その11 七不思議と真実
いつもの登校時、よりも少しテンションが高めなのは、那実が寝坊して1人での登校を楽しめるからではなくて、先週の金曜日、天照から放課後の約束をされたからだろう。
今でもはっきりと思い出せる。約束を承諾したときのあの微笑。よほど僕と話がしたかったんだと思う。
クラスでも人気があって、いつも友人が取り囲んでる状態だから、このことを伝える時間がなかったのだろう。
それとも助けてくれたお礼に放課後遊びに行きませんか? とか言われたりして。
あんな綺麗な女の子に好かれるなんて、僕にとっては奇跡的だよ。きっと僕はある程度は好かれているだろう、那実と僕との態度の違いを見れば、一目瞭然だよ。
それにしても那実は何でアレほどまで嫌われているんだろう?
まぁあいつの変に理屈っぽいところは妙に鼻につくし、脳につく。僕も好きじゃない。
この調子で告白されたらどうしよう……。
返事は間違いなくNOだ。
別に彼女のことを嫌いではない。華麗だし、綺麗だし、猫の死体で遊ぶ変体チックな所も僕にとっては少し好印象だ。
けれど僕には好きな人がいる。
そう強く胸に刻み、10m先の花屋を見つめた。いや、花屋ではなくそこで店の手伝いをしている少女に。
見た感じ中学生の彼女は、朝から汗をかき、店内と店の前を行き来している。
ずっと見すぎたのか、目が合ってしまった。
彼女は僕に営業スマイルという言葉を知らないような微笑みを繰り出し、思わず僕も微笑み返す。
きっと気持ちの悪い顔になってただろうな、彼女の心を暖めるような笑みとは違って。
彼女はすぐに作業に戻り、いつもと同じように、忙しなく店内にある花達を店の前に並べている。開店準備を手伝ってるんだろう。
朝もゆっくり寝ることも出来ず、家の手伝い。僕には出来るわけがない。それに清純度MAXの仕事っぷり。
いつか話せる機会があればなぁ。
いつもの眠たい、しんどい、だるい、の三拍子が揃った授業を終えて、僕は放課後、天照との約束を守るためにあの黒猫公園へ急いでいた。
本当に天照は変わった奴だ。
あの日、場所の指定をされていなかった僕は学校に行けば、下駄箱や机の中に手紙的なものを入れられているのだろうと思っていたけど、そんなものは一切なく、不安になって天照に聞くことにした。
移動授業のとき、彼女が1人になる隙を狙って。
「天照さん、放課後はどこに行けばいい?」
長い髪を丁寧に耳にかけて、「あなたの机に書いたはずよ?」そう言って天照は、すばやく僕の元を立ち去り、音楽室へと向かって行った。
いやいや、書いた場所を教えるんなら、待ち合わせ場所をここで言えよ。
教室に戻り、自分の机を見てみると確かに書いてあった。右下の隅に小さく上品な字で「黒猫のいる公園」と。
これが机じゃなくて、せめて紙に書いてくれれば絵になったかもしれないのに。まぁこれはこれで芸術的か。
放課後、授業終了のチャイムが鳴ると同時に公園へ向かった。のは僕ではなく天照であって、僕はいつもと同じペースで向かった。
公園に着くと天照がベンチで座りながら、あの黒猫とじゃれていた。
天照は右手にねこじゃらしを持ち、ひざの上にいる黒猫は必死になってそれを引っかこうとしている。2人とも幼稚園児のように無邪気で、声を上げて遊んでいる。普段のお嬢様的風貌を纏っているの彼女が嘘みたいだ。
これはこれでいい構図なのかもしれない。僕に絵をかく才能があれば、ここで黒猫と天照をスケッチするだろうな。
けれど、僕にはそんな才能も道具もないので、無邪気に遊ぶ黒猫とお嬢様もどきに近寄る。
「もう来たの? 人がせっかく楽しく遊んでいたのに」
楽しそうだってのは万人が見てもわかるよ。それに僕はそんなの見に来たんじゃない。
「それより話ってなんや?」
出来るだけ自然に話しかけた。心臓はありえないくらい縮んだり膨らんだりを繰り返してるけど。
「あなたは知ってるかしら、この学校にある7不思議のひとつで、特別能力開発科にいる生徒の半分が行方不明または死んでしまう、という噂を」
「聞いたことはあるけど、そんなんどうせ噂やろ」
入学してから1週間後くらいに、その噂はクラスで話題となった。
自分の属する学科にそんな不吉な噂があるとなったら話題にもなるだろう、でも今じゃみんな忘れてる。そんな流行が過ぎた話しなんか聞きたくないんだけど。
「今の3年生は10人しかいないのよ、初めは18人の生徒がいたのに」
それも知ってる。噂を確証したい奴が言う決め文句だったっけ?
「そのことをクラスの奴が先生に聞いたら、勉強についていけずに転校や退学しったって言っていたで」
そのことが、クラスに知れ渡ったことで、その7不思議は影を潜めたんだ。そのこともクラスで知らない奴はいないだろう。それに、うちの学科は天才を養成する学科だから、授業内容も難しい、大いに納得できることだ。
「それが一般生徒の答えね。ありがとう」
普通の生徒よりも、僕はこの件を知っている方だと思う。
何でって? この噂の真相を突き止めたのは那実だからな。
よくあいつにそのことについて色んな話しを聞かされたよ。本当にあいつは生粋の噂好きだ。何か秘密を知れずにはいられないのだろう。
「まぁいいわ、このことはいずれ知る日が来るでしょう」
全然知りたくないんですけど、そんなおっかないことの真相なんて。
天照は黒猫をひと撫でして、僕の目を見た。
今思えば、今日まともに目が合ったのは初めてだな、こいつずっと猫見てたし。
それにしても嫌な予感がする。背中が冷たい。冷気を吹きかけられてるみたいだ。
なんだこいつは? その眼はなんなんだ?
「あなた今、すごい悪寒がするでしょ?」
何でわかったんだ?
僕は鳥肌が止まらない。
「その表情を見るとあってるようね、やっぱりあなたは」
天照が少し緊張した表情を見せ、さらに僕を睨みつけた。
その顔は、初めて人を殺す表情に似ているのかもしれない、と何故だか思ってしまった。
「あなたは超能力者よ」
僕は緊張の糸が切れた。
何だこいつ、やっぱり頭がおかしいだけか、こいつの脳内を見てみたいよ。
僕のどこが超能力者だ? 意味不明だ。
「テレビの見すぎだろう? ほな」
僕はもう、こんなアホと話すこともないので、アホと黒猫に背を向けて、公園を出入り口へ足を進めた。
「理由を言うわ。何故あなたはさっき、悪寒や鳥肌が止まらなかったの?」
「お前が怖い顔するからや」
「いいえ、違う。あなたは私が何を言うか直感的にわかって、それを聞くのが怖かったからよ」
後ろを振り向けば、必死な表情をしてるんだろうなと、天照のその顔を想像して、こりゃ振り返ったら帰れないなと思い、さらに足を進める。
「これが決め手よ」
決め手も何もないよ。
「何故あなたは、あの日、あいつがナイフを持っているかわかったの?」
そんなの知るか。また嫌な予感がする。僕はいつの間にか早歩きになっていた。
「見えたんでしょう」その言葉に思わず振り返ってしまった。
何でこいつが知ってるんだ? あの時、僕は確かに天照が刺された映像のようなものが脳内に流れた。でもそのことは誰にも言ってないはず。それは那実にも。
その驚いた表情を見て天照は言う
「これから、薫のところへ行くけど、あなたも来なさい」
天照はそういうと黒猫を膝から下ろし、公園の裏口から学校へ歩いていく。
思わず僕も彼女へ付いて行く。この胸騒ぎを抑えるにはこれしか方法はないだろう。
天照は僕の顔を見ず、前を見たまま、「本当にあなたはヤギなのか羊なのかよくわからないわ、まぁ信じるも信じないもあなた次第だけど」
と、どこかのお笑い芸人の決め文句に似たようなことを言った。