その38 伊佐薙の絵空事
目を覚まし外を見ると、空は少し明るく、懐かしくも見慣れた街並が広がっていた。
そこの角を曲がると、この前行った大仙公園があって、更に信号三つ先を右に行くと僕の実家がある。けれど、今からそこに向かうのではなく、あくまで用があるのはその近所にある眞瀬家だ。久しぶりに我が家を眺めたい気持ちもあったけど、それはまたいつでもできるだろう。あと二ヶ月もしないうちに夏休みだし、そのときまで楽しみに取っておこう。
隣では崎野さんと那実が寝息を立てている。もちろん天照は起きたままだ。
「天照さんは眠たくないん?」
「人がいると眠れないのよ、だから眠たくないと言えば嘘になるわ」
それは実に神経質だな。僕なんてどこでだって眠れるし、どの時間帯だって眠れるのに。少しお前にそういうところをわければ僕の睡眠バランスがとれるかもしれないな。
こんなことを話している場合じゃない、もっと大事なことを訊かなければいけなかった。
「沖田先生は異星人だ、とか名乗るファッションセンスのない見た目二十歳ちょっと過ぎの男って知ってます?」
「知らないわ、そんな変な人。でも宇宙人と言わずに異星人と言ってる辺りに魅力を感じるわね。何星かしら?」
そんなの知るか。異星人の存在なんて、自分の妄想と現実の区別がつかなくなった精神異常者のことを呼ぶのだろう?
「いや、出身は知らんけど。眞瀬が僕以外にも尾行されている可能性があるって言ってたから、もしかしたらそいつかと思って」
「へー。その異星人は気になるけど、マセマセを尾行してる人がいるのは今に始まったことじゃないわよ」
それはどういうことだ? もしかしてボディーガードか何かが四六時中見張っているとか、ある秘密結社の重要情報を握っているとかそういうことなのか?
「ほら、着いたわ。ここがマセマセのお家よ」
またもや急ブレーキで止まられシートベルトに締め付けられた。この衝撃でも寝ていられるそこの二人に、危機察知能力なんてものがあるのだろうか?
車から出て、沖田先生が人差し指で示す先、眞瀬家を見つめた。
それは家と呼べる物ではなく、どちらかというとビルに近かった。それも小さい4階建てほどだ。
場所は僕らが通っていた中学校の校区とは違い、その隣の校区だった。
沖田先生はさっそく電話を耳に押しあて、眞瀬に連絡を取っている。
「あれ? どうしてだろ、さっき電話したときは出たのに、どうかしたのかな?」
何度も電話を切り、かけ直しているが繋がらないらしい。こんな時間だから二度寝でもしたんじゃないか?
「仕方ないなぁ。那実くん起こしてくれる? 二度目の出番よ」
僕は車に乗り、生まれたての子犬みたいに力なく眠っている那実に「でばんですよー」と言いながら体を揺さぶり目覚めを待ったが、一向に目を開く気配が感じられない。こいつ死んだのか? 最終手段で耳に息を吹きかけるとやっと目を覚ました。
「キモっ! お前やったんかい。心花やと思って起きたのに最悪の目覚めや」
いいから早く沖田先生のところに行け、何やらまた超能力の出番らしいからな。
僕と那実は再び車から降り、那実は沖田先生の元へ行き何やら話し始めた。
暇なので眞瀬の家を観察していると、何やら胡散臭く怪しげな看板が見えた。
『眞勢易占 堺支部』易占って箸みたいなのをジャラジャラして占うやつだよな。何で眞瀬の家が占いの館なんだ? それに両親が詐欺にかかり一家は破綻寸前だよな。占い師のくせに霊に頼るなんて一体なんて不届きものなんだ。でも眞瀬は言ってたよな、お父さんが会社をクビになったって。じゃあ、その後にこの占い屋を作ったのか。でも、どこかつじつまが合わない。
「早く乗って薙くん! 急ぐわよ」
思っていた以上に声を張り上げた沖田先生は素早く車に乗り込みエンジンをかけ、発進させた。おいおい、まだ僕乗ってないぞ。
那実がドアを開けてくれていたので、僕は走り出す車に飛び乗った。どれだけ一刻を争う事態なんだ? さっきまでののほほんとした雰囲気が一気に消し飛んだじゃないか。
「これから大阪空港に向かうわ! 本当にしてやられたわよ」
「何があったん?」
ーー沖田先生に訊ねるが全くの無視だ。状況説明するくらいなら車のスピードを少しでも上げたいってところか。那実は崎野さんを起こし、今の状況とこれからすることの説明を始めた。
「眞瀬家には眞瀬明菜がおらんかった。数分前まで電話をしていたにもかかわらず。そこで俺があいつの家の玄関の過去を読み取ったんやけど、そこでわかったのは……騙されたんや」
騙された? 全く話しの流れがさっぱりなんだけど。ほら崎野さんも、天照でさえ呆然としているじゃないか。
すると運転中の沖田先生が不機嫌に吐き捨てるように説明を付け足す。
「マセマセは普段隠しているけど結構有名な占い師なの、それこそ易学から星座占いまでおこなっちゃう天才さん、それが一つの顔。もう一つが組織の情報部としての顔を持つの。占いって言ってみれば先を読んだりすることではなく相手の心をいかに読むか、そしてどれだけその心にあったアドバイスを言葉巧みに説明するかと言うことだと思うの。マセマセはそれがすごく上手だから人を騙してとんでもない情報を集めたりして、情報部で欠かせない存在になって、組織でもすごい頼りにされてたの。そんなマセマセがあたしたちを裏切るなんて」
沖田先生はひどく落胆した表情だった。よほど眞瀬のことを信用していたのだろう。でも組織を騙すなんてあいつってすごい奴なんだな。
「裏切ることはわかってたわ」わかってたのかよ! じゃ、その顔は何だよ。
「でもまさかこんな形で裏切られるとは思ってなかったのよ。こっちだってマセマセが怪しいかもって思っていたから大仙公園にピクニックがてら、那実くんにマセマセの家に隠しカメラつけてもらったり、天照さんにマセマセの家に占いさせにたり、薙くんにみんなの動きを目立たさないようにカモフラージュとしての尾行もしてもらって、さらに監視のプロが五人と三年の三人でマセマセを見張っていたのに、ここまで注意してたのにどうしてなの」沖田先生はイライラを抑えられずハンドルを強く叩いた、おかげで車が揺れる。
やっぱり僕の尾行はバレること前提だったのかよ。あんなに真剣にやらず適当でやればよかったよ、といっても後の祭りか。そりゃそうだよな、素人に尾行をさせる程この組織は甘くないって話しだよ。
「あいつは相当この組織を恨んでる。それが読み取ったときにすごいわかった。あんな強い気持ちは初めてや」
那実は柄にもなく、通り魔に殺されかけた一般人のように顔を恐怖心をまとい、足をふるわせている。
「お前大丈夫か?」
「それより二年生や、あの人らがヤバい」
「わかってるわよ! だからこんなに飛ばしてるんじゃない!」
「何で二年生が危険やねん」
「まだわかんないの? バカ」と久しぶりに天照が言葉を吐いた。
「今、眞瀬側には三年生の超能力者が見張っているでしょ、そして今あたし達が向かっているのは大阪空港。二年生が修学旅行で利用した空港よ。よく考えてみて、組織の中枢を担っている超能力者が一番多いのは二年生よ、その二年生がいつもより無防備でいるし、昨日の事件で力を使っているから万全の状態ではないでしょうね。もちろん携帯なんて空の上じゃ繋がらないから連絡も出来ない。あたしならまとめて超能力者を撃退するこのタイミングを狙うわ。あいつは組織の情報をほとんど握っているから本当に危険よ」
「じゃあ警察は? 僕らが国専用警察ならあいつらだって助けてくれるじゃ」
「もう応援は呼んであるわ。二年生の予定到着時間は九時二〇分。道が混んでいなきゃ間に合うけど大丈夫かしら」
「なんでそんなにこっちに着く時間が早いん、普通夕方とか違うの?」
「事件を起こした場所にいつまで留まらせたいとは思わないでしょ危険だから。それがまさか、帰ってきた方が危険だなんて笑い事にならないわよ!」そのイライラが十分伝わるハンドルさばきで僕らは重力を奪われる。
これから起きる出来事が不安で車の中は沈黙に包まれた。
こんな荒い運転をしていたらいつか事故するんじゃないかと不安になったけれど、何にも人を轢いたり、車と衝突したりすることなく、ガードレールにドアが擦り、傷が付く程度ですみ、伊丹市に着いた。
伊丹市に入ると那実と沖田先生は突然慌ただしくなった。那実は携帯電話を片手に沖田先生に「そこの角を右!」やら指示を出している。恐らく電話相手は三年生の誰かか眞瀬を見張っていた組織の人間だろう。
「この辺やで」現場の近くに着いたのか那実がそういうと、また急ブレーキで車を止めて、真っ先に沖田先生が飛び出した。一人で行動するのはまずいんじゃないか? と思った瞬間、聞いたことのないような重たい音が響き、思わず目を閉じてしまった。
目を開くと胸から血を流す沖田先生が倒れていた。
何かの間違いなのだと思いたかった。いつもテンションのメーターをぶち壊しながら生きていて、ありえないくらい数の花をいつもまき散らしてるくせに騒がしい沖田薫が一ミリも動かず、ただ血を流しコンクリートにうつむせになっている。実際の出来事なのでよくわからないので、近寄って確認したかったがそんな勇気など僕にはなかった。
僕らはどこから飛んでくるかわからない銃弾におびえながら、うつむせになる沖田先生の横を通り過ぎた。一瞥もせずに。
崎野さんは涙で前が見えないらしく、ふらふらと走っているので僕が手を引く。
「こんなときにご、ごめんな」
うるさい、何も言わず走れ。と言いたかったけど、今それを言ってしまうと僕の気がおかしくなりそうだからギリギリまで出てきた思いを絡み付くタンと一緒に飲み込んだ。
那実が携帯電話で会話をしながら先頭を走る。恐らく詳細な位置を訊いているのだろう。
角を曲がるとそこには銃を構えた男性が五人程いた。まるで僕らを待っていたかのように一斉に銃弾を放つ。
僕らはギリギリ壁に身を隠すことでその銃撃から免れた。すると天照が那実の携帯電話を引ったくり、地面に叩き付け、カカト落しで粉砕した。
「何すんねん!」
「こういうときに落ち着かないでどうする。通話相手も私たちの敵よ」
そうだよな、行くところ全てに銃弾が飛んでくるなんて、とんだおっちょこちょいの誘導人だよ。
「でもそれやったら先輩のところに行かれへんで」
「先見がいるじゃない、初めからそうしておけばよかったのよ」
えっ? 僕ですか。
「あなたには先の出来事が見えるんでしょ、なら二年を助けたいって思うならたどり着くはずよ」
そんなこと言われたって僕は未来の見方なんてわからないんだぞ、いつもいきなり見えるんだから。なんて逃げてられないよな、この状況で。
「どうなってもしらんからな」僕は先頭に立ち、直感の赴くままに、来たことのない住宅街を地図も見ずに駆け出した。
これでもし、先輩達の元に辿り着いたってどうするんというんだ。沖田先生は応援を呼んでいると言っていたが、さっきの曲がり角にいた奴らのことを考えると、もしかしたら応援もやられているかもしれない。だとしたらこの四人で助けなくちゃいけないと言うことか。
天照は回復ができて武術の使い手、那実は過去を見れる、崎野さんは感情を色で読み取れる、そして僕は先の未来が見える。このパズルを上手くはめ込めば最悪な状況を打開できるとは到底思えない。
そして直感で左の角を曲がるとそこは地獄絵図が広がっていた。
五メートル先の十字路で、二年生と思われる制服を身にまとった男女が、武装した数人に囲まれ、たじろいでいた。そして武装者が一斉に射撃を始めた。僕らはただ、それを眺めることしか出来なかった。その圧倒的恐怖に。
銃声が鳴り響く中、男子と女子が一人ずつ立っていた。これは奇跡でも目撃しているのだろうか、男の方は銃弾をまともに体に受けているが全くの無傷だ。女の方は全ての銃弾を避けている。
いつ二人がやられてしまってもおかしくない状況に那実はたまらなくなったのか、ためていた力を爆発させるように、一気にその男女の元へ向かい走って行った。
「くっそぉ、これでもくらえ!」
那実は武装者に恐れることなく近づき、指で乾いた音を鳴らした。すると男達は一斉にしゃがみ、そして気絶した。一体どれだけ恐ろしい過去をあの人達に見せたのだろう。
二年生を救ったかに見えた那実だったが、次々とわいてくる武装者に何も出来ず、あげく囲まれ銃声と、那実そして残り二人の二年生の叫び声が響いた。
僕は胸の奥が熱くなることを感じていた。まさかこんなにもあっけなくやられるなんて、あの那実が。
いつも訳の分からないことを言って、僕を困らせたり怒らせたり、希望を与えてくれた、唯一血のつながった存在だったのに。家に帰ってお母さんに何て言えばいいんだ。見殺しにしましたよ僕だけ死ねないで、と言えというのか。そんなアホなことが出来るか。
でも本当に熱いぞ、まるで隣から火が噴いてるようだ。
その熱さの元をたどると、隣で人が燃えていた。
誰かを考えないでもわかった、僕の肩くらいまである身長、それだけが全てだった。
崎野さんあなたが何故そんなにも惨い殺され方をしなくてはならないんだ。きっとあなたの人生は裏切りの連続だったのだろう、何となく雰囲気でわかったよ。その作られた笑顔も涙も、全ては裏切りの人生から逃れる為だったのに。結局こうなってしまったんだね。
さよなら最後の人。
僕はもう足で立つ力をなくし、燃え盛る崎野さんのよこで座り込んだ。それと同時に武装した人たちが銃を構え、僕を取り囲む。
もう終わったか。やっぱりこんな学校来るんじゃなかったよ、人生楽はしない方がいいな。やっぱり上手い話しなんてなかったんだ、平々凡々な中学生が国内最高基準の高校に進学できるなんてこれくらいのリスクがないとダメだったんだ。
――僕は目を閉じ終わりを待っていたが、終わりを示す銃声が待てども待てども聞こえてこない。気になり目を開けると僕の両隣には念力使いの竹須佐先輩と筋力のリミッターを外せる三月さんが立っていた。
「おまたせしました。これで、残ったのは私たちだけと言うことになりましたね」三月さんは肩で息をしながら言う。
ちょっと待って、今気付いたけれど天照はどこに行ったんだ? 三月さんはさっき残ったのは私たちだけとか言っていたけど……もしかして。
「天照は俺たちをかばってくれた。あいつには本当に感謝だ」
竹須佐さんは目を武装者達に据わらせて、大きく息を吸いこんだ。するとどこから来たのか、銃が空を舞い竹須佐さんの「ハッ」という声とともに発砲され、みるみるうちに武装者達を倒して行く。さすが念力。こういう場面でこれ以上、役に立つ能力があるだろうか。
三月さんはというと筋力のリミッターを外し、ものすごい俊敏性で地面を軽やかに蹴り銃口の定めをつけさせないスピードで進み、凄まじい蹴りやパンチを繰り出し、武装者達をコンクリートに叩き付け、鈍い音を響かせる。
「佳代はスマートじゃないなぁ」
「あら? ハヤに言われたくはないわ」
囲んでいた武装者達を一気に倒すと、二人は背中合わせで立ち微笑した。
あっという間に数十人も倒したのだから、もしかするとここから脱出できるのかもしれない。
そんなことを思ったのも束の間、現実はそれほど僕たちに甘くはなく、後ろや前からは先ほどの倍以上の武装者達が銃を構え現れ、一斉射撃。
あのとき、道案内などせず逃げればよかったんだ、二年生など放っておいて。
そうすれば一年生だけでも生き延びれたかもしれないのに。とんだ予知能力者だよ。僕はひょっとして死神かもな。
倒れ行く竹須佐先輩と三月さんを見つめながら悠長にそんなことを考えてしまった。