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JACK+ グローバルネットワークへの反抗   作者: sungen
異能編(最終章)
131/151

第14羽 MD ⑥ラストステージ(前編) -1/6-


四月四日。日本。


庭園と呼ぶ方がふさわしいような庭を持つ広い屋敷の門前で、中年の男達が門前払いを食らっていた。

インターフォンでは越しでは無く、直接対峙をしている。


「宗雪さま、…お願いします、どうか」

訪ねて来た男達は五名。全員スーツ姿だった。先頭の男は地べたに膝を付き頭を下げている。


「……」

それを無言で見下ろす和装の男性がいる。

藍色の着流し姿で、足袋と草履を履き、同色の羽織を身につけている。

彼の背後には体格の良い使用人然とした男が控えていて、こちらは灰色の和服を身につけている。


着流しの男は、他人に冷たい印象を与える男だった。

背は高く、年齢は二十代半ばに見える。

しっとりとした黒髪が額をよけて耳の前にかかる。白い肌、やたら整った顔立ち、細い眉、人並み外れてきつい目つき。


彼は速水朔の父親、速水宗雪だった。

若く見えるが、襲名からもう二十年余り。

見た目が若過ぎるせいで、良く長男と間違われるのが密かな悩みだ。


この者達は…『いい加減、息子さんの捜索願を出して下さい!』と頭を下げに来た刑事達、では無い。


宗雪はきつい目で、頭を下げる男達を一別した。

男達は萎縮した。


――直接対峙してやっているのをありがたく思え。

そう言わんばかりの目だった。


「峰山さん。片付けておいて下さい」「はい」

宗雪は穏やかに微笑み、使用人に言ってきびすを返した。


幾度か物音がして、しばらくして使用人が追いついてきた。

この庭は無駄に広い。屋敷からここまで十分はかかる。

「……塩は撒いたか?」

宗雪は穏やかな声で言った。

「はい」

使用人の峰山が頷いた。


「それで、――あの間抜けはどこにいる?」

宗雪がぽつりと呟いた。

「出雲さんは、今は沖縄に…」


「呼び戻せ。用が出来た」

真剣な表情で命令する。

「はい」


「……お待たせしました」

宗雪はまた、穏やかな表情を浮かべ、座敷に戻る。

隙の無い動作で正座し、客人達に中座したことを詫びた。

心の内で『茶席でなかったので、玄関まで出たが――やはりまた茶室に籠もるべきか』等と考える。


「昨今はこのあばら屋にも来客が多く、嬉しい限りです」

宗雪が微笑んで言った。

来客達もほっとしたように微笑み返す。男性二名、スーツ姿の女性が一名。

五十代半ばの年長の男性記者と、若いカメラマンの男性、そして編集者の女性だ。


彼等は茶道雑誌の特集記事を書くために来ていた。

宗雪は終始穏やかなまま受け答え、昼から続いた取材もそろそろ終わりだ。


「なるほど興味深い……。良い記事になりそうです。そういえば、今度、ぜひ息子さんの取材をさせて頂きたい、と思っているのですが…」

「…出雲、ですか?」

宗雪は言った。

「ええ。出雲さんは去年の水月賞を受賞されて、華道界からも注目されていますし。いかがでしょうか。先代はまだ早いとおっしゃっていますが、彼の全国行脚は有名ですよ。ただ、こちらとしても、あまりはやし立てるような記事にはしたくないので、実現するとしても、まだむこう、十年は先かもしれませんが…」

男性記者が控えめに言った。十年、というのは襲名後云々の話だろう。


宗雪は微笑した。

「取材に関しては本人に任せてありますので、どうぞ上手く捕まえてみて下さい」

「ええ、そうしますか。ですが、息子さんは今はどちらに?」

「さあ、どこにいるのだか…逆に聞きたいくらいですよ」

宗雪は小さく溜息を付いて見せた。


その後、宗雪は男性記者と、息子達に関するお決まりのやりとりをした。

「出雲さんなら、心配はいりませんよ、身を固めれば落ち着くでしょうし…」

男性記者がいつもの世辞を言った。

速水宗雪の父、つまり先代の家元はこの雑誌で連載を持っていて、毎月原稿を取りに編集者が来る。

その関係で、この家の跡継ぎである『速水出雲』が若くして茶道界の風雲児と目されている事もよく知っている。


わびさびの本質は才能で決まる物では無いが、茶の湯というのは不思議な物で、時折天性の才能ある者が生まれる。

――茶の天才が到達する境地は常人には計り知れない物がある。

天才が興したと言われる宗雪の流派は、元々そうした者が生まれやすいのだが…。


『速水出雲』はわずか十五歳で全ての茶事の修練を終え、二十歳を過ぎた頃には自ら茶事の采配を振るうようになった。

そして次第に、ゆっくりと。彼が誰の目に見ても明らかな傑物と分かるようになった…のだが。


―風雲児というか、むしろ、異端児というか―。

親の宗雪からすれば、頭痛と溜息しか出てこない。

一体、誰に似た?


「ああ、そういえば、…ご次男の朔くんは、どうされていますか?」

男性記者が言った。

「朔、ですか?」

宗雪は少し眉を動かした。

祖父の代から交流を初めて十余年。初めてこの話題を振られた。

この男性記者は、速水朔がブレイクダンサーになった事は知っている。

速水朔が昔から療養しあまり人前に出なかったことも。出雲と並び、色々、噂のつきまとう子供であったことも。


…速水家が茶道の家元であるだけに、一文書くにしても許可が要るのはやっかいなところだ。


宗雪は、また微笑む。

「次男は今は海外で頑張っています。自分で選んだ道です。やり遂げるまで、帰って来るな、と言ってありますよ。…生き残れるかは、本人次第ですが」


「…時期尚早、という事ですか。では、本日はこれで失礼します」

男性記者は心得た様子で言って、帰って行った。


■ ■ ■


宗雪は冷めた茶を飲み干した。


…この島国には独特な文化があった。

伝統と言ってもいい。


ネットワーク云々もやっかいだが、こちらも面倒だ。

速水朔が誘拐されて早二年。いい加減、方々で噂になっているのかも知れない。

…宗雪が門前払いにした連中も、噂を聞きつけて来たのだ。

あの記者も素直に、御許が速水の行方を心配している、と言えばいいのだが、どいつもこいつも…。


「どうも、お久しぶりで」

雑誌の記者達と入れ替わりで、警視庁の宇野宮大介が訪ねて来た。


「…またお前か」

宗雪はいい加減うんざりしていた。来客の多い日だ。

しかも宇野宮警視は記者と違い、アポ無しだ。


「峰山。あれを」「はい」

宗雪は峰山に文箱を持ってこさせ、障子を開け放ち、宇野宮を座敷に置いて一人庭を眺めた。

「潮目が変わるな……。宇野宮。土産だ。それを持って行きなさい」

宗雪は庭を見たまま言った。

「はあ。…先輩、これは?」

宇野宮が座敷で茶を飲みながら、蒔絵の文箱に不思議そうな目線を向けた。


「捜索願だ」

ごほっ、とむせ込む音が聞こえた。


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