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超心理的青春  作者: ryouka
29/40

その29 二日目の陰鬱

 僕と天照が席に着くと、先生が口を開いた。

 「じゃあ自己紹介してもらおうか、崎野くん」

 「はい、今日からこの学校に通うことになった崎野心花といいます。先生からこの学校は色々な都道府県から来てるって聞いてるんで楽しみです。よろしくお願いします」

 顔を赤らめ、少し慌てながら小動物のような身ぶり手振りで話す崎野さんの姿は本当にほれぼれする程かわいらしい。

 「そうしたら質問タイムといこうか」と先生が言った瞬間、手が雑草のように無数にのびた。言うまでもなくほとんどが男子だ。そりゃ女子もいるけれど、見た感じ八対二の割合かな?

 みんな気づいてないのかな? 崎野さんが学校の近所の花屋の娘だってことに。登校時にほとんど毎日、休むことなく店の手伝いをしていた崎野さんのことを。

 先生は適当にのびる手を指差し「じゃあ加藤」と指名していく。

 「崎野さんはどこに住んでたの?」

 「中学校のときは高槻でそれから京都に引っ越したねん」と加藤に微笑みかける崎野さん。

 おい、今のでなんだ加藤? その顔は。恋に落ちましたと物語ってるかのようだぞ。 くそ、ニヤけやがって。

 次第に手を挙げる者が少なくなっていき、口々言いたい放題になってきた。

 「好きな男のタイプは!」「何のドラマが好き?」「好きな歌手は」「嫌いな芸能人は」それに対し、崎野さんは律儀に答えようとするが、当然のように間に合うはずもなく、教室は質問をする男子の声で溢れた。

 「なぜ、昨日じゃなくて今日転校してきたのですか?」

 「風邪をこじらせてしまったので一日遅れたの、だから今日自己紹介することになってん」

 「じゃあ体調悪くなったら言ってよ。俺が保健室に連れて行くからさ」

 だまれ加藤、その役目は僕と決まっている。

 「さっき天照さんに手を振ったけれど友達なんですか?」

 僕にも手を振っていたぞ。

 「えーっと、簡単に言えばそうなるかな? ちなみに薙くんとなーくん、いや那実くんもお友達やよ」

 その瞬間、僕と那実に男子の視線が集まった。男ってこうだから嫌なんだよ。なんでもかんでもむさ苦しいんだよ。那実なんて気づくことなく窓から景色なんか眺めてやがる。早く気づけこの状況に、このアホ。

 先生はこの異様な空気を察したのか、そこで質問タイムを強制的に終わらせ、崎野さんを席に案内し朝のホームルームは終わりを告げた。

 その後、クラスの男子からは色々と質問攻めにあったり『禁断の恋の次は浮気か』なんて訳の分からないことを言われたり散々だった。それ以上に散々なのは崎野さんだろう。休み時間になる度に机の周りに男子が集まり記者会見のような目に遭ってるんだから疲れるだろう。

 なるほど。高嶺の花の天照より、ちょっと天然でかわいらしい転校生ってわけか。確かに崎野さんは天照よりは話しやすいよな。

 でも彼女にもどこか人を近づけさせない、これ以上踏み込ませない何かが漂っている気がする。まぁいつもの勘違いだと思うけど。

 そして昼休み。僕は保健室にいた。あの擦り傷が悪化したのだ。これくらいどうってことないだろうと思い放っておいたのがいけなかったらしく、砂利がこびりついた傷口は菌だらけだったみたいで、しまいには痛みが伴いだした。膝を水で洗い、沁みる消毒液に小さな声でうめいて、細菌からがこれ以上僕の膝に住み着かないように絆創膏を貼って保健室を後にした。

 そういえば今朝、沖田先生に尾行の報告をしていなかったな。そのまま職員室ではなくその隣の部屋に向かった。どうせあの先生は職員室じゃなくってこの部屋にいるんだろう? と思い、扉を開くとそこには崎野さんがいた。どうやら僕が入ってきたことに気づいていないらしく、机に向かい何やら手を動かしている。転校の手続きでも書かされているのかと思い近づいて机の上を見てみると、そこにはトカゲがいた。見かけによらず爬虫類は苦手じゃないんだ、って小学生じゃあるまいしトカゲと戯れるのはどうかと思うけど。

 すると崎野さんはスカートのポケットに手を入れ、何かを取り出し、それをトカゲに向けて打ち込んだ。

 僕は戸惑い、絶句し、ただその動きを見つめていた。 

 右手に持たれたカッターナイフはトカゲに向かい勢い良く刺さり、そして勢いよく引き抜き、また刺す。

 この娘は何をしてるんだ? 不気味に思い、僕は崎野さんと視線を合わせて話しをするため屈み、顔を見つめると、彼女はうっすら笑っていた。でもその笑みには楽しいやら憎しみやらそういう感情と言うものの類は含まれていない気がした。僕はその顔を見つめることでやっと正気に戻り、トカゲを取り上げた。崎野さんはトカゲを取られたことに気づいていないのか、何もいない机を刺し続ける。

 ん? 何だこのトカゲ、やけに弾力性があると思ったらゴムでできたおもちゃじゃないか。そりゃ本物なんて刺さないよな。僕は机に手の平を置き崎野さんに話しかけた。

 「こんなとこで何してるん? トカゲのおもちゃ串刺しゲームなんてあんまり趣味がええとは思われへんな、僕が言うのもなんやけど。さぁ教室に戻ろか」

 返事はなく、崎野さんがカッターナイフで机を刺す音だけが教室に響く。

 どうしようか、どうやら反応はなさそうだし、仕方ないけど沖田先生でも呼んでくるか、あの人なら彼女がこうなった理由の少しくらいはわかっているだろう。

 机から手を離そうとする直前に、刃物が身に刺さる感触を手の甲に感じた。確認してみると、やっぱり刺さってやがる。

 手の甲には折れたカッターナイフの刃が刺さっていた。血がにじみ出る。

 崎野さんの力が弱かったのが幸いしたのか、それとも刃こぼれしてよく刺さらなかったのか、両方だろうけど、そこまで深くは刺さっていない。でも今は麻痺しているだけで後から痛くなるのかもしれない、そう思うとテンションが下がってきた。って刺されたときに下がるのが普通か。

 机ににじんだ血が崎野さんの肌に付くと、崎野さんは眠りから覚めたように目を大きく開き、僕の顔と傷口を交互に見て叫んだ。

 「血ぃや! 血が出てる! わーっ」あの? そろそろ突っ込んでいいでしょうか?

 いや、突っ込むべきではないか、崎野さんは僕を刺したことに気づいていないんだし、それならその方がいい。僕にとって崎野さんに刺されたくらいじゃこれからの付き合いに何の変化もない(どうやらあの様子からすると訳ありのようだし)。でも崎野さんが自分で刺したことを知るとこれから気まずい関係になってしまうかもしれない。それは大問題だ。地球環境なんて目じゃないくらいの問題になってくる。ということで僕は慌てながら「大丈夫、これくらい唾付けときゃ治るから」そう言って教室から、崎野さんから逃げ出した。

 教室を出たことは良かったとして、この傷口の手当はどうしよう……。保健室に行ってこんな傷口を見せると保健の先生が黙ってないだろう。速攻生徒指導の先生とバトンタッチされ、誰にやられたか尋問が始まるに決まっている。かと言って放ったらかしにしていると膝にできた擦り傷どころの痛みじゃないのは明らかだ。

 とりあえずカッターの刃を抜いて洗面所で血を流すとするか。そう思い洗面所に足を進めようと思ったとき、肩に手を添えられた。

 誰だ? もしかして崎野さんが心配して追ってきたのか? 

 振り返ると天照がいた。何でこんなところにいるんだ? 

 「手を怪我してるでしょ? 私見ていたんだから。ちょっと来なさい」

 そう言うと天照は僕の返事を待たずに、僕の手首をつかんで駆け出した。

 「一体どこに行くんだよ! それにそんな体動かしたら血が余計に出るだろ」

 「いいのよ、あんたうるさいからちょっと黙ってなさい」

 何が『いいのよ』だ? お前の体ならその言い方はわかるけど、この右手は僕の手だ、お前にとやかく言われる筋合いはないぞ。

 なるべく校内の人が少ないところを天照は誘導し、二人きりで合う場所としてはかなりベターな部類に入る場所へ連れてこられた。

 そこは体育館裏。少量の木が生えていて、東寺を見に来た観光客の声も少し聞こえてくる。けれど辺り生徒の姿はない。

 「体育館裏? 告白ってわけちゃうやろな」 

 「本当にあなたはうるさい。他愛のない冗談を言う暇があれば早く右手を出しなさい」

 僕はこれ以上こいつを不機嫌にさせることに危機感を覚え、大人しく右手を差し出した。

 天照は僕の右手の上に手をかざし、大きく深呼吸して瞳を閉じた。

 こいつは何をしてるんだ? そんなわけのわからん宗教くさいことをして治るわけがないだろう、いたいいたいの飛んでいけ、なんて子供だましで癒える様な傷でもない。

 「はよ止血せ――」

 天照は閉じていた瞳を大きく開くと、僕にかざした大きく開いた両手の平から人肌より少し暖かい、けれどお風呂だと少しぬるい程度の温風を出した。僕は思わず口を閉じる。

 この風に色があるなら金色なんだろうな、と思っているうちにみるみる傷は映像の巻き戻しのようにふさがり、痛みも和らいだ。

 なんだこの神話的な出来事は、どこかの宗教に出てくる神ではあるまいし。そこで僕の手を医療器具なしで手当てしているのは普通とは言いがたいが女子高生だ。僕は何を目の当たりにしているのだろうか。

 「これで傷はふさがったでしょう」

 何度見ても、どこをどう見ても僕の手だよな? 僕は天照の手にカイロ的な物が張り付いていないか確かめるために、その手を雑に握り、甲と平を何度も見直した。

 だって可笑しいじゃないか、普通の手から生暖かさを感じたんだぞ? カイロかドライヤーくらいしかそういうことはできないじゃないか。

 すると天照はその手を引っ込めて、僕を罵倒することはなく、笑った。

 「何で笑ってんねん」

 「似てたのよ」笑ったのはほんの一瞬で、すぐに僕の手から逃げるように手を振りほどいた。

 「師匠に、というか先生にね」

 「先生? 沖田先生か?」

 「さぁ、想像だけならお好きにどうぞ」そう言って天照は黒い髪をなびかせ走り去っていった。

 それにしても不思議だ。これが天照の超能力か、こんなの誰に言っても信じてくれないだろうな。見れば誰もが信じるけれど。

 僕はさっきまで傷ついていた右手をじっくりと見てみたがどこにも変わりはなく、匂いもかいでみたが何も香っていない、ただ傷が引っ付いた痕だけが残っていた。なんて便利な能力だろう、今まで見た超能力の中で一番世の中のためになるんじゃないか? 傷口をふさぎ治したのだから癌細胞がんさいぼうとかそういうのも手を添えるだけで倒せるかもしれない。世の中じゃなくて人のためか。でもあいつは確かあの黒猫も治したんだよな? だとしたらそれは人以外にもためになるって訳か。もしかすると草木にも適用できるのかもしれない。

 そんなことを考えながらゆっくり歩いていると予鈴が鳴り、またしても僕の昼休みは何の楽しみもなく終わってしまった。でも一部の人からすれば非常に楽しみで好奇心をくすぐられるかもしれないけれど。。

 その次の授業には天照は現れなかった。一体どうしたんだろう? 僕の怪我を治してすぐに駆け出して行ったのに。教室ではないどこかへ行ったのだろうか。また任務か? あいつも忙しいな、まぁあれだけの超能力と体術の能力の高さを持っていればうなずけれるけど。

 その後の崎野さんは特に変わった様子もなく、いたって普通。僕の手が怪我をしていない様子をみて、あれを夢か何かだと思い込んだのかもしれない。でも崎野さんは天照が能力者ってことは知ってるんだよな? そこまで考えが回らないか。こちらとしても幻想の類と思ってもらうほうが助かるし。

 そして放課後、寮にカバンやらを置いて着替え、僕は暇つぶしにコンビニへ向かった。昨日はバタバタしていたので、いつも楽しみにしている漫画週刊誌の立ち読みを逃したからだ。まだ売り切れていなければいいんだけど。

 部屋を出て、裏門を抜けたとき携帯電話が震えた。

 クラスの奴かな、放課後遊ぼうとか? 今日は乗り気じゃないんだけど……。

 着信者表示を見ると『三月香代』と表示されている。いつの間に登録したんだろう? あの人に番号を聞いた覚えなんてないけど。それに修学旅行中だろ? 何の用だ?

 「はい、どうしました三月さん」

 「あっ、薙さん、どうも。今ちょっといいかしら」この人の声はいつ聞いても控えめという言葉がよく似合う。

 「はい、大丈夫ですよ」

 「えっと、心花さん、崎野さんに何か変わったことはなかったかしら?」

 その言葉を聞いた瞬間、背中に氷を入れられたようにヒヤッとした。

 なんて確信をつく言葉なんだろう。何かあったなんてものじゃない、カッターナイフで右手の甲を刺されましたよ。こんな経験一生味わえないだろう、味わいたくもないが。

 「嘘をついても無駄ですよ薙さん。私は彼女のことを知っているから、じゃないとこんな質問しないでしょ」受話器から悟るように響く三月さんの声は優しさ以外何も含まれていないような気がした。なら言ってしまうしかないだろう。

 「実はカッターナイフで手を刺されました」

 「えっ! そんなことされたの!? 私もさすがにそこまではされたことはないわ」

 「まぁそれは事故に近いんですけど。僕も驚きましたよ、狂ったようにトカゲのおもちゃにカッター向けてるんですから」

 「カッターねぇ、いつもはハサミなんだけどね」

 「ハサミ?」

 「そう、植物を切り刻んでいるわ。もちろん狂ったようにです」

 狂ったように……。その言葉の恐ろしさに身震いがした。

 あのときの彼女は何も耳に入らず一心不乱にカッターを振りかぶっていた。目標物を失っても。

 一体彼女の心の、どこからそこまでの破壊衝動が生まれているのだろう。

 「心花さん、多分学校が怖いんだと思います」

 「学校が、怖い?」

 「ええ、私も詳しい事情は知らないのですが、この学校に、この組織に来る以前、中学生の頃に深い傷を負ったとだけは聞きました。その後は高等学校に進学することなく、学校近くの花屋で働いていたと聞きいています」

 そういえば超能力を使える条件として、心に普通では考えられないほどの傷を負わないといけなくて、でもそのことをよく思い出してしまう困った脳内をしていなければならないとかなんとか。さらに、それに耐える心の強さを持っていなければいけないんだよな。なんとも矛盾しまくった条件だ。

 「そういうことがあったなら話しは早そうですね。心花さん、恐らくまた夜か深夜辺りにあのような発作を起こす可能性があると思うんです」

 「そういうことが前にもあったんですか?」

 「ごくたまにですけれど。でもその発作の法則性みたいなのがあって、起こってしまう日のほとんどは、次の日に新しい出会い、つまり知らない人と関わらないといけない日だったらしいのです」

 「なら、花屋の仕事なんていつも知らない人と会ってるじゃないですか」

 それに崎野さんは店に行くことのない、登校途中の僕に微笑みかけてくれた。だとしたらあの笑顔はなんだったんだろう。

 「関りの度合いが違うわ。ただすれ違う程度なら大丈夫らしいのですが。お店だといらっしゃいませ、ありがとうございました。それと話しをしたとして少しの雑談でしょう? でも学校に行くとなると違うでしょう?」

 「確かにそうですけど……。ってことはこの組織の人と会った日もそういうことになったのかも――」

 「普段ならその係りは私がしなければいけないのですが、今は沖縄ですので」

 確かにそういう、人の心を和ましたり癒したりするには三月さんはうってつけだろう。清楚な話し方もそうだけど、天照のように嘘偽りじゃない、心の底から感じる品位ある優等生的な態度、それとなんといっても人を落ち着かせるオーラは絶大だ。

 「なので、私の変わりに崎野さんの衝動を抑える役目を行なって欲しいのです」

 「僕がですか?」

 何で僕なんだ? あなたのそのすばらしい性質を僕はひとつも持ち合わせていないぞ。面倒くさがりだし、脱力感あるし、和みや癒しなんて言葉を一文字すら持っていないぞ。

 「そうです。あなたなら出来るでしょう」

 「僕が人を慰めるなんて出来ると思います?」

 「以前のあなたなら無理でしょうね」

 笑いながら言ってるけど、結構ひどいこと言ってますよ三月さん。

 「でもあなた好きなんでしょう? 崎野さんのこと」

 なんでそれを!

 「見ていればわかるわ。それにあなたは先見ですから」

 千件? そんな莫大な店舗数を構えているのはあれしかないだろう。でもあなたはってどういうことだろう? 

 「コンビニですか? それやったら今向かうとこですけど」

 「――ふふっ、がんばってくださいね。お土産買ってきますので」

 「ホンマですか? ありがとうございます」

 それではいずれ、と言って三月さんは電話を切った。

 結構安請け合いしてしまった感がするけれど、仕方ないか。好いた人の情緒不安定を和らげる役目、いいじゃないか、崎野さんとの関係を深めるチャンスだと思えば。

 電話終了直後は楽観的でいれて気分も良かったのだけど、コンビニで漫画週刊誌を読んでるうちにだんだん事の重大さと難しさに気付き気分が悪くなり、半分くらいで読むのをやめ寮に戻り、晩飯を食べることなく眠ることにした。本当にダメな奴だ僕は。

 八時くらいに起きる予定だったのだけれど、思った以上の深い眠りについていたらしく、時計を見ると深夜の〇時を過ぎていた。

 なにか忘れていることがあった気がする……。なんて考えるわけもなく、僕はすぐに身を起こし、崎野さんの部屋に向かった。

 チャイムを鳴らしても反応がない、扉を叩いてももちろん反応はない。もしかしたら鍵が開いているかもしれないと思いドアノブを回すと、

 回った。

 まさか、鍵が開いてるとは思わなかったので僕は驚きながらも扉を押し、中に入った。

 部屋は暗い。やっぱりもう寝ているのか? でも鍵を開けたままなんて無用心すぎるだろ。僕はリビングの方へゆっくりと足音を立てないように歩いた。

 気配がした。耳をすますと呼吸をする音がする。やっぱり起きているのかな? 手探りで部屋の電気のスイッチを探したけれど見つからず、仕方ないので携帯電話のフラッシュを使って辺りを見渡した。

 部屋の窓際。その隅に三角座りをしている崎野さんを見つけた。

 瞳は開いたままで、ただ窓の外を見つめていた。あのトカゲのおもちゃを刺しているときのようにうっすらと笑いながら。

 僕の放つフラッシュに気付きこちらに振り向いたので僕が「気分はどう」なんて夕方から用意していた言葉を投げかけたのだが、無反応。ちょっとキザ過ぎたかな?

 さらに近づき、手を伸ばせば届く所までくると、崎野さんは視線を僕のほうに向けた。

 やっと僕がいることに気付いたのかな?

 「来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで」と小さな声で話すと言うより、ただ並んだ言葉を読むように、ピアノを一音だけ連続して鳴らすように発した。

 「心配で、来てみたんやけど……」

 「来ないで!」

 その声は先ほどのように小さな声ではなく、窓が割れるくらい大きな声で部屋中を響かせた。僕はその声に驚いたと同時にドアへ駆け出し、逃げるように部屋を飛び出した。

 一体なんだってんだ。そんなこと言われると慰めも出来ないじゃないか。

 でもああいうことを言われなくて、部屋に居続けることが出来たとして、彼女の傷を少しでも癒せることが出来たのだろうか。

 自分の部屋に戻りながら、自分が人に何を出来るのだろうか、何を与えられるのだろうかと柄にもなく真剣に考えてしまった。  

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