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超心理的青春  作者: ryouka
36/40

その36 沖田薫の緊張感

 僕は寒気がするし、悪い予感しかしないので、全く車から出る気はなかったのだが、那実が早く開けろとうるさいのでドアをスライドさせた。

 「はぁっ!!」

 スライドさせると、そこにはおっさんの顔があり、じっと僕を見つめた。

 何でこんなところに、こんな時間に人が出歩いてるんだ? 幽霊だろ? 幽霊しかいないだろ! はやく霊を捕まえる掃除機みたいなのよこせ、那実!

 「何アホなこと言うてんねん。この人は今日のゲスト、奥村安大おくむらやすひろさんやんか。どうも大妙院那波だいみょういんなみと申します。本日はお手柔らかにお願いします」

 那実が何やら物騒な名を名乗ると、その中年の男性に手を伸ばした。

 「ええ、私もこの日を待ち望んでいました。よろしくお願いいたします」

 一体この二人が何をよろしくするのかと言うと、沖田先生に渡された資料によるとこういうことになっている。

 この僕の目と鼻の先にいる奥村安大さんは最近知名度が上がりつつある霊能者で、その若干の知名度を巧みに利用し、多くの利用者に法外な金額を請求しているらしい。そしてこれから何をするかというと、新米霊能者対有能霊能者の対決を行う訳だ。新米霊能力者とは那実のことで、設定では十六歳という若さで霊能者になり、様々な悪霊も退治した霊能者業界きっての秘蔵っ子とされている。

 これからどうやってこの自称霊能者と偽装霊能者が勝負して、その後眞瀬明菜の両親を救うのかは書類には書かれていなかった。ほとんどが白紙で、ただ僕の名の横にカメラマン役としか書かれていない。

 まぁだいたいの想像はついたけどな。

 

 「はい、いくわよ。三…二……」天照はカメラの画面に自分の手だけを映し、数を降順に数えていく。数が少なくるとともに声のボリュームを落とし、天照の手が画面から消えると沖田先生が声を上げた。

 「みなさんこんばんわー、みんなの六等星沖田薫子です。今日は京都心霊怪奇事件簿の五〇回目の放送を記念して、こちらのゲストをお呼びいたしました」何だその怪しく古くさく堅苦しい番組名は。それに心霊スポットだろここは? そんなにハイテンションでいいのか沖田先生? いや司会の沖田薫子さん。六等星についてはあえて突っ込まずにいよう。

 「なんとあの超大物霊能力者、取材できないラーメン屋のようにテレビ出演を拒んでいた奥村安大さんに来ていただきました。今日はよろしくします奥村先生」沖田薫子はそのへんのアナウンサーよりも手際良くマイクを奥村に向けた。

 なんだこのテンポの良さ。もしかしてこの人、一人で練習していたんじゃないだろうな?

 「よろしくお願いします。おっと、ここは怪しい霊気を感じます。まぁ私が付いているから安心ですがね」と言って小さく奥村は笑った。

 一体何がおかしいんだ。怪しい霊気を感じているのなら少しくらい動揺しやがれ。

 「先生はこの番組はよくご覧になられていますか?」

 「ええ、もちろん。毎週欠かさず観ていますよ。実にいい番組です」

 何て当たり障りのないコメント。というかこいつはアホか? こんな番組放送されているわけないだろ。

 「そしてもう一人のスペシャルゲスト、霊能者界のホープ。ちまたで天才少年霊能者として名をはせている大妙院那波先生です。本日はよろしくお願いします」

 「よろしくお願いします。今日は良い怨霊日和ですね」なんて縁起の悪いことをいいやがる、って奥村、うんうんとうなずくな。

 「本当ですか!? そう言えば少し寒気がします」とうれしそうに話す沖田薫子からは、全く恐怖という言葉を思い浮かべられない。

 「最後になっちゃいましたけど、今日もよろしくね京野花きょうのはなさん」

 「もちろんです。ちょっぴり怖いけど今日はスペシャルなのでがんばっちゃいます!」と見事にアイドルという役柄をこなす京野花こと崎野さんにも恐怖心は微塵みじんも感じられない。僕の隣で何も言わず照明を持ち佇む天照の方がよっぽど顔色も悪く気分悪そうだけどな。こいつの場合、そういう現実的じゃないことは信じそうにないから顔が青白いのは車酔いの影響だよな。

 何だか番組的にも、そして任務的にも成功するのか不安なオープニングだ。

 せめて自分だけでもしっかりしければと思い、カメラを肩に担ぎ直し、左手で眼鏡をくいっと上げた。

 なぜ眼鏡なんてかけているのかというと、その童顔と大妙院那波と瓜二つの顔を隠す為だ。カメラマンとスペシャルゲストが同じ顔なんて明らかに怪しいだろ?

 「この霊能者二人にはここ、京都でも有名な心霊スポット、嵯峨トンネルで幽霊探知&除霊対決を行ってもらいます! ルールは三〇分間でいかに多くの幽霊を探知し、除霊を出来るかを競ってもらいます。勝つ自信はありますか奥村先生!」

 「もちろん、私にまかせれば三〇分で最低でも六体は除霊できるでしょう」話し終わるとまた薄気味悪く笑う奥村。

 どうでもいいけど、三〇分で六体が多いのか少ないのか基準がわからないのだけど。

 「それはすごいですね、さすが大霊能力者です。で、大妙院那波先生は何体程除霊できますか?」

 大妙院那波は何も言わず静かに指を七本立て、奥村を睨みつけた。何の演出だそれは。

 「これは若さ故の宣戦布告なのか、それとも圧倒的自信からでしょうか? 気になるところです! ところでコノカっちじゃなくて花ちゃんはどちらが勝つと思いますか?」

 うっかりでもコノカと言う名前は出しちゃまずいだろ。

 「えっとー。あたしは同年代の大妙院先生を応援したいですけど、やっぱり相手が奥村安大先生だから勝つのは厳しいと思います。なので奥村先生の勝利だと思います」にしても本当に演技上手だな崎野さん。これが全て茶番だと知っているのにそこまで感情豊かに話せるなんて。もしかしてこの子、普段もキャラ作りしてたりして。

 「カーット」といきなり隣で照明を持っていた天照が声を張り上げた。お前は一体何役なんだ?

 「二時前まで少し休憩しましょう」それだけ言うと天照は照明器具を持ち沖田先生の乗用車に小走りで乗り込んだ。

 僕も大きさの割に異様に軽いカメラを置き、道路に座り込んだ。すると奥村が出演者一同の輪から抜け出し、僕の方へ近づいてきた。一体何のようだ?

 「どうも、今日はお世話になります。奥村です」

 「いえいえ、こちらこそ。まだ若いスタッフばかりで何かと迷惑をかけるかもしれないけどよろしくお願いします」

 「私の方こそ、まだテレビ出演はこれで二回目ですので。お互いビギナー同士、手を取り合いましょう」

 ただの気色悪い中年男性かと思っていたけれどちゃんと挨拶してくるし、感じも良さそうだ。この男が本当に法外な霊感商売を行っているのだろうか? 

 と少し疑った自分が馬鹿だった。

 奥村は僕の耳元に顔を近づけ、小さな声でいやらしく呟いた。

 「それにしても本当にいいんですよね? あの沖田さんでした? あの方と一夜を共に過ごせると言うのは。思っていたよりも綺麗な方なのでちょっと確認をですね」

 やっぱりこいつ最低だ。もしかしてその愛想の良さも、番組出演もそれが理由なんじゃないだろうな。でも大人なんてこんなものなのかなと思ってしまうのも事実。

 「そこであの……、なんていうんですかね」中年のおっさんにもじもじされるとこれほどまで気持ちが悪いとは思ってもなかったよ、いいから早く言いやがれ。

 「私は沖田さんよりどちらかというと、京野さんの方が好みなのでその辺り、ご検討お願いします」

 うわっ、本当にビックリだ。こいつエセ霊能力者で詐欺までしてロリコンときたか。こんな奴に騙された人々を思うと言葉にならないよ。

 「なぜ僕に言うんですか?」

 「だってさっき車に乗った人がプロデューサーさんでしょ? あの人目つき悪いしこんなこと言うと何言われるかわかったものじゃないから。どうかあなたの方から伝えといて下さい。もし断ったら、放送をやめていただきたいとも忘れなく」

 そんなことを真面目な顔をして言える奥村に違う意味で尊敬の意を表し愛想笑いで返すと、彼は満足そうな気味の悪い笑みで、また出演者の輪に戻って行った。

 奥村が僕の元から離れたことを見計らったようなタイミングで天照が照明器具を引っさげ、車から出てきた。

 天照はもしかしてこのことを計算して車に戻ったのかと一瞬疑いたくなるような絶妙なタイミングだ。いくら何でもそこまで推測力はないだろう。

 「さぁ始めるわよ」僕の隣に来て天照は青白い顔を引きつらせて笑った。お前が幽霊なんじゃないかと突っ込みたくなる程、その笑顔は不気味だった。お前気分悪そうだけど、何気に楽しんでないか?

 天照の一言で集まった出演者一同は、それぞれの定位置に立ち、いよいよ本番が始まった。

 「では丑三つ時になったと同時にスタートしますね。準備はいいですか? 奥村先生、大妙院先生!」

 本当にこの人のテンションは、ここを霊の集まる場所だと忘れさせてくれる。心霊スポットへ遊びにきた友人としては頼もしいが、心霊番組の司会としては最低だな。

 沖田薫子の問いに奥村は数珠を八の字に振り「よろしいです」と典型的な霊能力者のように振るまい、大妙院はポケットから扇子を取り出し、扇ぎ、余裕の笑みを浮かべた。

 「準備は整っているようなので始めたいと思います。 二時まであと五…四」

 沖田薫子は左手を目の前にかざし、腕時計の秒針を慎重に読みあげる。

 「それではスタート!」

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