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超心理的青春  作者: ryouka
16/40

その16 一言もって上筒は蔽う

 第三の男を待つこと、はや30分。

 いくら先輩だからといって、これだけ遅刻すると許されるものではない。ほら見ろ、天照も平常心で黒猫と戯れているように見えるが、時々表情に苛立ちを感じ取れる。那実にいたっては10分ほど前から貧乏ゆすりが止まらない。

 「ホンマに。電話したとき、今家出たから言うてたのに。どんだけ遅いねん」

 あまりの遅さに我慢できず、那実はジーンズのポケットから携帯を取り出し不機嫌にリダイヤルを押した。

 「先輩? 遅いんやけど。は? もうおる? どこに? 隣?」

 電話と話す那実は、困惑を隠しきれない表情で周りを見渡し始めた。どうやら先輩はもう来ているようだ。

 「どこですか? もう時間だいぶ過ぎてるから変な小細工やめて早く来てくださいよ」那実がそう言って電話を切った瞬間、「キャッ」という声がした。

 その声の主は…天照だ。いきなりどうしたんだ?

 「何するんですか、猫を離してください」

 その声を聞き、天照の方へ振り返った。あの黒猫は首元を持たれ、力が抜けたような目をし、タラーンとして動かない。てか誰だお前は?

 黒猫の首元を持った人物を僕は見たことがなかった。と言っても、その男はマスクとサングラスをして汚らしいつなぎを着ていて人物を特定できる服装ではなかった。ホームレスかな? 懐かしい。大阪に居た頃は目にすることがあったけれど、京都に来てからはめったにその姿を見ることがなかったからな。

 「おっちゃん、その猫はこの子のや、返したってくれへん?」僕はそう言いながら、ホームレス男へ歩み寄った。すると、そのホームレスはポケットから光る物を取り出した。まさかこんな朝っぱらからそんな物見るなんて思ってなくて僕は歩み寄ることをやめ、息を呑んだ。黒猫がやられる。

 「やめて!!」天照がそう言ってパンチを繰り出そうとしたけれど、一足遅く、その光物は黒猫の背中に刺さった……。

 鈍い音がした。それは光物が黒猫に指された音ではなく、天照が握った拳によるものだった。そのホームレスは軽く3メートルは飛ばされた。黒猫は空中で一回転を決め見事着地。

 着地?

 どうしてだ? 明らかに包丁のようなもので背中を刺されたぞ? すると傍観者と化していた那実が声を上げた。

 「先輩遅いって」

 どこにいるんだ? その先輩って。

 「今、天照沙希が殴り飛ばした」

 えっ!? どういうことだ。

 すると、殴り飛ばされたホームレスはゆっくりと体を起こし、サングラスとマスクを取って、「今のは時速120kmを越えていたよ、さすがだね。けどおもちゃだよ」と気味の悪い笑みを浮かべた。どうやら、あの光物はおもちゃのようだ。猫にも傷は付いていないようだし。

 「つまらない冗談をするからです」そう言って天照は黒猫を抱え駅の方向へ歩いていった。

 「猪だね」と訳のわからないことをつぶやき、その先輩は僕の方へ歩いてくる。

 彼は表情を無にして言った、「伊佐那実のアメーバかい? 私は上筒乃雄カミツツノオ。まぁ名前なんてどうでもいい、ホモ・サピエンス・サピエンスと呼んでくれてもかまわないよ」 

 「何自己紹介してるんすか? それより遅れたこと誤りよ」那実は怒りを抑えきれず、刺々しい声を出した。それもそうだろう、乗るはずのバスを3本見過ごしてるんだからな。それより天照の奴どこ行くんだ? バスはあと2、3分で来るのに。僕は慌てて天照を追った。

 上筒先輩だっけ? 本当に変なやつだ。何がホモ・サピエンスだ? 訳わかんないよ、それにホームレスの変装で黒猫を殺すフリをするし、あれに何の意味があるっていうんだ、ただ場の空気を悪くするだけじゃないか、ただし那実を除いて。

 「天照さん、もうバスが来るから歩く方が時間かかるで」そう言って、彼女の肩に手をかけた。

 「いちいち私に触れるな!」どうやらまだ彼女の怒りは収まっていないようだ。僕は適当なことを口にする。

 「上筒先輩やったっけ? 彼にも何か意図があってそうしたのかもしれないし、だからゆるしてやんなよ」

 「意図?」天照はしばらく考え込み、「そういうことね、あたしがバカだったわ。けれど、許す気にはなれない。だからあたしはバスには乗らないから。この距離なら走った方が速いし」

 そう言って天照は走り去って行った。仕方ない、バスに乗るとするか。彼女の足についていける自信など毛頭ないからね。

 バスに乗り込んだのはよかったけれど、思った以上に人が多く、座ることが出来ず。僕らはつり革に身を任せることになった。

 そして、バスの中でも上筒先輩の謎発言は止まらなかった。

 「君が噂の時速30万キロメートルか」な、さっぱり意味不明だろ?

 「はぁ、そういうことですかね? でも噂ってどういうことですか」意味不明な部分は省いて話すことにしよう、この人とは。

 「おしべのように」

 もう話にならない。那実、解説を頼む。

 「噂? 徐々に広まってるってことちゅうん?」

 「誰に」

 「クラブにや」

 僕のことがあの国専用警察というとんでもない場所で広がってるってことか。

 「そこにはどれだけの人がおるん?」

 「1年が俺らを含めて4人、2年が多分6人で、3年が3人かな?」

 「自信なさげやけど、って在学生しかおらんの?」

 「卒業したらそのあとは知らん。俺かてみんなと会ったことないし、基本的に秘密主義やからね、あそこは。なぁ上筒さん、」

 「私は知らない」

 とまぁこんな感じで、会話が成立することなくバスは京都駅に到着した。

 天照が本当にバスよりも早く着いてるのか少し不安だったけれど、そんな感情は無駄なようで、彼女は京都駅のバス停の前で息を切らさず汗もかかず佇んでいた。

 「上筒さん、先ほどは失礼しました。私が浅はかでした」と彼女は先輩に謝罪をし、一同はホームへと向かった。天照の言った「浅はか」というところが気にかかるけど、あいつも変な奴だしそこまで気にすることはないか。

 電車内では三者三様を終始続け、終着駅へ向かう。

 天照はリュックを前に背負い、少しだけ開けたチャックに片手を入れてごそごそしている。知らない人からすれば、この人は何をそんなにごそごそして探してるんだろう、探しにくいならチャックを全て開けろ。と思うだろうが、僕達には何をしているのかわかる。恐らくリュックの中にいる黒猫とじゃれているのだろう。

 上筒先輩は何やらぼそぼそつぶやき続けている。気になって耳を澄ましてみると「節足動物、軟体動物、うーん…やはり空気圧が大切だ」なんのこっちゃ。

 那実はというと、つり革にもたれかかりずっと眠ったままだ。よくそんなに揺れるのに眠られるな。少し感心してしまう。 

 そして1時間20分の静寂の中たどり着いた、最寄り駅。久しぶりに見た、見慣れた光景は少し僕の心を浮つかせた。さて、行くとしようか。と公園の方へ足を踏み出した瞬間、肩に何かを担がされた。自分の荷物くらい自分で持てよ。僕は考えることなく、そうした奴の目を見た。こんなことをするのはこのメンバーでお前しかいない。

 「那実、ラケットくらい自分で持てよ」

 「すまん、俺は特別ゲストを呼びに行ってくるわ。先行っといて」

 特別ゲスト? まぁあの機嫌よさそうな顔を見れば、誰だかわかるけどな。

 ゲストなんてどうでもいい、それよりこの気まずい空気をどうにかしてくれないか。

 そして、どうすることも出来ず、一同は、足音だけを鳴らし、公園へと向かった。

 もう溜息も出やしない。

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