第6話 隼人 -2/2-
その年の暮れ、一枚のCDが発売された。
そのPVには日本人のダンサーが起用され話題を呼んだ。
もちろん隼人も、そのPVを見た。
が、本人とは連絡が取れない。
サク、お前、どこにいるんだ…?
「ええ、友人と連絡が取れないんです。もう三ヶ月ほど…」
隼人は一時帰国し、速水のアパートを訪ねた。
大家に頼み、中を見せて貰った。
まさか中で倒れたり、自殺しているなんて事…。
しかし、そこにあったのはだれもいない部屋。
そのことにホッとした。
だが、手紙の整理がやりかけだった。
彼はこうした事には几帳面で、手紙もきちんと読んで箱にしまっていた。
これではそのうち置く場所が無くなる…と頭を悩ませていたが。それでも捨てる気は無い様子だった。
隼人は思い出す。
サクはあの時、最後の電話で、何と言っていた?
たしか『明後日に出発するけど、それまでに片付くかな』そう言っていた。
ならこの残り具合はおかしい…が、携帯やスーツケース、パスポートなどは無い。
「…良かったです、ありがとうございます。あの、家賃は払われてますか?」
そして大家にひとまず礼を言い、そして聞いた。
「ええ。引き落としで、滞ったことは無いですよ。更新は再来年ですし。…けど見つからないようなら警察に届けてみては?」
大家は言った。
「…ええ、そうします」
その後、隼人は速水の知人達に片っ端から連絡をした。
『え?いやごめん知らない。でもPVは見たよ。元気でやってるんじゃ無いか?』
『そういえば、会ってないけど…海外じゃないかな?PVかなり良かったし、急に忙しくなったんじゃ?』
元々隼人は、速水のダンス関係の知人をあまり知らなかった。
…つい先日CDは発売され、売り上げも好調。
疑えと言う方が無理な状況だ。
だが、何かがおかしいのだ。
隼人は速水のアパートの近くの喫茶店で考えた。
ここは速水と良く利用していた。
こうなったら、足取りを追うか…。そう考えていると。
その時。携帯が鳴った。
『着信 速水朔』
…!!
隼人はすぐに出た。
「サク!」
『隼人?良かった』
「サク、今どこにいるんだ?心配したぞ!」
『悪い!携帯壊したんだ、この前』
速水はそう言った。
「…無事なら良い、よかった。ああ、PV見たよ。凄く格好良かった」
ホッとして隼人はそう言った。
『PV?…ああ、あれか』
「で、今どこだい?やっぱり居場所くらい連絡欲しいな。…何かあったら困るしね」
隼人は忘れずに聞いた。
どうやら周囲に人がいるようだ。それに移動している?
『…えっと、…ちょっと待て』
暫く間があった。
『今NYだけど、明日にはヨーロッパに行く。スイスと、その後デンマークとか。…そう言うお前はそこどこだよ?』
「へえ。忙しいね。僕は今日本に帰ってきたところだ。君が心配で一時帰国。変なメールだった」
『…ああ。あれか。ちょっと知り合いがイタズラして…』
電話の向こうで、速水は苦笑しているようだ。
「趣旨替えじゃ無くて良かったよ」
隼人はホッと笑った。
『一時、…じゃあ、また修業先に戻るのか?』
「うん、あ、そうだ向こうで面白いパティシエと知り合ったよ。また紹介したいけど、彼もせわしないから…」
『ふぅん。隼人に面白いって言われたら終わりだよな…。あ、ゴメンそろそろステージ行かないと』
速水は笑った。そして言った。
「あれ、今から?」
そう言えば喧噪が大きくなって来た。どうやらバックヤードを移動していたようだ。
『一応。悪い、またメールとか連絡する。携帯って壊れやすいよな。あと電話は、国際ローミングでも通話料高いからやめろ。…たまにメールも送れないし、上手く届かないんだ。WEBメールとか、アドレス知ってるだろ?そっちに送ってくれ』
「ああ、その手があったか。分かった。じゃあ、また待ってるよ。体に気を付けて。…カラスが鳴いたら帰っておいで」
『…ああ。隼人も元気そうで良かった。じゃあ、またな──』
そうして電話は切れた。
隼人は、心底ホッとした。
今からステージで、次はヨーロッパか。彼も忙しいんだな。
またWEBメールを送ろう…。
■ ■ ■
速水朔は、電話を切った。
そしてそれを、ガスマスクの男に渡す。
「…」
隼人の声が聞けて良かった。
心配してくれる人が居て良かった。
ゴメン、隼人、まだ当分帰れそうに無い──。
「どうだった」
レオンが聞いた。
「ああ。元気そうだったよ。…エリック、今度パソコン用意してくれ。ごまかせたと思うけど、隼人はあれで結構鋭いから──」
速水はエリックに言った。
ノアが周囲のざわつきに耳を澄ます。
ヤジ、下品なスラングの嵐だった。
「チッ…俺、ここのギャラリーって嫌いだ。あいつら、暇すぎ」
ノアの声に、ありありと侮蔑が籠もっている。
「そうね。同意見」
ベスも嘆息気味にそう言った。
速水は隼人に連絡できて、久しぶりに気分が高揚していた。
「よし、行くぞ。今日も勝ってさっさと出る!」
レオンがおなじみのかけ声を懸け。
四人はバックヤードから、暗いステージへと飛び出した。
〈おわり〉