その33 四日目の異星人
夕暮れ近い京都の町並みは、慌しない夜の前の静けさのように穏やかで、陽の光も人の動きも緩やかに思えた。そんな中、異常と思える速さで僕は歩いていた。その原因は言わずもがな眞瀬明菜だ。
あの小学校高学年と間違われそうなスタイルから、どうすればそんなに早く歩くことができるんだ? もう走った方が楽な気がする。歩くって結構疲れるんだな。
京都駅に入ってもその速度は緩むことなくさらに速くなっていた。そろそろ休憩させてくれと思ったくらいにちょうどホームに着き、僕は設置されている椅子に座り電車を待った。眞瀬明菜は四番ホームに突っ立ったまま電車を待った。
思っていたより電車内には人が少なく、今日の昼、一度顔を合わせていることになってるのでいつばれるんじゃないかとドキドキしていたが、結局そういう雰囲気すらなく、事なきを得て難波駅に着くことができた。
改札を抜けると眞瀬と僕は地下街を抜け、大手電器店の連絡通路に着いた。
さらにビル街の奥へ入っていくとだんだん道は狭くなり、人がすれ違えるかギリギリの幅にまでなった。
一体どこに行くんだ? こんな怪しい場所僕だったら絶対一人で来れないぞ。いかにも背中に絵画を背負ったような人達がうろうろしていそうな場所じゃないか。
そして眞瀬は右折したところで消えた。
これだけビルが入り組んだ場所だから見失って当たり前か、それに空ももうオレンジ色だし仕方ない、帰るか。
そう思い、来た道を戻ろうとすると、背中の方で声がした。
「おい」
僕は無視して走り去ればいいものの思わず振り向いてしまった。
そこには二〇代前半の男性が立っていた。すごくダサい格好で。僕は思わず笑ってしまいそうだった。
下はどこのメーカーかもわからない学校指定のジャージのようなもの、上には大阪のおばちゃんでも着ないような大きな虎のイラストが描かれたシャツを着ていた。
変な奴にあってしまった、ここは走って逃げるしかないと考えたけど、こんな服装で外を出歩く奴の顔が見てみたいと思い、思わずそいつの顔を見てしまった。
それが間違いだった。
僕は彼と視線を合わした。しかし合わない。これは彼が僕を見ていないわけじゃなく、彼ももちろん僕と目を合わしている。しかしそこに人と人と、いや人と動物が目を合わせたときの暖かさというものが存在しなかった。
「お前一体何者や」立ち去るつもりだったけれど咄嗟に出た言葉がそれだった。
何者だ? ってどう考えたって人間だろう、その姿かたちを見てそれ以外の生物の名を上げたほうが拍手だ。
「お前こそ何者だ」質問に答えろよこいつ。
「ちょっと道に迷ってしまっ――」
「違う、そういうことを訊いてるんじゃない。……お前、人間じゃないだろう」
はぁ? 何言ってんだこいつ、どっからどう見ても僕は人間じゃないか。それはお前に返したい言葉だよ。
「僕は人間や。あんたこそこんなとこで何してんねん。関西弁と違うからこの辺の人と違うやろ? 東京からきたんか? それとも韓国? 中国? 道に迷ったんなら駅まで案内したるけど」
「私は異星人だ。そしてお前は人間ではない。改めて気付いた」
やばい、観光客じゃなくて宗教関係だったか。
「その瞳の色は間違いなく人類のものとは違う。そういう人間を私は二体ほど見かけたことがある、お前と同じ服装をしていた」
「何を言っているのか全くさっぱりなんですけど」
「そうか? 私にはお前が異質だとはっきりとわかるが」
「僕から見てもあんたは異質だとはっきりとわかるよ、そんな虎の服どこで買ったんや?」
「これは私の意志ではない。彼の意思だ、欲しいのなら分けてやろうか」
いるか! こいつ感情を読み取ることができないのか? 嫌味だということもわからないのか? このまま嫌味を言い続け、気分を害させて立ち去らせようとしたのだけど。困った、どうやって逃げ出そう。
彼はいきなり顔をキョロキョロと首を右へ左へ九〇度回し、微笑みながら、
「残念だ。邪魔が入った。またどこか出会おう、私達と最も近しき存在」と言って路地を走っていった。
邪魔ってなんだよ、それにあいつと僕が近い存在? 最近の宗教勧誘はああいう捨て台詞を吐くのか? にしてもあいつ全然口から発する言葉と表情が一致しなかったな。
世の中には変な奴がいるものだと思い耽って、角を右に曲がるとまた声をかけられた。
次は一体誰だ? 宗教の次は占い師か?
「探したで、うちが二人になれる場所に案内したって言うのにどこ行ってたん?」
最悪だ、さっきの宗教勧誘の男よりも会いたくない奴が現れた。
「どちらさまでしたっけ?」
腕を組み、不機嫌そうな表情をして横目で見る眞瀬明菜はどこか堂々としていた。
「四日間も付きまとってどちら様もないやろ? それに昼も会ったやんか」
「いや、あれは僕じゃなくって」
「わかってるよ、あんたじゃないってことくらい」
何だよかった、僕じゃなくって那実がやったってわかってくれていたんだ。っておい、何か今、僕の最近の努力を無価値にするようなこと言わなかったか?
「ちょっと待って」
「何よ、人が機嫌よく喋ってるのに」
何だ、機嫌よかったのか? じゃあ、その目つきの悪さは生まれつきってことか。そんなことよりも、「今、四日間付きまとってるとか何とか言わんかった?」
「めでたいなあんたも。ほな、なんや自分? 尾行ばれてへんと思ったん?」
僕が小さく首を縦に振ると、眞瀬は「鉄板や!」と言って引き笑いをしながら大きく手を叩いて喜んだ。こいつ僕がどれだけ傷付いているかわかってないだろ。
「もうひとつ質問やけど、何で昼、僕と違うってわかってるのにあんな真似したん?」
「あんたがどんな顔するかちょっと気になってな。それも面白かったで、鉄板までは行かんけど」
てことは、この四日間まんまと僕は眞瀬明菜の手の平の上に転がされていたってことか。見た目もそうだけどやることもいけ好かない奴だ。
「どの辺で僕が尾行してるって気付いた?」
「うん!? うち早く歩いたり遅く歩いたりしてたやろ? それにまんまとあわせてついて来るなんて――」
「日直じゃなかったん?」僕は自分の推測違いに驚き、思わず声を大きくしてしまった。その声に少し驚ろき眞瀬は体を少しビクッとさせたが、すぐに堂々とした姿勢と瞳で僕を睨んだ。
「はぁ? うちがそんなことするわけないやん面倒くさい。てか、余りにもバレバレすぎて拍子抜けしたわ。ってあんた、もしかしておとりやないやろうな」
おとり? 何のだ?
「実はうちの予測やけど、あんた以外にもうちを付けてる奴がおるねん」
「自意識過剰と違うんか?」
「アホか! それよりあんた誰に命令されてこんな面倒くさいことやってたん?」
「沖田先生」
――って言ったらダメじゃないか僕。これは組織の任務だったのに。任務中にばれるならまだしも、全くのプライベートだし、自分の勝手で行なったことじゃないか。どうしよ……。
「あいつね……」としばらく僕とその斜め上辺りを交互に見つめながら難しい顔をして、いじらしくニヤッと笑うと「そういうことか」と言い、今度は斜め上の幻像を見ることをやめ、僕だけを見て、「ほなまた明日」と言って駆け出していった。
あいつは一体何をしたかったんだろう?
っておい、置いていくなよ、僕は適当にお前について来ただけだから全く道がわからないんだぞ、空もほとんど陽を灯していないし。
結局僕は大阪のビル街を二時間ほど迷い、寮に着いてからは帰りが遅いと耳が機能停止をするほど叱られた。
散々な一日だった。どこが一二星座中七位だ、ここ最近で最悪だったじゃないか。ってことはこの埋め合わせに同じ星座の奴が得をしてるってことか?
そう考えるとイライラして寝付けず、それをなだめるため、あの異星人とかアホなことを言っていた宗教勧誘の奴の虎のシャツのイラストを思い出しながら眠りに付いた。
やっぱり最後まで最悪だ。
第5章終わりです。ここまでお疲れ様でした。
つぎはいよいよ最終章です。