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第4話 変調 -4/5-


翌日。

月が変わって、十月一日の火曜日となった。交流戦まであと二十日。


「ハヤミ、今日も行く?」

その日のワーク後ノアが呟いた。


今日はレオンはまだ来ない。

…と言うか、昨日の一件があるので来ないかも知れない。


「ああ。ノアは?できればちょっと見て欲しい」

速水は答えた。

「え、俺?どうしようかな。まあ、暇だから付き合うけど…」

「サンキュー。ああ、サラ―、今日も…」

内線を取ったら、もう開いています、と言われたらしい。




「ホント良くやるよな…」

そしていつものB室で、ノアは少々呆れつつ踊る速水を見た。

今日はノアは指導兼、見学をするつもりだ。


しかし速水は余程のダンス馬鹿だ…。きっとサラ達も呆れている。

が、皆に…特にノアに良い影響を与えているのは間違い無い。

エースになってから、居残りなんてしたこと無かったノアがやる気になっているのだ。

レオンも、ベスも珍しく『スペード』に勝つ気で居る。


──やはり、絵札が四人そろうと何かが違うのかもしれない。


エイブラハム…ノアの世話役は、速水の来週からの合同ワーク参加が楽しみです、と呟いて、ノアも是非頑張って下さい、とにこやかに言っていた。


けど──、何だろう?この感じは。

ノアは首を傾げた。


ブレイクでは無い。今、速水はヴォーグを練習している。

今まであまりやったことがなかったらしく、少々手こずっているのだ。


ヴォーギング、またはヴォーグは、簡単に言うと、時折目線や動きを止め、雑誌の表紙のようなポーズを取ったりするダンス。振りはスピード感があり複雑だ。動きはまるでファッションショー。かなりキザっぽいダンスとも言える。このダンスは複数で踊る事も多いダンスだ。

複数で踊ると複雑な動きが綺麗に揃い、様になる。

速水のソレは下手なわけでは無い。どうかと聞かれたら上手いと言える。

だが、大人数で合わせたら―?


「速水ってさ」

「…?」

速水が踊りながら、ノアに目線を向ける。


「結構、リズム音痴じゃない?」

ノアは言った。


「…っ!」


痛いとこを突いたらしい。速水が曲の途中で固まった。


「あ、気にしてた?あははっ!」

ノアは大いに笑った。

「…、…」

速水は二の句が継げないようだ。

「別に、ヘタじゃないけど、間の取り方が変わってるから…、合わせたら浮くだろうね。個性的っていうか?まあ、ブレイキングなら一人だし良いのか?…、そう言えば、ジャックと二人で、ブレイクやったんだよな?どうだった?」


速水が、すっかりずれてしまった曲をカチ、と止める。


「どうって、別に、ジャックが曲選んで、俺が適当に…動き決めて踊った」

「え?あの振りを考えたのって、ハヤミ?ジャックじゃ無いの?」

「ジャックは、お前がやってくれって言った…」

速水はあまり話したくない様子だった。

ノアはふうん、意外。と呟いた。


「ノアは、…ジャックと親しかったのか?」

速水が聞いた。

「うーん、ジャックがいた頃、俺はまだ下の方だったけど、結構可愛がって貰ったかな…。ほら、ジャックはとにかく優しいから。ベスも、レオンも、良くコーチして貰ってた」

ノアが、楽しげに語る。


速水の覚えて居るジャックも、確かに普段は激甘だった。

だが、一度ダンスとなると──。

「思い出したくない…」

速水は呟いた。あのタコめ。四時間睡眠、あとは一日中踊り続けるとか、ザラだった。

ブレイクだけじゃ潰しが効かないからと、習ったっきり忘れかけていた色々なジャンルも踊らされた。それも、武者修行と言う名の酷いスパルタで。

ジャックは顔が広く、教師には事欠かなかった。

…そのおかげで今ついて行けているとも言えるが。まさかこうなる事を見越していた?

だったら余計腹が立つ。


「ねえ。ハヤミは、どうしてダンスを始めたの?」

ノアがコレがずっと聞きたかったのだ。と、言わんばかりな調子で言った。


「…母親が、日本舞踊やってて…かな。三?…いや四歳くらいから始めた」

速水は答えた。

「へえ、四歳。ニホンブヨウって?どんなの?」

「歌舞伎って分かるか?何かあるかな…無いか」

ここには日本の曲も少しはある。

速水は棚への方に移動し、近い物が無いかぱっと見上げたが、ありそうも無かった。


「カブキ?…ううん。ゴメン分からない。俺、四歳でここに来てから…本当に交流戦くらいでしか、外に出たこと無いんだ」


それを聞いた速水は不思議に思った。

ここに居る者は、皆、契約を交わして入るらしいが―。


「ノア、お前、どうやってここに来たんだ?契約書はあるよな?家族は―?」

速水は振り返った。

言って、聞かない方が良かったかもしれない、と思った。


ノアが皆を『ファミリー』だと言うのは―。

ノアにとっては。まさにここのメンバーがそうなのだろう。


「…いや」

速水は目を伏せて、そらした。

その動作で通じたらしい、ノアが苦笑した。

「別に良いよ。俺、四歳まで教会にいて…。そこにいきなりスカウトが来たんだ。契約書は十歳で貰って。ペナルティもそれから」


ノアはよいしょ、と腰を下ろし、手元のボトルを眺めた。

「…俺だって、外に出たいよ」

その声は少し沈んでいる。


速水はノアから少し離れ、立ったまま壁にもたれた。

その後、ノアに目線で促されその場に腰を下ろした。ノアは会話がしたいらしい。


「俺、ハヤミがうらやましい。―外って、楽しい?」

ノアが隣の速水を見る。

きっとここよりは楽しいんだろうな、そうノアの目が言い、きらきらと輝いている。


速水は、彼になにか外の話をするべきなのだろうが──。

そう、例えばダンスの話とか?


速水は前を向いた。

「──、ノア。きっと踊れれば、同じだ。外も、ここも。──けど、どうせなら、広いところで踊りたいよな」

彼はそう言って、颯爽と立ち上がった。


「何か…そうじゃない。…まあいい。ハヤミって…。はぁ…ダンス馬鹿なんだな」

ノアも立ち上がる。速水の答えが気に入らなかったらしい。


「あ、そう言えば、レオンは?まだ来ないな」

馬鹿と聞いて速水は思い出した。


「今日は来ないだろ。32ポイントとか、さすがに馬鹿すぎ。…あんまり迷惑かけるなよ」

「ああ」

馬鹿と言われ速水は苦笑した。話はもう方々に広がっているらしい。


その後、ノアが軽くタップダンスを踊った。

見ているだけのつもりだったらしいが、軽く身体を動かしたくなったらしい。


カタカタ、カタと小気味良い音がする。

ノアは今、丁度皆が嫌がるタップダンスを習い始めたばかりだ。

絵札になるにはこうした追加の点数稼ぎが大切らしい。


全てがレベル10に到達したら選択出来るダンス、その内容はほぼ全てのダンス網羅していると言っても良いくらいだ。

もちろん、ポールダンス、ベリーダンスなど、女子専用のメニューもあるが。

速水はターフダンスまであるのに驚いた。


「まあ、こんなもんかな。でもタップって簡単だよね」

ノアは呟いた。

速水はそんな事は無いだろ、と思ったがノアにしたらそうなのだろう。


ノアは素晴らしい音感と、リズム感。抜群の身体センスを持っている…。

レオンもぽつりと呟いて居たが、十六歳でこれなら、天才という種類の人間だ。

何より、存在感と華がある。


その後も踊り、十一時半ごろには切り上げ、部屋に戻る。

廊下は明かりが二つ飛びに減っている。


「ノアは凄い。レオンもそうだけど…ここ、確かに外よりレベルは高い」

戻る途中、速水は呟いた。


これだけダンスばかりやればそうなるのだろう。

才能のありそうな人間をスカウトしているようだし。

「そうかな」

「ノアはもし出られたら、プロになるのか?」

「まあ、暇だから、なってもいいかな…出られたらの話だけど。っていうかここ出たら、ネットワークから一生仕事貰えるんだよ?自動的にプロ。知らなかった?」


そして世話役はマネージャーになるらしい。

…監視役の間違いじゃないかと速水は思った。


ノアが言うには、だから皆、厳しくても入りたがるのだと言う。

速水には理解出来なかった。


「ここはまあ、ちょっと落ちこぼれてるけど、別の大陸じゃ、入る為にオーディションするんだって」

「は!?何で?」

速水は耳を疑った。こんな所に?わざわざ?

ヤバいペナルティとかあるのに?


「?別のトコって、…その話、何処で聞いたんだ?」

そして不思議に思った。

ノアはここから出たことが無いはずだが…時折かなり内情に詳しい。

レオンも、ベスも同じくだ。

「ああ。レイが教えてくれたんだ。結構昔の話だけど。昔はペナルティって言っても、朝までダンスレッスンだったんだって。今はトップが変わって、ちょっと変な感じらしいね…趣味悪いよね。ったく。じゃ、お休み」

レイとは、速水が自殺させてしまった老人だ。


「ああ」

ノアを見送り、速水は思い出した。



…あの日、アメリアが部屋に訪ねて来て。

アメリアは、まっすぐな金髪。はっとするようなブルーグレーの大きな瞳。そして見れば見るほど幼い、まだ十三歳の少女だ。

喪服のつもりなのか、黒いスモックを着ていた。


速水は当然、彼女にあやまった。


──まさか、こんな事になるとは思わなかったんだ。

──お祖父さんには、君にも、申し訳無いことをした。


実際そうなので、そう言うしかない。


しかしアメリアは。静かに首を振った。

『お祖父さんは、あなたにお礼言ってたの。やっと覚悟が出来たって…』

『…』

この少女はなぜここに居るのだろう。つらい事が多いのでは無いか…?


『君は、どうしてここへ?』

速水は聞いた。

契約は、一応は自由意志なのだろう。彼女の母がクイーンだったから、なのだろうか?


『私は…私が出られたら、おじいちゃんもいっしょに出て良いって条件で入ったの。お母さんは止めたけど…、プロになりたいから。ほとんど勝手に』

『…それは、すごいな。若いのに』

速水は言った。


『若いからなの。早く始めないと、この世界じゃやっていけないから。ねえ、ハヤミって本当に誘拐されたの?いきなり?外でプロだったて、ベスから聞いたけど』

アメリア興味津々と言う様子で聞いて来た。

キャシーは速水がアマだと勘違いしていたと言う。


いかにも無邪気なその様子に、速水は微笑んだ。


『まあ、駆け出しだったけど。活動始めようとした途端に、これだ。全く隼人が心配する…と思うけど、この組織の様子じゃ、色々上手くごまかされそうだな…』

『ハヤトって?フレンド?ブラザー?』


アメリアはごく普通の子供だった。

それを言うなら、ノアだって。


そして、速水は覚悟を決めた。

やってみようと、それだけだが。

そして彼にとって『やってみる』と言う事は、とことん我が儘を通す事でもある。



■ ■ ■



部屋に入ると、レオンは風呂だった。

速水は丁度良いので座学の復習をする。教わったことを思い出す──。

そしていつもの様に、レオンが風呂から上がる前に切り上げた。


「なあ、レオン」

「なんだ?」

速水はなぜここに来たのか、レオンに尋ね、その上で。

「契約って一人一人、結構違うのか?」

そう聞いた。

「ああ…。まあ、大抵、餌ぶら下げられるんだよ。…別に俺は大したこと無いから言うけど…、行方不明になった、ブラザーを探してる」

レオンはそう言った。

「ブラザーって…大きい方か?」

「ああ」

つまりは兄だ。


「兄貴もクランパーだったんだ。アマだったけど…。すごいダンサーだった。俺は兄貴に憧れて、クランプ始めて…運良く二人して映画に出して貰ったり、その後も監修したりして、二人で楽しくやってた。―けどある日いきなり…まあ今は、お前みたいに攫われたのかもって思うが──。…とにかく見つけたくて。親父を問い詰めてここに来ちまった」


レオンが速水の頭を乱暴にかき混ぜる。

やや恨みつらみが籠もっているようだ。


「ふうん。そうなのか。意外にまともだな」

速水は言って、レオンに本気で小突かれた。


「契約か…」

レオンにもあったのだから、皆それぞれ、ここで踊る理由があるのだろう…。


──ノアにも?

「ノアの理由って何だろう」

速水は首を傾げた。

四歳と、かなり幼くして入ったのだが…。十歳で提示されたのが、よほど良い条件だったのか?それとも強制で断れないのか?

「おまえな…、あまり詮索するなよ」

レオンは呆れ気味だ。


「分かってる。俺には関係無いし」

速水はシャワーを浴びるために立ち上がった。


…踊る理由なんて、人それぞれで良い。


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