その21 ウノゼロの狭間の三月美代
第四章突入です。
以後よろしくおねがいします!
五月蝿い。
うるさいという字はどうして五月に蝿と書くのだろう。五月に蝿が多いからか? そんなこともないだろう、七月や八月の夏場の方がそういう害虫は多い気がする。
なんて考えても考え付かないことをまた考えてしまった。いや、考えは付くだろうが何よりも面倒だ、睡眠欲には勝てない。
鼓膜を微妙に響かせる音楽のお陰で、下らない事で脳を働かせてしまった。
僕は布団を頭まで深くかぶり、音を遮るようにした。
日曜日だってのに、誰だ? こんな朝早くから、電話なんて。僕の携帯の目覚ましは十時に設定している。ちらっと掛け時計を覗いたけれどまだ七時過ぎだ。
昨日は色々あったからまだ眠っていたいのに……。
…………?
七時過ぎ?
僕は何か違和感を感じた。眠気の詰まった思考回路で。
確か昨日もこの時間に起きたよな? 起きたというか無理やり起こされた気がする。どこに行くために休日なのにそんな早い時間に起こされたっけ?
…………。
そうだ、ピクニックだ。
こんなデジャブが起きるなんて、もしかすると、昨日のことは全て僕の超能力によって見た幻影だってことは考えられないだろうか?
つまりピクニックに行き、天照によって関係を悪くされた那実と香美ちゃん、それと僕が天照を殴ってしまったこと、あの最悪の出来事は夢、幻だってことだ。
きっとそうだ。あんな昼ドラチックな出来事が高校生という身分で体験できるわけがない。いや、わけはあるだろうけど、身近にそういうことが起きるとは考えにくい。
よってその最悪を塗り替えるために今日があるんだ。だから昨日というか幻影の中じゃ、僕は先の出来事を見れなかったのだ。その世界自体が幻影だったんだから。それならすべて納得がいく。
僕は気を取り直して布団から身を起こし、昨日起こった出来事を思い出しながら行動することにした。あと少しで携帯を鳴らしても、起きない僕を起こしにドアを叩くだろう。チャイムではなくドアを。僕は思い出しながらドアに近づく。
すると予想通り、けたたましいドアを叩く音が部屋と廊下に響いた。
「薙! はよ起きれや。間に合わんぞ」
やっぱりな。僕は恐らくにやけていただろう、そして今まででも味わったことのない幸福感に浸っていただろう。
未来を予測でき、それを変換できるなんて最高じゃないか。タイムマシンなんて存在しなくても、僕は嫌な出来事を事前に察知し、その最悪に触れることで最悪を防げる。ということは僕の世の中に失敗なんて無くなるのだ。対策さえ立てれば、まるで答えを知っているテストを解くようなことだ。
僕は意気揚々とドアを開けた。
「よぉ那実、おはよう。今から用意するからちょい待っ……て?」
僕は直感的に、那実に可笑しい箇所を見つけたので、幻影と現在の那実の姿を照らし合わせた。
服装が違った、それにラケットを持っていない。
幻想ではジーンズに上着は白シャツとジャージ的なものを羽織っていたけれど、今日の那実の格好は、
「何で制服やねん」思わず突っ込んでしまった。
「当たり前やないか? 学校行くんやぞ?」那実はわけがわからないという目で僕を見つた。
わけがわからないのは僕の方だ。これから大仙公園にピクニックへ行くのだろう? なら学校の制服なんて着る奴がどこにいる、お前は修学旅行生か? 確かにこの時期、世界三大古墳のある大仙公園にも、そういう生徒を見かけるけるかもしれないけれど、お前は修学旅行生じゃないんだから着る必要ないだろ。
ってこんなダラダラ長いツッコミをしていたら、『生涯突込』の烙印を押された僕の名が廃るのでの口に出して言わないけれど。ってこいつ何か余計なこと言わなかったか?
「どこ行くって?」
「学校」と言って僕を睨みつける。
学校? あぁ京都文化芸能高校だっけ? なんか違うような気がするが、眠気眼の僕にはあの長い学校名を思い出せる気がしない、まぁいいや京都文芸高に行くんだよな。
だから何で?
「何でもくそもない! めんどくさい奴やな、えぇからはよ用意せぇ!」
朝から怒鳴り散らす那実のせいで、まだまぶたの重い鼓膜は悲鳴を上げた。この場合耳たぶが正解なのか? そんな鼻で笑われるような冗談は頭の隅の隅の隅に置いといて、僕は言われるがままに制服を着た。
どうやら未来は変わってしまったようだ、私服でバス停に行く予定だった幻想とは違い、現実は制服を着用して学校に行くらしい。でも何度考えても学校に行く理由が見つからない。
「どうして学校に行くん? 別にバス停でもええやんか」
「沖田先生と心花が待ってるからや」唇を尖らせながら那実は言った。
そういうことか。バスで行くのではなくて沖田先生の車で大仙公園まで行くんだな。なるほど、天照と先輩は後から来るというパターンでも十分こいつらの作戦に差し障りはないだろう。僕が着替え終わると同時に那実はドアを慌しく開き走っていった。騒がしい奴。
僕は幻想で起きた出来事を頭に叩き込み、それに対する対処法を必死に考えていた。そして、そのことよりも必死に足を動かせていた。
那実が言うには、どうやらこのままだと遅刻らしい。
僕は息を切らしながら問う。
「何時に学校集合なん?」
那実は左手で汗を拭いながら、「七時四十分! ええからはよ走れ」
那実はそう言うと、あきれたという顔で僕の顔を一瞥して、ペースをさらに上げ走っていった。眠気満載の僕の体ではとてもじゃないがそのスピードについていけないので、差はどんどん広がっていき、気づいたときには百メートルは離されていた。
今のところ、現実の方がよっぽど疲れる流れになっているな、このペースで僕は公園までたどり着けるだろうか。
僕は那実に追いつくことを諦め、体を冷やすため近くの自動販売機でスポーツドリンクを買うことにした。それだけの理由じゃないんだけどね。
自販機の前には文芸校の制服を着た女子が立っていた。セーラー服なので女で間違いないだろう、というか男だとしたら大問題だよな。
朝日に反射して艶よく光るストレートな黒髪、そして後ろから見ても惚れ惚れするような体のライン。これはきっと美少女に違いない。これは一度顔を拝めておかないと、神様に失礼だ。という本能丸出しの理由だけど。
僕はまずセーラー服の襟元を見た。真っ青のラインが襟元を彩っている。
青色ということは二年生か。
こうやってうちの学校の生徒の学年を調べるときは、女子なら襟元のラインの色、男子は残念ながら制服で見分けることができず、名札の色で判断するしかない。ちなみに一年は白で二年は青、三年は緑だ。
ともあれ、こんな普段の通学時間よりも早く学校に来るなんてお疲れ様だ。クラブか何かだろうけど、休日なのにこんな朝から練習することもないだろう、つくづくクラブに入らなくて正解だったよ。まぁ今はもっと厄介なものに肩入れしているけれど。
彼女は僕が買おうとしていた百二十円で五百ミリのスポーツドリンクを購入した。
「あっ!!」
僕は思わず声に出してしまった。不幸もいいところだ、タイミングよく彼女が購入した分で売り切れたようだ。ボタンのところにうっすらと赤く『うりきれ』とご丁寧にひらがなで光っている。
彼女はその声で僕の存在を気づいたらしく、ジュースをとろうと屈みながら僕の顔を見た。
矢を射抜くように目が合ってしまったので、思わず僕は視線を鼻辺りにそらす。
一瞬見ただけだが、思った以上のビジュアルではないようだ、まぁ平均を超えてはいるが、天照と比べると月とスッポン、は言いすぎだから、小惑星くらいだろうか? まあ比べる相手が間違ってるか。
彼女はジュースを右手で持ち、僕の正面に立った。
僕は何を言われるんだろうかと少しドキドキしながら彼女の第一声を待つ。
彼女の大きな瞳が刹那に開き刹那に開いた瞬間、僕の手にジュースを握らせ、
「相当な汗ね、仕方ないから譲ってあげます」彼女は微笑んだ。
なんていい人なんだろう、僕は心の底から感謝を示し、それだけじゃ伝わらないのは百も承知なので、快活に、「ありがとうございます」と言った。
すると彼女は上品に手を口に当て笑いながら、思ってもいないことを言い放った。
「どうしたの、那実さんらしくもない」
「えっ!?」
「いつものあなたならニカーっと笑って、ありがとうっす、とか言って一気飲みしそうなのに」と嬉しそうに話す。
ありがとうっす、と言いなれていない言い方がなんとも可愛らしいことは置いといて、那実を知っている他学年の生徒ってことはもしかして、
超能力者?
「何当たり前なことを言ってるの? おかしいわね」彼女は不安そうな表情で見つめた。
もうそろそろ『彼女』という表記にも飽きてきた、そろそろお名前を伺うことにしよう。
「どちらさまでしたっけ?」
すると彼女はあっけにとられたように目と口を大きく開けて、
「変な那実さんね? 三月よ、私は三月美代。この間まで覚えてらしたのに、本当に大丈夫ですか?」
どうやら現実と幻想は大きく違い、僕は新たなる超能力者であろう三月美代という女性と出会った。
今の僕はきっと右手に持った缶ジュースよりも汗をかいているだろう。大げさではなく。