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ボロ鉄 見参

 突如現れた鉄馬。3人組に動揺が走る。


「か、空手屋・・・てめぇどうしてこんなところに・・・・・・」


 予想外の邪魔に思わずそんな言葉がこぼれ出る。


「・・・・・・勘定を払い忘れたというのも本当だが・・・以前見たときから少し気になっていてな。」


 あたりに張り詰めた緊張。

 それを全く意に介すことなく鉄馬は近づく。


「俺もこの稼業はそれなりに長い。お前らのような手合いのやることは大よそ予想がつく。甘い汁を吸おうとして邪魔をされ、あまつさえ公衆の面前で大恥かかされたんだ。機を改め、闇討ち奇襲で意趣返し・・・まぁお決まりの流れだな。」


 彼らを揶揄するような言葉だが鉄馬の表情に相変わらず変化はない。

 彼は真っ直ぐ巴に向かって歩んでおり、それ以外は全て些事だとでも言わんばかりに淡々とした調子を崩さない。

 そしてそのまま巨漢の横をすれ違う。

 動揺と怒りに満ちた彼を全く意に介さず路傍の石の如く無視して過ぎる。

 その態度が巨漢の動揺を押し込め、怒りをさらに燃え上がらせた。

 通り過ぎた鉄馬の背に向かい飛び掛る。

 顔から血を撒き散らし、全身で飛び掛る姿はまさに獣の様相。

 しかし、鉄馬はそれを呼んでいた。

 待ち構えていたように放たれる裏拳。

 充分な力が込められた裏拳は巨漢の鼻の下、『人中』の急所を強打する。

 一矢報いる暇さえ与えず、巨漢の前歯数本と共にその意識をあっけないほどあっさりと刈り取った。


「・・・反省をしない。先のことを考えない。だからこそお前らのような奴の考えることは至極読みやすい。」


 地面に崩れ落ちる巨漢を一瞥すらしない。

 独り言のように淡々と語り、そして歩み続ける。

 恐怖に耐え切れなくなった小男は巨漢が取り落とした竹刀を掴み上げ、そのまま鉄馬に殴りかかる。


「・・・その竹刀は彼女のものだ。乱雑に扱うな。」


 小男が向かってくると同時に鉄馬も踏み込む。

 振り下ろされる竹刀を押さえるかのように鉄馬の腕が伸びる。


 上段受け


 空手の基本的な受け技だが、この時のそれは単なる『受け技』に留まらなかった。

 上段受けが押さえたのは竹刀ではない。狙いは竹刀を持つ右腕の肘。

 過たず鉄馬の前腕が小男の右肘を捉える。

 振り下ろされる右腕に対し、カウンター気味に放たれた上段受け。

 それは小男の右肘を伸びきらせ関節技の如き痛みを生じさせる。

 痛みに小男の動きが止まるが鉄馬は止まらない。

 踏み込んだ勢いのまま、もう一歩踏み込み、受けと反対の腕を小男の股に差し込む。

 腕の引きと身体の踏み込み、それらを無駄なく使って小男を肩に担ぐ。一瞬持ち上げ、直ぐに落とす。

 ここまでの流れにかかった時間はほんの一瞬。

 小男からしてみれば、殴りかかった次の瞬間には地面に叩きつけられているように感じただろう。

 しかし、彼がそれを疑問に思うことはない。

 地面に叩きつけられたその瞬間、その強い衝撃が彼の意識を深い眠りへと誘った。


 鉄馬は歩む。

 残るは中背の男。

 もはや抵抗する気など微塵もない。


「す、すいませんでしたー」


 降参の声をあげ、一目散に逃げようとするがその動きは直ぐに止まる。

 原因は襟首。鉄馬の片手がそこをしっかりと掴んでいる。


「・・・あの後思い出したが佐々木さんを襲っていたのもお前たちだったな?」


 男の顔が青褪める。


「仏を気取る気もないが、3度目ともなれば相応の対応をさせてもらう。」


 男は弁解の言葉を並べ立てようとするが、もはやそんな暇はなかった。

 鉄馬は襟首を引き、男を仰向けに倒す。

 一瞬、男と鉄馬の目が合う。

 そして次の瞬間、男の腹を鉄馬の拳が穿つ。

 試割りの瓦のように拳と大地に挟まれる男の身体。

 胃液を撒き散らしながら地獄の痛苦にもだえる。

 腹への打撃は彼に気絶という安息すら与えなかった。




 距離にしてせいぜい10歩前後。

 ただそれだけの距離を歩く間に3人の男が倒れる。

 巴は倒れながらもその光景を見ていた。

 圧倒的でありながらも繊細なまでに制御コントロールされた技。

 目の前の鉄馬おとこの実力が武道家として自分の遥か上をいくことを否が応にも実感させられる。

 

「お前がこいつらの話に出てきた空手屋か?」


 半ば呆けたように鉄馬を見る巴に対して岩城はいたって平静だった。


「ボロ着を着た、いかにも貧乏そうな空手屋と聞いていたが・・・いや、腕の方はなかなかのもんだな。」


 鉄馬と岩城、2人の視線が合う。岩城も今は立ち上がり、興味深げに鉄馬を見やっている。


「察するに・・・この界隈で噂を聞く、『貧乏長屋のボロ鉄』ってのはお前のことかい?」


「・・・・・・おそらくは。自分で名乗った覚えはありませんが十中八九自分のことかと。」


「なるほどね・・・・・・用心棒のクセに雑用の手伝いばかりしている変わり者だって噂は聞いていたが・・・まさか腕の方もたつとはね。いや恐れ入った。」


「過分のお褒め恐縮です。・・・『玄武岩』 岩城 玄蔵殿。」


 『ボロ鉄』、『玄武岩』・・・これらは用心棒としての彼らの通り名のようなものである。

 この当時の東京において正確な情報を広い範囲に広める手段というのは非常に限られていた。

 従って一般の人々にとって最も身近な情報伝達の手段は噂話であり、口コミであった。

 用心棒稼業もその例外ではない。

 鉄馬の通り名はやや例外であるが、優れた活躍、実力を示した用心棒はそれだけ注目を浴びる。

 注目を浴び、人の話題に上ることによって、徐々にそのイメージが人々に浸透していく。

 不確定だったイメージはやがて形作られ、ついには「通り名」としてその用心棒の名前に付随するようになる。

 言ってみれば、通り名を持っているということはそれだけで用心棒としての実力を示すバロメーターのようなものだった。


「岩城さん。確認させて頂くが、あなたが受けた依頼は『彼らの邪魔をする、巴嬢を始末してほしい』・・・といったところで間違いないだろうか?」


 鉄馬の問いかけに岩城はどこか愉快そうな面持ちで頷く。


「・・・であるならば、そこの巴嬢の状態から察するにあなたは充分その役目を果たした。ここで彼らがやられたのはあなたの契約範囲外のことである筈。ここで自分達が争う必要性は薄いと考えるが如何だろうか?」


 鉄馬が投げたのは停戦提案。

 言うまでもないが用心棒と雇い主の繋がりはごく一部の例外を除いて「金」と「契約」、その2つである。

 契約を果たそうとしないチンピラ用心棒も多数存在するが、まっとうな用心棒であれば「契約内容」の難易度で仕事を選び、それに見合った金を雇い主に要求する。

 岩城も通り名を持つ用心棒。今更チンピラまがいの契約反故などしないだろう。

 そう考えたからこその鉄馬の問いかけだった。

 もし岩城が「3人の警護」を依頼として引き受けていたならば戦いは避けられない。

 しかし、だとすれば3人が倒れるまで警護する様子も見せなかったのはいささか不自然である。

 ならば彼が受けた依頼は何か?

 おそらく自分達では対応できないことの対応を依頼したのだろう。

 つまり、「巴の撃退」

 こちらであれば岩城は既に依頼を果たしているといえる。

 その上、3人が鉄馬にやられたのは雇い主である3人からしてもイレギュラーな事態である。

 わざわざ危険を犯してまで岩城がこれに付き合う必要もない。そう考えたからこその提案だった。


「成る程な。確かにその通りだ。俺はこいつらに義理や恩があるわけじゃない。わざわざ好き好んで通り名持ちの用心棒とことを構える必要はないってわけだ。」


 愉快そうな面持ちでうんうんと頷く岩城。

 しかし、


「でもな、今回はそういうわけにもいかんのよ。何せ俺の報酬はこいつらが屋台村から絞った金で払われることになっていたからな。」


 報酬は後払いの成功報酬。加えて依頼達成までの飯や酒の世話。

 それが岩城の受けた依頼の対価だった。


「だからな、こいつらにはどうあっても成功してもらわにゃ困るのさ。それにな・・・」


 岩城の笑みがどこか凄みを帯びたものに変わる。


「噂の『ボロ鉄』殿とまみえて戦いもせず引いたとあっちゃあ俺の名前に傷がつくってもんだ。道理、正義が無いのは百も承知だが、これも仕事だ。邪魔をするってんなら叩き潰させてもらうぜ。」


 瞬間、その巨体が倍ほども膨れたようにその存在感が増す。

 力に満ちながらも固さはない。

 さながら狩をする獣の如き様相である。


「・・・左様ですか。」


 対して鉄馬は僅かに斜を向き、だらりと腕をたらした自然体。

 岩城からあふれ出す闘志を柳に風と飄々と受け流す。


「道理、正義が無いのはこちらも同じ。当方の私情と都合に基づき、申し訳ないが阻ませて頂く。」


 力みのない自然体とは裏腹に張り詰めたような緊張が当たりに立ち込める。

 傍らで見ている巴の目にも彼らが臨戦態勢に入ったことは否が応にも感じさせた。


 対峙するのは空手屋と柔道屋。

 修めた武術に違いはあれど、互いに用心棒という同業同士。

 その火蓋は恐ろしいほどあっさりと切って落とされた。

 


 

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