第13羽 異能 ④アラン -6/6-
そこに居たのは、中年の男だった。
趣味の悪い金縁の、レンズの色が薄いサングラスの下、左目から額にかけて大きな傷がある。
背後にガスマスク六人、そしてスーツの男…適当な黒目出し帽…二人を連れている。
「――会いたかったぞ」
その男はそう言った。傷に手をあて、醜悪に顔をゆがめる。
「この傷の恨みを、たっぷりと味あわせてやる…!」
そう言われたが、速水にはサッパリ心当たりが無かった。
速水は眉を潜め、首を傾げた。
「誰だお前?」「―ハヤミ!こいつアンダーで君に粉かけてたおっさんだ…!」
ノアがあわてて耳打ちした。たのむから刺激しないで!と速水に言い聞かせる。
「あ、…ああ」
言われた速水は、思い出して納得した。
…そう言えばそんな事もあったな。すっかり忘れていた。
確かに顔は真っ赤で、杖を強く握る手はぶるぶる震えて。怒っているのが良く分かる。
全く覚えは無いが、確かエリックが、あの時、自分はベッドで相手を傷付けたと言っていた。全く覚えはないが。
傷は相当大きい。手術の跡も見える。そしてサングラス。ダークブラウンの杖。白杖では無いが、もしかして、失明させたのか?…かなり不味いな。
「目は?見えるのか」
速水は男をまっすぐ見て言った。心配そうに。いつものキツイ目つきで。
「っ」
男が拳を握りしめた。
ノアはハラハラしつつ様子を伺った。
そうだ速水はこういうヤツだ――、頼むからそいつを挑発しないで!とばかりに。
「やれ」
男の号令でリンチが始まった。
■ ■ ■
すっかりおなじみの手錠で後ろ手に。
暴力が止む事は無く、速水はひたすらに殴られた。
ノアはベッドの上で歯ぎしりしながら見学。ノアの周囲にも三人。
途中で、ピー、ピーと鉄格子の向こうの内線が鳴ったのを覚えている。
「なんで…ノアを痛めつけた?」
散々殴られた後、息も絶え絶えになった速水が小さな声で言ったのはそれだった。
「あの女の命令だ」
男は忌々しげにそう言った。杖が速水の鳩尾を突く。
「ぐッぁ、…、――あの、女?」
「貴様は一生、子飼いにしてやる!」
男は速水の顔を杖で持ち上げ、言った後、速水の顔を横からしたたかに蹴飛ばした。
速水は床に倒れた。
その後、男が杖を両手で竹刀の様に持ち、派手に速水の肩へ振り下ろした。
「が…っ!!」
それをまともに食らった速水は悶絶した。だが男達が無理矢理起こす。
おまけに頰を殴られた。
歯を食いしばる。
「…っ」「意外に丈夫だな」
鳩尾を蹴られる。
速水はベッドの方を向かされ、背後からがっちりと固定された。
「…、」
顔が上げられない。が、髪をつかまれ無理矢理上を向かされた。
速水は歯ぎしりだけはした。
「ハヤミ…!!」
心配そうにするノアが目に映る。
「さて」
という声が聞こえて、ベッドの上の、囲まれたノアがびくついた。
速水の後ろで笑い声がする。端末の電子音は止んでいる。
「二人仲良く==ックしてやるぜ!」
「ノア!!」「ハヤミ、気に」
「これが××××計画だ!ギャハハ!!」
「―テメェ等ぶっ殺す!!この××ゲス豚野郎!!!====×って来い!っ」
ノアは大声で悪態を付いた。
「!!っノアを放せ!!」
速水は叫んだ。ノアが――!
無理矢理振りほどこうとしたが。
「やめなさい」
先に号令が降って、男達の動きが止まった。
「ちっ」
サングラスの男が舌打ちし。速水を眺めてにへりと笑った。その助けが来るのが分かっていたのか、下卑た笑いだった。
手を振って、速水を押さえていた男達がゆっくり退いた。
助かった?
「…」
そちらを見た速水はあぜんとした。
助かったとか、そんな事より。
………。
何が、起きてる?
ノアを見ると、ノアは半分ベッドに身を起こし、険しい顔のまま――、その、白衣の女をにらみつけていた。
その表情が、次第に崩れる。
白衣、少し伸びた赤い髪、赤いワンピース、赤のハイヒール。
気怠げに腕を組んで。見た事のあるイヤリング。
速水は知らない金色の細いブレスレット。
「準備が整ったわ。ラストステージへ行きましょう」
――金色の目。
聞き覚えのある声。
その女は、死んだはずのベスだった。
〈おわり〉