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超心理的青春  作者: ryouka
31/40

その31 三日目の瞳

 決意が決まってからの午後の授業も、相も変わらず集中できず、結局なんて話せば彼女を癒せるだろうというところで考えは止まり、そのたびに消しゴムを投げ、表なら癒せる、裏なら癒せない。なんてジンクスみたいなことをして過ごした。

 崎野さんはというと、いつもと何の変わりもなくその天然爛漫な雰囲気で、教室の空気をいつもより二倍程和ませ、また男子からは熱い視線を送られていた。

 そんな彼女が精神安定剤を飲みながら授業を受けているという事実を思い出すと胸が痛む。

 

 結局何の打開策も思いつかないまま放課後が過ぎ、夕食を食べ風呂に入り、気づくとまた消しゴムを投げていた。

 こんなことしている場合じゃないだろ、早く部屋を出て崎野さんの部屋に行くんだ。

 僕は立ち上がって、ドアノブに手をかける。さぁ、行くぞ。今度こその扉を開けるんだ。

 ちなみにドアノブに手をかけては座り、手をかけては座りを何度繰り返したことだろう。この三時間で八回は固い。

 また決心がつかず、テレビの前に座り直した瞬間、頭上で物が割れる音がした。

 この上の部屋は崎野さんだ。

 僕はすぐに腰を上げ、さっきまでこの世の物とは思えない程重たかったドアノブを難なく回し、物音のする部屋へ急いだ。

 きっとまた発作が起きたのだろう。くそっ、迷ってないで晩飯食ってから行けばこんな後悔しなくて済んだかもしれないのに。自分への苛立ちのせいなのか、インターホンも押さず勢いよくドアを開け、崎野さんの部屋に入った。

 「崎野さん、どうしたんですか!」

 目の前には、瞳に涙を溜め、机にうつぶせになっている崎野さんがいた。左手にはピルケース、右手には錠剤が持たれている。

 「アカン崎野さん!」僕はそう思うと同時に叫び彼女のもとへ駆け寄り、右手を押さえた。

 「うるさい、だまれ」

 僕は驚いた。

 それはいつもの言葉使いと雰囲気の違う崎野さんに、そして何よりも右手だけで吹き飛ばされた事実に。

 天照ならまだしも、あんな細い手をした崎野さんに、しかも片手で吹き飛ばされると思っていなかった。仕方なく僕は右手に持たれた錠剤を奪うことを諦め、左手に持たれたピルケースを奪った。

 すると崎野さんは視線を僕に向け机に置かれたハサミを左手に握りしめ、嗚咽まじりで近づいてきた。ピルケースを返さないと殺すぞと目で語りかけてくる。

 そして彼女は躊躇無くその左手を振り下ろし、僕の眼に突き刺さった。


 僕は物が割れる音で目が覚めた。

 何だ、テレビを見ているうちに眠ってしまったのか。それにしてもひどい汗だ、さっきの夢のせいだろうか。

 そしてもう一度物音がした。

 こんなこと考えている場合じゃない、速く崎野さんの部屋へ向かわないと。僕は夢と同じように階段を上り、扉を開き、夢と同じ言葉を吐き吹き飛ばされピルケースを奪った。

 なんだよ、現実でも片手本で吹き飛ばされるのかよ。追い込まれると人って怖いな。

 っておい、このままじゃ崎野さんはハサミを持って僕にめがけて振りかぶってくるぞ。

 戸惑っているうちに崎野さんは左手にハサミを握り、さっきの夢の繰り返し見ているような、それほど同じ動きで近づいてきた。

 やばい、このままじゃ夢のように目を刺さされる。でもどうすりゃいいんだ? 避けれって言われても僕の動体視力じゃ、この至近距離から目に向かい飛び込んでくるハサミを眼で追うことすらままならないだろう。そしたらどうすればいいんだ、この場から逃れようと思っても体は動かない。ほら足はおもいっきり震えてるし、手なんて力も入らずただ体の付け根から垂れ下がってるだけだ。

 あの夢が僕の超能力、先見だとするなら、予知夢だとするならあと五秒くらいで僕の目が潰れる。

 このままじゃ僕を刺したことで更に彼女の傷が深まるかもしれない。何をやりに来たんだ僕は、逆だろ。

 体が動かないならあと一つあるだろ? 

 やめてくれ、崎野さん!

 …………。 

 あれあれあれ? 声も出ない。

 それは明らかに自分でもわかった。声帯も震えていないし、器官から空気の流れを感じなかった。ただ口を動かしただけだ。崎野さん読心術とか使えるかな、って使えるわけないよな。一人でボケて突っ込んでる場合じゃない。どうする、どうするんだ。もう万策尽きたぞ。

 夢の終わりまで残り一秒を切り、いよいよ眼球とさよならだな。なんて思っているとあのときのあいつの声が聞こえてきた。

 『薙の眼が好きだから、好きだからいいと思ったの』

 と聞こえた気がした。

 思いからふけなおり、タイムリミットだと気づいて右目を押さえると、まだそこにはハサミが突き刺さっていなかった。どういうことだ? 加害者になる予定だった人物を潰れるはずの右目でとらえた。

 予定加害者は僕の方に四つん這いでうつむき、息を切れ切れにして「ご、ごめ、ん、またや、ってしまい、…う……うぁう」と右手の錠剤を必死に口に押し込みながら言った。

 その姿を見ると、さっきまでどうやっても動かなかった体が勝手に動きだし、彼女の右手を押さえ、体を抱きしめた。

 その体は思っていたよりも軽く、そして骨の感触が肌に伝わった。

 崎野さんの息の乱れが落ち着きだした。彼女の体は妙に熱い。泣くことはそれほどエネルギーがいるのだろう。その手を首もとから背中に伸ばした。

 「あっつ!」

 思わずその手を背中から離してしまい叫んでしまった。 

 すごく熱い気がした、ホットプレートのような。そういう熱さが崎野さんの背中から僕の手に伝わったのだけど気のせいだろうか。もしかすると火傷しているかも知れないと思い両手を見つめたがそんな外傷はなかった。やっぱり気のせいだよな、ありえないだろ背中にホットプレートだなんて。

 「薙くん、ちょっとごめんやけど飲み物買ってきてくれへん? 泣いたら喉渇いたから」

 どうやら気持ちも落ち着いたらしく、涙を拭うその顔にはいつもの暖かさが見えた。

 「わかった、ほな行ってくる」 

 どうやら正気じゃなかったのは僕の方だ。彼女の声が聞こえた瞬間、一気に顔が火照りだし、さっきの自分の行動がいかに愚行なのか気付いた。そしてその恥ずかしさから僕は素早く部屋から逃げ出した。

 扉を閉めると、少し火照った体を冷ますような肌寒い風が吹いた。

 昼は汗が出るかもしれないって程暑いのに夜はまだ寒いんだな。そんなことはどうでもいいけど、崎野さんにどのジュースにすれば良いか訊くことを忘れた。

 今更戻って訊けないし、あの何ともいえない空気が漂う部屋に戻れる気がしない。ここはセンスが試させると、今日一番のポイントになりそうだな。本当なら豊富な品揃えのコンビニへ行きたいところだけど、この時間に門をよじ上ると警備会社が来そうなので、僕は頭を抱えながら学食の前にある自販機へ向かった。

 ーー明かりが灯る自販機を見つめて何分くらい経っただろう? 本当に何を買えば良いかわからない。

 天真爛漫といえばオレンジジュースって気もするけど、乾いた喉にはちょっと違うよな。だとすれば、スポーツドリンクかお茶になるだろう。でも女子ってスポーツドリンクって好きなのかな? 微妙な気がする。かといって家でも飲めるようなお茶なんて買えないし、炭酸飲料なんて論外だろ。いや、でも無類の炭酸好きの可能性もなくはないか。

 このままじゃ埒があかない、仕方ないから自分の好きなジュースとお茶でも買っていこうか。女子って何だかんだ言ってカロリーとか気にしそうだし。

 僕は自販機に二〇〇円を入れて、グレープフルーツジュースと日本茶のボタンを押した。

 ちょっと時間かかり過ぎだよな、もう五分以上過ぎてるよ。炭酸飲料を買っていないのでほとんど全速力で崎野さん部屋に戻った。

 部屋に着くと崎野さんはいつも通りの笑顔で僕を迎えてくれた。しかし、ちょっと頬を膨らませて。

 「ありがとー。でもちょっと遅ない?」

 「ごめんごめん、部屋に財布取りにいってたら遅なって」と、とっさに嘘をつく。

 あなたの好みがわからなくて自販機の前で悩んでいましたなんて言える訳がない。

 僕は両手に持っていたジュースとお茶を机の上に置いた。

 「これ買ってきたんやけど」

 悩んだ結果こうなったのだけど、これ以上の答えは見つからない。これがダメなら僕のセンスが悪かったってことか。ちょっと、いやかなり残念だけど。 

 その判定結果を見ようとおそるおそる崎野さんを見ると、愕然とした表情でグレープフルーツジュースを持ちながら震えていた。

 そんなに好きだった? そのジュース。でも震える程なんてドラマや漫画じゃないんだから。

 「もういや」

 ん!? よく聞こえなかったけど。

 「これも組織からもらったんやろ?」

 何のことやらさっぱりだけど。

 「やめてよ、人の過去を探るなんて……。出てって」

 まさかの退室願いだ。

 「出ていけ言ってるやろ! 嘘つき、偽善者、コノカを慰めるなんてただの命令やったんやろ」

 命令と言えば近くなるけど、でもあくまで僕の意思で行ったんだ。それにしても彼女はなぜそんなにも怒っているのだろう? もしかして選んだジュースが悪かったのだろうか? それに探るって何を?

 「僕は自分で選んだジュースを買ってきただけや」

 「うそ」怒りで潤んだ瞳が僕を見つめる。

 「ホンマや! そんなしょうもない嘘付けへんよ」僕も負けじと崎野さんを見つめた。睨んだに近いのかもしれない。

 ちょっとした沈黙のあと、崎野さんはグレープフルーツジュースのパックにストローを突き刺し、ちゅーちゅーと音を流しながら涙を流し「やっぱり帰らんといて」と呟いた。

 また泣いたよ、本当によく泣くなこの人は。言われなくても帰る気なんてさらさらなかったですよ。

 「グレープフルーツは嫌いやった?」

 「ううん。大好き」

 「ほな、何で?」

 泣き止んだ崎野さんは、少し長くなるけど、と言って手に持っていたジュースを机に置き話した。

 「中学校のときに好きやった人がこのジュースおいしいでって教えてくれてん。で、色々あってその人と付き合うことになったんやけど、結局その人に振られたあげく裏切られて、コノカ学校行けへんなったねん。それからグレープフルーツを見たり、あと裏切られた日と同じ占いの順位を見たりしたら変になるねん。まだいっぱいそういうのあるけど思い出されへんくらいあるから……、それに思い出したらまた体が熱くなって気持ちを止められへんなるし」

 あの狂った姿を想像すると、恐らくその裏切られ方が半端じゃなかったんだろう。細かいところまで訊きたい気もするけれど、今の僕じゃこれが限界だろ。

 「でも薙くんすごいな」

 「何が?」

 「コノカがハサミ持ったときの顔も、出て行ってって言ったときの顔もすごかったで」悪戯をする子供のような声で崎野さんは言う。 

 「どういう風に?」 

 「それはコノカだけの秘密。でもあの人……、好きやった人にちょっと似てたかも」と言ってはにかんだ。

 そんな彼女の幸せそうに頬を赤らめる姿を見ていると、言ってしまいたくなるじゃないか。

 好きだと。

 「ん? そんなことわかってるで」

 「何が?」

 「今、薙くん好きって言ったやろ。そんなん少し前からなんとなくわかってたで」

 えっ、どういうことだ。僕が何か言ったのか? ちょっと待て、何がどうなったのか全然理解が出来ない。崎野さんに思いを伝える度胸なんて僕にあるわけないじゃないか。

 「薙くん今すっごい青いで」

 顔が青ざめているってことか? いや、今はすごく赤いだろ。ということは青二才って意味か?

 「心の色がすっごい青くてあったかい」

 そうだった、崎野さんは人の感情を色に例えれる超能力を持っていたんだった。

 「青はわかるとして色の表現に暖かいって何ですか?」

 「コノカにはそう見えるんやからいいやんか。青くてあったかい、あたしが一番好きな色」

 ってことは……。

 「答えはちょっと待って、まだちょっとあれやから」

 あれの意味はよくわからないけど、待ってくれと言うのならいつまででも待ちましょう。少なくてもあと五年は待てる心構えでいますので。それ以上悩むってことはないよな、まさか。

 崎野さんの様子を見るとなんとか落ち着いたようだ。僕の無意識の告白も良いのか悪いのかわからないが、それほど動揺させなかったし。でもこのタイミングで言うのはなしだろう。

 「ほなもう遅いし部屋に戻りますね」僕は立ち上がり玄関の方へ歩き出した。

 「あっ、そやね」そう言うと崎野さんはジュースをすすりながら僕の後ろについて歩き「おやすみー。また明日なぁ」と微笑みドアを閉めた。

 閉じたドアから「トラウマを消す為に今回の任務はがんばらないと」と小さな声が聞こえた。

 鍵を閉める音が廊下に響いたことを合図にして、僕は自分の部屋へ足を踏み出した。

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