その39 崎野心花の目的
頬がヒリヒリする。そうか人って死ぬと頬が痛むのか、死んでからも人間というものはよくわからないな。
「うなってるんやったらさっさと起きろ」
那実の大きな声と同じくらいの音がでる勢いで、那実に頬をぶたれた。
「あれ? みんな生きてる」
そうか、大阪空港に着くまであまりにも静かだったから気付かないうちに寝ていたのか。
ということはさっきの出来事は……。
「その顔やと未来でも見て来たようやな」
緊迫した車内の中、それを打ち壊す、場違いな童謡の着信音が響いた。
「はーい沖田です。あっ案内してくれる? じゃ、ちょっとあたし運転だから代わるね」
沖田先生は携帯電話をこちらに差し出し、那実が手を伸ばす寸前に僕はその携帯を奪い取り、電源を切った。
「何てことするの薙くん、一秒でも早くあの子達を探して救い出さなきゃいけないのよ」
僕は夢の記憶を辿る。確かこの発信者は僕たちを二年生の元へ案内せず、敵の陣地へ誘導していたはずだ。
僕は携帯電話を指差し、「こいつも裏切り者です、さっき見た夢で、この電話のおかげで沖田先生が死んだで」
「うっそ、それは危ないわね。薙くんの予知能力なら間違いないわよね。で結局最後はどうなったの?」
沖田先生はドラマの最終回のあらすじを聞くような気軽さで訊ねてきた。これを言った後、動揺して車をぶつけなきゃいいんだけど。僕はアイコンタクトで天照にハンドルを持つように指示した。
言うぞ、もしかするとここが二年生を助けれるかの十字路になるかもしれない。
「全滅です」
――あれ、何の反応もなしですか? 沖田先生の顔をのぞくと目がうつろで前なんか見えていないのがすぐにわかるくらい動揺していた。僕は慌てて沖田先生の頬を叩き、ハンドルを握る。どうやら天照に送ったアイコンタクトは通じなかったようだ。
「ほなどうしたらええねん、全滅を免れる為にはこのまま京都に帰るしかないんか? 二年生を見捨てて」
「ちょっと待って、今から夢を思い出すから」
「早くしてよ薙くん、時間はお金じゃ買えないのよ」
うるさい、ちょっとくらい黙れ、一番最初に飛び出して死んだくせに。
確かあの地獄絵図では二年生四人ほどが武装者に囲まれていてたんだよな、ということはその人たちを助けるのはほぼ無理と言うことか、じゃあ、残るは三月さんと竹須佐先輩か。
あの二人はどこから来たのだろう、目を開くと隣にいたのでよくわからない。一瞬でいい、一瞬の未来を見たい。
「天照、僕を手刀して眠らせてすぐに起こしてくれ」
理由を聞かれると思っていたが、そんな間もなく僕の首に衝撃が走り気絶した。無意識で適当に二人の場所を案内するには少し危険すぎる、だからちゃんと映った未来が必要だ。
目を開くとそこは何もない路地で、さっきの地獄絵図のような住宅街が嘘のようだった。耳を澄ますと発砲する音や人の叫び声が聞こえる。僕はその方向へ足を進めず、脳内に竹須佐先輩と三月さんを思い浮かべ、音とは逆の方向へ全力疾走した。
三分ほど走り右へ曲がるとそこには神社があり、ついでではないけれど竹須佐さんと三月さんが必死の形相で武装者と戦っていた。
やっと見つけた。ここの場所はどこなんだ? 周りを見渡すと『岩屋神……。
僕は天照に睡眠から目覚めるツボと言うものを押され目を覚ました。ギリギリ二人の場所を特定できてよかった。
「竹須佐さんと三月さんは岩屋神社にいます」
「他の二年生は?」
「敵に囲まれて救うのは厳しいと思う。というか助けに行っても囲まれて終わりやった」
僕が平然と言うと沖田先生は涙を流しながら声を抑えるように泣いていた。
那実の地図案内により五分もしないうちに、さっきの夢で見た道路に着いた。後少しで岩屋神社だ。
「この辺やで、ほらあそこに鳥居が見えるやろ?」
その声と同時に天照は車から飛び降り、外に出て僕を手招きした。
えっ!? そんな危険なことするのか? でも僕しか現場を見ていない訳だから仕方ないか。
決心し、車から降りようとすると鳥居から二人の男女が飛び出してきた。竹須佐先輩と三月さんだ。
沖田先生は二人を見つけるとものすごい瞬発力で声を発し「こっちよ! 早く」と車を停車させて、二人を車に乗り入れた、しかし、扉を閉める瞬間に銃弾が飛び込んできて竹須佐先輩の胸を打った。
「おい、竹須佐先輩。しっかり」車は急発進し、その勢いでさらに竹須佐さんと密着する。
いくら揺さぶっても反応はなく、全身の力が抜けたように僕の膝の上にのけぞっている。
そんな状況なのに那実も崎野さんも興味はなさそうな顔をしている。いつの間にか助手席に座っている天照も一緒に車に飛び込んできた三月さんでさえも、ついでに言うとさっきまで皆を助けられないことを知り、泣いていた沖田先生すら一瞥もせず運転をしている。
「おい、竹須佐さんが死ぬかもせぇへんのに何でみんな無視なん」
「大丈夫よ」
沖田先生は今までに聞いたことのない落ち着いた声でそう呟いた。
「この子達は超能力者よ、殺すなんてもったいないでしょ? だからあいつらは麻酔銃で撃って捕獲するの。人体実験の為に」
「マジですか?」人体実験なんて言葉を本気で口にした人を見たのがこれが初めてだ。というか当たり前だよな、そんな法律違反。
「だから死ぬ方がマシかもしれないわねもしかすると、どんなことされるかわかったものじゃないし」
その言葉に反応したのか、三月さんが那実の膝の上で暴れだした。
「ダメ、薫先生! みんなのところに行かないと、大名くんや橙芽、それに尚や梓玖はどうするの? 見殺しにするわけ?」
いつも清楚で落ち着いた雰囲気の三月さんがこんなに取り乱すなんて。そりゃそうだよな、仲間が拉致されるのを見過ごすことになるんだ、これくらいが当たり前かもしれない。
「死なないわよ」沖田先生は涙を流して呟く。
「無理矢理にでも止めてや――」
天照の軌道が見えるほど綺麗な手刀によって三月さんは気絶した。
ナイス判断天照。確かに今の状況じゃこれ以外方法はないよな。
僕の目の前には竹須佐先輩と三月さんが背中合わせで窮屈そうに座りながら寝息を立てていた。
「きゃっ」今度は何だ? やっと一段落したと思ったのに。
声を出した崎野さんの方を向くと泣きそうな顔で、「なんか後ろから物音がした」と爆弾発言をした。
もしかして後ろから武装者がよろしく! とか言って出てくるんじゃないだろうな?
「まだこの辺りは危険だからもうちょっと都会に出てからトランクを確認しましょ」
沖田先生は先ほどの悲しみの表情を忘れさせるかのような笑顔をこちらに向け、涙を拭った。
今までにどれだけの生徒がこのような目に遭ってきたのだろう。そして彼らを幾度となく失ってきた沖田先生。彼女が超能力者だと言い張る理由が少しわかった気がした。
しばらく車を進ませ、吹田方面に向かう国道に出ると快調に飛ばしてきた車を一旦停止させた。
「じゃ、確認しましょうか」
その声を合図に僕らは車から出て、トランクの前に集まった。竹須佐先輩と三月さんはぐっすりと眠っている。くそ、あの銃弾が僕に当たればこんな緊張感を味あわないでよかったのに。
天照以外、みんなでトランクに手をかけ、「いっせいのーで」で勢いよく開け、一目散でその場を離れた。
トランクの前で立っている天照が何やら口を動かしている。トランクの中に知人でもいるのだろうか?
隣にいる沖田先生にどうしたのか訊こうと思い、首を横に向けると、巻き戻しをするように沖田先生は戻って行った。もしかして、安全ってことか?
「あずくー! 大丈夫だったの、よかったー」
その声に反応し、那実も崎野さんもトランクへ近づく。
するとトランクから上半身を出したショートヘアーの女子が現れた。予想通りというべきか制服をまとっている、ということはこの人も超能力者か。
「沖ちゃんだ、よかった助かったんだね。沖ちゃんの車だと思って適当にトランク開けて飛び乗ったんだけど」
思い出した、この人は確か夢の中で見たぞ。乱射された銃弾を華麗なステップで避けていた人だ。僕も小走りでトランクへ近づく。
「えー、助けれたの佳代もハヤも。ありえないよ! あんなに敵がいたのにどうやったの?」沖田先生は僕を指差した。
「那実に似てるってことはあんたが薙ね。ということは先見かぁ。思ってたより便利な能力なんだね。本当にありがと、マジうれしいよ」と子供のような無邪気な笑みを浮かべると「ねむー」と言ってトランクの中へ沈んでいった。
「さすが直感力の灘梓玖ね。運命すらも直感で変えてしまうなんて。その代償として三日は目が覚めないでしょうけど」そう言うと天照はトランクを閉めた。
「上筒くん生きてる? よかった。もうマセマセの追跡はいいから学校に戻りなさい、危ないから。わかった? うん、じゃね」
再び車は走り出す。絶対安全を誇る京都の中心わが母校。京都文化芸術大学付属高等学校に向かって。
学校に着くと、とりあえず眠っている二年生をそれぞれの部屋に運び、それを終えるとみんなは食堂へ行き昼飯を食べて、後は眠って過ごすだろう、色々あったからな今日は。
でも僕の一日はまだ終わっていない。最後の締めをつけに行かなくてはならないのだ。
飯も食わず、睡眠の誘惑を押し切って体育館裏へ向かった。
「何時間待った?」
「うーん、約三時間と二〇分かな? 体内時計やけど」
伸びをしながら事件の顛末の中心にいた高校生もどきは、そのいけ好かない目で僕を睨んだ。
「でもよく三人も助けられたなあの状況から。うちはすっかりあんたらだけ逃げ出すんかと思ったけど」
意外と超能力者同士の絆は深いってことだろうな、僕は除け者気分だけど。
「もう会うことはないやろ? ほなホットやらコールドなんかの話術は使わんと腹わって話そか」
「いつ気付いたん? うちの得意技やったのに」
「体育館でお前が『妹』っていう言葉を発したときや、あれは正直ぐっときたけど、その反面怪しいとも思ったな」
「やっぱやりすぎたか、でもあーでも言わなあんた同情してくれそうになかったからな」そう言いながら眞瀬は木の枝を鉛筆代わりにして地面に円のような物を複数描き始めた。
「あの家族の話しはホンマやったんか」
「半分ホントで半分嘘かな?」
どういう意味だよ、それは。
「一応血は繋がってる親やで、あんたのように血の繋がりのないようなのじゃなくって。でも幸福感はなかったな。いっつもいっつも占いの勉強ばっかりさせられて。うちの家、江戸時代に有名やった占い師の末裔みたいでな、ホンマようやったで」
お前の苦労話なんてどうだっていい、早く両親の説明をしやがれ。
「あんたもせっかちやな。そうやな、あんまりゆっくりしてる時間もないし、チャッチャと話そか」
眞瀬はズボンのポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。
「一本どう?」
「いるかボケ。時間ないんとちゃうんか」本当にこいつとは気が合わない。
「こいつとは? みんなとやろ、あんたの場合」
こういう心を読んでくる辺りが一番嫌いなんだよ。
「ほな、本題いこか。うちの両親がリストラされたっていうのは間違いじゃないねん。うちの占い屋は日本でもいっぱいあってな五店舗くらいかな? 最近売り上げの伸びへん堺支店、つまりお父さんが経営してる店やけど、店長交代しろって言われたねん、一番先祖との繋がりが濃い偉いさんに。ほんで実力だけやったら日本では一番あるうちが若くして店長になったねん」
「すごいんだなお前」見た目は小学生か中学生だけど。
「あんたもチビやん、まぁええけど。で、あたしと交代したら売り上げがドンドン上がって、それでお父さん自信喪失して、友達の霊能力者にみてもらうようになったねん」
「嘘をつけ」そんなに上手い話しがあるわけないだろ。
「えっ!?」
そんなわざとらしく驚いた顔をするな、お前の正体が分かっていればこんな話し信じる気にもなれないよ。
「どうせお前の話術でそういう方向に持っていったんやろ? ほんで沖田先生に助けを求めることで組織の中枢になってる超能力者の行動をバラバラにさせて一気に壊滅させようと思ったんと違う?」
「おー、さすが未来予報士」タバコを指で挟んだまま小さく手を叩き、いやらしい笑みをこちらに向ける。
「妹は? もしかしてこれが事件の発端ちゃうんか」
あの傍若無人で恐れを知らない那実が、眞瀬の過去を読み取って震える程の恐怖を覚えたほどの強い恨み。
「そうやけど、正確に言えば妹じゃないな、何でって妹はうちやもん」
どういうことだ? 妹は妹で姉じゃないぞ、もしかして身長的なことを言っているのか?
「姉ちゃんは三年前にここの高校通ってて、あんたらと一緒、超能力者やったねん。でもある日、組織の幹部にいきなり裏切り者とか言われて。そっから逃げるように暮らしてたんやけど結局見つかってどっか連れて行かれたわ」
なんでそんな奴の妹を情報部なんかに入れたんだ?
「気付いてなかったんやろな、うちが姉ちゃんの妹やって。名字変わってるし、うちかて過去の痕跡消すようにがんばったから」
ということは妹の人生が無茶苦茶になると言っていたのは本当の話しだったんだな。こいつのことだから三年間恨みを晴らす為に必死に試行錯誤してきたのだろう。
「結果的に三人の超能力者と変なおっさん五人くらいしかしばかれへんかったけど、気持ち的にはスッキリや」
「お願いがあるんやけど、捕まえた二年生には人体実験とかせんといてほしいんやけど」
「それは無理や、捕らえたのはうちじゃなくって手助けをしてくれた組織やからな。あんたら結構、敵多いから気をつけりや」
まさか悪の手下が正義の味方に注意をするなんて思ってもいなかったよ。
「お前もな」僕が嫌みでそう言うと「ありがと」と嫌みで返し眞瀬は立ち上がった。
やっとこれで眠れるか、と思いながら振り向くと体育館の脇から崎野さんが現れた。銃口をこちらに向けて。
「崎野さん、どうしたんそんな物騒なもん持って」
「止まれ眞瀬明菜! あんたのおかげでコノカの人生が狂ったんやからな! あんたを追ってこの学校入って、やっとチャンスが来たわ!」
どういうことだ崎野さん? 冗談と思っていたいけど、その充血した眼と瞳孔が開ききった目を見る限り、もしかしてまた例の発作か? ということは眞瀬はやっぱり崎野さんのトラウマに何か関係していたのか。
「うちこの子の顔しか知らんけど……。もしかしてこの子があんたの言ってた崎尾さん?」崎野さんだけどな。
「あんたの占いであたしは友達から裏切られて好きな人にまで裏切られた……死ね!」
それは八つ当たりじゃないのか? ちょっとは落ち着けよ。と言う前に崎野さんは引き金を引き、鼓膜を突き破るような重い音がした。崎野さんは発砲の衝撃に耐えられなかったのか、体を吹き飛ばされ、頭を強く打ち起き上がろうとしなかった。
こんなに余裕をかまして崎野さんの姿を眺めている場合じゃないな、さよなら眞瀬。
と言いたいところだけど、素人が発砲して、目標体に当てられるはずもなく、その銃弾は眞瀬の隣にいる僕に向かっていた。本当に、弾がゆっくり見えるよ。すごいんだな人間の追い込まれたときの力っていうのは。
なんて感心してる場合じゃないどうやって避けようか。もしかして体は早く動くかもと思い、動かしてみたが全く動かない。そりゃそうか、見ることだけに集中しているんだからそうなるよな。
僕の人生にふさわしいよ。流れ弾に当たって死亡、しかも愛する人の。
死を覚悟した瞬間、その銃弾目がけ人が飛び込んできた。その瞬間スーパースローモーションは終わる。
「大丈夫か天照」
僕の前へ飛び込んでそのまま倒れたのは天照だった。思わず呼び捨てしてしまったじゃないか。
天照は僕をかばい銃弾を腕の当たりに受け、辛そうな顔をして「大丈夫」と言って気絶した。
そそくさと逃げようとする眞瀬に僕は最後の質問をした。
「なんで僕ら一年を先に殺さへんかったねん、せめて僕だけでも殺してたら復讐は成功したやろ!」
眞瀬は立ち止まり、上半身だけをこちらに向けて、うつむきながら答えた。
「そこにおる天照以外はシロートみたいなもんやからな一年は、だからどうでもよかったねん。あとは……青春の悪戯かもせぇへんな」
そう言って小学生のような天才占い師は、僕に暖かい温もりを、それ以外には大きすぎる傷を付けて去って行った。