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超心理的青春  作者: ryouka
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その25 ナチュラルトリックスター

 校門をくぐり、体育館を通り、中庭を超え、そこから少し歩くと特別寮があった。やはり寮ということもあってか、他の施設からは離れた場所に配置されていた。

 沖田先生はもうご到着のようで、車の姿はここから見えないが、エンジン音が響いていた。恐らく特別寮の裏に車を止めているのだろう。

 「おーい、薙くん」

 と和みを含む、軟らかいイントネーションで僕を呼ぶ声がした。この声は、

 「崎野さんですか?」

 「そうやでぇ、こっちこっち」

 だから、こっちってどこだよ……。僕は辺りを見渡すけれど、どうも姿が見えない。

 「お前は天然か」と那実は溜め息交じりで突っ込みを入れた。そして特別寮の方を指差し、「あそこや、どう考えても寮の方から声してたやんけ」

 「うるさい! それくらいで人を天然とか言うな」

 「あら? 天然も一つのチャームポイントじゃないですか?」

 「生憎、僕はそういうキャラじゃないので」

 「それは手痛いな、男の天然なんて可愛くないし」

 こいつはいちいちと、……人が気にしていることを言うなよ。それに僕が天然だったとしてどこがチャーミングなのか全くわからないです三月さん。

 僕はうなだれながらも先生の車が止めてあるだろう、特別寮の裏へ回った。

 

 そして呆気なくも目を疑った。光の屈託により映し出す世界を僕は疑った。

 全身が恐怖に包まれた。なんだかジェットコースターの急降下のような気分だ。

 余りに驚きすぎると人は声が出なくなるんだと、このとき初めて知った。これぞまさに、

 絶句。 

 「――なんで?」

 目の前には風船のように、ゆらゆらともふらふらとも形容しがたい動きでダンボールが浮いていた。すかさず僕は三月さんに答えを求めた。

 「どうなってるんですか!? これ」

 「さ、さぁ……これが俗に言うポルターガイストと呼ぶものかし、ら」

 三月さんの声はどこか上ずっていて、いつもの凛とした綺麗な声ではなかった。明らかに恐怖している、どことなく体も小刻みに震えているし。

 もしかすると、これが僕ら超能力者達の敵なのか? 目に見えない存在。まさに超心理、超現象だ。そしてこれから、こういう得体の知れないものを相手にしなくてはならないのか――不安というよりも……死という言葉を浮かべるよ。 

 「三月さんは離れてください、今のうちです! 早く!」僕はもしかするとこちらに突撃してくるかもしれないダンボールから、彼女をかばうため目の前に立ち、近くに落ちていた箒を咄嗟に拾い、見よう見まねで武士のように構えた。なんとなく箒を斜めに持っているのは強そうに見えるからだ。

 僕はもう一度、気を引き締めるために箒の柄を強く握った。 

 「ははっ、こりゃ傑作だ」と高らかな笑いと共に僕の斜め後ろ辺り、寮の屋上から、ハキハキした朗らかな声が響いた。

 何が傑作だ! と突っ込むよりも先に僕は斜め後ろに構えると、その朗らかな声の持ち主は僕の眼を見つめた、自然と視線が交わりあう。

 妙に眼力があるそいつは、少し短めの茶髪をした、僕らと同年代くらいの少年に見えた。赤いTシャツがなんともお似合いだ。

 この雰囲気からすると、どうやらこいつがポルターガイストの元凶か? 確かテレビか何かでポルターガイストは、その言葉通りの意味の心霊現象とは違い、人が引き起こす第六感という説もあると聞いたことがある。

 「お前は何者や!」僕は声を荒げて言う。

 すると芝居染みた風に「お前こそ何者だ――、聞かなくてもわかるがな、超能力者よ」と力強く答えた。

 何? アイツは僕の正体を知っていると言うのか? それもそうか、この特別寮にいるってことは僕らを襲いに来たってことだよな。僕は一瞬だけ三月さんの顔を見る、俯いたままの震える彼女は絶望の淵にいる。そんな雰囲気が漂っている。

 ――ここは僕が何とかしないと。

 「俺は見ての通り魔法使いさ」そう言って奴は七色に光る、赤色のステッキのような物を持ち出し僕を指した。

 さしずめ超能力者対魔法使いか……。異種格闘技戦とも呼べるがどこか似た感じもする。超能力とは自分のエネルギーで超現象を起こすもので、草木や他の生物から力を分けてもらいその力を使えるのが魔法使いだと言う話を聞いたことがある。

 「さぁこの平成のトリックスターに勝てるかな?」そう言って彼は屋上から飛び降りた。

 僕は心臓が急激に冷えるのを感じた、正確に言えば胸の辺りなのだろうけど、その胸をグッと握り締められるような感覚に見舞われる。こんな五メートル程の高さから飛び降りて無事で済むわけがない。

 しかし、そこはさすが魔法使いと言うところか。地面とぶつかる寸前で、煌びやかに輝くステッキを地面へ向けると、トランポリンで弾んだように体は軟らかに空中を跳ね、何事もないように着地した。こりゃ思っていた以上に強敵だ。

 僕はこれから約三年間、こんな得体の知れない相手と戦いながら高校生活をしていくのか。 ――さしずめ、『超心理的青春』と言ったところか。

 魔法使いは高らかに笑い声を上げながら、ステッキを上に掲げ、二回、三回と大きく振り、「ダンボールアタック!!」と安直な技の名前を叫んだ。

 その名の通りダンボールが僕をめがけ飛んできた。僕はどうもすることもできず、余りの恐ろしさに眼を瞑ってしまった。きっと箒すら構えていないだろう。

 すると、瞬間的に風の音が耳元を鳴らした。その風の音を鳴らしたのは先程まで震えていた三月さんだった。

 人間の走力を超越した速さで魔法使いに向かって行き、飛び交うダンボールを華麗なステップでかわし、その勢いのまま魔法使いの顔面へ飛び膝蹴りを食らわせた。

 魔法使いは三メートルほど吹っ飛び、「ぎゅあ」と間抜けな声で無様に着地した。いや着地じゃないか。

 「いってぇ。何すんだよ三月」とうめき声を上げながら魔法使いは三月さんの名を呼んだ。

 どういうことだ?

 もしかしてこの二人はグルだってことか? そういえばさっきから那実の姿が見えない、目を離した隙に三月さんにやられたのかもしれない。くそ、これは絶体絶命だ。けれど何故三月さんは魔法使いを吹っ飛ばしたんだ? 余りにもあいつの手際が悪いからなのか? 

 いや、違う、多分ダンボールアタックを繰り出されると、自分にも危害が加わると思ったからだ。十箱以上あるダンボールが空中を舞うと、寮の裏という狭い空では共倒れの可能性もある。さすが三月さん、頭が切れる。

 せめて崎野さんだけでも逃がさないといけないと思い、二人を背にし、寮の入り口へ向かおうと地面を蹴った。

 「調子に乗るのもいい加減にしなさい」

 どうやら魔法使いは三月さんに叱られているようだ。

 そりゃそうだろ、あんな場所を考えない攻撃をすれば、叱られても仕方がない。

 「途中まで付き合ってあげたけれど、おふざけが過ぎます」

 うんうん、敵ながら納得だ。こんな間抜けな奴と組んでいればいつか痛い目に遭うだろう。そもそも屋上から飛び降りるなんて子供が喜びそうな演出なしで、屋上からダンボールを操れば安易に僕を撃退できたはずだ。ここまで僕らを誘導した三月さんの苦労も考えてみろっての。

 「ちょっとふざけただけじゃないか、あいつもノリよかったしよ」

 ちょっとどころじゃないだろ。いちいち突っ込ませる奴だ。ってノリ? 何を乗ってたんだ? その直後、僕は忌まわしき言葉を耳にする。

 「あの子は天然なの」

 「違ーう! 僕は天然なんかじゃない」

 ――やってしまった。二人が揉め合ってる隙に崎野さんを助けに行こうと思っていたのに、思わず突っ込んでしまった。何をしてるんだ僕は、こんな非常事態にいちいち突っ込んでるからだ。口に出さなくても心の中で突っ込めば集中力が欠けるに決まっている。

 三月さんは少し強張った声で僕に尋ねた。

 「じゃ、この男は何者ですか?」

 そんなこと愚問じゃないか。一+一や一の段よりも簡単だ。

 「魔法使い」

 「――天然」

 今日はやけに天然という言葉が僕の耳を通り抜けるけれど、天然物のうなぎや鮎は確かに魅力的だが、僕の辞書では、人を天然にするとその言葉の対義語は馬鹿者だ。

 「誰が天然なんですか? もう怒り心頭や、どっからでもかかって来い」僕は足元に落としていた箒を拾い上げ、さっきと同じように構えた。

 「こいつ本当に俺を魔法使いだと思ってるのか?」

 「みたいね」

 「傑作」そう言って彼はカ行を巧みに使って笑い転げた。

 何がそんなに可笑しい、僕はもう真剣そのものだぞ。というより何だこの温度差は? まるで赤道直下と春の風のようだ。三月さんは北極なんて比べ物にならないくらい冷たい目で僕を見つめている。これが人を殺そうとする眼なのか?

 「もういいです。一度気絶させちゃって、ハヤ。そうすると頭も冷えるでしょう」 

 ハヤ? 僕はその名前の主を思い出す前に、ダンボールアタックによって打ち伏せられた。

 ものの見事な瞬殺劇。

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