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超心理的青春  作者: ryouka
35/40

その35 天照沙希の願い

 そして土曜日、僕は一日の半分を寝て過ごした、これは惰眠を貪っていたわけではなく、ちゃんと沖田先生が書いた書類に書かれていた命令だ。

 一番最初のページ大きく『明日は深夜行動となるので惰眠を貪るように、最低でも八時間は眠れ』と書かれていた。

 ということはやはり僕の一二時間睡眠は惰眠だったってことか。そりゃそうか、朝飯はもちろん、昼飯も食わず、ボーっと新喜劇を見ている僕を、惰眠を貪ると言わずなんというのだろう。しかしあれだけ眠ったというのにまた眠気が……。

 僕は部屋の呼び出し音で目を覚ました。

 時間を確かめるためにカーテンから外を眺めると、うっすらと暗い。何時間寝てたんだ僕は?

 呼び鈴も一度や二度鳴るくらいなら居留守でもしようかと思ったが、指で数え切れないほど鳴るから、何か騒動が起きたのではないかと思い、心は慌てているが、体は眠ったままなのでゆらりのろりと寝癖のついた髪を掻きながら扉を開けた。

 「あら、睡眠中だったの? ちょっと失礼するわ」

 僕の返事を待たず、勝手に上がりこんだのは自由三昧という言葉がもっとも当てはまる女だ。

 「珍しいな、お前から僕の部屋に来るなんて」

 「あなたからあたしの部屋に来ることが今まであったかしら」

 命に関わる出来事が起きても行くかどうか迷ってしまうな、お前の部屋なら。

 「で、話ってなんや」

 天照は僕の部屋を見渡し、「新聞は?」と訊いてきた。

 「ないよ」

 「じゃ、ニュースは見た?」

 「新喜劇やったら見たで」

 僕の言葉を無視して、そばにあったテレビのリモコンを持ち、電源を入れ、民間放送からに国営放送にチャンネルを変えた。

 「この放送局ならもうすぐニュースくらいやるでしょう」

 天照の予想も空しく、三〇分後にやっとニュース番組が放送された。

 綺麗で可愛い女性のニュースキャスターではなく、いかにも有名大学卒業ですという雰囲気の男性がニュースを読み上げる。こういうところを見ていると国営放送だって気付かされる。

 「今日の午前一時くらいに沖縄県でアメリカ兵同士による暴行事件が起きました、死者は出ておらず――」

 僕はニュースを見ることをやめ、天照に事情を聞くことにした。

 「これがどうしたんや?」

 「あなた今、二年生がどこにいるか知ってる?」

 ……沖縄だ。でも事件が起きたのは深夜のこと、修学旅行生とは何の関係もないんじゃないか?

 「この事件を起こさせたのは間違いなく組織の二年生と、本居よ」

 「そんなことができるのか?」

 「超能力を使えるのよ? これくらい容易いことでしょうね、しかも六人もいるんだから尚更よ。さらに言えば本居もいる、あいつは相当頭が切れるから」

 確かにあの先生は頭が切れそうだ。いかにも数学教師って雰囲気がするけど、実は社会担当なんてところがさらにそう思わせる。

 でも、何でアメリカ兵にそんなことをさせる必要があるんだ?

 「近年、沖縄ではアメリカ兵による事件が多発してるでしょ、その警告じゃないかしら。初めはジャブ程度にしておいて、次やればストレートを放つ。そういうこと」

 いわゆる脅しってやつだな。世界一の軍事力を持つアメリカに何てことするんだうちの組織は。国専用の警察、その言葉の意味を考えさせられるよ。

 「でもずいぶん危険なことをするんやな」

 「そうね、確かにその通りよ。だからあなたの部屋に来たわけ」

 いやいや、『だから』の意味がさっぱりわからないんだけど。

 僕が訳がわからないという顔をしてると、天照はさっきまで視線を不安定にさせていたのに、急に僕の眼を見て話した。その顔は決意に満ちている。そんな気がした。

 「あたしと仲間になってくれない?」 

 いきなりなんてことを聞くんだこいつは? それに今でも一応は仲間だろ。

 「そういう意味じゃなくて、この組織とは別の二人だけのチームよ」

 「何でお前と二人だけのチームというのを組まなあかんねん。僕は面倒なのは嫌いや」

 お前と二人で行動するなんて考えるだけでも身震いがしてくる。恐怖だ、これなら霊山にひとり置き去りにされたほうがまだマシだ。

 「お願い。あたしはただ、これ以上、組織の人間を失いたくないの」

 「どういう意味だ?」

 「あなたはまだこの組織に入って間もないからわからないでしょうけど、これくらいは知っているでしょ? この組織に属していた人間の中でこの学校を卒業した人間が一人しかいないことを」

 そんなこと初耳だぞ、なんだよそれ。ということはこの学校の七不思議であった、特別能力開発科の生徒が毎年いなくなるってのは本当だったってことか。

 「その顔だと知らなかったようね。これは本当の話よ、この組織にいる人間はほとんど狂ってるようなものだからそういう死に値する出来事でも平気でできてしまうのよ。まるで戦時中の特攻隊のようなものね」

 「狂ってるってどういうことだ?」

 「宗教よ」

 宗教。そのいかにも怪しい響きに僕は戸惑った。いったいこの組織と宗教に何が関係するんだ?

 「二年生や三年生はどっぷりその世界に浸かってしまっているわ。人をコントロールする手っ取り早い方法は、その人間の心に神を与えることよ。あたし達が属する学科には過去のトラウマを持った人ばかりよね。それはもちろん、あたしもあなたも含め。そういう人間はもう心にガタがきて、ひどいことが自分の周りに起きてしまうと精神崩壊に近い状態に陥るの」

 「『そういうこと』とは例えば?」

 「例えも何も必要ないわ。ただ一つ、友人や仲間を失うことよ」その言葉に言葉を失った。

 呆然とする僕のことを気にせず天照は続ける。

 「失い傷付いた心に宗教の教えを説くのよ。そうすればもうその教えから抜け出すことは難しいわね」

 「その宗教って有名なん?」

 「信者の数は日本国民の六%と言われているわ。名を『大和神道教』聞いたことくらいあるでしょう?」

 聞いたことも何も、たまにテレビでも取り上げられる新興宗教じゃないか。芸能人やスポーツ選手からも信仰者が多く、この国じゃ誰しも名前くらいなら知ってるだろう。それに京都で行われる世界的に有名な花火大会『大和花火の祭典』もその宗教が主催だと聞いたことがある。

 「日本国民の六%って何人や……」

 「約七二〇万人よ」

 「埼玉県の人口くらいいるのか!?」

 「暗算は出来ないのにそういうことは知ってるのね。確かに数にしてみると多いわね」

 そうなのか……、埼玉県と言えば日本でも五番目の人口数だぞ。そんなに多いのか。それに六%ということはクラスに約二人程いる計算になるのか。そう考えるとびっくりだな。ということはクラスに二人は埼玉県民がいるってことか? 

 そんなわけないか、と視線を天照の方に向けるとすごい形相で睨んでいた。今にも殴り回して無理矢理にでも仲間にするという目だ。

 「あたしは真剣に言っているのよ、しっかり聞いてくれる?」

 「何で僕なんだ? 別に那実でも崎野さんでもええやんか」

 「まず第一にあなたの能力よ、予知能力を駆使すればみんなを救えるかもしれないわ」

 また超能力かよ。そんなものに頼ってたらいい大人にならないぞ。便利なものに頼っていてはダメなんだよ。どこかの猫型ロボットに甘えた少年は例外ってことを、この年になっても気付かないのか?

 「それにあなたの能力は特別だから、組織も必死であなたのことを守ると思うの」

 何だよ、やっぱり超能力関係かよ。守られているから危険なことをしても大丈夫だというのか? なら命綱をつけて東京タワーに上れるか? 絶対無理だろ。理論上は大丈夫だとしてもそんな危険なことをする勇気など僕には持ち合わせていない。

 「あなたは信じるものが何もない、そしてこれからもきっとそうなはず。だから宗教にも関係しないと思うの。それに、その超能力を身につけた理由、それがあなたを仲間にしたい一番の理由よ」

 未来を見たいと思った理由。

 そんなこと誰だって思ってるだろう? 那実は未来なんかわかってしまうと死んでしまうと言った。けれど僕はそうではないと思った。それが理由か? そういうことではないような気がするけど。

 「わからないって顔ね。返事はこの任務が終わってからでいいから。よい結果を祈ってるわ」

 天照はそういうと立ち上がり、静かに歩き玄関に行くと、振り向いて僕の顔を見つめ「あなたとあたしならきっと救えると思うの。みんなの傷ついた心も、みんなの身の危険も。そのことを考えていて」

 それじゃ、と天照はドアノブに手をかけた。部屋から出て行こうとする天照に僕は思わず聞いてしまった。

 「天照さんは宇宙人なんていると思う?」一昨日のことが何故だかずっと頭から離れない。

 そんな突拍子もない質問に天照は面倒くさそうな顔もせず、真剣なまなざしで、「さぁ、でも宇宙が本当に広大なら可能性はあるかもね」それだけ言って部屋に戻っていった。

 最後の会話は必要かどうか分からないけど、あいつから頼みごとをされるなんて、生きている間にあると思ってもなかったよ。

 でもこれから任務だというのに迷わせてどうするんだ? 

 身をていしてみんなを守るか、挺さずに自分の身を守るか。

 みんなを守りたいのはやまやまだけど、さっきのニュースを見る限りこの組織はすごく危険なのかもしれない。平然とアメリカに喧嘩を売るような組織だぞ、というかあの行為はどちらかというとテロ行為に近いように思う。そんな危険な立場に置かれ、自分ではなく他人を守る余裕などあるだろうか? はっきり言って自信がない。きっと自分のことでいっぱいいっぱいだろう。

 日常さえ、いっぱいいっぱいで生きているのに、そんな状況に置かれれば自分を守ることもままならないだろう。

 すまないが天照、この話しは断らせてもらう。僕はまだ死にたくないのだ。

 思っていた以上に考え込んでいたのか、時計を見ると十一時を回っていた。確か集合は十二時に裏門だったよな。僕は若干慌てて出発の準備を始めた。

 集合時間五分前に裏門に着くと、みんなはもう沖田先生の乗用車に乗り込んでいた。

 「薙くん、ギリギリじゃない。早くしないと間に合わないから」と沖田先生は運転席の窓から上半身を乗り出し、手招きをした。慌てて車に飛び乗る。助手席には天照、後部席の左には崎野さん、中央は那実、そして右に僕は座った。

 僕が席に着いたことを確認すると、沖田先生は勢いよくアクセルを踏み、それによりエンジン音はけたたましい音を上げ、遠慮なく深夜の静寂を包んだ。こりゃ地域住民から通報されても文句は言えないな。

 僕たちは京都の右京区にある、嵯峨さがトンネルへ向かっている。

 そこは近畿地方でも有名な心霊スポットで、色々な噂がある。例えばトンネルの手前にある信号が青だと女性の霊がボンネットに落ちてくるとか、トンネルから黄泉の世界につながっているとか。あとトンネルを越えたところにあるカーブミラーに自分の姿が映らなければ、帰りは事故に遭うとか……。

 なぜそういう噂が多いかと言うと、そのトンネルの上には江戸時代の頃、首切り場、いわゆる罪人の処刑場があったらしい。

 ……考えると鳥肌が立ってきた。

 「よう知ってるな薙くん」

 そりゃそうですよ。インターネットを駆使して色々情報を集めましたから。

 「薙はビビリやのにそういうの好きやもんな」

 ビビリは余計だ。でも好きなことは確かだ、そういう心霊スポットとかは。でも何だかちょっとのどが渇いてきたぞ、これは緊張の表れか? 体も少し震えている、武者震いとかいうものだろうか。

 「実は怖いから先に情報だけでも知っていないと不安だったんじゃない?」

 何だそのもっともらしい理由は。僕は別に怖くなんかない、暗いところが嫌なだけだ。というか、あんた僕と話すよりもすることがあるだろう。

 「もう一時間以上経ってるで沖田先生。学校から嵯峨トンネルまで約一〇キロやのにどれだけ時間かかってるんですか?」

 「うるさいわね、あたしは悪くないの。この子頭が悪いのよ!」

 カーナビが付いているというのにどうやって道に迷うんだ? 目的地設定もあっているし、本当にこの人は自分ひとりで生きていけるのだろうか。

 「那実、お前地図見るの得意やろ? 機械の代わりに案内したってよ」

 「お前がしたらええやん」

 「俺は地図見ることができへんねん」

 「方向音痴」

 うるさい! それを言われると何も言えないじゃないか。そうですよ、僕も方向音痴ですよ。何が悪いと言うんだ、そんな地図如き見れなくても生きていける。目的地に迷いながらでも着けるならそれで十分じゃないか。

 ちなみに天照はというと、何も文句を言わず、ずっと外の景色を眺めている。そんなにじっと見つめて何かいるのか? 少し不気味だからせめて前を見てくれないか。

 崎野さんは「コノカ車酔いするからちょっと不安やー」とか言いながらも、大人しくする雰囲気は皆無で、平然と僕らと話しをしている。全然大丈夫じゃないか、ちょっと心配していたのに損したよ。

 ――もしかすると車酔いするのは天照の方か?

 その後は那実の指示により、無事嵯峨トンネル付近まで近づいた。やはり僕の判断が正しかったな、なんて満足感に浸っていると、生い茂る木の間から人が出てくるような気がした。

 まさかな、幽霊なんて人の恐怖心が生み出す幻。感動錯覚という言葉で科学的に証明されてるはずだ。変なシミや落書きを人や動物と見間違えるのはパレイドミアって言われている。

 心でそういうことを理解していてもやはり怖いものは怖い。ほら、今だってドアを叩くような鈍い音が聞こえたじゃないか。やっぱりそういう気持ちが強くなると、普段気にならない音とかが聞こえて、それをラップ音などと聞き間違えるんだよな。

 「わぁ!!」思わず僕は声を上げてしまった。

 だって間違いなく今、音がした。ドアを叩く音が間違いなくしたよ。

 「先生! サイドミラー!」

 思わず目を向けたサイドミラーには車を追いかけてくる人影が見えた。これが噂のジェット婆と言う奴か? 

 もう僕はパニック状態だった、何が起こっているのか全く理解ができない。明らかに聞こえたラップ音、確実に見えた霊体。次々と起こる心霊現象。やっぱり噂は本当だったのか、そういえばさっき信号を青で通過した気がする。

 沖田先生は僕の声でサイドミラーを目視すると車を急ブレーキさせた。お陰で後部座席にいる僕たちはシートベルトに締め付けられる。

 急ブレーキをしたってことは異常事態だよな。何なんだこのとんでもない展開は。もしかしてこれから超能力者対悪霊なんてシネマ的出来事が始まるんじゃないだろうな?

 僕は出来るならこの恐怖に失神していたかったが、残念ながら心臓は全力疾走をした後よりも早く圧縮を繰り返し、眼を覚めさせた。

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