第14羽 MD ②小鳥 ②
……。
速水朔は目を開けた。
「大丈夫?」
ノアがのぞき込んだ。若干あきれ顔かもしれない。
速水は無言で身を起こした。そして痛む首を押さえて項垂れた。
部屋はそれほど広くないが、別に狭くも無い。
ただの白い部屋だった。
特に何も無い。…とりあえず、一時的に閉じ込められたのか?
今ごろ、ベス達は速水が出した負傷者の手当をしているだろう。それがせめてもの慰めか…。だが。
「全然大丈夫じゃない」
速水は憮然とした。
こんな事なら、手加減せずにもっと派手に暴れれば良かった。
「…くそっ」
速水は悪態をついた。少し項垂れる。
「ハヤミって、馬鹿だよね…」
ノアは苦笑して言った。少し明るい声色。慰めているようだ。
ノアの肩には小さな鳥が止まっている。
…ベス?が作り出した鳥だ。
「…その鳥って、餌食べるのか?」
ひどく落ち込んでいたが、プロジェクトへの恨みも収まっていなかったが、速水は気になった事を聞いた。
監禁されている状態に付き合わせるのは、小鳥には良くないかもしれない。
…小鳥だって俺のとばっちりなんて嫌だろう。
黄緑色の小鳥はちゅちゅ、と首を傾げて鳴いた。
「さぁ。コレって何の鳥?」
「見た目はアトリ科の鳥、みたいな感じだけど、アトリは背中がこんな色じゃないし…分からない」
速水はよどみなく答えた。
この鳥は、頭が黄緑色、胸が薄いオレンジ色、背中の色合いは若干の黄色で、羽の付け根に黒と白の模様が入り、羽が黄緑色をしている。…アトリによく似ているが、アトリはもう少し水色、薄いグレー、という感じの鳥だ。
アトリの、ほんの若干の色違いバージョン…?近い種類か、あるいはベスが色を決めたのか…。
速水は笑い出したくなった。
…手を伸ばしたら、触れられるだろうか。逃げるかな。
そう思って速水が手を伸ばすと、小鳥は速水の指先に乗って、少しはねて、またノアの元へ戻った。
「そういえばハヤミってさー、やっぱり、頭いいの?」
ノアが言って、壁にもたれて速水の隣に、横並びに座る。速水は片膝を立てて座る。
速水はスクールでもこんな事あったな、と思った。
「別に…普通だと思うけど」
「――嘘だろそれ」
ノアが言った。
…そう、嘘だ。
もう何十回もついた嘘。癖になってる。
はぁ…。
と、二人とも、うつむいて溜息を付いた。
速水は小さくノアは大きく。
「……ねえハヤミ、君はどう思う…?アレってベスだと思う?」
ノアの肩で小鳥が、ノアの頰にすり寄っている。
ノアは途方に暮れたような表情はそのままに、指先で小鳥のくちばしを触った。
小鳥が嬉しげにさえずった。
ノアが少し上を向く。
「俺、もう訳分からない……。…俺は、アレは絶対ベスじゃ無いって思うけど。ハヤミはどう思う?…」
そこでノアの言葉が切れた。
しばらく待ってもノアが無言だったので、速水は自分の考えを言うことにした。
「…俺も、多分あれはベスじゃないと思う。彼女は死んだ……」
自分の考えとは裏腹な事を言ってしまった。
速水は彼女をベスだと思っている。
「―本当にそう思ってる?目が泳いでるよ…」「…ノア。こっち見て言え」
ノアにあてずっぽうで言われて、速水もノアを見ずに溜息をついた。
速水は考えながら口を開いた。
「分からない。けど…俺はあれが、本当のベスだと思う。だから俺達の仲間だったクイーンは…元からいなかったか、いたけどそれは本当にシャドーで、あの時死んだのか……。けど、エリーもいるし……俺達のチームの『クイーン』がいた事は間違い無い」
ノアは…うううーん…、と唸るような溜息を付いた。
ノアも、あまりに想定外の出来事に、途方に暮れているようだ。
そしてノアは速水を見て…、違ってたらゴメン。と前置きした。
「なあ。この際だから聞くけど。ハヤミって、実はベスの事…結構、本気で…好きだったよね」
控えめに言った。
「……」
いきなり言われた速水は、バツが悪そうに目をそらした。
「そんなことない」
そう言ったが。
「―まあ、無理も無いよね…。ベス、美人だし。俺、見ててすぐ分かった」
クスクスと、ノアが速水を指さし笑った。
「………確かにそうだけど」
とついに認めた速水としては。
…今だからこそ、あれは致し方なかったと言いたい。
いきなり誘拐されて、地下に閉じ込められて、体調が悪くなっていく中。気遣われて。
……少しなびいてしまった。
ベスにはノアが居て、ノアにはベスがいる、それでかえって、自分が幾ら想っていても安全だ、と思ってしまったのか。…最低だ。
つまり横恋慕……これはかなり情けない。
速水は、女性関係にまつわる恐ろしい事態を何回も経験したことがある。
出所が不明な噂のように、未亡人や処女をひたすら食った結果、隠し子が百人いる、等では無くて。
速水としては特に何も無く、ただ普通に接していたら。
ある日いきなり、彼氏と別れた、夫と離婚するとか言われた事があった。刃傷沙汰までは行かないが、殴り込まれた事や、夜道で絡まれた事はある。…説明して女性にも分かって貰えたのは全くの奇跡だ。たまに殴られる。
面識の無い女性の場合もあるが、それはファン心理?
自分は父や隼人に比べてそこまで美形と言う訳でも無いし、たぶん、どこかで思わせぶりな態度をしてしまったんだろう…。
――あるいは、ここで自分に非があると思うこと自体が、やはり良くないのかも知れない。
「…反省する。これからはもっと真面目に生きる」
速水はひたすら落ち込んで言った。
…二代目JACKが悪戯に浮き名を流すのは、死んだジャックも望まないだろう。
当分は恋愛禁止で、ダンスダンスダンスだ。
「けど、…ベスは浮気はしてない」
速水はノアを見て言った。
あれは自分が勝手に少し?好きだっただけ、と伝えなくては。
「当たり前だろ。だったらブッ殺してるよ」
ノアは呆れたように言った。
「…ごめん」
速水は小さく言って、黙るしか無い。
「あっ。ねえそうだハヤミ、君、アンダーで何人くらいとヤった?ほら、シンディとか、良い感じだったよね、どうだった?あとお出かけの時とか――」
ノアがワクワクと、下品な話を始めようとした。
――それは無視して、速水は、ノアの肩の小鳥を眺めていた。
小鳥はノアの左肩に、涼しい顔をしてとまっている。
本当に鳥だ。
……こんな力が実在する?
レシピエント…。
どんな力なのか、未だ分からない。
だくさんの小鳥を作り出す能力?…何の役に立つんだ?
ネットワークは世界緑化計画でも立ててるのか?
木を植えて、そこに鳥を放すとかか?…ものすごく平和的だ。無いだろうけど。
――隼人が聞いたら喜ぶだろうな――。
アメリアも…?スクールの人間も、もしかしたらそうなる可能性を秘めていた?
俺が、万が一、レシピエントだとしたら。
…俺は…この先一体どうなるんだ?
〈おわり〉