表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/23

深夜の襲撃

 騒がしくも活気に満ちた屋台村に深夜が訪れる。

 食事を取っていたお客も皆それぞれのねぐらへと帰っていき、村の一員である他の屋台の面々も店を閉め家路につく。

 巴達の屋台も彼らを見送った後、店を閉めた。

 夫婦は店を片付け、屋台を引き家路につこうとする。


「おじさん。私は少し周りを片付けてから帰るから。」


 そんな巴の声が叔父を呼び止める。

 叔父が振り向くと確かに屋台のあった周辺はまだ幾分のごみが落ちて散らかった状態だった。


「巴ちゃん。もう遅いし明日にしたらどうだい?」


「そうよ。1人で帰るなんて物騒でしょ。」


 叔父夫婦は心配げな声を掛ける。

 その言葉に巴は微笑み、


「大丈夫よ。簡単にごみを寄せとくだけだし、それに・・・・・・」


 左手に持った形見の竹刀を掲げる。


竹刀これもあるしね。すぐに戻るわ。それよりおじさん達こそ帰り道気をつけてね?」


 姪っ子の剣の腕はこれまでの活躍で叔父夫婦も充分に知るところだった。

 まだ若干の心配を残しながらも姪の言葉に従い、彼らは一足早く家路につくこととした。



 巴は叔父夫婦に伝えた通り、散らかったごみを大まかに集める。

 何も彼女1人が片付けをする義務などないのだが、これも彼女が父から受けた教えの一つだった。

 

 お世話になったものはたとえそれが物や場所であったとしても敬意をもって接するべし。


 武道の稽古であれば稽古後、道場に対して一礼するのがこれにあたる。

 彼女は父の教えを忠実に守り、たとえ商売の場であっても怠らずこれを実践していた。

 片付けを終えて巴は周囲を見渡す。

 完璧とは言えないがやる前と比べればだいぶ片付いていた。

 それを確認し、巴は満足気に一人で頷く。

 そして彼女は周囲の人からやや遅れて家路につくこととなった。


 左手に竹刀を持ち、巴は夜道を1人で歩く。

 武道の稽古で培われたシャンと伸びた背筋せすじとキビキビとした足運び。

 1日の終わりだというのに彼女の姿からは疲れた様子もだらけた様子も全く見えなかった。

 彼女は整った姿勢で軽やかに歩を進める。

 しかし、彼女の歩みが不意に止まった。

 原因は目の前に現われた3人の人影。

 以前屋台に現れた3人組のチンピラだった。

 彼らはにやけながら言う。


「よう。お嬢ちゃん。仕事は終わったのかい?」


「それならちょっと俺達と遊んでくれよ?」


「ちょうどこの間のお礼がしたかったところだしな。」


 無論彼らは巴を遊びに誘っているわけではない。

 いつかの意趣返し。その為に待ち伏せていたのだろう。


「あら?夜も遅いのにご苦労様。この間の接客じゃ、まだ足りなかったのかしら?」


 

 そう言いつつ、巴は油断無く竹刀を構える。

 以前は巨漢と戦っている間にもう一人から抱きすくめられ不覚を取った。

 しかし、彼ら個々の実力を見るならば恐れるような相手ではない。

 背後を取られないように立ち回りさえすれば、充分に対処できる相手だった。


「いやいや。そんなことないさ。素晴らしい接客だったよ。」


 3人組の小男が口を開く。

 以前、喉に突きを喰らい散々苦しんだはずだが、彼の様子は妙に余裕に溢れていた。


「あんまり素晴らしい接客だったから是非他の人にも味わって貰いたいと思ってね?今日は別のお客さんも連れてきたんだ・・・・・・先生!お願いします!」


「オウ。」


 巴の背後より声が響く。

 巴は振り返りつつ、距離をとろうと後ろへ跳ぶ。

 そこに居たのは、3人組の巨漢より更に一回り大きな男。

 やや赤らんだ顔をしており、多少酒が入っているようだった。

 しかし、背丈は女性としては比較的背の高い巴と比べても更に頭3つ分は高い。

 そして特筆すべきはその体つきだった。

 背丈からすれば足はやや短い。しかしその太く短い足は大樹の如く地に根をはっている。

 腕も太い。前腕はおおよそ彼女の腕二本分、二の腕にいたっては彼女の太股ふとももほどもありそうだった。

 そして首、顔幅を超えるほどに太く、ほぼ肩と一体化している。

 その身体は一般人のそれではない。なにかしらの鍛錬を充分に積んだ極めて特異な身体と言えた。


「おい。この嬢ちゃんかい?お前らがやられたってのは?確かこの先の屋台村で用心棒の真似事をしているんだったな。」


「はい、先生。この女さえいなけりゃあの屋台村にゃ邪魔する奴はいません。煮るのも焼くのも先生と俺達の自由ってわけでさぁ。」


「ふん・・・なるほどね。おい嬢ちゃん!こういう訳なんだが、どうだい?一つ大人しくこいつらに詫びを入れるってのは?」


 先生と呼ばれた大男が巴に語りかける。


「詫びを入れて今後大人しくするってんなら、ここで手打ちとしようじゃねぇか?俺も一応武道家でな。女子供を痛ぶるってのは少しばかり気が進まねぇんだ。」


 ごついなり、酒の入った顔に似合わぬ比較的穏便な提案。

 しかし落ち着いて語るその言葉は3人組の吐く言葉とは比較にならない程の凄みと自信を感じさせた。

 常人離れした体つきは言うに及ばず、低く重心の落ちた立ち姿に喋りながらも油断の無い身のこなし。

 それは目の前の男がチンピラとは比較にならぬ程の強敵だと示すのに充分な要素だった。

 しかし、その時の巴はそんなことは一切目に入っていなかった。

 彼の放った「武道家」という言葉が彼女の怒りに火をつけていたのだ。


「ふん!人に寄生するしか能のないごく潰しの分際で偉そうに!お仲間の3人と一緒に思い知らせてあげるからグダグダ言わずにかかってきなさいよ!」


 巴は烈火の如き啖呵をきる。

 それを聞いた男はやれやれとため息をつき、


「はぁ・・・そう言われちゃこっちもやらない訳にはいかないな。まぁ悪く思うなよ嬢ちゃん。」


 言うや否や男の腕が巴に向かって伸びる。

 開かれた手から察するならば巴を掴むつもりだろう。

 すかさず巴はすり足で後方へ下がり、同時に得意の「引き小手」を放つ。

 竹刀と男の腕がぶつかり、夜空に乾いた音を響かせる。

 相手を打ってなお油断せず巴は男から更に距離を取る。同時に横目で3人組の様子を伺う。

 以前背後を取られたことに対する反省だった。

 同じ愚を犯さぬよう周囲を充分に警戒する。

 しかし、巴の警戒とは裏腹に3人組にこれと言った動きはない。

 にやにやと笑いながら巴達の戦いを観戦しており、加勢に出る様子はない。

 そうしてる間にも男が迫ってくる。巴は再び男との戦いに集中した。


 巴と男の戦いは掴みかかる男と下がりながら竹刀で打つ巴・・・・・・その繰り返しだった。

 もうすでに何度も巴の竹刀は男を打っている。

 しかし、巨体ゆえの頑丈さなのか男に堪えた様子は見られない。

 巴は焦っていた。

 現状、巴が一方的に打ち込んでいるが、その分動く量は男と比べて格段に多い。

 このままでは先に体力が尽きる。そうすれば男は悠々と巴を掴み勝負をつけるだろう。


 このままじゃ駄目だ。

 相手の意識を刈り取る強い一撃を


 巴は覚悟を決めた。

 掴みかかる男を静止して待つ。

 今までであれば既に後方に引いている距離であるが、誘惑に耐え必死でこらえる。

 後僅かで男の手が巴にかかるというところで、巴は動きを解放する。

 足の筋力を総動員し、間一髪で後方目掛け強く跳ぶ。

 巴が急にいなくなったことで男の手が目標を見失い虚空を掴む。

 獲物を掴み損ねた彼の腕はいまだ下方に垂れている。

 

 今こそ好機!


 巴は着地するや直ぐ今度は前方目掛けて再度跳躍。

 狙いはがら空きとなった頭部。

 男の意識を刈り取らんと、巴は躊躇うことなく必殺の面打ちをお見舞いした。



 竹刀が肉を打つ乾いた音。

 巴の手には充分な手応え。

 巴が勝利を確信した時。

 すぐ傍で男の声が聞こえた。

 

「・・・・・・嬢ちゃん。腕は悪くないが、せめて木刀を持ってくるべきだったな?悪く思うなよ。」


 当たる直前、首を動かし打突をかわしたのだろう。竹刀が当たったのは頭部ではなく男の肩口だった。

 常人であればそれでも充分な痛手。

 しかし、この男の肩は分厚い筋肉に覆われ鎧の如き様相を呈していた。

 筋肉の上に打たれた打突が大した効果を挙げていないことは男の落ち着いた声音から充分判断できた。


 己の失敗に気付き慌てて引こうとするが、時既に遅し。

 男の手は既に巴の片腕をしっかりと捕んでいる。

 逃れようとする間もなく、もう片方の手が巴の襟元を掴む。

 そして目の前で男がぐるりと背を向けたと思ったときには、巴の視界は逆さまになっていた。

 困惑する間もなく、次の瞬間には強い衝撃が巴の全身を襲う。

 

 背負い投げ


 自分に仕掛けられた技の名前に気がつくがもはや意味はない。

 巴の全身を痛みと痺れが這い回り、もはや彼女は身動き一つ満足に取れなかった。

 地面に倒れ伏す巴に3人組の小男が勝ち誇った顔で近寄る。


「どうだいお嬢ちゃん?この先生はなこの界隈じゃ名の知れた用心棒、柔道屋の岩城先生だ。てめぇみたいな小娘なんか相手じゃ・・・おぉ!」


 滔々と語る口調が不意に止まる。

 何かに気が付いたのか小男は黙り込み、顔には好色な笑みを浮かべている。

 巴は何ごとかと自分の身体を見下ろし、それに気付いた。

 背負い投げの際に破れたのだろう。いまや巴の着ていたシャツは裂けその下の白い肌を大きく晒していた。

 ほっそりとした腰から臍まわり、ついには胸元にまで破れは及んでいる。

 破れたシャツからまろびでたの白い二つの丘陵は今や淡く色づくその先端までもが夜気と男達の視線に晒されていた。

 羞恥で身体を隠そうにも巴の身体は満足に動かない。

 そうしている間に他の2人も近寄り、舐めまわすように無遠慮な視線を巴の身体に向けている。


「・・・・・・生意気な小娘だと思ってたが・・・なぁ?」


「ああ、これは意外と悪くねぇな・・・」


 チンピラ達の好色な視線に情欲の火が灯る。

 彼らがこれからしようとしていることなど考えなくてもわかる。

 しかし、逃れようにも身体の動かない今の巴にはその術がない。

 一方、岩城は興味がないのかやや遠くに腰掛け、持参したと思しき酒瓶を瓶のままあおっている。

 しかし、ふと気が付いたのか、


「おい、お前ら。楽しむのは結構だが、その前にその竹刀だけは始末しとけよ。それを握られたら俺はともかくお前らじゃ太刀打ちできんだろ。」


 竹刀は今、巴の直ぐ傍の地面に転がっている。

 お楽しみをお預けにされて、しぶしぶ3人組の巨漢が竹刀へと向かうが、その時悲痛な声があがった。


「やめて!お願い・・・それだけは・・・」


 竹刀は彼女にとってかけがえのない父の形見だった。

 それを失うことは己の肌を晒す以上に彼女を恐怖させた。

 巴の必死の懇願。

 しかし、それは却って逆効果だった。

 気の強い看板娘の必死の懇願。

 涙さえ浮かべながらのそれはひどく男たちの嗜虐心をそそり、情欲を更にかき立てた。

 巨漢は必死の懇願を楽しむように拾った竹刀を弄ぶ。

 その間にも巴の必死の訴えは響く。

 しかし男達はそんな訴えをまるで天上の音楽のように楽しみ、いやらしい笑みを深める。

 巨漢はおもむろに立ち止まる。

 竹刀を両の手で掴むと、そのまま天高く竹刀を振り上げた。


「――や、やめてぇー!」


 巨漢の意図に気付いた巴は一際大きな悲鳴をあげる。

 彼の意図は明白。振りかぶった竹刀を力任せに叩きつけへし折るつもりだろう。

 武器とはいえ竹刀の材質は言うまでもなく「竹」。

 彼ほどの巨漢が力任せに地面に叩きつければ容易くへし折れる。

 巴の悲鳴を聞き、巨漢の顔が更に喜悦に歪む。

 むしろ彼女の悲鳴に後押しされるように笑みさえ浮かべながら、彼は両腕を振り下ろした。





 大きな音が鳴り響き、その後何かが地面に落ちて乾いた音をたてる。

 それは折れた竹刀とその残骸・・・・・・・・・・・・ではない。

 地面に落ちたのは一足の下駄。

 何の変哲もない下駄だが、一つ変わったところを挙げるとするならば、ところどころが赤い染みに染まっていることだろう。

 染みの正体は血。顔を押さえた巨漢の指の隙間から、今も止むことなく血が滴り落ちる。

 竹刀を振り下ろそうとした瞬間、飛んできたその下駄が彼の鼻を強打したのだ。


 何ごとかと3人組は下駄の飛んできた方向に目を向ける。

 そこに居たのは1人の男。

 中肉中背。短髪黒髪。飾り気のないシャツとつぎはぎだらけのズボン。

 際立った特徴はない。

 しかし、眉間に寄せられた深い皺。それが彼らを激しく動揺させた。


「取り込み中に申し訳ないが先を譲ってもらいたい。」


 男は力強い足取りで歩み寄る。


「・・・なにぶん、彼女にまだ勘定を済ませていなくてな。」


 集まる視線に毛ほどの動揺も見せず、本部 鉄馬はそう語った。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ