第8話 ノア ②ワイルドカード /KRUMP -3/6-
「お帰り、みんな!」
ベスが笑顔で出迎える。彼女は端末でライブを見ていた。
「ただいまベス!」「最高だったね!」「ああ」
ノアとレオン、そして速水が部屋に戻る。
目隠しが取られる。手錠が外される。ガスマスクはお役ご免だ。
移動の最中も会話は弾んでいた。
「凄かったわよ!もう、最高!」
ベスが跳ねる。ノアの頰にキスし、速水に抱きつく。
「こら、ベス、あまり跳ねるな」
レオンが注意する。彼の表情も明るい。
レオンが椅子に座り、いつもの様にデータを確認する。
ベスが早く見て見て見せて、と言わんばかりに椅子に座り、ノアと速水は端末を後ろからのぞき込んだ。ベスはレオンの隣に座った。
「おお、…凄い金額だな」
レオンが呟く。
一度のショーで、日本円にして約十億八千万円の貯金。
賭けられた金額はもっと高いのだが、その一部でこの金額。これがチームの貯金になる。
「今日は客の入りが良かったよね。多分ハヤミのスポンサーはいなかったけど。えっと、これで何勝だっけ?」
ノアが左を見て速水に聞く。速水のスポンサーが居る時は金額が跳ね上がる。
「十六勝。まだまだ足りないな」
速水が端末を見つめたまま返す。
「ハヤミ、きゃーきゃーって、凄い悲鳴だったね」
「ノアもな」
速水は苦笑する。
メンバーになり、お気に入りのダンサーを見に来る女性も多くいる。もちろん金持ちだ。
この部屋のスペースは入り口から見て、入って左が速水、その奥の個室がベス。
入って右がレオン、右奥がノア。
各スペースの間は間隔が空いていて、カーテンを閉めれば、本当に申し訳程度だがプライバシーが保てる。
…まさしく、病室のような造りの部屋だった。
違うのは、入り口から右手奥に、扉が二つあって、その先にシャワーとトイレがある事くらい。
「さて、今日はさっさと休むかな。明日からはまたショーの練習。大詰めだ」
「いつも思うけど、ブレイクショーあると、せわしないよね」
「さて、俺!先風呂入る。ハヤミは?」
ノアが言った。
「ノアの次に入る。レオンは後」「げ。…まあいい」
「ならお湯張っとく」「サンキュー」
「じゃあ私は、中にいるわね」
ベスが個室に入る。
彼女は男達の裸…主にタオル一枚でうろつくのはレオンだが…、をあえて見たくないらしく、ラッシュが始まるといつもそうしていた。速水としても助かっている。
レオンが冷蔵庫を開ける。中にはチョコレートとミルクとミネラルウォーター。
スクール時代より充実している。棚にはコーヒー豆とコーヒーミルもある。
「ん、お前水飲むか?」「貰う…喉渇いた。暑いな」
速水は、レオンが冷蔵庫から出した真新しいボトルを受け取り、蓋を開けてゴクゴクと飲む。
レオンはシャツを脱いで体を拭いている。
速水もボトルを置き、タオルで汗を拭く。いつもの事だが、汗だくだ。
速水はタオルをテーブルに適当に置き、端末の前の椅子に座った。
端末は先程から放置されたままだ。
「…」
スリープになった画面を起こし、しばらく操作する。
今、画面には『Fam No.238』と表示されている。
ファムはFamily。ここではチームと同義で使われる。
K(L) …Lronardo (US) age25
Q …Elizabeth(US) age21―now rest
J …JACK (──) age18
A …Noah (US) age17
データは年齢順に並んでいて、Lはリーダー。
名前をタップすればメンバーのプロフィールが表示される。
他のチームのデータも閲覧が可能で、順位順に並べ替える事も可能だ。
プロフィールには適当な顔写真が添付されている。
しかしこれは人物によって更新がまちまちだ。例えばレオンとベスはすぐ写真がアップされていたが、速水とノアはまだ何も用意されていない。速水に至っては元が誘拐なせいか名前も、国籍すらない。
速水はその画面を、下へとスクロールし、ドルを日本円に換算する。
『順位…96/242
勝ち17・引き分け3・負け2
勝率…7.65
プール金(貯金)…約186億円
一人頭支払い金…約5億3000万円』
──またチームが増えたな…。今96位か…かなり良いと思う。
けれど、まだまだ、出られない…。
「ハァ」
速水は溜息をついた。
「何だ、また溜息か?お前いつもそうだな…」
レオンがそんな速水を横目で見て言った。
「早く、ここから出たいな…」
速水が呟く。
「って言っても、この調子じゃあ…あと一年はかかるぞ?…おお。こりゃあお前も、出たら大金持ちになれるな」
レオンが横から分け前をのぞき込み、にやりと笑う。
「別に、金は良いから…俺はとっと出ないと──。……隼人が心配する」
速水は口癖のように言った。
「またハヤトか。…お前やたらソイツにこだわるな…まさか…」
レオンが、ゴホンとわざとらしい咳払いし、言葉を濁した。
「別に、普通だろ」
速水は首を傾げた。隼人は親友だし、当然だ。
「お前…普通か?──、まあ、俺には関係無いか。と言うか…お前、家族は?」
レオンが聞いた。
「家族?」
速水は聞き返す。
レオンが左隣の椅子を引き出し、速水のすぐ隣に座った。
「もうすぐ半年だろ。…そろそろ騒ぎ出す頃じゃないのか?運営がごまかしてるにしても」
レオンは気遣わしげに速水を見た。
「俺はダンスする為に、家出してたから。…多分知らないし、騒がない」
速水は答えた。
「ああ。言ってたな。…そんなに仲悪かったのか?」
「悪いってほどじゃない」
速水は返した。
「家族構成は?親父とか、母親、とか元気なのか?兄弟はいるか?」
レオンがさらに聞いてくる。
「?何だ、いきなり?」
速水は訝しんだ。
「いや、この際だし聞いとこうと思って。…お前、何でダンス始めたんだ?実際、かなり出来る方だと思うが…確かブレイクが六、七歳からって言ってたよな。その前はニホンブヨウだってノアに聞いた。ノアは日本語できるくせにそういうのは知らん。…まあ仕方無いんだが」
…そう言えば、速水はスクールにいた頃、ノアに日本舞踊をやっていたと言ったことがある。
その後速水とは会話がうやむやになったので、ノアはレオンにどんな踊りか聞いたらしい。
日本舞踊は母親が師範だったからやっただけで、覚えたのも触りだけだ。
「…ノアは日本語できるのか?」
「ああ。聞くことと、片言で話すくらいは。漢字で挫折した」
ノアは幼少から外国語を幾つか覚え、日本びいきのジャックと一緒に日本語を少しやったらしい。
当時を思い出したのか、レオンが笑った。
「で、きっかけは?結構早いが、ブレイクのDVD見た、とかか?」
その表情のまま聞いてくる。
「別に…たまたま友達がブレイク始めて、それにくっついて」
「何?お前──友達いたのか!!?いや、それもハヤトか?」
レオンが大げさに驚いて言った。
「…違う」
速水は呆れた。なんで隼人が踊るんだ。うっかり想像した。
それに友達居たのか?って──さすがに小学校当時の知り合いで、今は連絡も取っていないが、ゼロという訳は無い。まあそれも…。
「友達ってほどじゃないな。もう連絡も取ってないし…」
速水は言った。
…喧嘩別れに近い形で、その知り合いはダンス教室を辞めた。
が、別に彼は辞めなくても良かったのでは──?悪いのはこちらだし。
速水はそう思っていた。
──まあ、もう過ぎた事だ──。
「なあ。俺は、初めてお前のクランプ見た時から思ってたんだが…、お前、ブレイクより、クランプの方が向いてるんじゃ無いか?」
思考に沈む速水に、レオンが言った。
「──?え」
意外な事を言われ、速水はレオンを見た。
「いや、ブレイクもプロなだけはあるが。お前にはブレイクみたく決まった型のある踊りより、もっと感情を出す踊りの方が何となく、しっくり来るような…。まあ…要するに、本格的にやってみないかって話だが…──」
レオンは、何気ない感じで、あさっての方向を向いて喋った。
そして向き直る。
「ハヤミ。…ここから出たら。…俺の仲間達がいる街に来てみないか?皆、いかついが、ダンス好きのいい奴ばかりだ。俺のクランプの師匠もそこにいる」
速水の目を見て、レオンは言った。
レオンはさらに続ける。
「別に、クランプでどうこうしろって訳じゃ無いが、…外で色々すっぽかしたなら、しばらく業界から干されるだろうし、代わりに金には困らないだろうし。…折角こっちに来たんだ。いっそこの国…アメリカでやってくってのも、面白いんじゃ無いか?──あ、旅券が無いか?」
「ここで…やってく?」
速水は驚いた。そして少し考えた。
──このままアメリカで踊る?
本場でダンスととことん向き合い、自分のダンスを磨く…。
意外な誘いだが…それはそれで…楽しそうかもしれない。
…となると、問題は確かに、旅券…つまりパスポート。
そう言えば家に置いたままだな…、が、それは宇野宮を脅せば何とでもなりそうだ。
誘拐なら便宜も図られそうだし。いざとなれば一度強制送還してもらって?
長期滞在するなら、ビザもいるか?日本領事館に駆け込んで―、いや、それは少しマズイか?それに、こんな所で審査に×が付くのはいやだな。事情を説明するのも煩わしい。
出る時パスポート渡して貰えるか、エリックに聞いてみようか──。
「―けどあそこには、そう言うやつらもいるし。俺の親父のせいで警察は来られない」
「ん?」
速水は単語を反芻した。先程の思考は日本語で行っていたので、少しタイムラグが出来てしまった。実は単に聞き逃しただけだが。
「レオン?」
何か引っかかり、速水はレオンを見た。
…親父のせいで?
「レオンの親父って?飲んだくれじゃないのか?確か、ここを出て酒、暴力、ドラッグに溺れた、元キング…」
速水はスクール時代にレオンから聞いた、知っている事をつなげ呟いた。
「…まあ、簡単に言うと…マフィアのボスだな──片田舎の」
レオンは、とても言いにくそうに言った。
「な…。マフィア!?…レオン、お前?」
速水は目を丸くして驚いた。
「…俺も色々あったんだ」
彼は溜息をついた。
そしてゴールドのネックレスをいじる。
「まあ、もう言うが。俺は十で兄貴と飛び出して、…結局、親父の知り合いだった師匠―もちろん黒人だ―に拾われ、クランプを覚えた…色々って程でも無いな。その後、映画に出て、兄貴が居なくなって、親父を問い詰め、ネットワークの存在を知って──気が付けばここに来て、金持ちの為に踊ってた」
「はぁ…」
ノアもそうだが、中々ドラマチックな過去だ。
レオンは目を伏せた。
「ハヤミ―俺の言いたいことが、分かるか」
彼は酷く押さえた声で言った。
速水に言い聞かせるような口調だった。
「―」
速水はレオンを見た。
レオンは表面は静かだが…。全身から伝わってくるのは、激しい怒り。
本番前のレオンは必ず、厳かな祈りを捧げる。
その態度からして…おそらく、レオンは、ダンスを神聖な物と考えている──。
「おまえ…?まさか」
速水はレオンを見た。
「ああ。俺は、ネットワークを潰す」
レオンが予想通りの事を言った。
グローバルネットワーク、その強大さは計り知れないのに。
レオンは凄い事を考えるな…。速水はそう思った。
「だから。お前の力を貸して欲しい」
いきなり言われ、速水は呆然とした。
「…俺の…力?」
「ネットワークはでかすぎて、俺の仲間達だけじゃ無理だ。が、お前のスポンサーがいれば…。違うな」
レオンは速水の両肩をしっかりと掴んだ。そして揺さぶる。
「お前がいなきゃ、この組織はつぶせない、俺はそう思ってるんだ」
「おいちょっと待て!?」
強い調子で断言され、速水は顔をしかめた。
「何でそうなる…!?」
至近距離でレオンとまともに目が合い、顔をそらす。
「何だ、いやなのか?何でだ?お前だって好きなんだろ?」
ダンスを。
「いや、それはそうだけど、いきなり言われても…俺には―そんな、こと…」
がたん、と物音がして速水はそちらを見た。
「あー…俺、今出ても良い?」
ノアは扉の隙間からうわーと言う顔をしてこちらを見ている。何か誤解したらしい。
速水は慌てた。というより呆れて言った。
「違う。とりあえず戻れ!」
ゴーバック、と速水は言った。
「え゛っ。…ったく。ハヤミの馬鹿!アホ!…ックスが終わったら呼べよ?」
戻れと言われノアは文句を言いながら戻った。
別に本気で誤解はしてないが、捨て台詞という感じだ。
「レオン、ノアには話したのか?…あと手どけろ。重い」
速水に睨まれて言われ、レオンは肩から手をどけた。
「ノアはなぁ。ベスの事があるしな…そっとしといてやりたいって気も」
「ハァ…」
速水は溜息をついた。
レオンはノアを巻き込むのはどうかと思っているらしい。
「そんなの、黙ってたら怒るだろ。俺たちはチーム?なんだから」
言って、速水はさらに溜息をついた。
チームか…。
ここへ来て約四ヶ月少し…、スクールも含め、約半年。
誘拐され、面倒な事になったとは思っていたが──。
速水は立ち上がった。着替えを持ち、風呂場の扉をノックする。
「ノア、もう出て良いぞ。レオンが話があるって。後ベスにも。俺は風呂に入る」
「あ、もう終わったの?」
ノアが屈託無く笑う。
──確かに、ノアは悪い奴じゃない。素直過ぎる気もするが。
「おい、ハヤミ!」
「返事は保留。それとお前、いい加減シャツ着ろ」
レオンは、ずっと上半身裸だった。




