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第8話 ノア ②ワイルドカード /KRUMP -4/6- 

速水はシャワーを浴びながら考えようと思ったが、とりあえずバスタブでリラックスしてしまった。…大分疲れている。

風呂から上がり、髪をぬぐい、しばらく鏡を見ていた。

…三人の中ではノアが一番器用だったので、ハサミで毛先を少しカットして貰った。


薄い扉の外ではレオン達が何か白熱した様子で言い合っている。

『―だから』『―でも』『―じゃない』『おい』『いや―』

もちろん、ほとんど聞き取れない。


速水はやたら音のうるさい大きなドライヤーで生乾きの髪を乾かし始め、六、七分ほどで乾かし終えた。

部屋に出ると、皆が居なかった。

どうやら速水が髪を乾かす間に個室に移動したらしい。

速水は訝しんだが、とりあえず先に眠る準備をする事にした。


しばらく軽いストレッチや身繕いをして待っていたが、一向に出てこないので、勝手に電気を消して横になった。



■ ■ ■



「…」


レオンは、嫌な予感がした。

と言うか、この部屋の全員。


速水がいつもの時間になっても起きて来ない。カーテンは閉まったままだ。


昨日のステージは大成功だった。

レオン、ノア、速水。

格上相手に、レオン達は一人足り無いながらも勝った。


大歓声の中の終焉──。


が、これはいただけない。


「ねえ、ハヤミ?起きてる」

ベスがカーテンの側に立ち、遠慮がちに聞いた。

「…悪い、エリックを──」


そら来た。


「ハァ…」

コンコン、とレオンは外への扉を中から叩く。

扉の外には常時ガスマスクが居て、用があるときはこうする。


「おい、エリックを頼む」

投げやりに言う。



「―ハヤミ!」

しばらく後。ドアが開き、エリックが文字通り駆けつけてきた。


どうやらすぐ近くに部屋があるらしく、いつも素早い。入ってすぐ左側、カーテンで仕切られた速水のスペースに入ろうとする。勝手に入って良いのはエリックだけだ。


「申し訳ありませんが、個室でお待ち頂けますか」

エリックは言った。


「別にいても良いんじゃないか?」

「すみません。ついでに少し、彼と内緒話がしたいんです」

いぶかしがるレオンにエリックは笑って言った。


「ハァ…」

「全くもう」「大丈夫かしら」

皆、溜息をつきながら、ベスは心配しつつ、クイーン用の個室に入る。


「悪い」

五分ほどで速水が個室をノックし開けた。

「エリックは?」

「帰った」

そう言う。全く普段通りで、エリックと何か画策しているだけではないか―?

一瞬そう思える。


「お前、前もあったよな」

実はアンダーに来てから速水が倒れるのは、二度目だ。


一度目は、初ステージでクランプをして、大歓声の中、バックヤードに戻った直後。

ガクリと気を失って倒れた。

エリックが慌てて拾って部屋で寝かせた。

ステージで興奮しすぎたせいだろうと皆気にはしなかったが…。


「スクール時代をあわせて三回か。ん?…まあ、別に多いって程でも無いか?」

レオンは、指で数えて言った。


「ああ。別に、ただの風邪だし、今日寝てれば直る」

速水はカーテンの奥に消えた。



■ ■ ■



「レオン、話がある」

夜、起きたらしい速水が、カーテンから出て来た。

ノアは『呼び出し』を喰らってしまい今はいない。


「何だ?昨日の返事か?」

レオンはベッドフォンをずらし速水を見た。

「いや、違う」

速水は否定した。


今はサイフォンは、部屋の隅の棚に移動させて、その代わりにラジカセが置かれている。


一応ここでは音楽関係の道具やCDは言えば自由に貸して貰える。

このラジカセはもうずっと部屋に置いたままだ。

編曲に関してはそれ専門のスタッフがいて、そいつらと設備のある部屋で協議する。


速水は、テーブルの上にある、編曲されたラベルの無いCDを見る。

「これ、次のか?」

ぱか、と速水はラベルの無いCDの蓋を開け、また閉じてテーブルに置いた。


「ああ。昼間出来上がった。聞くか?」

速水が寝ていた間だ。持って来たのはガスマスク。

「後で聞く」

速水はいつも、CDを自分のスペースに籠もって聞く。

「で、話って?」

「ああ。情報の共有」

速水は自分のスペースから五、六歩すすみ、椅子を引いてレオンの向かいに腰掛けた。


「情報って、なんだまた何かあるのか」

レオンが適当に聞く。


「あるって程じゃないけど。ベスも呼ぼうかな」

速水は立ち上がり、振り返ってベスの個室の扉を叩いた。


「ベス、ちょっと良いか?」

速水に呼ばれ、ベスが出て来る。

「何?」

「少し話がある」

「…今じゃないと駄目?」

少し不機嫌そうだ。…ノアが呼び出されたからだろう。

「ああ」

速水は、すこし申し訳無さそうに頷いた。


「わかったわ…」

そしてベスと速水がテーブルに付く。当然速水はベスの為に椅子を引いた。


「あら…新曲ね。…それで何かしら?」

ベスが右隣の速水を見る。


「エリックについて。レオンは何で俺がエリックを信頼してるかって聞いたけど」


「―エリック?」

唐突に言われて、レオンは訝しんだ。

速水は続ける。


「今朝、本人に確認した。──エリックは、サラの旦那だ」


速水の言葉に、ベスがはっとした。

「やっぱりそうだったのね…」

そしてそう呟いた。


速水は微笑した。

「多分、ベスは気づいてると思った。レオンはザル」「おい」


ベスも微笑んだ。

「ええ。何となくだけど…」


彼女は思い出す。

「多分、…エリックの服ってサラが選んでたんじゃないかしら?サラのスーツと、エリックの小物のブランドが一緒だったりとか…それも、一回くらいだったかしら…?」


「そんな事あったか?…まあ、俺がその日会ってないだけか」

レオンは首を傾げつぶやく。

エリックは速水の世話役だったし、レオンは運営のサラに毎日会うわけでも無かった。


「本人もそう言ってた。服のコーディネイトはサラ任せだったって。それに、こっちに来てからかなりあからさまだったから…」

一度血を拭こうとしてピンクのハンカチを渡された時は一瞬引いた。

隼人じゃないが、エリック、趣旨替えか?と。

が…それは閉じ込められた日、サラが持っていた物だった。


「奥さんの選んだ服を褒められて喜ぶなんて、良い旦那さんよね…」

ベスは少しうっとりしている…。


「なるほど。…それでお前、エリックにやたら気安かったのか。ん?でもサラがお前の味方って分かったのは、向こうを出る直前だよな?」

レオンが速水に言った。


「ああ。正直、スクールにいた頃はあまり信用してなかったけど…今は信用してる」

うなずき、速水は答える。

「そりゃ良い事だ。エリックは大変だろうが…、で、それだけか?」


「あともう一つ、ノアの契約だけど…」


ここに来た初日、速水は契約書の控えを皆に見せていた。

その後、サラとの事を全て話した。


そして、ベスの予期せぬ妊娠が判明し、──速水の子供と言うエリックの報告で、あっさり産休の許可が下りた。


もちろん、あっさり過ぎる。

そこで速水はふと気になり、ノアの契約を聞いてみた。


『ああ。俺、…父親がいるらしいんだ』

ノアはそう言った。

それに会わせると言う条件で、ノアはダンサーになると決めたらしい。


その父は、事情があって幼いノアを孤児院に預けていた…。

そしてスクールに推薦した。


「君の父は、ダンサーとしての君の成長を楽しみにしている」とか何とか。

当時十歳のノアに、運営が言ったらしい。

その時、ノアはスクールに入って六年目。


…ノアだって、そんな馬鹿な話は信じていない。

だったら会いに来いよ、なんて言っていた。


『俺の成長を楽しみにしてるって、まあどうせ嘘とか、奴らの罠だろうけど…』


『父親が…もしまともな人間だったら、会いたいか?』

速水は聞いてみた。

『会ってぶっ殺してやりたいよ。スクールどころか、さらにアンダーなんて。まともじゃないぜ』

ノアは嘆息していた。


レオンは、速水の言いたいことが何となく分かった様子だった。

「ははぁ…」

とか言っている。速水は頷いた。

「…もしかしたら、違うかも知れないけど、ノアの父親は運営の中にいるのかもしれない」

「それで許可が下りたんじゃないか…そう言うことだな?…確かに、絶対おかしいとは思ってたが」

レオンが言った。

ノアとベスがスクールで恋人だった事を運営が知らないはずは無い。

最も『アンダー』の観客達は、速水とベスが恋人だと今も信じているのだろうが…。


「運営は…何か企んでるのかしら」

ベスも眉をひそめた。


「ゲテモノの話だと、ジョーカーはかなり性格悪いらしいから。…ノアの父親…それを込みで、エリックの請願を通した…そう考えるのが一番しっくり来る」

「そうね…そうかもしれないわ」

速水の言葉にベスがうなずく。


「まあ、連中の腐ったのは、今に始まった事じゃ無いしな…。大いにありそうだな」

レオンも同意した。


「ああ…」

速水は溜息を付く。


──ネットワーク…。

たぶんジャックを殺し、それを平気で報酬とかのたまう。

さらにレオンの兄をどうにかし、レオンをここへ入れた?


それに加え、速水にはまだ他にも気になる事があった。

まさかそこまで──とは思うが…。この様子だと。


もしそうだとしたら、世界平和が聞いて呆れる…。


「けど、そうだとすると…ノアの父親は、かなり上の方なのかしら?」

ベスが腹を撫で呟く。

「幹部クラスって可能性はあると思う。話は…それくらいかな」

速水は今言うことは言ったので、席を立とうとした。


「そうだ、ハヤミ…、この際だから言うが―」

「ねえ…!ハヤミ。あなた、他に言うことは無い?」

レオンの言葉を明らかにベスが遮った。


「他に?いや」

速水は首を傾げた。

「…ここに来て、困ってる事とか、ない?」

ベスが気遣わしげに尋ねた。


速水は少し考えた。

「別に、レオンのいびきが五月蠅いくらいか──?けど耳栓あるし…、それは向こうでもそうだったから。…レオン、次これ借りて良いか?」

「ああ。もう使って良いぞ」


速水はラジカセ、ヘッドフォン、ラベルの無いCDを持ちカーテンをくぐった。


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