第4話 変調 -1/5-
九月二十五日、水曜日。
この日の朝、カフェテリアで、サラが本日の連絡事項を高らかに告げた。
「平和的な協議の結果。バトルの種目は、『スペード』たっての希望で、ブレイクダンスとなりました!」
交流戦の発表から早五日。すっかりおなじみとなった光景に、速水はうんざりしていた。
というのも…毎朝、毎朝、運営から何かしらの平和的な決意表明があるのだ。
言っても、昨日もおとといもその前も、単に『今日も頑張りましょう』と言う感じだったので、今日のはまだ内容があるだけマシだ。レオン曰く、これは運営が飽きるまで、だいたい一週間ほど続く…らしい。
今回の交流戦は、ジャックはジャック、五番は五番。
それぞれ同じ番号の相手と戦う事になるようだ…。
速水は、熱の籠もった『何としても勝たないといけません、世界平和のために我々―』と言う合唱を、左手で頬杖をついて聞き流しながら、少し右を向き。
「ファ…」「なあ、レオン」
大あくびしたりして自分と大体同じ様子のレオンに、退屈そうに尋ねた。
レオンがこちらを向く。
「ん?何だ?」
「交流戦って、どの部屋でやるんだ?」
ここには速水がまだ入った事の無い大きめの部屋が、幾つかあった。
そのどれかだろうか?
「ああ、違う。外だ。運営が連れてってくれるんだよ。目隠し付きで。その都度違うが、まあ、そこそこ有名なハウスだったりする」
レオンはそれなりに楽しげだ。アメリカ人なら分かるのだろう。
「へぇ?楽しみだな」
速水も口元を緩めた。
「…お前、脱走とかするなよ」
何故かレオンにそう言われた。
「『スペード』は前日こちらに到着、一日逗留予定です!」
その間も運営が説明を続ける。
「客は地下一階に泊まるんだ。時差の調整らしい」
レオンが言った。
「あそこは運営のオフィスかと思ってた」
「ああ、オフィスはこの裏だ」
運営のオフィスは地上だったようだ。
確かに、土地があれば地下である必要は無い。
そもそもなぜ下へ向かって掘ろうと思ったのか。何かのこだわりか?普通に上に向かえば済むだろうに。
ものすごく隠れたいとか、周囲の森を保護する為とかか──?速水は適当な事を考えた。
「世界平和の為に──」
つまりトラブル回避のため、スペードとの食事時間はずらされ、移動後まで顔を合わせることは無いらしい。
その後、全員に交流戦までのスケジュール表が渡された。
渡したのはそれぞれの世話役だ。
「サンキュー、エイブ」
ノアが背の高い、細身の男に言う。
やはり他の世話役もパンストをかぶっている…。
「サンキュー…、えっと、良い服だな」「…、ありがとうございます」
速水もエリックから受け取った。
周囲を見ると、絵札四人には世話役がそれぞれ一人ずつ。
それ以外のメンバーには八番・九番・十番の三人に対し一人。
残り二番から七番までに一人だった。
こういう所に待遇の差があるようだ…。
ちなみに、欠番はいつの間にか新しい人間が入っていた。
片方は若い黒人で、おそらく二十代前半?
もう片方はヒスパニックだろうか、十五歳くらいに見える…。
どちらも男だ。彼等は二ケツからのスタートなようだ。
それに伴って、多少順位の入れ替えがあったらしく、速水がカフェテリアに入った時、丁度アメリアが掲示を見て「見て見て!すごい、一気に七に上がったわ!」と喜んでいた。
速水も「良かったな」と言っておいた。
彼女は速水にそう言われ、嬉しそうにしていた。
キャシーは十番のまま据え置きで、ベスに愚痴…、遠回しな皮肉?―を言っていた。
■ ■ ■
「…どうだった?」
その日、ラストランに戻って来た速水に、レオンが神妙な顔で聞いた。
レオン達は合同ワークで午後からずっとブレイクダンスの練習をしていて、先程ラストランを終えた所だ。
練習といっても、二人ずつで組んでひたすらバトルするのだ。
番号が近い者同士、また上や下とも。
速水だけは別メニューで、それに参加していなかった。
彼は指定されたワークの成績を、『スペード』との交流戦までの一ヶ月で、レベル7まで上げないといけないのだ。
彼が合同ワークに参加するのは、約二週間後の十月七日からだ。
「セーフ」
速水は言う。
セーフと言うのは、レオンと速水の間ではペナルティ無しと言う意味だ。
「あと今日の分は全部上がった。…この分ならホントに二週間でいけるかも」
「!全部上がったって、本当か?嘘ついてないよな?」
レオンが確認する。
「はぁ?何言ってんだ」
速水は不満そうだ。
「いや、今までペナルティが当たり前だったから。信じられん」
レオンは言った。
実は、ここ数日は全く平穏な日が続いているのだ…。
つまり速水はクリアまたはランクアップばかりしている。
昨日の射撃-自動拳銃リトライはランクアップはこそ出来なかったが、882ポイントを取って危なげなくクリアしたし、ブレイク『B-11』は一発でランクアップ。
──これは速水がサラに言って昨日の予定にぶっ込んだ物だ。本来は来週のハズだった。
どうやらレオンにワークの内容を聞いて出来ると思ったらしいが…サラに指定された中にブレイクは入っていないし、失敗すればペナルティなので、リスキーな事をする…。
そして先日、その他C~Fも、Dの『ヴォーグ』以外は全て落とさず1000を取って3へと駒を進めた。
上がれなかったヴォーグも、700ポイントはギリギリで取った…。だと?
確かにしっかり対策は教えたが…未だレオンは速水の報告が信じられないらしい。
「まだどれもレベル2とか3とかだろ」
速水は少し不機嫌になった。
ワークの内容はどれも入門、基礎練習ばかりだ。
ちなみに一回のワークはレベル1~7までは三時間。
8~15までは一回が四時間になる。
…サラはその点を考え、レベル7までと言ったのだろう。
つまり、先日速水が落としたB-10、パワームーブは上手くすれば四時間で済んだはずだったのだ。
まあ、その次1000は取ったが。
「あれ…。そう言えば、俺たち、ハヤミが踊るのまだ見てないよね」
ノアが呟く。
「ん?」
レオンはノアに言われて初めて気が付いたようだ。
「あ」
速水も気が付いた。そういえばそうだ。
ワークはレベルが同じ者でまとめてする事もあるらしいが…、基本的にマンツーマンだ。
レオンが速水をいまいち信用していない様子なのは、そのせいかもしれない…。
だったら見せれば良いのだと速水は思った。
レオン達のブレイクにも興味がある。レオンは外では一応プロのクランパーだったらしいが、ブレイクもB-15まで行っているし、当然かなり出来るだろう…。
ノアは全く未知数だ。そうだベスも呼ぼうか?
「じゃあ、今から?」
速水は言った。
「でも、終わった後は、いつもすぐ引き上げだし」
ノアが言う。
「ふう。何の話?」「おつかれ」
ベスが走り終え、こちらに近づいて来た。
ノアはタオルとドリンクを渡し、意識は一旦そちらへ向く。
「引き上げって…二人とも、まだ体力あるだろ?いつも練習とかしないのか?」
速水は聞いた。
「俺はたまにやるぞ」
レオンが言う。
「ノアは?」
「俺はあまり。っていうか練習ってそんなに要る?」
ノアがこちらを振り返って言った。
聞くと、ノアは平常時、ワーク以上の練習をあまりしたことが無いらしい。
もちろん交流戦の間際や『フェスティバル』が近い時や、凄く苦手な物があるときは例外だと言った。
「どっか空いてれば使えるはずだ。聞いてみろ」
レオンが速水に言った。
「分かった。サラに聞いてみる」
さっそく速水は内線を取った。
「ああ、ハヤミだけど。サラを。………、サラ、頼みがある。今からレオン達と居残りで練習したいんだ。空いてる部屋とか無いか?…、え?2階B室?…ああ。オーケー。ありがとう」
速水は微笑んだ。サラにはすでにかなり世話になっている。
「あいつ…、サラ狙ってるんじゃ無いだろうな」
レオンがその様子を見て言った。
「案外、サラの方がまんざらでも無かったりして?結構ひいきしてるよね」
ノアもニヤニヤ笑って言う。
「?さ、行くぞ。ロック開けたってさ」
「じゃあ、行こうか。まあ、…暇だしね。ベス!行くよ」
ノアはやや乗り気らしい。
「ベス、明日は負けないから。覚悟してね」
「―はいはい。──え?」
ノア達の成り行きを見守りつつ、絡んでくるキャシーと話していたベスは、ちょっと目を見開いた。そして控えめに噴き出した。
「え?…ベスも来るよね?」「キャシーはどうする?」
ノアと速水が言う。
「あら―?」
キャシーも何かに気付いたらしい。
「おい、お前ら…飯は?」
それを代弁してレオンが言った。
「「あ」」
速水とノアはすっかり忘れていた。
顔を見合わせる二人を見てベス達は大笑いし、さらに夕飯で散々ノアをからかい、ノアはもう良い来るな!といきなりヘソを曲げた…。
その結果、速水はレオンを入れた男三人で下に降りる運びになった。




