暇をもて余す男
「つまり、吉田さんの奥さんが買い物に行っている間、ケン坊を預かったってことかい?」
あれから程なくケン坊の母親は外出から帰宅し、鉄馬はお役御免となった。
今は2人、鉄馬の部屋でいきさつの話をしている。
「ああ。それでケン坊はああやっておぶった状態で型を演じるのが至極好きらしくてな。まぁ俺も1人でやるより負荷がかかって良い鍛錬になる。持ちつ持たれつというやつだな。」
「いやいや。だからってなんで鉄兄が子守をやることになるのさ?」
「吉田さんの奥さんが出かけようとしてたんだがケン坊がどうにも泣き止まず難儀していたようだったんでな、しばらく世話を引き受けたんだ。ちょうど俺も暇だったしな。」
「暇って・・・だったら部屋で休むなり何なり適当に過ごしてりゃいいじゃないか?」
用心棒の主な仕事は有事の際、雇い主を危険から守ることである。
裏を返せば特に何ごとも起きなければ、用心棒に特にやるべき仕事はない。
故に芝居などでは昼間から雇い主の金で酒を飲み、日々を怠惰に過ごす用心棒の姿がよく描かれるが、それもあながち間違いではない。
その辺のチンピラあがりの用心棒であればまさしくそれに近い仕事ぶりであるし、もう少しましな者でも有事がくるまでは適当に控えて気ままに過ごしているのが普通だ。
少なくとも自分から子守を引き受けるような用心棒はギンの知る限り目の前の1人以外に聞いたこともない。
「ギン・・・人様が働いている真昼間からぐうたらして過ごすなどロクな人間のすることじゃないぞ。」
鉄馬は生真面目な顔で弟分を諭す。
いや、だったらなんであんた用心棒なんてやってるんだよ?
そう喉元まで出掛かるがすんでのところで押しとめる。
そんなギンの様子には気付きもせず、鉄馬はマイペースに話を続けている。
「しかし実際暇でな。幸か不幸かこの長屋は大して荒事も起きていない。こうなってくると用心棒と言っても名ばかりだ。何か手伝いでもしていなければ皆さんに申し訳なくてな。」
鉄馬の用心棒としての報酬は長屋の一部屋の無償提供といくばくかの金銭。
金銭といってもその辺の労働者が稼ぐ額と大して変わらない。
これは腕一本で稼ぐ用心棒としては破格的に安い。そのへんのチンピラ用心棒でももっと良い待遇を要求しているだろう。
「申し訳ないって言うけど鉄兄。用心棒の仕事って基本そういうもんだろ?それに働いてないわけじゃないだろ?ほら以前だって佐々木の爺さんを助けたりしてたじゃないか?」
佐々木の爺さんとは3人組に恐喝されかけていた佐々木 周造氏のことである。
「助けたというが、あれはたまたま俺が通りかかっただけだ。しかも軽くてすんだとはいえ周造さんには怪我までさせてしまった。それだけでも申し訳ないのにあれ以来ご夫婦そろって俺なんかを気にかけてくれる。むしろして貰ってばかりで心苦しいくらいだ。」
さも心苦しそうな様子の鉄馬であるが、ギンや長屋の住人は知っている。
佐々木夫婦は鉄馬を気にかけているのではなく、自分達がやりたいからそれをやっているのだと。
捻挫した周造をおぶって長屋まで帰った鉄馬は周造の奥さんに事情を説明した。
旦那に起きた災難と怪我に婦人は大層うろたえていたらしいが、そこで鉄馬はまたも妙な人の好さを発揮した。
婦人を宥め、周造の手当てをし、その日は色々と不自由もあろうと付きっ切りで世話を焼いていたのだ。
鉄馬は気難しげな外見のせいで、初対面ではほぼ怖がられるが、内面が知れてくるとそのギャップの為か妙に人に好印象を与える。特に子供やお年寄りにはそれが顕著だった。
その日の手厚い世話から始まり、その後も顔を合わせれば何かと気をかけてくるこの用心棒に佐々木老夫婦は感じ入り、好感を持った。
戦争で1人息子を亡くしたせいもあるのだろう。最近では鉄馬のことを自分達の息子のように思っているふしすらある。
一度など婦人は鉄馬の手を握り「こんな危ない仕事は早くお辞め」と泣きそうな顔で諭していたこともある。
これにはさすがの鉄馬もなんとも言えずギンが助け舟を出すまで困り顔でひたすらされるがままになっていた。
顔に似合わず人が好く、あれこれと気もまわるのだが、自身の評価については妙に鈍いのところのある男だった。それが鉄馬の世渡り下手なところでもあるのだが、そういった点も含めてギンはこの兄貴分を好ましく思っていた。
困り顔で悩む兄貴分の前でギンは再びため息をつく。
もう少し自分に甘く考えれば、その眉間の皺だって少しはとれるだろうに・・・
そんなことを考えるが、きっと死ぬまで直りゃしないだろうともう何度目かになる諦めの言葉を脳裏に浮かべる。
これ以上困らせるのもしのびなく、当初話そうと思っていた本題に話を移す。
「まあ、鉄兄が暇だって言うんなら丁度良かった。実は鉄兄向きの仕事の口があってね。良かったらどうかと思ってたんだ。」
ギンの仕事。これもまたやや特殊な仕事をしている。
彼の仕事は仲介屋とでも呼ぶべきものだ。
彼はその童顔に似合わず目端がきき、顔が広い。それなりに弁も立つ。
彼の仕事はその人脈と話術を活かして、様々な仕事の仲介を行いその手間賃を貰い受けるというものだった。
この頃の東京は物資も乏しいが人も満足に揃っていなかった。
いや正確には人がいないわけじゃない。
しかし皆あちらこちらに勝手に住み着き、その辺で勝手に商売を始めるのが常だった。
今日のようにどこで、誰が、どのような人材を求めているかなど知る術もなかった。
そこで活躍するのがギンのような仲介屋である。
独自の人脈を駆使し、困っている依頼主に適切な人材を紹介、もしくは技術を持つ人間に相応しい職場を斡旋する。それが彼の仕事だった。
そして彼の活動範囲は用心棒稼業も例外ではない。
時折彼は鉄馬にちょっとした依頼や仕事を斡旋してきた。
「仕事か・・・・・・どんな内容だ?」
「それは・・・いや、うん丁度いい時間かもしれないな。」
部屋の外から夕暮れの光が差し掛かり、まもなく夜を迎えようとしている。
「鉄兄。これから出れるかい?丁度いいからそこに向かいながら説明するよ。」
鉄馬は「うむ」と頷き立ち上がるが、そこで何か思い出したらしくギンに向けて声を掛ける。
「・・・すまん。行くのはいいがもうしばらく待って貰えるか。」
片手拝みに詫びる鉄馬。
しかし、先程まで暇だと言っていた彼に何の用事があるというのか。
「そりゃ別に構わないけど・・・何か用事でもあるの?」
鉄馬は気難しげな顔で頷き口を開く。
「うむ。黒木さんのところの坊やに飯を作ってやらなきゃならない。」
「あんた飯炊きまでしてんのかよ!!」
当人どころか長屋の住人まで、彼が用心棒であることを忘れているのではあるまいか。
ギンは叫びつつ、この兄貴分がどこへ向かおうとしているのか、割と本気で心配した。