第8話 ノア ②ワイルドカード /KRUMP -2/6-
速水は笑っていた。ジャックらしくにこやかに。
今回のバトルはKRUMPだ。
ダンスの種目により、会場の造りが違う事がある。
クランプダンスの会場はブレイクダンスのショー会場に比べやや狭めというか、観客との距離が近い。
バトルスペースは一階で、ダンサーはそこで踊る。
一階のバトルスペースのすぐ周囲…スペースからせいぜい二メートルほど離れ、観客達がビッシリと座り。
吹き抜け三階建で、二階、三階、と四角く取り囲み、一階を見下ろす事ができるようになっている。
…上の階の欄干とか、そんなに体重掛けたら危ないんじゃ無いか?人も詰めすぎだ…速水は初めて来た時にそう思った。
そんな造りなので、ダンサーに触ろうと思えば触れる。当然厳禁だが。
一度ベスの身体に触った男を、速水は派手に蹴り飛ばした。
イかれてる、そう言われた。
速水はにこやかに微笑む。ジャックらしくにこやかに。
バックヤードからのぞく。
「…おお、今日も満員だな」
レオンが口笛を吹く。
レオンは元々クランパーなので、こういう雰囲気が好きなのだろう。
クランプは黒人文化と密接な関係がある。
しかし、レオンは白人だ。
レオンは、十歳から兄と共に路上生活をし。その末に唯一無二の踊り――KRUMPにたどり着いた、そう語っていた。
…色々あったのだろう。
「さ、向こうはどんなのが出て来るかな」
相手の入場は反対側からだ。姿は見えない。
速水達は、対戦前に相手チームのデータを見たりはしない。
相手のダンスを見ても、全くの無駄だからだ。
出たトコ勝負。一回限りの衝突。終われば負けか勝ちか、引き分けか。
セーフかペナルティか―それだけだ。
がーーーーーーーーーーーーーーーー!!
と大歓声が起きる。ワーなのかも知れないが、ビリビリと色々混じりそう聞こえる。
「―よう、豚野郎共!!今日のエントリーは注目の一戦だ!」
MCが相手チームの紹介をする。順位が上の方からの入場になる。
相手チームが入る。
相手は中々、強そうだ。…大きいという意味だ。
黒人二人、白人二人でクイーンは白人。彼女はジーンズに白いタンクトップ。金髪ポニーテール――なかなかの美女だ。
「―さあ、行くぞ」
レオンが速水の肩を叩いた。
「―ああ」
「殺ろうぜ」
ノアが言って進み。速水もレオンも歓声と怒号が渦巻く場所に入る。
五月蠅い。けど、嫌いじゃ無い。
速水はにこやかに笑った。
その笑みに、わーーーーーーーーーーーっ!!
きゃーーーーーーーーーーっ!!と大歓声が起きる。
これが自分に向けられた物だと、たまに速水は信じられない。
コインが投げられた。
「先攻だ!」
レオンが叫ぶ。
「バトルの組み合わせは――、よし今日は、ジャックVSジャック、キングVSキングで行こうぜ――、説明不要だしな!順番はシャッフルだ!」
MCが言って、頭上の画面に、即座にシャッフルされた対戦順が表示される。
一人が二ラウンドずつ踊り、一ラウンドは三十秒。敵と交互に踊り、合計一分という短い時間で踊り切る。
一ラウンド毎にジャッジがあり、2WINで勝ち。一、一の場合はアンコールで三ラウンド目。そしてまだドローなら判定となる。
「おい、リピートは誰だ?」
MCに聞かれた。こちらは三人、相手は四人。一人足りない。
「俺が行く」
速水は静かに言った。
その声が認証されK、J、A、J -VS- K、Q、A、J―と画面に表示される。
「チッ。…任せた!」
レオンが言って、先に中央で踊り出す。
クランプ――。このダンスはいくつかのスタイルに分類され、踊り手は自分の求めるキャラクターによって、ダンスのスタイルを選び取る。
全てにおいてオリジナリティが優先され、人のスタイルをそのまま真似る事は、最低最悪だとされる。
つまり、ダンサーの個性が大事なダンスなのだ。
同じムーブをしても、誰一人として同じ動きにはならず、腕の上げ方や振り幅などに、微妙な差異がある。
ブレイクよりも、全体の動きは早い。ブレイクを1とすれば、3くらい。
ダンサーは観客の盛り上がりに合わせ、自分が思うままに動きを早めていく。
――思うままと言うか、自分のエクスタシーのままというか―。
基本は、ストンプ――足を強く踏みつける動き。
チェスト・ポップ――胸を前に突き出す動き。
アームスイング――腕を振り下ろす動き。この三つ。
しかしその基本の動きですら踊り手の個性が出る。
例えばアームスイングの振り上げが大きかったり、そこまででも無かったり。
そしてこの基本の動作に、各人のコンセプトやキャラクターが付随していく。
いくつもの技やムーブもある。
股間をなで上げるような動き、床を殴る動き、ヘッドバッド、キック。
喧嘩をイメージした人を殴るような動き、蹴る動きそれをダンスのムーブに昇華したり。倒れ込んだり。
ブレイクの得意な者が踊ったら、きっとブレイクの動きを取り入れるのだろう。
…が、これだって、同じムーブを選択しても皆それぞれ流儀が違う。
――踊り手は自分の高ぶりを、とにかく全力で踊りに変え、感情を高め一気に『爆発』させる。…『爆発』というのは、要するに感情に任せたとんでもない速さのスピードアップだと思えば良い。
猛スピードでの踊りの中でも、動きは絶えず変化する。
踊り手は曲の盛り上がりと共に、感情を解放し自分だけのムーブを一気に繰り出す。
ひたすら狂ったようにステップを踏み、その中にテクニカルな足技を取り入れたり。
床を使う気の無いダンサーも居れば、逆に頻繁に使う者もいる。
そのスピード感は、他に類の無いクランプ特有の物だ。
それが全て感情のままだというのだから、踊っているダンサーはまともでは無い。
が、感情にまかせすぎ、熱くなりすぎ自分を見失う事もあり―、それが敗因の一つだったりもする――。
レオンは微笑み、ラブとピース――そして攻撃的な、派手な足裁き。それでも面白い動きを忘れない。底知れぬ感情。
これがレオンの『キング』のキャラクターだからだ。
彼は、キングでない時代は、よりハードで無骨なスタイルで踊っていたらしい。が、それは昔の、飾っただけの自分だったと苦笑する。
一つの事を伝える時間はたった三十秒、カウント切れと共に相手のキングが躍り出る。
KRUMPは、神聖な踊りと言われる。言ったのは踊っている者達だ。
双方のキングのダンスが終わり。ジャッジがボタンを押す、オーディエンスも。
一瞬で集計され――勝者レオン。1WIN。
レオンの仲間―ノアが押さえた快哉を上げる。
まだもう一ラウンドある。レオンが踊る。
大歓声が先程から止まない。観客が大興奮しているのだ。
そして。2WIN・レオン。
「よっっっし!!」「やったぜ!」
ノアが快哉を叫び、レオンとハイタッチする。
結果が出てすぐ、電子音とカウントダウン。
3、2、1、速水は進み出、踊り出す―。
ブレイクが得意な者は、ブレイクの動きを取り入れるのだろう――だが、速水の動きはそれでは無い。
テンポの早い曲がかかっている。五月蠅くて重いリズムの心地よい繰り返し。
スタンディングで足を開き、腕を振り上げ顔を逸らし振り向き。
背を曲げ身体をひねり、恐ろしく早く力強いステップを踏む。にこりともせず真顔で踊る。
そしていきなり笑う。これは速水が持つ『JACK』のキャラクターだ。
「相手が誰だろうとぶっ殺す」そうダンスで語る。
その間上体は絶えずチェストホップ。揺さ振られ、腕は何かに抑圧されたように激しく動く。時折泣いているような腕の動き。
頭を抱え倒れる様にし、倒れず、手足は動きを止めず素早く前に進み、腕は左右に開かれ引き絞られ起き上がり何かに持ち上げられ―。
まるで自分が殺されたように地に伏せ飛び起き笑って手を振る。キル・オフス―。
ここでぴったり三十秒。
大歓声が上がり、相手のクイーンが飛び出す。
彼女の長い金髪がなびく。彼女はそんなに怒らないで?坊や、と受け流そうとする。
下肢を小刻みに動かし両腕をクロスし振り回す。両足を一気に広げ股割りし、バウンドする。
立ち上がりさらに奇声を上げ、身体を反らし腰を振り、腕を振り下ろし―ハイスピードでハイになる。
観客は興奮し、速水の次の三十秒が始まる。
何をする気なのか、俯いたまま体を揺らす…。
次第に体のパーツが分解された様な動きが混じる。
クイーンを視界に捕らえ、半身回転させ腕を突き上げ殴る。
もちろん実際に殴るわけでは無い。
――始めて彼が踊ったとき、悪魔と言ったのはMCだ。
彼の踊りは恐ろしく、…怖い。
彼の幾つものオリジナルムーブが、人の所行とは思えないのだ。
もはや目で追えない速さのステップ、アームスイング。
一体何の恨みがあるのか。そのどれもが限りなく攻撃的で、クレイジー。
激しい怒り、その中にギリギリの理性が同居しせめぎ合う。
これがクランプダンスとして成立してしまっているのは、『ジャック』のキャラクターのおかげと言える。彼にしか出来ない、唯一の踊りに観客は熱狂する。
わーわー騒ぎ、ジャック!ジャックーーーーー!と悲鳴を上げる。
相手チームをダンスで全員始末し、ぴったりとカウントエンド。
ジャックは何処までもクールだ。
「―ははっ!相変わらずイってるな!」
ノアが手を叩いて速水を迎え、手を差し出す。
速水は息を切らし、軽くノアの手に触れる。
そして相手のクイーンがまた踊る。
腕を大きく広げ、振り上げ。腕を逸らし、ダイナミックに胸を突き出す。
足を開きステップを踏み、リズムを取る。先程よりノっている。
―ジャッジ、勝者―JACK。2WIN.
わぁあああーーーーーーーー!!!と言う勝者をたたえる大歓声が上がる。
速水は快哉を上げ、相手のクイーンと一瞬ハグをし、すぐ下がる。
最高だ!と言う声が聞こえる。
誰もがここが地下だと言うことを忘れている。声の嵐。
―2、1、インターバルカウントが切れ、ノアがパッと飛び出す。
ノアの踊りはファニーなスタイルを一択。ラギット混じりのレオンよりさらに超が付くほど快活。悪魔と言われる速水とは真逆の個性で、目を他に置けないエンターテイメント。
―――ノアは何でも勝手に、自分のスタイルに昇華してしまう。
これはクランプなのか!いや、コレもクランプだ!もうソレで良い!!
ファニー・ノア・スタイルでもう良いじゃないか!ジャッジが言う。
まだ生まれたての、進化途中の新しい踊り――それがクランプ。
ジャッジ、―勝者、ノア。
「やった!!!」
ノアが笑う。
「よし!」「やったな!ノア!」
レオンと速水は歓声を上げた。ノアをねぎらう。
そして二ラウンド目はドロー、その後三ラウンド目でノアが勝利。
そして最後の組み合わせ。
でかい―。皆が思った。
相手のジャックは黒人で、…でかかった。
クランプは、動きの激しさと力強さ―ダイナミックさが物を言うダンスだ。
例えば、十歳の子供と大人では、大人の方が明らかに有利になる。
ジャッジが物申した。さすがに体格差がありすぎると言うことらしい。
「ノー、大丈夫だ、行くぞ!」
ヒァウィゴー!速水は言った。
「おう、やろうぜ!」
ジャック同士が笑って同時に踊り出す。コレだからダンス馬鹿は!審判は天を仰ぎ観客は続けろと大声援を送る。
速水は激しくステップを踏み感情を込める。
――俺がしたいのは、いつも同じ事だ。
クランプでも、ブレイクでも、タップでも。
速水のダンスにはノアのような快活さは全く無い。
どこまでも暗く、鋭い。
再びわぁあああーーーーーーーー!!!と言う大歓声が上がった。
皆が速水を見ている。
相手の踊りがかき消されるほどの。
「ハヤミ…、全く―」
レオンが、にやりと笑った。
■ ■ ■
「…最高にBUCKだったぜ!キング」
バックとはクランプの用語で、精神的な高揚状態の事だ。
「ああ、そっちもな!」
勝敗が決まり、相手のキングとレオンがお互いにたたえ合う。
「お前、すげぇな。今回は負けたぜ!」
相手のジャック―黒人で速水よりでかい――が速水をハグする。
「アンタも良かったよ。またやろう」
速水も笑って彼をたたえる。
JACK VS ジャック。
一度目、同時での踊りは速水が勝ち、二度目は相手のジャック。三度目は結局ドロー。
そして判定で速水の勝ち。…最高に手強い相手だったが、最高に楽しかった。
まだ歓声は鳴り止まない。
「噂のJACKに会えて良かったわ」「サンキュー」
クイーンに手を差し出され、速水は握り返す。
その隣で、「さあ、ペナルティバトルだ!」「ああ、行くか―」と言う敗者の弾んだ声が聞こえる。
何か間違っている。速水はいつもそう思う。代わりに、にこやかに笑う。
大歓声に押されるように、レオン達は観衆に手を振り会場を後にした――。




