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超心理的青春  作者: ryouka
34/40

その34 眞瀬明菜の事情

 大阪のビル街でさまよった翌日、とっくに朝のホームルームも終わり、一時間目が始まる時間だっていうのに僕は職員室の隣、例の部屋へ沖田先生に呼び出されていた。

 校内放送があったのは朝礼前の予鈴が鳴ったくらいだった、スピーカーから鬱陶うっとうしいくらいはつらつとした沖田先生の声が聞こえてきた。

 「一年生で特別寮に住んでいる人は早く私のところに来てください。すなわち、天照さんと那実くんとコノカっちと……えっとえっと、あっそうだ薙くん! 薙くん薙くん。その四人は職員室の私のところに来てね」

 ツッコミ担当が何人必要なのか指折りして数えなければならないような、馬鹿放送の指示を受けて僕ら四人は職員室ではなく、もちろんその隣の部屋へ向かった。

 「薙くん忘れられてたなぁ」

 そうですね、あまり言わないで下さい、結構ショックですから。

 崎野さんは僕の非常に奇天烈きてれつなタイミングで放たれた告白を気にすることなく、いつもと何の変わりもなく会話をしてくれている、ありがたいことだ。もしかしてこういうことに慣れているのかもしれないなんていう考えは今すぐ捨てろ、僕。

 対照的に僕の方は告白から二日経ったというのに会話は出来ても目を見ることはあまり出来ないでいる。情けない限りだ。

 「やっぱりお前って影薄いねんな」

 「やっぱりってなんや! 誰が影薄いねん、濃いっちゅうねん、めちゃめちゃ濃いっちゅうねん。保健委員なめんなよ」

 「ほら、保健委員やって影うすっ! 図書委員と双璧をなすぞお前」

 「今すぐ保健委員をやってる人間に謝れ」

 中には将来介護や医療の仕事に就く為の勉強としてやっている人もいるかもしれないのに何てことを言うんだ、こいつはやっぱり失礼極まりない。

 「天照沙希も思うやろ? 薙は影薄いって」

 僕らの前をスタスタと先を行く天照からは、話しかけてくるなというオーラが惜しみもなく振りまかれている。空気を読めないという言葉と那実、つまり僕の兄は同意語である。

 「いいじゃない。影が薄いと言うことはそれだけ他人から求められていないと言うことでしょう? なら恨みを買うこと売ることもない。実にうらやましいわ」

 それは褒めているのか? そんなわけないよな。自分の存在感を棚に上げてアホにしやがって、こういう奴は絶対良い死に方しないんだ、そうじゃないと世の中不公平すぎる。

 でもこいつに限っては良い死に方も悪い死に方も関係ないとか言いそうだから全く張り合いがない。

 サバイバルナイフで斬り付けるような言葉を吐いた天照は、職員室の隣の部屋の扉を開いた。

 「来たわね、おっはよー。遅いからもう一度放送しようかと思っちゃったよ」

 語尾に八分音符が飛び交うような明るい声で沖田先生は朝の挨拶をした。もう一度放送なんて絶対にやめてくれよ、あんたならもう一度やっても僕の名前を忘れそうだからな。

 その若年痴呆症じゃくねんちほうしょう教師の隣を見ると、昨日僕をコンクリートジャングルに置き去りにした団子頭が座っていた。この二人何の関係? それに僕らに用って何なんだ?

 「この子は一年五組の眞瀬さん。ねぇねぇマセマセって呼んでもいい? ダメ? ならいいわよ。まちゃあきは――」

 「まちゃあきって何やの? それも嫌!」すかさず眞瀬のツッコミが飛ぶ。よっぽど嫌なんだなそこまで勢い良く突っ込むってことは。

 「てふてふみたいに眞瀬明菜を言ったらこうなるのに……。本人が嫌がっちゃ仕方ないわね。このマセマセの両親を助けてほしいの」

 そう言って沖田先生は、かばんからA4サイズで印刷された二〇枚ほどあるプリントを取り出し、クリップでまとめ僕らに一部ずつ配った。

 その書類の一番最初には、親指程の大きさの字で「眞瀬家救出計画」と書かれていた。

 眞瀬明菜の親か兄弟に何かあったのか? そうだとしても何故僕らがこいつの親を助けなくちゃいけないんだ? っておい、お前らもなんとか言いやがれ、書類を読んで『なるほど』何て言ってる場合じゃないぞ。

 そこである異変に気付いた。

 「崎野さんどこいったん?」この教室に着くまでニコニコしながら僕らの後ろを着いて歩いていたのに。

 「心花やったら教室入る前に『トイレ言ってくる』って行ったで」

 教えてくれるのはいいが崎野さんの声真似をするのはやめてくれ、そういう似ていない物真似を平然と出来るのが大阪人の悪い癖だぞ。それに気色悪すぎる。

 崎野さんはトイレか……。そういえば昨日の発作が起きたときも眞瀬がいたよな、もしかしてこの二人は因縁の仲とかそう言う類のものなのか?

 「ちょっと聞いてる! 薙くん」

 「あっ、聞いてなかったです」今はそれどころじゃないってのに、まぁいい、あとで崎野さんか眞瀬に訊けばいいことか。

 「しっかりしてよね、もう一回言うわよ。いちいち言うの疲れるし時間かかるから、日曜日のことはその紙束に書いたからちゃんと頭に入れておいてね。わかった?」

 「はい、わかりました」

 「じゃ、解散! さっさと授業に戻りなさい若人よ」

 自分から呼んでおいてその言い方は非道だろ。

 そう言って立ち上がった沖田先生に対し、那実は思い出したというような顔をして、「かおるちゃんって一時間目七組で授業ちゃうかった?」

 こちらも口元を押さえ思い出したという顔をして、「忘れてた、じゃねー」と勢い良く教室を飛び出していった。

 朝からこのハイテンションと、どたばたした雰囲気に僕は少し疲れ、伸びをして、さぁ眞瀬に事情を訊こうかと正面を向くと、そこには誰もいなかった。慌てて教室中を見渡すが那実や天照でさえいない。あいつら鍵閉め嫌だからって先に教室へ戻りやがって。

 この教室には人情を持った人間がいないことを改めて思い知らされた。

 

 そして昼休み。僕は弁当を片手に持ち、一年五組の教室に来ていた。もちろん理由は眞瀬と話しをするためだ。教室の入り口付近をふらふらしていると後ろから声をかけられた。

 「こんなとこで何してんの? 伊佐薙」

 「お前を待ってたんや、眞瀬明菜」

 「あんた飯食った?」

 「いや、ほれ」僕は右手に持っていた弁当を彼女の目の前に差し出した。

 「うちも弁当持ってくるからちょっと待ってて」

 そう言って彼女は教室に入っていき、自分の席に座り弁当を取り出した。すると三人ほどの女子が眞瀬を取り囲み何やら話を始めた。

 「明菜どこでご飯食べるの?」

 「ごめん、今日は連れがおるから」と言って眞瀬は僕を指差した。

 「もしかして彼氏?」

 「そんなわけないやん、あんな気の抜けた顔の奴」

 その女子達の反論を待ったが「だよねー」などという声しか聞こえてこなかった。メガネと化粧の濃い女と異常にエクステをつけた女、僕はお前たち三人の顔を一生忘れないだろう。

 「ほな、行こか」

 「お前のせいですごく飯が不味くなりそうだけどな」

 「ふーん、ほな食べらんかったらええやん」

 こいつは本当に人をイライラさせることに長けている。呼び出した方は僕なのだから何も文句を言えない、それを逆手にとって言いたい放題言いやがって。自分の娘がこう育ってしまったら、間違いなく家にいる時間は減るだろうな。

 そして僕らは体育館裏で食事をすることになった。薄暗く人気ひとけのないところでの食事なんて好んでする奴はいないので、昼休みでもここは誰もいない。

 中庭で食事することも初めは考えたが、昼休みに男女二人で食事するなんてなると、馬鹿な高校生なら喜んでありもしない噂を流すだろう。崎野さんとの噂なら僕も全然かまわないけど、こいつとの間に噂が立つことは我慢ならない。それは眞瀬の方も同意の上だった。なのでこいつも、飯の旨さが半減するような場所で朝食をとることに文句を言わなかった。

 「で、話ってなんなん?」

 「お前の両親に何があったねん? 沖田先生からもらったプリントにはそういうことは一切かかれてなかったからな」

 書かれていたことは日曜日に誰が何を担当するかと言うことだけだ、それ以外の詳細なことについては全く書かれていなかった。

 眞瀬は弁当箱を開き「こういうことや」と言って、弁当の中を見せた。

 そこにはただ、トマトが一玉入っていた。白米すら入っていない。

 トマト弁当?

 どういうことだこれは。家が農家? 両親が喧嘩中? はたまた親子喧嘩? これだけだと深すぎて何もわからない。

 困った顔をしている僕を見つめ、浅いため息をつき、今まで見せたことのない哀しい表情をしながら言葉を続けた。

 「うちのお父さん最近リストラにあってな、そこまでやったらそんなに困らんかったんやけど、うちのお父さんちょっと頑固って言うかなんていうか、自分の力不足で会社をクビになったって信じられへんかってん」

 「能力以外でクビになる理由なんて年齢くらいだろ? それ以外は?

 「うちのお父さんはまだ四〇代入ったばっかりやから年齢は関係ないと思う。話は飛んだけど、うちのお父さんはリストラの理由を守護霊のせいやとか悪い悪霊に憑かれてるとかそういう風に考えたねん」

 あちゃー、最悪のパターンだ。気持ちはわかるけど。で、それで金がなくなったってことは、

 「霊感商法って言うんかな? 電話帳でそういうところ調べて、家族で行ったんやけどな。初めて行ったときはそんなに高くなかったねん、しかも御札もタダでくれたし。それでうちのお父さんも調子乗ったんかわからんけど、体調が悪くなったとか、今年から花粉症になったとか、そんな理由でもそういうとこに通い始めて」

 霊と花粉症がどう関係するのか、是非お前の父親と語り合いたいところだ。

 「挙句の果てに靴の紐が切れたとか黒猫を見た、くらいのことでも通い始めて。そうこうしてる内にお母さんもはまりだして。そうなったらもう誰も家計をセーブできへんなって……。今、家の中にはようわからん掛け軸みたいな家系図とか、ありきたりなでっかい壷とかお経とかそういうのだらけになってもうて、今はその借金でいっぱいや」

 たまにテレビとかでそういう事件を見たことがあったけど、それは演出か何かで決して本当の出来事ではないと思っていたけど、実際にこれほどまで見事に騙された人がいるなんて思ってもなかったよ。やはり人は追い込まれると怖いな。

 「それを僕ら四人が助けるってことか」

 そんな洗脳されきった大人を子供四人が救えるのかちょっと不安だし、身の危険も考えなければいけないな。霊なんかいない、なんて言って逆上され、サクッと刺されるなんて、可能性としてすごい高いだろう。特に那実なんかそういうこと何も考えずに言いそうだな。

 「頼む、お願いします。この通り」

 眞瀬はそう言いながら弁当を膝元からのけて、土下座をした。

 いきなりの行動に僕は驚き、どう答えればいいのか戸惑っていると、眞瀬は何を勘違いしたのか涙を流しながら、身の上話を続けた。

 「このままやったらうちの妹の弁当もこうなってまうねん」

 妹……。それは僕にとって、僕ら兄弟にとって現実に限りなく近い夢のような存在だ。

 「妹の弁当はまだトマトやないんか?」

 「当たり前やろ! せやからうちの弁当が質素なんや」

 いやいや、質素とかそういうレベルじゃないだろその弁当は。ギャグ漫画でも出てこないぞ。

 「こんな弁当持って行ったらあの子も、うちみたいに友達減っていくねん」

 「どういうことだ?」

 なぜ弁当がトマトだけだと友人が減るんだ? 逆に面白い奴がいるぞって寄ってきそうなものだけどな」 

 「男やったら面白いですむやろうけど、女やったらそうはいかんのや。だいたいトマト入った弁当食べてる奴と一緒にお昼食べたいと思う?」

 そんなこと思う女がいれば僕はそいつを崇めるね。

 「やろ? だからうちも最近はこそこそって昼休みに抜け出して、ひとりで弁当食ってんねん。最近は付き合い悪いって言われてしんどいねん」

 「でもお前さっき昼飯一緒にどう? みたいなこといわれてなかった?」

 しっかり覚えている。あのメガネと化粧とエクステだ。憎い、憎すぎるトリオだ。

 「あーあいつら? 最悪やねん。あれは嫌味」

 「嫌味?」

 「そう、あのメガネかけた子おったやろ? あの子がうちのトマト弁当目撃したねん。それからあぁやって三人で昼時になったら一緒に食べへんって言ってくるねん」

 なんて性根の腐った奴なんだ。あんな大人しそうな顔してるのに、人間なんて見た目でわからないものだなやっぱり、天照や沖田先生みたいに。

 「ホンマにお願い! うちのことはどうなってもええねん。ただ、親は、いや、妹だけでも普通に生きて欲しいねん。このままやったらあの子中卒やねん」

 中卒はちょっとかわいそうだな。僕のような高校生活を送るならまだしも、普通の高校生になるなら助けてあげたいところだ。

 それに、国を守るとかそういう大きすぎる問題じゃないから、僕のような平々凡々な人間にはこういう任務はもってこいかもしれない。やってやろうじゃないか、お前の家族を救ってやるよ。僕らの家族のように不幸になるなんて耐えられないしな。

 「ところで、お前、僕らが何者か知ってるん?」

 「ん? あんたらの親って坊さんとか霊能力者なんやろ? その人達に来てもらって洗脳を解くって沖田が言ってたで」

 そういうことになってるのか。あの先生の考えそうなことだ。

「わかった、できるところまでやってみる」 

 僕が自信満々に言うと、眞瀬は涙を拭って姿勢を崩し、僕の隣に座って、大きな口を開き豪快にトマトをかじり、涙交じりでありがとうと呟いた。

 何だ、愛想が悪かったり口が悪かったりしたけど、その身長と一緒くらいかわいらしいし、素直なところもあるんじゃないか。そう思ったのも束の間。

 「あっ、その出汁巻きうまそう! ちょっともらうな」と言って、僕の出汁巻きに箸を伸ばし、すばやく奪い去り小さな口へ押し込まれた。

 「ところでお前崎野さんと何の関係?」

 眞瀬はリスのように、出汁巻きを頬に蓄え、「そんな奴知らんで」と言ってから慌てて口に入ったものを飲み込んだ。

 「うまぁー、もう一個頂戴!」

 「誰がやるか、アホ! 調子乗るな!」

 やっぱりいけ好かない奴だ。

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