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人生ステータス

勢いでやった。反省はしない。

 朝、出社するとタイムカードを通して自身のデスクへと向かう。

 PCの電源を入れ立ち上がるのを待つ間に給湯室でコーヒーを淹れる。戻ってきたらPCでメールをチェック。

 出社してきた女の子に挨拶をし、その後朝礼。いつも通りの朝だ。


 低血圧で機嫌の悪い上司の視線をくぐり抜け、目立たぬようにするのにも慣れた。入って間もない新入社員は毎日誰かしらが上司の犠牲になるが。

 彼らもそのうち俺のように上司の癇癪を避けるスキルを身につけるのだろう。そんな癇癪を起こさない上司であることが理想ではあるが。

 その頃には俺が癇癪を起こす上司となっているのだろうか。そう考えるとゾッとする。

 俺はああはなりたくないのだ。


 昼には被害を受けた新入社員を励まして自販機で飲み物を奢る。

 コーヒーやお茶ではなくオレンジジュースを選ぶ者が多いのは時代であろうか。それとも理不尽により疲れた脳が糖分を欲しているのか。


 愚痴を聞くと必ずと言ってよいほどに辞めたいという言葉が飛び出してくる。

 うん、気持ちはわかる。あの上司ではそう思うのも無理はないだろう。俺だって辞めてやりたい。

 だが今辞めては後々後悔するのは彼自身だ。なんと言っても彼はまだ1年目。ここで辞めては今後行こうとする先への心証も良くあるまい。人事担当の俺が言うのだ。

 そう説得すると、新入社員は「もう少し頑張ってみます」とだけ言いオフィスへと戻っていった。

 なんとか今日も成功したようだ。彼が辞めてしまっては俺が上司の被害にあう可能性が高くなる、是非頑張ってもらいたい。

 君が俺のいる位置に立つ頃には、俺は自らの夢を叶えて充実した生活を送っているはずだ。それまで応援しよう。


 時計を見ると昼休憩の終了まで残り20分といったところ。これだけあれば少しは進められるだろうかと、懐からスマホを取り出した。

 メモ帳アプリを起動し、通勤途中に書いていた続きへと取り掛かる。俺渾身の一作、異世界ハーレムものの小説へと。


 これまで創作活動にまったく興味のなかった俺の新たな趣味、それが小説の執筆だ。

 偶然なにかの拍子に見つけた小説投稿サイトを覗いているうちにハマり込み、今では自ら投稿するようになっていた。人間なにがきっかけになるかわからないものだ。

 これのおかげで毎日が楽しい。

 閲覧数は少ないが、時々もらえる感想や増えるブックマークが何よりも嬉しい。

 逆に減った時には夜中まで悩みかねないが。


 だがこの趣味も若干仕事に悪影響を与え始めているのもまた現実だ。

 それが何なのか、答えはデスクにある。

 休憩時間を終えデスクへと戻ると、そこにはいくつかの封筒が積まれていた。そう、これが悪影響の出る先だ。

 既に開けられた封筒の中身を見ると、そこには綺麗に書かれた履歴書。これが問題なのだ。



 熱心に書かれたであろう履歴書を見ると、なにやら怨念めいた魔力のようなものを感じてしまうのだ。

 完全に気のせいである。


 資格欄を見ると目新しいギフト的なスキルやら転生チートを探してしまうのだ。

 完全に病気である。


 紙を裏返してまでじっくりと見て、「(パラメータの数値どこだ?)」と本気で探してしまうのだ。

 ちょっとカウンセリング受けた方がいいレベルである。


 人事担当にも関わらず終始こんな様子だ。今はまだばれてはいないが、地味に影響が出始めている。

 このままでは非常にマズイ、悪化しないうちにこの趣味を破棄してしまうべきか、真剣に考えることも多々あった。

 だが日々仕事をこなすだけの毎日にようやく見つけた癒しの時間なのだ。手放すのは惜しい。


 悩んでいると、一枚の履歴書が目に入った。

 今年大学を卒業する男性が送ってきたものだ、ついでに目を通しておこうと手に取る。


 その時俺は目を疑った。まさか……まさかこんな人物が存在していようとは……。


 そこに書かれたものは名前からして異様な空気を放っていた。


氏名:大下 啓太郎(魂の名前は御剣神夜)

 なんだお前は、魂の名前ってなんなんだ。

 お前は山◯二郎か。ダイ◯ウジ◯イ的な魂でも持っているのか。


資格:漢検三級(転生時に取得)

 なんだお前は、生まれ変わった経験があるのか。

 転生チートでもらったのが漢検三級なのか? 神様もうちょっと頑張ってあげて。


経歴:アルバイト経験あり(現代を生きる孤高の冒険者とでも言えばいいのかな)

 なんだお前は、冒険者ランクプラチナ(設定)の俺に喧嘩売ってるのか。

 確かに冒険者はある意味アルバイトぽいだなんて言われることはあるけれども。


 これはヤバイ。人事担当歴◯年の俺だが過去にないほどにヤバイ気配が漂っている。

 謂わばちょーべりばっとだ。

 この物体に関してのみ言えば怨念めいた魔力というのも気のせいではないかもしれない。

 これはダメだ、即お断りテンプレートを印刷して送り返さねばならない。検討とかそういう次元の話ではない。



 だが……なんだろう、この感情は。

 イタズラ目的のネタ履歴書なのかもしれない。だがここまでぶっ飛んだ禍々しい物体を丁寧な字で書いてくるだけの熱意がひどく羨ましい。

 そう、字は綺麗なのだ。書かれた内容とは正反対に。

 俺はとある欲求が内より湧き起こるのを感じた。彼に会ってみたいと。


 会えば馬鹿を見るのは自分かもしれない。こんなのを一次通過させたのかと怒られるのは間違いない。

 だが……ここまで痛い履歴書を書けるだけの才能とはいったいどういったものなのか。

 俺が書き溜めている転生ハーレム小説にはない才能。知りたいのだ、その真意を。そして痛さの秘訣を。



 その夜就業時間を過ぎ、上司も部下も全員帰ったオフィスで一人考える。

 仕事と割り切り送り返すか。それとも自分に正直になってしまうか。悩めども答えは出ない。

 気分転換でもしようかと、小説投稿サイトのお気に入り作者の作品でも見るかなとスマホを開きサイトにアクセスする。

 そこで見たもの……それは自身の作品への感想だった。


「いつも楽しみにしています……か」


 簡素な文章。だが、俺にはその短い言葉が心に沁みた。

 そうだ、俺には見てくれている人がいる。だから毎日を頑張れるんだ。

 この履歴書を送ってきた人だって会ってみたら案外普通かもしれないじゃないか!履歴書通りの人なら逆にいい経験を積めたと捉えればいいじゃないか!

 送られてきた感想に機嫌を良くし、俺はなんの関係性もない事柄にポジティブさを発揮する。

 だがいいさ、悩んでいては前にも後ろにも進めない。一歩を踏み出す勇気をくれた、感想を書いてくれた読者に心の中で感謝しスマホをしまう。


 決まりだ、彼に会おう。

 俺はここで会わなければきっと後悔するだろう。だからこれでいいんだ。


 決意して立ち上がろうとすると、手に一枚の封筒が触れた。

 まだ開けてない履歴書があったのか……。危ない危ない、危うく見逃してしまうところだった。

 坐り直し愛用のエクスカリバー(ペーパーナイフ)を手に取り、履歴書在中の封筒へと当てる。さあ、これにはどんな冒険者のステータスが載っているのだろう。

 願わくば俺を楽しませてくれる猛者でありますように。そう願いながら手を動かし封筒を切り裂きながら叫ぶ。


「ステータスオープン!!」


 無人のオフィスに響き渡る俺の声、実に気持ちがいい。

 自分に正直になるというのが、こんなにも清々しいものであったとは。俺はもっと早く気づくべきだった。


 一人ハハハと笑う俺の背後。無人のはずのオフィスに、不審者を見る目つきをした掃除のおばちゃんが立っている。俺はもっと早く気づくべきだった。

まあ自分はデスク仕事する職種でも人事担当でもないんで色々と適当ですが……。

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