3話
もし、あなたの後ろにゾンビが居たらどうするだろうか。……私なら、飛びのくと思う。
実際、直樹がしたことは、横に飛びのくことだった。
しかし、この行動によっていいニュースと悪いニュースの二つが出来てしまった。
ハ○ウッド流にいい方から見ていこうと思う。
横に飛びのいたため、後ろのスタッフからは十分に距離を取れたし、前の三人からも距離をとることが出来た。
ここまでが良いこと。
では、悪い方を見てみよう。このような派手な行動を取ってしまったため、元スタッフの注意を引いてしまったのだ。元スタッフはヨロヨロと俺を追ってくる。
「な!?こっちにくるな!?」
そうして、俺はパニックに陥ってしまい、西の展示ホールに逃げ込んだ。
「な、なんでこっち追ってくるんだよ!?逃げなきゃ!」
しかし、人間とは焦れば焦るほどその行動が出来なくなるものである。25Mも走ると俺は躓いて転んでしまった。
急いで振り向くとすぐそこまでスタッフが迫っていた。
「来るなぁ!来るなぁ!」
そうして尻餅をついている状態の俺に覆いかぶさろうとした瞬間、俺は無我夢中で蹴りを繰り出した。
これが、火事場の底力と言う奴なのかスタッフを後ろに弾き飛ばした。
「はぁはぁはぁ……」
「直樹!!大丈夫か!!」
慌てて追いかけてきた隼人が直樹に声を掛ける。
「ああ、なんとか……これは、どういうことだ……」
改めてスタッフの方を確認すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
最初の東館からやってきた男の叫び声で作業を中断したのだろう。
折りたたみ式の机が、裏返しの状態で足を上に向いて置いてあった。
其処まではいいのだが、問題はその裏返しになっている机の足に、直樹が蹴り飛ばした元スタッフが突き刺さっていることだった。
スタッフは一目見ただけでもちょうど心臓の位置を貫かれていることが、分かるのに、今でも懸命に立ち上がろうともがいていた。
「なあ、普通の人間なら確実に死ぬよな、これ」
「ああ、でも動いてるよな、まだ」
「これなんだと思う?隼人」
「ゾンビだろ、やっぱ」
「そうか……」
余りのことに、押し黙る二人。
そこに、エントランスにいた一人が走ってこちらにやって来た。
「そっちは大丈夫だったか?」
そう言うので、俺は顎でスタッフの方を指す。
そ のスタッフの様子に唖然とした様だったが、気を取り直しこちらに向かって言った。
「それよりも大変なんだ、エントランスに戻って来てくれ」
そう言われ、エントランスに戻ると、三人を抑えている人間以外は、何やら固まって何かをみているようだった。
「何を見てるんですか?」
俺がそう尋ねると
「これだよ」
そう言い、近くにいた男性が俺に場所を譲ってくれる。
集団に入ると分かったが、どうやら中心の男性がもっているワンセグテレビに皆集まっている様だった。
そして、そのテレビにはとんでも無い物が映されていた。
今の時刻は12時過ぎ、普段ならお昼ごろから大体のチャンネルが情報バラエティ番組を放送しているが、今やっている番組はお堅いニュース番組のようだった。
画面の上にはテロップが映り、デカデカと全世界で暴動発生、自衛隊緊急出動の文字が躍っていた。
そして、ライブ映像なのか、渋谷のスクランブル交差点では、市民を相手取り自衛隊が発砲するという普段では考えられない光景が映し出されていた。
「……何だよこれ」
あまりの映像に声を口に出してしまう。
隣の隼人も同じ様な様子だった。
そして、ライブの映像が一時中断されると、映像はテレビ局に戻った。
どうやら、速報が入ったようだ。
すると今度の映像はよく政治ニュース等で総理大臣や、官房長官が会見をする会見場を映した。
今回も例に漏れず、総理大臣が壇上にいた。
『非常事態宣言を発令します。それと同時に武力攻撃事態法に基づき、戒厳令も発令致します。国民の皆さんは自体が収拾されるまで家屋から出ないでください。繰り返します。現在全世界同時に大規模暴動が発生しています。よって非常事態宣言を発令します。それと同時に武力攻撃事態法に基づき、戒厳令も発令致します。国民の皆さんは自体が収拾されるまで家屋から出ないでください。』
「…………」
あまりの事に全員が黙り込む
非常事態宣言はまあ良い。
過去日本でも東日本大震災等の大きな災害やテロが起こった時にも発令されてきたので、「まあ大きな事が起こったのだな」でいいが、問題はもう一つの戒厳令である。
戒厳令とは戦時において兵力をもって一地域あるいは全国を警備する場合に、国民の権利を保障した法律の一部の効力を停止し、行政権・司法権の一部ないし全部を軍部の権力下に移行することをいう。
古くは大日本帝国時代に日比谷焼き討ち事件・関東大震災・二・二六事件の際に発動された。
当時はほぼ軍事政権だから出来た様な物で決して現代では出来るような物ではない。
しかし、総理は『武力攻撃事態法に基づき』と言った。
それは、この日本で、いや世界で武力を前面に押し出さなければならない事態が発生しているとうことの証左であった。
「……これってどう考えてもあれだよな」
誰かが発した言葉に全員の視線が取り押さえられている三人に集中する。
ふと、彼らを見て机の脚に突き刺さった男を思い出す。
「皆、注目してくれないか。」
その言葉に三人に向いていた視線が俺に向く。
「見せたい物があるんだ」
そう言い、全員を展示ホールに案内し、スタッフの状況を見せる。
「な!?なんだよこれ!?け、警察!!」
その余りの光景に一人が携帯で警察に電話を掛ける。
しかし……
「なんでだよ!?なんで繋がらないんだ!?」
「通信回線がパンクしているんだろう。家族にも繋がらない」
そう隣の男が呟く。
その言葉に、また全員が沈黙する。
その沈黙を破るように俺は言葉を発した。
「このスタッフを見てくれ。確実に心臓を貫いているのにまだ関係なく動いている。」
俺の言葉に全員がざわつく。
「大変な事が外で、いやここでも起こっているようだ。まず、このビッグサイトだけでも状況を確認しないか?」
周りからも賛同の声が上がる。
そして、ひときわ大きな声で隼人は囃し立てる。
「よっしゃ。じゃあリーダーまず何する?」
「ちょッ!リーダーはやめろ」
「いやあんたがリーダーだ。どうやら一番冷静なようだしな」
周りからもそんな声が聞こえる。
そして、堤を切ったように俺をリーダーに推す声が聞こえて来る。
そうして、なし崩し的に俺の暫定的なリーダー就任が決まるのだった。