第3話 自決 (前編) -3/3-
ペナルティは番外編として書きましたが、本編に入れると雰囲気が崩れるので後ほど出します。
「…あいつら、絶対殺す!!」
部屋に戻った速水は、怒っていた。椅子を思い切り蹴飛ばす。
そしてベッドに倒れ込んで何かうめく。
「あ、お帰り」「…大丈夫だった?」
しばらくして、ノアとベスが入って来た。
そして倒れた椅子を見つけ、速水の唸り声を聞く。
「わぁ、荒れてるね」「でも、意外に早かったじゃない。一晩かかると思ったのに」
時刻は、十半時過ぎ。
「お前等、暇だな。寝なくて良いのか」
レオンが表情を和らげて聞いた。
「そろそろ寝ようかって思ったら、帰って来たから」
この二人は、それなりに速水を心配していたのだろう。
「で、どうだった!?何人にヤられた!?」
――と言う訳でも無かったらしい。ノアが速水に聞いた。
「ノア。お前も殺す」
速水は低い声で宣言した。
「それが、ほぼ裸で」
「レオン。言ったら殺す」
速水がレオンを睨んだ。
「―、裸で?」
ノアが首を傾げる。
「良いじゃ無いか。あれくらいなら。ほら、ナッツクラッカーを―」
「…そこまで馬鹿だと、早死にするぞ」
速水はレオンに唸った。
ノアとベスが、顔を見合わせた。
「あれ…?」「踊っただけ?」
「サラが来たんだ。で契約書に罰則規定が付いてるから、今日は代わりに踊れってさ。俺まで危ないかと思って、…生きた心地がしなかったぜ」
レオンが言った。
懲罰室で―、レオンと速水は、十名ほどの軍服紙袋に取り囲まれていた。
これは、多勢に無勢か―。
と、二人が観念しかけたところ。
レオンがサラと言ったスーツの女性が、罰則規定なる物を読み上げた。
『契約書によりますと、サク・ハヤミに対する性的ペナルティは禁止されています』
大ブーイングだった。
『静粛に!平和的な協議の結果、今回のペナルティは―』
速水はその後を思いだし、悪態を付いた。
「―だから、俺は契約書も何も知らない!来たくて来たわけでも無いんだ!あの====!どもめ!!」
感情のままに言って、さらに酷い悪態を吐いた。
「でもやっぱり、ハヤミの推薦者って、凄い上のメンバーなんだね。うらやましいな…」
それを無視してノアが言った。
「そんな力があるって…誰なのかしら?それに契約書、貰えなかったの?普通コピーが貰えるのに」
ベスは不思議そうだ。
「―俺の推薦者は誰だ、契約書見せろ!!ってコイツが怒ったんだけど、教えるのは禁止されています、だとさ」
レオンが肩をすくめた。
「それで、サラが明日、朝、緊急ミィーテイングを開くってさ。ノアの所のトレーナーもいなかったってのは上が来たからとか?ハヤミを攫った事と言い…連中、そろそろヤバイと思ってるんじゃ無いか?」
「あー、確かに。ダイヤ成績悪いからね。切羽詰まってるのかー」
ドアがノックされる。
「エリックです」
「ああ…。ナイフか。レオン」
そう言えばナイフをまだ返していない。速水はレオンからも受け取る。
速水は重たすぎる体で何とか立ち上がろうとした。
しかしその前にエリックが入って来た。
「失礼致します。遅れましたが。こちら着替え、その他必需品です」
エリックは新品らしい着替えなどを段ボール箱に入れて、紙袋を片手に提げて持って来た。そして手早く開封し、クローゼットに収める。
靴、アクセ、シャツ。ベルト、靴下。サイズは速水に合っていそうだ。
そして黒色で大きめのポーチ。
速水がポーチを開けて見ると―その中にはカミソリや櫛。歯ブラシ、爪切りなどの細々とした物が入っていた。
どうやって調べたのか、勝手に部屋に入ったのか…速水が日本で使っていた物、それらの新品だ。
「足りなくなりましたら、こちらのメモに書いて、カフェテリアの投書箱にお入れ下さい」
メモとペンを渡された。日用品は運営がわざわざ買って来てくれるらしい。
ごそごそと、ポーチの中身を確認した速水は眉を潜めた。
「エリック、ちょっと良いか?レオン。先にシャワー浴びてくれ。ノアとベスはちょっと悪いけど…そのまま動くな」
だるそうに起き上がり、エリックと共に部屋の外へ出た。
ノアとベス、そしてレオンは首を傾げたが、何か足りない物があったのだろうと思い、気にしなかった。
「ねえ、レオン、それより―」
で始まるノア達の会話を速水は聞かなかったし、速水とエリックの会話をノア達は聞かなかった。
「ありがとう、エリック…その、本当に助かる」
五分ほど経って、速水が部屋に戻って来た。
「何話してたんだ?」
風呂に入りそびれたらしいレオンが聞く。
「別に。あーもう、死にそう。汗ベタだ。やっぱり先に入っても良いか?」
速水は存外嬉しそうに伸びをし、明日絶対筋肉痛だよ、等と言っている。
「そう言えば、レオン」
速水はふと首を傾げた。
「いかにも薬やってそうな人が居たけど。何処で手に入れたんだ?そう見えただけか?」
「…」
レオンが眉を潜めた。
「速水って、頭悪いね」
ノアがそう言った。
「興味があるなら止めとけ」
レオンが聞いた。
「いや、そうじゃな…」
速水はさすがに、使う気など無い。
「手っ取り早く自殺して貰うために、運営が用意するんだ」
ノアがそう言った。
「…!」
速水は、ノアを見た。
「ベス、ええと、あの人、昔、ジャックに挑んで負けて…。踊れなくなったんだっけ?」
ノアがベスに聞いている。
「ええ。私は覚えてる」
ベスが頷いた。
「ジャックのせい…?」
速水は動揺した。
「…表では世界平和とか言ってるけど、そんなもの、私達には無意味よ。踊れる、踊れない、ここではそれだけが全て」
ベスの声は沈んでいる。
「と言っても、先々代だから、お前の知ってるジャックじゃ無い。彼を負けさせたジャックも、お前のジャックに負けたし。俺はその時いたから、知ってる。詳しく聞くか?」
レオンが、速水に聞いた。
「止めとく」
速水はそう言った。
それを見たノアは、不満そうだ。
「…この際だから言わせてもらうけど。ハヤミは本当にラッキーだったんだ。ペナルティでしかも、無傷で済むなんて。推薦者に感謝しろよ。今回は、レオンが庇ったって事にしておけば良いけど、他のメンバーにばれたら、殺されるよ?マジで。俺だって、代わりにヤりたいくらいムカついてるもん」
あー、面白い話が聞けると思ったのに。慣れると結構気持ち良いよ。
ノアはそう言い、速水に指を向けてベスによしなさいと窘められた。
「こら、ノア止せよ。まあ…と言っても、俺達はかなり優遇されてて、十番…キャシーとでも大違いなんだけどな」
レオンが明るく、またフォローになっていない馬鹿な事を言った。
そしてわざわざ、丁寧に速水に言って聞かせた。
――エースは例外だが、数字が下になるほど待遇は酷くなる。
そして皆、ワークで上のランクを目指すより、低いレベルで700点をキープする。
なぜならペナルティが恐いからだ。
だが惰性でやってると、いきなり落とされる。
ここにいる者は常に、自分の周囲との差を気にして、訓練に挑んでいる。
それだけ順位の入れ替え――降格が恐いのだ。
「まあ、勝負を挑んで、勝てば上に戻れるんだが―、って速水?」
速水はシャワールームに消えていた。
■ ■ ■
翌朝。
朝食前に、最上階でミーティングが開かれた。
速水もレオン達と共に席に着いた。
カフェテリアには、サラの他に、似たような格好の女性や男性が数名いる。
その周囲には、目出し帽、エリックその他のパンスト、紙袋がそろい踏みしている。
速水は昨日の服が洗濯中なので、エリックが持って来た服、キャップ、靴を身に付けていた。
ボトムも、トップも、靴も。キャップもほぼ真っ黒。あえて言うなら、少しだけ見えるタンクトップが赤。こういうテイストが好きだと思われたらしいが、別に速水は白だってグレーだって着る。
一番前のテーブル。左から、ノア、ベス、レオン、速水の順番だ。別にくっついて座っている訳では無い。
速水とレオンの間はひとつ空いている。また、反対側に三つ離れキャシーがいる。
他の者も適当に一つ目と二つ目のテーブルに分かれて座っている。
席は一つのテーブルで二十あるが、後ろを向くと、正面のホワイトボードが見えないからだ。
ホワイトボードは移動式の物が三台。
昨日は一つだけだったが、速水達が先ほどここに来たときには、すでにあと二台が運び込まれていた。
運営達が慌ただしく、三台のホワイトボードに紙を何枚も貼る。
グラフ、スケジュール表、成績表、etc…。
作業が終わり、サラが代表で口を開く。
「一月後、10月21日、『スペード』との交流戦が決まりました。その後、11月10日には『クラブ』、年明け1月10日には『ハート』と対戦します」
皆が、ざわついた。
『スペード』は、今一番成績の良いファミリーだ。
最下位の『ダイヤ』など歯牙に掛けないほど絶対的に強い。
…一体何故?と皆がささやき合う。
サラがバン!!とホワイトボードを叩く。
「世界平和の為に、我々、『ダイヤ』が覇権を握る必要があります。しかし!!」
別の男が言葉を引き継ぐ。
「しかし!!我々は永らく最下位に甘んじてきました―、これではいけない!!」
そしてまた別の女性が。
「よって、本日より、『フェスティバル』まで、特別ワークとなります。繰り返しますが全ては、世界平和の為に!!」
周囲の覆面、エリックその他の世話役、軍服紙袋を含め―、が世界平和の為に!!
と高らかに叫ぶ。
「ハァ…」
速水は呆れた。とんだカルト団体だ。
「サク・ハヤミ!!」
「!!?」
いきなりサラに指をさされ、速水はびくっとした。
まさか、溜息を付いたのがいけなかったのか?
「あなたには、交流戦までに、栄えある我らの『ジャック』として恥ずかしくない成績になって貰わねばなりません。よって本日から別メニュー、一月後、交流戦までに、四つのワークで、最低レベル7をおさめて下さい。―いいですね?」
「な…、」
速水は面食らった。
「世界平和の為に、やると誓って下さい。もし基準に達しない場合は、三段階降格となります」
「ちょ…」
降格の恐ろしさは、昨日聞いたばかりだ。
「―いいですね?」
いいですね、とさらに大合唱される。
「あちゃー…」
どうにも、逆らえない雰囲気だ、とレオンは思った。連中は本気らしい。
それにしても、入ったばかりの速水に…無茶苦茶な事を言う。
それだけ速水の才能を買っているのだろうが…昨日のワークの様子では厳しい。
そもそも、あの程度の話でひるむ子供には、ジャックの代わりなど出来ないだろう―。
「…。分かった。ただし、条件がある」
隣からひどく低い声が聞こえ、レオンは耳を疑った。
それを聞いた運営がざわつく。条件?
「―なんでしょう。ハヤミ」
サラが代表で聞く。
「俺は、俺をここに勝手に連れて来たお前等を許していない。誘拐、監禁の上に強制労働。これは立派な犯罪だ」
低く静かで、物騒な声だった。
「…だから一月後、俺が基準とやらに達したら、お前等が話せないと言った、俺の推薦者?そいつのフルネームを教えろ」
レオンは背筋がぞくりとした。
速水は推薦者を探し出して――殺す気だ。
「…それは禁止されています」
サラが答えた。
「なら、ニックネームでも構わないし、ヒントでもいい。今すぐ協議する気が無いなら、俺は即降格でいい。―どうなんだ?」
速水はあっさりとそう言った。
「おい!ハヤミ!!そんな事言って、本当に降格されたらどうする!?」
レオンが止めようとした。速水の左肩をつかむ。
「どうって?…、」
――微笑んでいる?いや、しのび笑い?
「…俺、ここが好きじゃない。だから居たって仕方無いだろ?」
「はぁ?」
言われ、レオンは思わず声を上げた。こいつ、狂ってる?
レオンの隣で、ベスがガタンと立ち上がった。
「ハヤミ!!何言ってるの?あなたやっぱり頭悪いの!?英語分かってる?降格しても良いなんて、レオンが説明したでしょ!?ジャックでないと、ここからは出られないのよ!!」
レオンを挟んで座る速水に、彼女らしからぬきつい声で言った。
速水はギロリと彼女を見た。
「ベス。俺は初め、さっさと出たいから、出来る限りのことはするつもりだった」
「…だったら!」
「運営に逆らうな?確かにそうだよな。それは分かってる」
苦笑してそう言った。
彼がうつむくと、キャップに表情が隠れる。
そして彼の目だけがどこかをみる。
「けど、ここじゃ自由に踊れない。それじゃ生きてる意味がない。なら薬漬けでも同じだ。――要するに、ここに嫌気が差したんだ」
「「なっ…」」
ベスとレオンは絶句した。
(嫌気が差した!!?いやお前そんなに居たか!?)
そこにいる全員がそう思った。
「ちょ!おい―ハヤミお前、まだ2日目だぞ!?何言ってんだ!せめて一週間は我慢しろよ!」
レオンは思わずそう言った。
正確に言えば、ワークしたのはたった1日。
彼は見た目こそクールだが、言ってることはただの我が儘だ。
「だって飽きたし、隼人がいつか心配するし。ダンスで世界平和とか、馬鹿だろ」
彼は心底めんどくさそうにそう言った。
隼人って誰だ。いつかって、いつだ!!―レオンは天を仰いだ。
「馬鹿はお前だ!ハヤミ―、もっとよく考えろ!いいか考えるってのはな、状況を良く吟味して冷静な判断を―」
レオンはひたすらなだめたが、速水はレオンを無視した。
「で、どうなんだ?」
サラは黙り込んだ。
…ベスの隣でノアがクツクツと笑っている。
「彼はやっぱりジャックだ」
ノアの声がフロアに響いた。
〈おわり〉