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JACK+ グローバルネットワークへの反抗   作者: sungen
異能編(最終章)
110/151

第13羽 異能 ④アラン -2/6-


四月一日。

速水はレオンと再会し、レオンの車に乗り込んだ。途端。


…雨脚が強まってきた。

ロスの雨はひどく冷たい。


「結局…あいつらは何だったんだ?」

速水は車中、後部座席の右隣に座ったレオンに尋ねた。

「地下でお前にコナかけてたオッサンの仲間だ。勝手に出歩くな」

レオンはそう言った。


運転はジェイラス・カラズ。

左ハンドルなので彼が速水の前だ。彼はレオンのファミリーでKidキッドのネームを持っている。

ジェイラスは先代ジャック『ジョン・ホーキング』のファン。

彼は速水にKRUMPでバトルを挑み、負けたり、たまに勝ったりする内に速水をJACKの後継者と認めた。年は、確か二十九歳。黒人。いかにもダンサーという鍛えられた体型で、スリムという感じでは無くがっしりとしている。ちなみに妻子持ち。


ジェイラスはサイズの大きい白Tシャツに、余裕のあるジーンズ…頭にはグリーンのキャップ。レオンのファミリーの下っ端はスーツでいる事も多いが、男連中の私服は皆こんな様子だ。スニーカーまたは、ティンバーのブーツが多い。

例外も幾人かいるが、速水からすれば大概ごつい。


「――お前、ネットに動画上がってた。それでこの辺りだってバレたんだ」

メールを打ちながら、レオンが言った。

「…動画?町歩きの?そんな物を上げてどうするんだ?」

速水は首を傾げた。


「町歩きって、お前、ダンスしただろ?」

眉を潜めてレオンが言った。

「ダンス?…してないぞ?…一体何の事だ?」

速水は言った。

レオンと話がかみ合わない。


レオンは速水をじっと見ている。

「…ハヤミ、エリックはどう言ってた?お前は『レシピエント』になったのか?」


「―え?レシピエント?…」

ふう、と速水は胸を押さえた。

カラスがクッションになったおかげで、銃弾を胸に受けるはずが、あり得ない程のかすり傷で済んだ。

しかし銃創のようなキズは残り、撃たれたような痛みも感じた。

医者は首を傾げて、とりあえずヤケドの処方をされた。今も一応、包帯を巻いている。

そしてその後はずっと高熱にうなされ、アダムに迷惑を掛けた…。


「お前はどうだ?それになったのか?」

レオンは真剣な顔をしていた。

「?いや、エリックは、俺は超能力者にはなれなかった、って言ってた。だから解放されるって」

「…。エリックはお前に何て言った?いいか、全て正確に言ってくれ」

レオンはとにかく聞いてくる。


言われた速水は記憶をたどる。

…ゲストルーム。

――速水が気がついた時にはエリックだけで、他の研究員は誰もいなかった。


『…貴方は失敗作です。プロジェクトには必要ありません。そう報告します』

エリックは笑って。けど、涙を流していた。


―必ず我々が貴方を助けます。サンプルも処分します―。

その後、エリックは速水の手を固く握り、そう言った。


速水はシートベルトをしたまま姿勢を正す。


「正直、エリックの考えはよく分からない。エリックは俺に『…貴方は失敗作ですね。プロジェクトには必要ありません。そう報告します。必ず我々が貴方を助けます』って、そう言っただけだ…。けど、泣いてた。俺はその後…多分また寝た」

そう言った。

もちろんサンプル云々の事は言わなかった。…処分してもらえるなら言う必要は無い。


「我々ってのはサラの仲間かも…」

速水は呟いた。

「それは…いつ頃だ?二十三日か?」

レオンが速水に尋ねた。


レオンに尋ねられた速水は、できる限り正確に言おうと口を開いたが―そこで自分の記憶が酷く曖昧な事に気が付いた。

「時間は覚えて無いけど、…たぶん夜だったと思う。その次朝が来たから…。三月…の」


…何日だ?


速水はゾッとした。

いつ何をしていたのか覚えが無い。記憶力にはそこそこ自信があるのに。


…寝て起きて、寝て、起きて。エリックとは監禁中はほぼ話さずに。

昔の記憶の中で遊んで――泣いて。エリックが―。


…二十日とか、そのくらいか?

これは予想以上に、脳が薬でヤバイ事になっているのかもしれない…。


「…悪い。監禁中は殆ど寝てたし、カレンダーも見て無い。…けど解放される少し前だ。二十日…とかか?……変な薬で、ずっと夢うつつだった」

自然と口調が苦くなる。速水は奥歯をかんだ。


「そうか…、じゃあ、…『シャドー』には会ったか?」

レオンが言う。


「…シャドー?」

速水は首を傾げた。


シャドー、つまり影。

もちろん意味は分かるが、聞いた事の無い単語だ。


「エリックが『お前はレシピエントじゃない』って言うなら…ソレが出てきてるってはずだ」

レオンは言って、続けた。


『シャドー』と言うのは、二重人格。つまり、もう一つの人格のこと。


「…レシピエントになれないとそいつが現れるらしい。ステージ4、シャドーが現れるとそこでストップ、ステージ5のレシピエント、つまりエスパーにはなれない。で、アビーもそこで進行が止まったケースだ。が、もっと酷いケースだと、シャドーが出てこなくて、そのまま狂うらしい…そいつが失敗作って呼ばれる。狂ってないって事は、お前はそいつに会ったのか?」

若干、苛立ち混じりに、レオンが速水に長々と言った。


「…会ってない。アビーが二重人格?それも初めて聞く」

速水は少しあ然として、事実を述べた。

…レオンの言っていることは荒唐無稽だ。


レオンは溜息をつき、自分の髪をかき上げた。

「チ…、検査だな。アビーに聞こう」

どうやらレオンは、アビー達と協力することにしたらしい。


「レシピエント…?」

速水は確認の為に呟いた。

シャドーが出て来る、ステージ4どまり。

シャドーが出てこない、ステージ4から5の間で発狂。…失敗作。

シャドーが出てこないが狂わない。ステージ5にランクアップ。

俺はシャドーに会った覚えは無い…。

「って」

それで行くと俺は…いつの間にか、ステージ5になった?一応当てはまっているが。


「…分からないけど、おれは二重人格とか超能力者じゃない。そいつに会った覚えも無い」

速水はハッキリそう言った。

「まあ、だといいな…」

レオンはそう言って、携帯の画面をのぞき込んでいる。


「…」

速水はレオンを見た。

速水が不思議に思うのは、自分が撃たれた件だけだった。

あるいは、それか?

これはアビーに聞いてみよう…。


――速水はレオンを仲間と思っていたが、さすがに迷惑を掛けすぎたという自覚がある。


…表面上の関わりなら、笑う事だっていくらでも出来る。

だが、肝心の、速水が心の奥底で思っていること…平たく言えば『足手まといになりたく無い』…そう言う事は中々言えない。


…レオンは。

彼は全くそうは見えないが、レオンや彼のファミリーは案外凄いので、何かしたい思っても速水は特にすることが無い。


地上に出て――意外とファミリーがしっかり機能していて。速水はささいな手伝いだけで済んだので、他の時間はベスの事で落ち込んだり、ウルフレッドと小旅行したついでにこれからの人生について考えたり、眠ったり、鳥の声を聞いてみたり、クリスマスの準備をしたり、たまに踊ったりしていた。


つまり、好き勝手に遊んでいたのだ。


それでいつの間にか、ネットワークに、ジョーカーに追い込まれて、迷惑を掛けて。加えてエリックにヤバイクスリを少しずつ飲まされていて、ヤク中になった。


…本当に、自業自得だ。いい年して、世間知らず、情けないにも程がある。


役立たずと放置されても仕方無いのに、まさか行方を探されていたとは。

―レオンとの約束を放り出す形になるので、もう今では思いとどまっているが…外へ出た後はかなりヤケになっていた。

速水はこれで自由だと思って、さっさと帰国しようと考えていた。

それでここまで気にかけて貰って申し訳無いくらいだった。


レオンが困っていたら、速水は命を懸けて助けるだろう。

それはノアだって、ベスだって。

…ベスはもう居ないが…、二人の娘のエリーだって一緒だ。


レオンに、ありがとう、と心の中で思う。

今、言わないといけないけど――。エリック。


「…ッ」

速水は舌打ちしかけて抑えた。

歯ぎしりをした。


やっぱり、どうにも苛々する!!


ブチ切れたい。ブチ切れている。

ガラスを叩いて『俺は悪く無い、お前等が最低だ!俺の青春を返せ!この豚野郎共!!』と叫びたい。

代わりにまた歯ぎしりをして低く唸るが、レオンの手前それも抑えた。

ストレスがたまりそうだ。小さく舌打ちしてしまうのは仕方無い。いま話かけられたらレオン相手でもキレる自信がある。


「ふー…っ」

速水はレオンを横目で見て、気付かれないように唸って、落ち着く為に溜息を付いた。

こんな状態で礼を言っても、怒って聞こえるだけだ。


レオンに向かって「中途半端に気に掛けるくらいなら、なぜもっと早く来なかった!?」と身勝手な本音を叫んでしまい、喧嘩になるかもしれない。

これ自体は仕方無く、もう済んだ事だが―。

ダメだ…やっぱりもう少し後で言おう。


――結論。エリックには再教育が必要。

…エリックがサラと繋がっているなら、彼は何か知っている?

他の研究員、スタッフ達は、おそらく良く事情を知らない。

スタッフ達は速水の扱いが丁寧だが酷くぞんざいで、ただエリックの指示通りにしていて、速水は苛々した。


結論を付けた後、速水はドアに肘をかけた。

「そう言えば、ウルフレッドは…?」

もう一匹の犬。一応あれも気に掛けてやらないと。


窓を幾多の水滴が伝う。

外はすっかり馴染んだロスの街並…。最寄りの病院へ向かっているのだろう。

丁度ビルの影、ガラスに映った自分を見て、だいぶ髪が伸びた事に気が付いた。

指にからめて遊んでみる。速水は相変わらず目つきがきつい。少し痩せたようだが、思った程では無い。またすぐにリハビリして踊ろう。自由になったのだから。


カラスが…そう言っている。

もっと違うヤツも。


「ああ、すぐ合流する…――そう言えばアビーだが…表じゃお前と噂になってる」

ずっと黙っていたレオンだが、何か思い出したらしい。

「え?」


アビーは偽装していて、本来は銀髪に紫の目。

彼女はなんとノアの双子の妹で、つまりジョーカーの実娘だった。

その事実に速水は驚いた。


「それで今じゃ、『二代目JACK』つまり、お前がアビーのフィアンセになってるんだ」

レオンは呆れた様子で少し笑い、事の顛末をさらに語った。


ジョーカーは娘と速水を結婚させる満々気だったこと。

だがウルフレッドとアビー、二人は実は昔会った事があって、アビーはウルフレッドに惚れていた。

そして別荘でアビーから告白したこと。最近はペアルックに凝っていること。


それを聞いた速水は素直に驚き、呆れて笑った。

…ジョーカーにとっても、これはさすがに予想外だっただろう。

少し気分も上向いた。ウルフレッドはいい犬だ。


「そうか…売名かと思った」

速水は苦笑した。

アビーはジョーカーの別荘に行く途中の車内で、やたらベタベタして来て…速水は面食らったのだ。それをレオンに言うと、やっとレオンの表情が緩んだ。


「二人に家を建ててやらないとな…」

速水は呟いた。


「大丈夫か?」

レオンが言った。…速水はうなされ始めていた。

「大丈夫、怪我はそろそろ良くなると思う…これはリピートの残り。レオン、とっとと入院させてくれ。ヤバイ薬を飲んだから、脳の検査も受けたいんだ……」

速水は舌打ちしてぼやいた。

エリックは頭痛、幻聴は今後は良くなるかもしれない、と言っていた。

――だが肝心の音感はそのままだった。それとも今後、元に戻るのか――?


「ああ。もちろんだ」

レオンが頷く。

「今向かってるのか?どのくらいかかる?」

速水は窓の外を見た。…おなじみの渋滞をしている。

「まだ少しかかる…、ひとまず一時間くらいだな。しんどいなら寝てろ」

レオンが言った。

後ろにはレオンの仲間の車が二台、いつのまにか合流している。


すぐ後ろの車には、アルヴァとレオンのいとこ、キティが乗っている。

もちろん運転はアルヴァ。

彼はレオンのファミリーで、Princeプリンスと呼ばれる。

レオンとタメを張る美形で、金髪を肩まで伸ばした優男。


キティは茶色が掛かった長い金髪の女性。レオンの家系の女性はストレートヘア。

キティはPrincessプリンセスだから、その恋人のアルヴァがプリンス。そのままだ。

キティが速水に気が付いて手を振った。

後部座席には仲間が二人。速水はぎこちなく笑って、また前を向いた。


「…レオン。どこの病院に行くんだ?」

この方向。この道を、このままずっと進むと、そのままハイウェイに入る。…そのまま進めばロス空港へ、真っ直ぐにたどり着いてしまう。

「このままロサンゼルス国際空港まで行って、まずは飛行機。デンバーでアビー達と合流。―そこで検査即入院だ。他はもう行ってる。俺達もすぐ移動する予定だったが、お前を探すのに手間取った」

レオンは言った。


「…デンバー?」

速水は言った。それは遠い。

デンバーまで飛行機なら二、三時間で着くはずだが――。わざわざ?

目線で問いかけると。


「そうだ。クリフの親父が病院の院長をやってて、そこなら融通が利く。アビー達もそこにいる。お前はさっさと寝て治せ」

レオンがそう言った。

「…分かった」

速水は頷いた。味方は多い方が良い。

用心深いレオンが信頼できると判断したなら良い。

「まだかかる。しんどいなら寝てろよ。つかもう寝ろ」「分かったって」

レオンに言われた速水は苦笑した。

自分は早く治さなければ。…暫くはまたお荷物か。


その時レオンの携帯が振動した。


「…誰だ?」

まだ寝ない速水が聞き、レオンが「犬だ」と答えた、「聞きたい」と速水が言って、レオンは少し眉をひそめスピーカーモードにした。


「どうした?こっちは速水が寝るとこだ」

レオンが問いかける。隣で速水も聞く。

『まずいわ。こっち方面、ゼロワンがうじゃうじゃいるの』

「―なんだと?……チッ!」

レオンは盛大に舌打ちした。

ゼロワンってなんだ?と速水は思った。


「……分かった。後はメールする。向こうにも伝えろ。…アレは持ったか?」

『ええ、もちろん、着替えその他バッチリよ』

「よし。あっちで合流だ。俺達は先に行く――ジェイラス、ルートB」

ジェイラスが「ああ」と頷き、車が右折する。


「じゃあ、切るぞ―」「待て。ウルフレッド、元気か」

速水は割り込む形で会話に入った。少し微笑んで。

『っ!!ええ!はい!イエス!サー!!ご主人様っ!』

「アビーと上手く行って良かったな。どこに住むか考えとけ。世話するから」

『――!!!!はいぃ!!』

その後続いた、きゅうう!というような奇妙な感激の雄叫びに、レオンは耳を塞いだ。


そして切るぞ!と言ってレオンが電話を切った。

――速水は。大変満足そうにしている。

レオンは相変わらずの速水にイラッとした。

「っとに…この際だから教えろ。なんでアイツ、お前に懐いたんだ?」

レオンはそれが不思議だったらしい。


「さあ?」

速水はかるく目を閉じて言った。

「さあ?って」

「俺は世界平和、やるって約束したけど…アイツの事はよく分からない。けど信頼してる。…多分、エリックよりも」

呆れるレオンに、速水はそう言った。


「…なん、だと?」

レオンは愕然とした。


レオンの感覚だと、まだエリックの方が――いや、どちらもダメだ。

「お前…何でだ?やっぱり実は馬鹿なのか!?熱は?」

慌てて熱を測られて、速水はソレを払った。

「別に、ただのカン」

「…勘だと?チ…、お前らしいっちゃそうか…」

レオンは頭を掻いて、溜息を付いた。


「『スクール』でウルフレッドの目を見た時――話しが出来るかもって思った。あれは…何かに迷っているヤツの目だった…、気がする。いや…そうじゃないかも…とにかく必死で、…早く日本に帰りたかったんだ」

速水は言った。


「……ハァ…。まあ、お前の何でもまず食ってみる精神は立派だな。…そうだな。これから見習ようにするか…」

「なんだソレ…?」

殊勝なレオンの様子に速水は首をひねった。少し目をあけてレオンを見たがよく分からなかった。


ちょうどダダ広いハイウェイに入り、ハイウェイカメラの下を通過した。

車線は片側だけで六。アメリカはスケールが大きい…。

速水を乗せた車と、後続の二台は、乗り合わせ用のカープールレーンを高速で悠々と進む。


「…そうだ。この際だから言うが。ハヤミ。お前は世界平和の前に、お前自身の事を考えろよ?あと直ぐ怒るな。冷静になれ。周りに、特に俺にとばっちりが行かないように気を付けろ―あとは、そうだ。言ってなかったが畜生、お前のせいで俺はあの時ペナルティ受けたんだぞ?あの時って言うのはあの―」

小言が始まりそうだ。むしろ始まっている。


こんな会話も久しぶりだ…。

うっとうしいが、眠るのには良いBGMか。


少し先、空を覆う雲に切れ間が見えた。

雨が上がりそうだ。

速水は手を振って目を閉じた。



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