その13 崎野心花と黒い夢
開かれたドアの先には、驚いた顔をする僕によく似た顔と、毎朝花屋で見かける小さな顔に大きな目をして艶やかな唇をした中学生がキョトンとしていた。
空気は沈黙。
僕も驚いて声が出せないでいる。何故奴がここにいるんだ? いや考えなくてもわかることだけれど、一応確かめてみよう。そう思い口を開こうとした瞬間。
「うっそぉ?凄いわぁ」
鼓膜が痺れるほどの声で、桃の花びらのような顔をした中学生が言った。どこからそんな声が出るんだ?
「なー君、いつからそんな超能力使えるようになったん?分身の術って忍者みたい」
そう言って腹を抱え、涙を流す。大爆笑だ。それより『なー君』とは那実のことか?
「そんなすごい能力使えるなんて知らんかったわ。コノカを驚かすためなん?」
笑いをこらえながら必死で話すけれど、たまに堪えきれず唇から空気が漏れる。
そこに那実が空気を元に戻すかのよう冷静に、「ちゃうよ、これは兄弟の薙や」
「兄弟?ってことは双子やったん? 初耳やぁ」
そう言って彼女は僕の顔をまじまじと見る。そんなに凝視されると照れてしまう。
「ほんまや、ちょっと顔違う。ごめんなさい笑ったりして」
そう言って斜め45度くらいに背中を曲げて、お辞儀を慣れたようにする。いつも店の接客でやってるからなれているんだろう。
「ここにおるってコトは・・・」
彼女はそう言うと沖田先生に目配せをした。恐らく僕が超能力者かどうか確認を取ってるんだろう。
「超能力者なんやぁ、これからよろしく」
そう言うと僕の方に一歩近づき、
「あたしは崎野心花。よろしくお願いします」
そう言うと営業スマイルとは別の、親しみが伝わってくる笑顔を僕に向けた。
照れ隠しに僕は、「花屋でサキノってなんかネタみたいやな」何を初会話の人に失礼なことを言ってるんや僕は。
僕はパニックになると、後先考えずに出てきた言葉を口から発するタイプの人間のようだ。
しかし彼女はそんな言葉を気にすることなく、
「でもなんか運命みたいやろ? 花屋をする運命に生まれたって気がして。あたし、生まれたころから花が好きやから、やっぱり運命かなって思う」
今の言葉で何回、運命って言葉を使ったんだろう。それほど日常会話に出てくる言葉じゃない気がするんだけど。
と、ここで薙が割り込んできた。人がせっかく崎野さんと話してるのに、邪魔するなっての。
「お前ほんま、何でここにおるねん」こいつはさっきの話しを聞いてなかったのか? 呆れる奴だ。
「だから超能力があるからここにおるんや」
「それはわかってる」
なんだとこいつ、わかってるんなら、そんな質問するなよ。
「俺は何でお前がここにおるんか聞いてるんや」
ったくめんどくさい奴だ、いちいち説明するのがめんどくさいけれど、こいつがこんなに興奮しているのはあまり見たことがない。仕方ないのでここまで来た経緯を説明した。
「そうか、そうやったんか」そう言うとうつむいて、落胆の表情を映す。
なんだこいつ。わかってるんなら、そんな質問するなよ。
「天照沙希が、やっぱりあいつが要注意人物やったんか」
どういう意味?
「俺はお前を超能力を持ってることに気付いて欲しくなかったんや」
沖田先生は那実を試すような声色で言う
「あら、それはどうして?」
少し口をもごもごさせて那実は言う。なんだ? そんなに言いにくいことなのか。
「嫌な雰囲気がするんや、この組織には、先輩とかもだんだん・・・」
「おっと那実くん、言って良いことと悪いことがあるわ」
沖田先生はいつもみたくのんきな声で言ったけれど、その中に明らかな怒りを感じた。
那実はなんて言おうとしていたんだ?
「那実、その組織って何なん」
「まだ聞いてなかったんか」驚きと、やってしまったという声が聞こえてきそうなくらいの表情をしてそう言った。
「今から説明するわ、薙くん」
いつもの雰囲気に戻る沖田先生。凄い感情の切り替えだな、やっぱり女性は怖い。
「この学校では、あの薬を打たれた生徒の中で超能力に目覚めた人に限り、ある活動をしてもらうの」
「ある活動って?」
「国を守ったり、悪い人を捕まえたりするの」
そんなことをするの? ていうか、「そんなこと警察に任せればいいじゃないですか」
「出来ないから言ってるのよ」
どういうことなんだ、警察が解決できないようなことを僕らがやるって言うのか。出来るわけないじゃないか。
「裏の警察ってコトよ。警察は市民のためでしょ」
そりゃそうだよ。
「で、私たちは、国を守るためにがんばるの」
国のために僕達が、何をどうがんばれるのかが全くわからないんだけど。
「簡単に言っちゃえば、国にとって邪魔な存在を消してしまうのよ」
暗殺者ってこと?
「まぁよく似てるけど、殺すことまではしなくていいわ、その手伝いをしてもらうだけ」
「例えばどういうことするんですか」
それは正義なのか悪なのか、ちょっと微妙だぞ。邪魔な奴を消すって言うところが怪しい。
「うーんとね、最近、有名な映画監督が脳卒中で倒れたわよね」
確か、ニュースでも取り上げられて、監督の作った映画の出演者たちが、メッセージを送る映像はよく流れていた。まぁ彼らが本当に心配しているかどうか気になるところだけれど。その監督とどう関係あるんだ。
「あの人は脳卒中で入院してなくて、死んでいるわ」
どういうこと、ニュースじゃ病気と言われて、最近じゃ、監督は容態も回復してきて、朝のニュースで生電話もしていたぞ。もしかして、この組織にはマスコミを動かすほどの力を持ってるってコトなのか。
また沖田先生のちんぷんかんが飛び出したのか、本当のことを言ってるのか気になって、斜め後ろにいる2人を見たけど、2人は俯いたままだ。
「那実、どういうことなん」
僕は出来るだけ、落ち着いた声で言ったつもりだけれど、実際、声はビブラートしたみたく震えていた。
「俺は何にもしてないで、先輩達がやったことや」
決して目を合わせようとしない、こういうときの那実は高確率で嘘をついている。けど、今の空気は問いただせるようなものではない。
「能力が発覚して半年は研修期間だから、難しい事件には関わらせないようにしているわ、極力」
極力ということは、関わることもあるっていうことだよな。
それよりももっと気になることがある。
「何故、その映画監督を殺したんですか」
「私たち、組織のことを感じらせるメッセージを含んだ作品を作ったことと、国民に対して不安を与える物語だったからよ」
日常会話のように言う様子に、人を殺すという罪は全く感じられなかった。
もしかして本当にやばい組織なのかな、誰か冗談だと言ってくれよ。
「大体わかりました、ほな僕はこの辺で」
もうこの場にいたら頭がおかしくなりそうだ。そう思い右足を前に踏み出した瞬間。
壁や那実たちがゆがんで見える、沖田先生の声が機械音のように、一定の高音を鳴らし続けている。どうしたんだこの教室は。もしかして、他の超能力者が僕を教室から出さないようにしているのか。負けじと僕は左足を踏み出した瞬間、バットで殴られたような感触が後頭部に響き、目の前が真っ暗になった。
そこは何よりも暗く、暗闇なんかよりずっと暗く、太陽が消えた世界。
僕は不安になって光や声を探すけれど見つからない。
その不安はどんどん膨らんでいって、それを抑えるために僕は走り出した、走れば何も考えずにいれると思って。
けれど、そんなことで断ち切れなかった。5分ほどするとまた次の問題が発生する。
「一体どこまで走れば、家や電柱なんか見えるんだろう」
周りを見渡しても、何もない。あるのは黒、見えるのは自分の体だけ、でもあるという実感がない。
僕は何か叫ばずにいられなくなっていた。
「誰かおるんか? おるやろ、返事して」
ひたすら繰り返すけれど何も聞こえてこない、自分の声すらも聞こえてこない。
不安は積み重なる一方、今は何時なんだ、時間は進んでいるのか、一生このままなのか?
このままなのか。
その言葉を脳内で浮かべた瞬間、叫んだ。
それは泣き声にも似ていたのかもしれない。響かないから聴こえないけれど。
しばらくして、叫ぶことに疲れた僕は、うずくまって何も考えず、ただ暗闇を眺めていた。
すると何か聞こえた気がした。
白い靄がかかったような声で、しっかり聞き取れない、もしかしたら幻聴かもしれない。
けど次の瞬間、しっかりとした声に暗闇は包まれた。
「崎野はもう帰り、夜も遅いし」
那実の声だ。
その声は僕の脳内で何度も何度も巡り、脳内がその声で埋め尽くされた瞬間、崎野さんの顔が見えた。僕は驚いて反対側に顔を向ける。
って、ここはどこなんだ? そう思い僕はすぐに体を起こす、その瞬間、頭に軽く電流のような痛みが流れ、僕は痛みよりも驚きで「イタっ」ッと言ってしまった。
「大丈夫ぅ、薙くん」
最初に声をかけてくれたのは崎野さんだった。次に、「いきなり倒れるからびっくりしたけど、仕方ないか」何が仕方ないんだかわからないけれど、それよりここはどこだ?
周りを見渡しても見慣れない場所だ、ベッドや消毒液、何かの錠剤が見える、保健室なのか? けれで、定番の体重計や人体模型やら、学校にある保険の道具が見当たらない。
「ここはどこや」
考えても答えにたどり着けないしこれ以上考えると頭が割れそうなので、那実に聞いてみた。
「ここは組織のためだけの治療所や、まぁ学校の中やけどな」
そうなのか、組織のための・・・、って保健室のほかにこんな部屋があったのか、学校に。
そういえば、沖田先生は?
「仕事で大阪にいったよ」
「生徒が倒れたのに看病もなしか」
「よくあることなんや」何がよくあることなんだ? 主語を言え主語を。
「沖田先生が出張によく行くことと、超能力を使いすぎると、脳に負担がかかって眠ってまうことや」
強制終了ってわけね。
「ほなお前も目が覚めたことやし帰るか」
「すまんな心配かけて。崎野さん、夜遅いのにごめんな」
「全然ええよ、コノカも心配やったし」
そう言って、微笑む姿を僕は一生忘れないように目に焼き付ける、あの暗闇の中でも見えるように。
帰り道が一緒なので3人横に並んで歩く。真ん中に崎野さん、その左に僕、空いた所に那実というポディションだ。
那実がいなければ最高の帰り道になったんだろうけれど、3人で他愛のないことを話す帰り道もそれはそれで楽しかった。天照だとこうはいかないだろうな。
「僕、最近やけど崎野さんを登校時に見かけるで」
「え?どこでですかぁ」いやいや、その質問はおかしいやろ? 今朝だって笑いかけてくれたじゃないか。
「今朝、花屋で見かけたんやけど」
「そうやったんですか、ごめんなさい、あたし仕事中は仕事しかしなくって」どういう意味?
そんなこんなで話しているうちに、いつの間にか崎野さんの家である花屋の前辺りまで来たので、サヨナラを言おうとしたとき、
「月曜日からはよろしくお願いします」そう言って、手を振りながら笑顔で、店じゃなくて家の方に走っていった。
「どういうこと那実」
「どうもこうも、彼女は来週からうちの学科に転校してくるんや」
「崎野さんって高校生やったん?」
「そうやで、飛び級とかじゃなく純粋な高校生や、まぁ間違えても仕方ないやろ」
僕の目がおかしいのかもしれないと思い、振り返って崎野さんを見た。
手を振りながら僕らを見送る彼女は、高校生と認識してもやっぱり中学生にしか見えなかった。
双子のフリをして歩く帰り道、那実の言葉を右から左へ受け流し、僕は暗闇の夢のことが頭から離れなかった。
「崎野心花と黒い夢」を読んでいただきありがとうございます。
組織についてはまだまだ秘密はたくさんあります。
もしよろしければ小説の評価もお願いいたします。