その17 知らぬが薙
大仙公園は向かうというほど、駅からそれほど遠くはなく、徒歩5分程度の場所にある。
踏切を渡ると、公園に行くルートが二手に分かれている。そのまままっすぐ行って1つ目の信号を左に曲がると、仁徳陵古墳を見て公園に行くことができ、踏み切り沿いの道を行けば、7分程度で駐車場から一番近い公園の入り口へ行くことができる。
どちらのルートがいいか一応先輩に尋ねてみたが、案の定無言。仕方なく天照に聞くと、「どちらでも変わらないでしょ? 一応言っておくけれど、あたしは別に古墳なんて見に来たんじゃないから」
駐車場のある入り口から行けばいいじゃないと、どうして素直にいえないのだろう。聞かないで自分で考えた方がよかったかもしれない。
時より横切る新幹線の風を感じながら、僕らは大仙公園へ向かった。
かれこれ何分間沈黙が続いているのだろう、そんなこと気になっても仕方のないことだけれど、あまりに誰も話さないので僕から話題を振ろうと試みる。けれど、残念ながら、言葉が見つからない。僕は小さい頃からずっと聞き役で、話し役ではなかった。なので突っ込むことに対しては人並み以上に出来ると思っているけれど、いざ、ボケとなるとそれは3級品どころか5級品あればいいところだろう。
たまには話し役もするんだった。と過去の自分を責める僕に、やっと恵みとなるであろう携帯電話の着信音が鳴った。公園の入り口は目の前だ。
「はい、薙ですけど、もう着いた?」通知者表示は「崎野心花」。この人が来なければ僕はこのピクニックに参加してなかっただろう、これは絶対だ。
「薙くんですか? コノカ達はこっちですよ」って言われても、場所を言ってくれなきゃわからないだろう。相変わらずの天然さんだ。
「すみません崎野さん、『こっち』って言われても場所言ってもらわなわからんよ」
「あっ、そか、ごめんなぁ。あはははっ。えっと…多分右かな? 手振ってるからわかると思うでぇ」
なんだか雰囲気がピクニックぽくなってきたな。やっぱりあちらと向こうでは華やかさが違う。まさに陰と陽だよ。
「えーっと右…」
いた。
小さな体を精一杯伸ばし、そして手を左右に大きく振る少女の姿が見えた。その横に女性の姿も見えるので、多分それが沖田先生だろう。僕は見つけたという合図を込め手を振る。
僕らはその微笑みのある方へ歩み寄った。
「なー君はどこいったん?」と崎野さんは落ち着きなく周りをキョロキョロしながら言う。恐らく彼女は初めてこの公園に来たのだろう、けどそんなに珍しいのかな?
「那実? あいつは特別ゲストを呼びに言ったで」
「えぇ? 誰やろちょっと楽しみ。もしかしてなー君の彼女さんかな?」
意外と鋭いな。ボケッとした雰囲気だから、そういう感も鈍いと思ってたけど。
「そうでしょうね、そのときは仲良くしてあげてください」
「何をそんなま改まってるん? 当たり前やん、コノカはもう高校生やで」
そういうことに高校生も小学生もないだろうに。まぁこの人に関してはそれほど不安は感じないけれど、問題は天照だ。こいつは何をするのか分かったもんじゃない。
「ところで薙くん。ここは遊べる場所はないのかな」
そういうのは、1本ねじの外れた天真爛漫、容姿端麗、沖田先生だ。20代だと何をして遊ぶと楽しいのだろう?
「バドミントンやったらできますけど」そう言って僕は、ラケットを振る。
「あたしは場所を聞いてるの」
「そっか、ほな子供が遊ぶ遊具ならありますけど」
「観覧車とかそういうのはないの?」
何を言ってるんだろう? 公園と遊園地を勘違いしてるんじゃないか、この人は。
「先生、ここは公園やで? そんな機械仕掛けな物、置いてませんよ」
「そうなの? つまんない」子供のように、転がる石を蹴ってそう言った。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ、その年になって拗ねるなよ。
僕は仕方なく沖田先生が楽しめそうなの提案をした。何度も行き、そして何もない所の代名詞とでも言おうか。
「仁徳陵古墳に行くってのはどうですか? 今10時過ぎやし、ゆっくり行って戻ってくればちょうどお昼くらいですよ」
「あ、そうか、古墳あるんだよね仁徳の!」仁徳って、あんたの友達か? 仮にも天皇やで。
「そうですよ、世界三大古墳ですよ。どうします?」
「もちろん行くわ! みんな拒否は許さないよぉ」
そう言うと、沖田先生は誰の意見を聞くことなく歩いていった。まぁこのメンバーで反論する奴なんていないか。
「なぁ、薙くん。その古墳て確かめっちゃ大きかったでなぁ」と崎野さんが上目使いで言うもんだから少し頬を赤らめてしまった。
いつも思うけど、何故女性の上目使いには心を揺さぶるものを持ってるんだろう。もしもそれが男性だったなら明らかに威嚇しているとしか取れないのに、性別によってこれだけ変わるんだから、性別って不思議だ。なんてこと考えてないで早く答えないとな。
「大きいって言うか、でかすぎて何が何かわからんくらい」
「へぇー。すごいなぁ昔の人って」彼女はそう言うとあごに右手を添えて考えるそぶりを見せた。
一体何を考えてるんだろう? 古墳の作り方かな? それとも大きく作った理由かな? まぁどちらにしろ僕の脳内にインプットされてないから答えることは出来ないけど。
「2人ともべチャついてないで早く! てか薙くん! あなたがいないと場所、わからないんだから早く来なさいよ」といつものおっとりした雰囲気を忘れさせる怒号で、沖田先生は僕らを呼ぶ。思わずビクついて駆け出してしまった。
走りながら崎野さんは冗談を言うように言った。少し唇を尖らせるフリをして。
「薫先生って自分の好きなことだと何フリかまわないよね」
「本当。自分勝手な大人だよ」
「でも、コノカ。ああいう人に憧れるな」それは少し分かる気がした。
前列に左から崎野さん、僕、沖田先生と歩き。その後ろに自由気ままに天照さんと先輩が続く。ついでに黒猫も。
後ろの2人と1匹は知らない間に消え、知らない間に戻ってきたり、幼稚園児のようによくわからない行動を繰り返していた。忙しないのでここに来たときと同じように黙って着いてきて欲しいんだけど。けれどそれを言うと天照がどうせやかましいので、言葉をガムのように飲み込む。
仁徳陵古墳へ出発してから5分程度過ぎた頃、久方ぶりに天照が声をかけてきた。
「古墳を見に行くのはいいけれど、アイツはどうするの? きちんと連絡した?」
そうだった。特別ゲストを呼びに行った僕の兄弟、先輩的に言うとアメーバー。そのことをすっかり忘れていた。アイツはこういうことにはうるさいってのに、いざという時に僕の脳内は小休憩を入れるものだから困ったものだ。と自分の脳に責任転嫁しても意味があるまい。仕方なく僕は、携帯を取り出し生涯でもっとも話してであろう人物にダイヤルする。
「おう、薙か。もうちょっとで着くから。今どこにおるん?」いかにも元気ハツラツな声で那実は電話に出た。
久しぶりに彼女と会うから機嫌がいいのだろう。しかし、それを少しでも損ねてしまうとこいつの場合どうなるか分かったものじゃない。
「そのことなんやけど、沖田先生が仁徳の古墳見たいって言うから。そっち向かってるねんけど」僕は、またしても怒号を聞くことになるだろうと決意して言った。
「一分一秒でも惜しいのにどこ行ってんねん! あんな森行ってもしゃあないやろ! とめらんかいアホ! はよ引き戻せ」
と聞こえたのはあくまで妄想であって、実際は、「そうなん? ほなしゃあないな。俺と香美は適当に暇潰すから、森林探索楽しんできて。公園に戻ってきたら電話くれよ」と軽快に電話を切った。
「あとから連絡頂戴ってさ」と業務連絡のように伝えた。
「そう。ありがとう。」無愛想にそう言って天照はすぐ側を歩く黒猫を抱いた。
もうこいつの無愛想なところにもなれてきたので、いちいちイライラすることはなくなったけれど、やっぱり少しだけ腹が立つ。
どうすれば天照に嫌がらせを出来るだろうと考えてると、今度は沖田先生が話しかけてきた。と言うよりは、延々と独り言のように古墳の説明を始めた。
「仁徳陵古墳に行く前に知識を与えてあげるわ。これも勉強のひとつよ、心して聞くように」
初めだけでも聞いてるフリをしょうかな。
「仁徳陵古墳に眠っている仁徳天皇は古事記と日本書紀で第16代天皇と伝えられて、本名は大雀って言うの。仁徳天皇と言うのは8世紀頃につけられた、死語に送る称号だから本当の名前じゃないの。そこは重要よ」
それほど重要とは思えないけど。ていうかその説明要るか?
「この人すごく長生きさんで、古事記じゃ83歳で亡くなって書かれていて、他の説じゃ143歳まで生きてたって言われてるのよ。どちらにしろ当時じゃありえないくらい長生きよね。
それに彼は天皇としても立派に仕事をして、一般の民にも色んな良いことをしたから、聖帝って称えられて、理想的な天皇って言われてるの。そんなすごい人の古墳なのよ。覚悟して拝みなさい!」長い長いセリフの結論はしっかり見なさいってことか。律儀に聞いてしまったのはどうやら僕だけらしく、天照は黒猫と戯れ、先輩はまた失踪。崎野さんは遠くを見つめながら目を輝かせている。一体どうしたんだ?
「ちょっと聞いてるの? コノっち」さすがの沖田先生も彼女の異常に気付いたらしい。
「聞いてたよちゃんと、仁徳天皇ってすごいね」と、どんな質問にも当てはまるような答えを崎野さんは言った。見た目よりも彼女はしたたかな様だ。
「そんなことより先生、もしかしてあの森っちいのが仁徳さんのお墓?」
「え!? どこどこ?」首を縦横無尽に振り、辺りを見渡す沖田先生。そんなに首を動かして筋肉痛になっても知らないよ。
僕はこのままじゃ明日筋肉痛で首が動かなくなる沖田先生の首を守るため、古墳の方向を指差した。
「あれやで沖田先生。木がいっぱいある」
そうすると「キャー!!」と発狂しながら、手を回して仁徳陵古墳へ走っていった。どうやらとうとう脳内の興奮メーターを振り切ったらしい。
僕らは彼女に慌てて着いて行くこともなく、のんびり向かった。もう先生に付き合うのも疲れた。それは満場一致だろう。
森としか捉えられない程大きな仁徳陵古墳。なぜ昔の人間はあんなにも大きな墓を作ったのだろう。権力の大きさを示す為だとは言うけれど、それにしても少しやりすぎやしないだろうか? きっととこれを作る為に何人もの命が失われたのだろう。そう思うと尊くて仕方がない。
「力があるものが力を示す。それのどこがいけないと言うの」
「いや、別に悪いとは言わないけれど、やりすぎじゃないかなと思うだけだから」この女の沸点はどこにあるのかさっぱりわからない。
「弱肉強食よ」
「確かに天照さんの言うとおりだけど。ねぇ先輩、先輩なら僕の言ってること少しは理解してくれますよね」知らない間に戻ってきた先輩に、僕はしばらく会話をしてないことを気遣い少し強引に話しを振った。
しかし「平和」と、これまた無表情で言う上筒先輩。
この人の言動にいちいち脳内を働かせていると、いくらカロリーがあっても足りやしないので、僕は、「そうですね」と適当に相槌を入れる。今日で「そうですね」は何回目だろう? 彼と話すたびにその言葉を口にしている気がする。つまり話しても無駄ということだ。
「本当に大きい。ちょっと予想以上やわ」
やっと普通に会話できる人間が口を開いてくれた。仁徳陵古墳を30秒ほど見つめながら口を意味もなく開かせて、無駄に目を輝かせていた彼女がまともと言えるかわからないけれど。
「ありえへんやろ? 中学の頃はようこの周り走らされたわ」
「へぇ、なんかロマンチック」
果たしてそれがどのように『非現実的で甘い美しさ』なのかは地元民にはわからない。というよりそれをロマンチックと感じるのは崎野さんだけかもしれない。
超巨大古墳へ走り去った沖田先生を追うのではなく待つことにした僕らは、自然の成り行きでそれぞれ時間を潰すことにした。
僕と崎野さんは、バドミントンを。天照と黒猫はベンチに座りじゃれ合い、先輩はずっと空を眺めている。もう彼のことは深く考えないことにしよう。
崎野さんは見かけによらず、なかなか運動が出来るようで、どれをとっても平均的にスポーツをこなす僕と同等の動きを見せた。女子の方じゃ明らかに上手な方だろう。
戯れも束の間。先生は5分もしないうちに戻って来た。腕を組み頬を膨らませながら。
「何あの大きさ? 信じられないわ。もうお腹空いたからお昼にしましょ、少し早いけど」
完全無欠な気分屋発言をし、沖田先生は先頭を切って広場へ歩き出した。
僕は当然のように着いて行き、それと同じように、携帯を手に取る。
「那実やけど、もう古墳巡り終わった?」
「そうやな、沖田先生腹減ったみたい」
「そうなんや。ほな今から向かうわ。場所はカラス広場でいい?」
カラス広場は本来、大芝生広場と言う名前だけれど、あまりにカラスが沢山いる広場なので、僕らの間ではカラス広場と呼ばれている。芝生が広がっていて、昼ごはんを食べるにはうってつけな場所である。カラスがいることを除けば。
「ええよ」しかしカラスのいない場所などこの公園にないと言っても過言じゃないくらいたくさんいるので、そのことは反対の理由に含めないので当然OKだ。
僕は久しぶりに会う香美ちゃんを想像した。
高校に入ることで何かしら彼女は変わったかもしれない。それは化粧の濃さであったりファッションであったり髪型であったり。それが間違った方向に進んでいないだろうか? 彼女の誇るべき清潔さはまだ健在なのか、なんて答えのないことを考えながら、カラス広場へ向かった。
しかし変わってしまったのは香美ちゃんではなく僕の方だとこのときは気付かなかった。僕らというほうが正しいだろう。
そう、僕らは超能力者なんだ。