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2話


 コミマの前日準備は完全なる人海戦術である。

 

 10トントラックに満載されている片面20個、両面で40個の椅子の塊や、同じく10トントラックに満載されている机の塊を、何個も何個もフォークリフトで下ろし、その下ろした椅子を決められた定位置まで人力で運ぶのだ。

 その人海戦術は凄い物である。最初ガランとしただだっ広いビックサイトに2時間程で、机や椅子がぎっしりと並べられるのである。


 コミマに行った事がある人は分かると思うが、あの広い東二つ、西二つの会場に机を並べるのは半端な量では足りない。

 実際いくつもの10トントラックが引っ切り無しに運んでくるのは凄い物がある。

 そして、さらに凄いのはその凄い数の椅子と机を2時間程で全て並べてしまう参加者の効率が尋常では無い事である。

 実際準備が終わってから会場を見回してみると、一面机と椅子が整然と並んでいて壮観である。

 (ここまでは全て事実です。興味がある人は「コミックマーケット前日準備」と調べてみよう)




 さて、そんな準備会に初めて参加した直樹は西館で準備体操としてラジオ体操をした後は、せっせと椅子やら机やらを運んでいた。


「ああ~重い……」


「どうした~直樹、まだまだ半分だぞ~気合いれてけ~!!」


「うっさい!!何でお前はそんな元気なんだよ、完全なる帰宅部だっただろうが」


「ふふん、俺様は毎年2回のコミマのために普段から節電ならぬ節エネをしているのだ!!そして、お盆と年末。この時期に全てを出し切るのだ!!フォォォォォォォ!!」


「うっさいわ!!」


「まあ、実際問題、この前日準備楽しくない?俺結構楽しくて好きなんだけど」


「まあ、確かに、みんなキビキビ動いてて、楽しいっちゃあ楽しいな。」


「だろ?だから、今回は直樹をさそってみたんだよ。お前好きじゃんこう言う裏方仕事。」


 そんな事を話しているときだった。

 遂に運命が動き始める。



「うわあああああああああ」


 突然入り口のほうから叫び声が聞こえてきた。


「なんだ?どうした?」


「わからん。行ってみようぜ」


 隼人がそう言うので、二人は叫び声がした入り口のほうへ向かって行った。


 西館は真ん中に大きなラウンジがあり、そこから東館への連絡通路、西1展示ホール、西2展示ホールへ行ける様になっている。

 

 その西館のラウンジにある東館に通じるエスカレーターから一人の男性が駆け下りてくる。


「助けてくれ~!!!」


 助けて、助けてと言いながら駆け下りてくる男の後ろからは、ゆったりとした動きの異様な男達が2,3人着いて来る。

 彼らの口は一様に赤く染まっており、目は白目を向いている。


「どうしたんですか!!」


 俺達の傍にいたスタッフが慌てて男性に近寄る。


「あいつら、あいつらが急に!!急に俺達を襲いだしたんだ!!」


「ええ!?どういう事です?」


「いきなり、現れて、いきなり襲ってきたんだ!!何がなんだか俺にもわかんないよ!!」


 そんな事を言っているうちに異様な男達は、止まったエスカレーターを降りて来る。


「あなたたちは何ですか!!止まりなさい!!」


 気丈にもそのスタッフは異様な男達に声を掛ける。


「警察に電話しますよ!止まりなさい。とまりなさ……ぎゃああああああああ」



 すると、止まるように言っていたスタッフに彼らは急に噛み付いた。

 その余りの急展開に周りで見ていた俺達は思考が追いつかなかった。

 それも当たり前である。人間は動物では無いのだ。止まるように言われて、噛み付くなんて事は、薬をやったジャンキーでもしないであろう。

 しかし、現実でそんなことが起きてしまった。そして周囲にいる俺達はその事実を受け入れるために頭がフリーズしてしまったのである。


「うわあ、うわあ、うわああああああああああああああ」


 この事実を知っていた東館から来た男がいち早く叫んだ事で、ようやく俺達は再起動した。


「な、何をしているんだ!!彼らを引き離せ!!」


 我に返った男達がスタッフに群がった男達を引き離す。

 今思えばこの行為がビッグサイトの悲劇を助長させたのだと思う。だが、この時、俺達はこの現象の意味を知らなかったのだ。


「やめろ!!離れろ!!」


 男達は1人につき2,3人掛かりでスタッフから男達を引き離す。


「こいつ!!なんて力だ!!イタッ!コイツ噛みやがった!」


 男達の一人が声を漏らす。

 そんな中俺達はと言うと噛まれたスタッフに駆け寄っていた。


「大丈夫ですか!!……これは……」


 それは、余りにも悲惨な光景だった。異様な男達は噛み付いたというよりも噛み千切ったと言うほうが正しい有様で、足や手等の食いちぎられた筋肉から、出血が止まることなく出続けている。

 それでも、そのスタッフに息はまだあった。


「痛い!!痛い!!」

 

 スタッフのその言葉で我に返った俺は再びスタッフに声を掛ける。

 しかし、スタッフは余りに痛かったのか意識を失ってしまう。


「そんな!?医療関係者は!?そうだ!!吉田さんは!?」


 ふと先ほどまで喋っていた吉田を思い出し吉田を呼ぶ。

 すると、隼人が震えながら指を指して言った。


「よ、吉田さんだよな……あれ」


 隼人の震える指の先を見ると男達に抑えられている吉田の変わりきった姿があった。

 そして、よく見るとその隣には同じく変わり切った姿の先ほど倒れた男と、その男を一緒に運んだスタッフの姿があった。


「そ…んな……」


 俺が唖然としていると、後ろの噛み千切られたスタッフの方にも動きがあった。


「おい!聞こえてるか!だめだ!意識を失った!出血性ショックだ!……なんてことだ心拍が停止した……」


 後ろではそんな事が行われていたが俺は変わり果てた3人の姿にショックを受け、今度こそ固まってしまった。


「……き……おき……直樹!!しっかりしろ!!」


 バチンと左頬に来た痛みと衝撃で目が覚める。


「直樹、大丈夫か?」


「……ああ、大丈夫だ」


「なんか妙な事が起きてるな。さっきまで、まともだった吉田さんがたった1時間であんなになるとは思えん……」


「……隼人。馬鹿な考えだって笑ってくれ。これってアレに似ていないか……」


「……いや、笑えねえって……俺もそう思うもん」


「「ゾンビ」」


 俺達のそんな言葉に周りの男達はぎょっとしたように見てくる。


「だって状況証拠が揃いすぎてる……さっきいきなり倒れた男に、それに付き添っていた吉田さんにスタッフ。彼らが揃ってこんな変わり切った姿になってしまっている。」


 そこまで言うと、後ろで噛まれたスタッフを見ていた男が震えた声で言った。


「じゃ、じゃあ今死んだこのスタッフはもしかしたら、……い、生き返ってこうなる可能性があるってことか?」


「いや、そんな馬鹿なことがおこるはずは……」


「グゥゥゥゥゥゥ」


 そう自分に言い聞かせようとしていた瞬間、後ろのスタッフからうめき声が聞こえてきた。


 そして、後ろを恐る恐る振り向くと先ほどまで死んでいたはずのスタッフが立ち上がっていた。






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