスが溜息をついた。
「今日は負けられないんだ…」
レオンは頭を掻いた。
今日は四月十日。負けたら十三日までに詫び金が足りず、最近やたら具合の悪い速水が呼び出しをくらう。
そうなったら、その後…速水の調子がどうなるか分からない。
速水が倒れればこのチームは終わる。
「二人じゃ、絶対勝てないもんね…」
ノアがベスのベッドに座り、しょんぼりと言った。
「ごめんなさい、私がこうだから…」
ベスが大きくなった腹を撫で、申し訳無さそうにした。
「それは…言っても仕方無い」
レオンが言う。
「エリックは、口止めされてるのよね。きっと」「間違い無くそうだろ」
ベスとレオンが話す。
「…レオン、前は部屋一緒だったんだ。心当たりとか無い?」
ノアがレオンを見ずに呟いた。
「…お前こそ、練習とかずっと一緒だろ」
レオンはベッドの縁にすわる。ノアと反対側だ。お互いに背を向ける。
「…。ハヤミ見て来る」
ノアは立ち上がった。
■ ■ ■
「…ハヤミ、大丈夫?」
カーテン越しに、ノアが聞いた。
「ねえ、俺、あのこと皆に言ってないけど、それと関係あるの?」
ノアはつぶやく。
「…一時間前に起こしてくれ」
速水はそう答えた。
その夜、クランプで速水は踊った。
そして三人は勝った。
不思議だが、速水の踊りはますます冴えているように感じる。
「…」
そして速水は部屋に戻るなりベッドに倒れ込んだ。
「よし!セーフだな…、ゆっくり休め」
すぐ端末を見て、レオンは言った。返事は無かった。
ベスがエリックを呼んだ。
「すみませんが…」
エリックに言われた。
すっかり待合室と化した個室で、レオンは嘆息した。
「…スクールで初めて倒れた時、俺が聞いておけば良かったんだ」
「心当たりあるの?やっぱり…病気なの?」
ベスが聞いた。
「知るかよ…」
レオンは頭を抱えた。
それきり、レオンは黙り込んだ。
そして立ち上がる。
「とにかく、運営に支払うって、エリックに言わなきゃな」
その前に。一応、カーテン越しにレオンは聞いた。
「…お前、どこが悪いんだ?」
「どこも悪くない…。ちょっと最近疲れてて。大分良くなったから。部屋から…出て来るなよ」
速水はお決まりのセリフを、いよいよ大丈夫ではなさそうな声で言った。
しばらく後、エリックが出て来た。
「睡眠薬飲んで、寝てますから…。明日また来ます。何かあったら呼んで下さい」
「エリック、十三日の速水のお誘いだが―、貯金で払う」
レオンは言った。
「…それが良いでしょう。伝えておきます」
エリックは出て行った。
「ハヤミ…」
レオンは話し掛けたが、返事は無い。
少しのぞいたが、ぐっすり寝ているようだった。
レオンはまた個室に入った。
「レオン、俺、…」
レオンが入ると、ノアが個室のベットに腰掛けてうつむいていた。
「ノア、お前やっぱり何か知ってるのか」
レオンが聞いた。ノアはこの前何か言いかけていた。
「―ノア、話して…」
ベスもノアの手を取って言う。
「だって、多分関係無いんだ。本当に…絶対、違うと思う」
ノアは言った。
レオンとベスが、ノアを見た。
「ハヤミ…多分だけど。耳が悪いよ」
ノアはぽつりと呟いた。
「!!?」「――えっ!?」
意外な言葉に、レオンとベスが驚いた。
「ちょっと…本当なの?それ…!」
ベスは声を潜めて聞いた。
ノアは自信なさげに首を振った。
「しっかり聞いたわけじゃ無い…、けど、スクールにいた頃、おかしいなって思う事があって――」
ある日、速水に付き合い居残り練習中、ノアは音楽係として曲をかけた。
『じゃあ、つぎは――でいい?』『ああ』
『じゃあ、かけるね』
速水も知っている曲名を言って、スイッチを入れる。
――が、中身が違うCDだった。
ノアはイントロであれ?と思った。しかし速水はそれに気づかず踊り始めた…。
十数秒ほど後、ノアが曲を止めるまで。
「その後指摘したら、…言うな、誰にも。って、ハヤミに睨まれて言われて…。それきり。けど、それって全然、関係無いだろ?実際ハヤミはムカツクくらい踊れてるんだし…。なら別に大した事ないのかなって…」
ノアの声の調子が、途中で変化する。ノアは言ってみたものの、確証が無いらしい。
その後うーん、と言ってノアはわしゃわしゃと頭を掻いた。
「確かに、踊れてはいるが…、と言うかあいつ――!それで俺たちの前で曲聞きたがらなかったのか…?くそ。隠し事の多い奴だな…」
レオンは舌打ちした。
「…難聴かしら?」
ベスが聞いた。
「いや。多分…違うと思う。だって会話は超普通だし…。絶対音感?とかじゃない?」
ノアが言った。
「…それなら悪いって事は無いだろ。むしろ良いくらいだ」
レオンは息を吐いた。…そして、首を傾げた。
「…ノア。あいつ、そう言えば、座学が駄目だったよな…音楽の」
「ああ、そう言えば…」
ノアも思い出す。
「向こうで…ハヤミの語学のノート見たが、結構キッチリかき込んであった…。こいつ頭は悪く無さそうなのに、何で音楽はさっぱり駄目なんだ?と思ってたんだが…耳?…寝る時、耳栓するのも…もしかして、そのせいか?」
「ねえ、レオン」
ベスが言った。
「私達、ちょっと…何て言うか、ハヤミに、頼りすぎてたんじゃ無いかしら…」
ベスは俯いた。
「―え?」
ノアが言って、レオンも、「ん?」と言う顔をした。
ベスは少し涙ぐむ。
「ここでこれだけ踊れてるって、ハッキリ言って、異常よ?…私達ずっと…、…彼なら大丈夫、勝手にやるだろう、彼は放っておいて―自分達の事を考えようって。彼の事を考えようとしなかった…。…それって、彼にしたら酷いって思うんじゃないかしら…。だって誘拐されて…いきなりここに来て、『こいつら』と今から踊れって…、彼、英語が出来たから良かったけど――もし言葉が話せなかったら、もっと大変だったわ」
「うーん…確かに。俺、ハヤミならついて来られるからいいや、って思ってたかも…」
ノアは唸った。
「ノアはハヤミをどう思うの?」
ベスが聞いてきた。
「え、俺?…ええと」
ノアは改めて考えた。自分は速水をどう思っていた?
――そう言えば、ノアは速水を友人とは思っていなかった。良くてライバル?
他には?
才能があって、うらやましいと思っていた。ズルイとも。
ベスとイチャイチャして、ウザイと思っていた。
けど、頼れるし、プロだし、外のことを教えてくれるし、優しいし、嫌いでは無い…。
「俺は…ハヤミをまだファミリーとは思って…、ないや。うん。フレンドでも無いし…せいぜい、むかつくライバルで偶然出会った新しいダンス仲間かな?けどベスの事で、ものすごく感謝してる!」
ノアはとても素直に言った。
「ノア…とっても素直な意見ありがとう…」
ベスは溜息を付いた。
レオンも呆れた。そして溜息。
ノアほど素直では無いが、三人とも…大体同じだった。
レオンでも六、七年。ノアとベスに至っては十年。
…三人で一緒にいた年数が多すぎて、速水はよそ者と言う感覚がまだ抜けないのかも知れない。
「……これじゃ、俺たち信用されないよな」「そうよね…」
ノアが肩を落とし、ベスと一緒にションボリした。
「向こうも少しずつ打ち解けて来たとは思うが…。もともとハヤミは極度のコミュ障だしな…」
レオンが溜息をついた。
速水は、性格もそこまで悪くは無いのに、なぜか友達は隼人くらいと言う筋金入りだ。
「…このまま、ずっと余所余所しいままなのかしら…。この子、『ハヤミ』かもしれないのに」
ベスがまた大きくなった腹を撫で、悲しそうにした。
「ベス…まだ間に合うよ!こうなったらもういっそ、フレンドから―」
ノアがベスの手を取り、腰を浮かせて、珍しいリーダーシップを取ろうとした時。
個室のドアがノックされた。―ドンドンと。




