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JACK+ グローバルネットワークへの反抗   作者: sungen
異能編(最終章)
141/151

第14羽 MD ⑥ラストステージ(後編) -4/8-

アビーがクイーンの車椅子を押して甲板に出ているので、レオンは船室で寿圭二郎と話していた。

「パティシエか。それは凄いな」

赤を基調にした船室で、レオンは言った。


テーブルは黒で、赤いソファーに平たいシャンデリア。大きな鏡と大きな窓がある。ソファーから立ち上がると、先程甲板へ出て行ったアビーとクイーンの姿が見える。

テーブルは中心に長い物が一つ、その四方に四角の小テーブルが四つ。ソファーは壁に沿って取り付けられている。

客船に良くある構造だが、この船の場合はだいぶゆったりと作られていて、操舵室側にはちょっとしたバーカウンターまである。


レオンと寿は出口に一番近いテーブルのソファーに腰掛けている。

テーブルの上には寿が先程持って来た四皿。寿はその上のアイスクリームやケーキ、マカロンなどをつまんでいる。軽食には甘くない物もあったが、菓子だけを選んで持って来たようだ。レオンは適当にコーヒーを飲んでいる。


――寿ことぶき 圭二郎けいじろう

クイーンの実孫でイギリスの名家出身。少し騒がしいらしい。

レオンが調べてもそのくらいの情報しか出てこなかったので、一応、人となりを知っておこうと思ったのだ。

メールでは幾度となくやりとりしていたが、実際に会うとメールの印象よりだいぶ若い。

聞けばノアと同い年だという。日本人とイギリス人のハーフで、身長は百七十半ば。癖のある金髪、青目。髪は肩にかかる長さで、あちこち跳ねている。金髪はノアより濃い気がする。快活な印象が強いので美形という感じはしないが、容姿は人並み以上だろう。

寿はオーストラリアから帰国し、現在イギリス本国でパティシエとしてさらに修行中、だそうだ。如月隼人も今は修行を終えて日本に帰国しているらしい。


「その年でパティシエか。それは凄いな」

レオンは言った。

「まあな!」

寿は遠慮せずに次々に自慢した。自分の大会遍歴、経歴など。

事実で間違い無いと思うが、……そうだとしたら相当な実力者だ。こういう自慢は嫌みに聞こえがちだが。レオンは菓子には詳しく無いので不快には思わなかった。

「へぇ、そりゃすごいな」

途中からは寿が早口過ぎてよく聞き取れなかったので、レオンは適当に相づちを打った。

「――だろ?また機会があったらご馳走するぜ!あっそうだ!イギリスに遊びに来たら連絡くれよ!サプライズで大歓迎するから。ほいこれ番号」


寿は満面の笑みだ。彼は紙ナプキンに、マカロンのキーホルダーが付いたペンで携帯番号と住所を書いた。

その後「そうだついでに」と言って日本の自分の両親の店、如月隼人の住所や連絡先までどんどん勝手に書いていく。

「こんくらいかな。レオンさん、よろしくな!」

「ああ。こちらこそ」

レオンは握手して、紙ナプキンを受け取った。


「しかし『ハヤミの友人』か。……まあ間違ってなかった訳だな」

レオンは呟いた。

正しくは隼人経由の友人、つまり速水にとっては友人の友人だ。

寿はオーストラリアの修行先で如月隼人と知り合ったのだという。

寿は速水とは面識が無いと言っていた。どおりで速水も首を傾げるわけだ。


「あ。ケイで良いぜ」

寿が言った。

「――ケイか。わかった。俺はレオンで良い。おかげでかなり助かった。感謝する」

レオンは丁重に礼を述べた。助かったのは本当だ。

寿はレオンの事をキング・レオンと呼んでいたが、彼はクイーンの実孫だしむしろこちらが畏まる相手だ。


レオンに頭を下げられ、寿は苦笑した。

「じゃあレオンさんな!よろしく。でも俺はばあちゃんに聞いただけだし。ばあちゃんホント何でも知ってるからなぁ……。それにばあちゃんが助けようって言ったのは隼人のプッシュがあったせいだから。お礼を言うなら隼人かな」

寿はフルーツタルトをつつきながら横髪を耳にかけた。

レオンは頷く。

「ハヤトか。そっちも機会があったら言っとく。本当にありがとう。クイーンにも感謝を伝えたいが――まだ話し中か?」

寿が腰を上げて窓の外を見た。

「そうみたいだな。後で行こうぜ」

クイーンはアビーと甲板に出て湖を見ている。


「――そういえば、エリックの行方は?分からないのか」

レオンは尋ねた。

「ああ。でも宇野宮さんの話だと、日本の研究者に会ってたらしいから……何だろうな」

寿が答えた。


エリックは現在イギリスにはいない。

寿によれば、エリックは『調べたい事があるので、しばらく留守にします』と言って出かけたらしい。

エリックは日本でレシピエントの研究者に会い、その後出国。研究者に『次はロシアへ行くつもりです』と言ったらしい。これは宇野宮の談だ。


その後はクイーンの情報になる。

エリックはロシア、インド、ヨーロッパ諸国。と各地を転々として、アフリカからオーストラリア、南アメリカに渡り、ブラジル……その後は不明。

――分かったのは渡航記録だけらしいが、これは寿が『ばあちゃんは何でも知っている』と言う訳だ。

レオンはクイーンの情報網に呆れ、舌を巻くと同時に『エリックは世界一周旅行でもしているんじゃ無いのか?馬鹿か?』と思った。

もちろん海外旅行な訳はない。何かしらの目的があるはずだが……。


「クイーンはエリックの目的をご存知なのか?」

「いや。ばあちゃんも知らないって言ってた。携帯はつながらないけど。たぶん、調べたい場所を回った後は、速水さんに会いに来るんじゃ無いか?――イギリスじゃ、すっげー気にしてる感じだったし」

「――そうか」

レオンは頷いた。舌打ちしたい気分だ。


レオンはエリックが調べている事に関しては、見当が付いていた。

レオンの推測が正しいのかも分からないし、正しかったとしても、特に速水に関係があるとは思えない事……なのだが、――エリックはサラの旦那で、プロジェクトの副主任で、ほどんど速水の信望者で、その思考回路は常人には理解不能だ。


――エリックといい、犬といい。本当にこれっぽっちもわからない。

ちなみに、やたらうるさい犬が一匹ついて来たがったのでホームの椅子に縛り付けてある。厳重に閉じ込めたのでさすがに来ないだろう。

レオンはまだ少し不安だったが、アルヴァとベイジルが請け負ってくれたのできっと大丈夫だ。

駄犬ウルフレッドはともかく。エリックの動きには注意しておかなければいけない。


……そこで聞き覚えの無い着信音が鳴った。

向かいで出雲が袖から携帯電話を取りだした。出雲は話していたエンペラーに断り、出口近くにいたレオンと寿に会釈をして、甲板へと出て行った。


その後、レオンはため息をついた。エリックの件はノアと速水を救出してからだ。

レオンは『エリックの目的に関しては確証がないので、まだ言う必要は無い』と考えた。

「――しかしハヤト・キサラギってのは、結局どういう人物なんだ?」

話題を変えるため、レオンはぼやいた。


寿によると如月隼人に『速水の身に何かあったのではないか』と相談された寿が、祖母であるクイーンに相談したのだという。

如月隼人は速水がアンダーで送った、『恋人に子供ができた!』というメールだけで、これは誘拐だ!彼の身に何かあったに違い無い――と断定できたらしい。

当時、メルボルンにいてほとんど蚊帳の外だったにもかかわらずだ。

そんなに頻繁にやりとりする、あの速水の親友……?


レオンは苦笑した。

「会ってみたいような会いたくないような。複雑な気分だな。ハヤミの話だと何でもできる完璧超人らしいが。……どんなタフガイなんだ?」

「ええ?ははは、あはは!」

寿は笑い出した。レオンの冗談が伝わったらしい。


「隼人か。――いや、隼人はちょっと変わってるけど、普通に良い奴だぜ!速水さんの事は隼人から色々聞いてだいたい全部知ってる。趣味とか好きな食べ物とか、付き合った女性の数とか振られた回数とかその辺な」

寿が笑いながら言った。

「ほお?」

寿はレオンも知らない情報を持っていそうだ。……特に興味はないが。


「隼人は速水さんの事は誰にでも何でも話すって言うか、プライバシーってなんだっけ、って感じ。さっすがお互い唯一無二の親友だよな。俺はまだ友人、俺も負けてらんねー!よっし今年は親友試験挑戦するぜ!」

寿は何かに燃えている。


メールの印象そのまま。寿は口数が多い。今の所さほどうっとうしくは無いが、メールはやたら長文だったし毎日これでは疲れるかもしれない。

やはり隼人は大した人物だろう――あるいは変人かもしれない。


「あ!そうだそうだ、なあレオンさん、俺、速水さんにも会ってみたいんだよな。珈琲にもバリ詳しいらしいし。隼人の話じゃベリーベリーお菓子作りも上手いって。だから今日、俺も行きたいって頼んだんだけど、時間あるかな?つか迷惑かな?ああそうだエリーの写真もめっちゃ撮ってあるから見るか?」


「な、なるほどな。いや。まあ。……ハヤミも悪い奴じゃないから話せるといいな。もし会ったらノアとも仲良くしてやってくれ」

レオンはだんだん押されてきたが、無難なことを言った。

「ほらコレとか可愛いだろ」

寿は携帯の画面をレオンに見せた。デジタルカメラも持っているようだ。

「あ、いや――写真は先にノアに見せてやってくれ。と、そろそろ外に行くか?ちょうど向こうも一息ついた頃だろう」


エリーの成長具合も少しは気になったが、長くなりそうなのでやめておいた。

レオンが大窓から外を見ると、会話は一段落したようで、アビーとクイーンは水面を見ている。


「あ。そういえば、出雲さんがさっき出ていったな」

寿が言って、二人は部屋の右端の扉をくぐった。話の途中で出雲が外へ出て行った。

レオンがホームの事を考えていた時だ。


船室を見るとイアンはテーブルに着き、エンペラー達とうんざりした様子もなく熱心に会話していた。


■ ■ ■


寿とレオンが甲板に出ると、ちょうどそこに出雲がいた。

船室から出てすぐの通路、真正面だ。後ろ姿が見える。


「あれは何をやっているんだ?――釣りか?」

レオンは首を傾げた。


出雲は……手すりからめいっぱい身を乗り出し、片足を上げてつま先立ちで湖に向かって必死に手を伸ばしている。


「さあ……。あ、そうか。電波だ!」

寿が指さした。

見ると手には携帯を持っている。


「あっ」

という声が聞こえ、ちょうど出雲が手を滑らせた。

ぽちゃん、と音がして携帯は沈んだ。


「っておい!」「あああっ」

慌ててレオンと寿が水面をのぞいたが、あっと言う間に遠ざかった。

もう拾えないだろう。


「……あー。落ちちゃったけど、どうしようか?」

出雲はだいぶ向こうの水面を見て、寿に尋ねた。

「え。どうするって、えっと。うーん……どうしましょう?」

さすがの寿も困っている。

「どうもこうも。……あれは落とすぞ」

レオンは言った。さすがにもうどうしようもない。


「まいっか。まだ一台あるからこっち使います」

出雲はこともなげに言って、懐から二台目を取り出した。


「は?なんだあるのか。電話してたのか?」

レオンは言った。予備があるなら心配無い。

「ええ。ちょうど部下に指示を出していたところです。微妙に電波が悪くて。シェイクしたら電波が届くかなって」

出雲は微笑をたたえたまま言った。

「で、落としたのか?おいおい」

レオンは呆れた。いきなり電話が切れて部下とやらは困っただろう。


「でもおかしいな――。すみません、また今からかけます。あ、僕に何かご用でした?」

「いや、後でいい。そっちの携帯に番号は入ってるか?」

レオンは言った。レオンも宇野宮くらいだが番号は知っている。そこに連絡すれば仲間にも連絡が付くだろう。

「ええ、バックアップがあるので」

出雲は微笑み、直接番号を入力した。覚えていたらしい。

仕事の会話を聞くのはマナー違反だ。

レオンと寿は軽く手を上げて、アビー達の方へと向かった。


「あ、もしもし?花菱くん?うん、ごめん携帯落としちゃったっぴ。今大丈夫?経費で落としといて――?もしもーし?あれ?また切れたっぴね。お取り込み中っぽ?もうちょい後でかけようかな……?」

出雲が日本語で何かぶつぶつ呟く。


途中、寿が声を潜め言った。

「レオンさん。あれ……俺が知る限りでもう五台目です」

「まじかよ」

レオンは思わず振り返った。


「出雲さんはかなりパソコンとか詳しい人で、ハッカーって分かります?そういう仕事してるみたいで、物にはあまりこだわらないってばあちゃんが言ってました」

そう言う寿の携帯にはじゃらじゃらと菓子のストラップが付いて、タキシードのポケットからはみ出している。

「なるほど。色々あるんだな……」

レオンはそう言うに留めた。


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