報告、そして頼みごと
用心棒という稼業において、上下の関係はあれど、横の繋がり、対等な関係というものは極めて稀であった。
そもそもが腕っ節の強さが資本の商売である。
より稼ぐため、より名前を売るためには必然自身の強さを周囲に示すほか方法はない。
そうなれば用心棒同士で起こるのは交友ではなく、互いの力関係の比べあいである。
そこに情が入り込む余地は極めて薄い。
弱さを見せれば、侮られれば、たちまち自身の立場は弱いものとなる。そうして行き着く先は他の用心棒に仕事を奪われ、廃業するという運命。
そういった末路を辿らない為にも、用心棒達は自身の強さを誇示し、同業者と見れば自身の優位を示してみせる。それが戦後 東京における用心棒達の常だった。
そういった点では鉄馬と芳樹、そしてギンの3人の関係はいささか特殊なものと言えた。
芳樹もまた仲介屋であるギンの世話となっている用心棒であり、当初3人が顔をあわせたのはその縁がきっかけであった。
当初は警戒を示した芳樹であったが、そこは弟分からも奇行をもって知られる鉄馬である。
芳樹の警戒をどこ吹く風と気にも留めない鉄馬の姿に彼もまた毒気を抜かれていったのだ。
加えて、元来の芳樹は自身の腕前に強く自信を持つ用心棒であり、世間の評するところ充分に「良識派」に入る用心棒であった。
余談ではあるが、用心棒の中には「良識派」と呼ばれる層も数は少ないが一応存在する。
彼らは妥当な金額で妥当な分の仕事をし、それなりに責任をもってその仕事に務める。言葉にすると当たり前のようであるが、用心棒という仕事においてこれらを遵守できる人間は驚くほど少ない。それを行っているが故に彼らは「良識派」と評されるのだ。
・・・なお、鉄馬についてだが、彼は「良識派」とは呼ばれない。用心棒稼業より長屋の雑務に務める姿が目立つ彼は一部の人間から密かに「奇行派」と呼ばれている。
用心棒らしからぬ男 鉄馬と比較的良識ある用心棒 芳樹。
2人はギンを挟んで何度か顔をあわせるようになり、次第に打解けてついには用心棒稼業では珍しい友人関係を築くまでに至った。
ギンを含めた3人の関係は良好で、顔をあわせれば酒食を共にすることすらあった。
しかし、用心棒と仲介屋。どちらも休みが決まった仕事ではない。同じ長屋に住む鉄馬とギンは別であるが、芳樹と会うのは偶然互いの都合があった時に限られた。
それだけにわざわざ芳樹が長屋まで訪ねてくることなど初めてのことであり、突如現れた芳樹の姿は少なからず鉄馬とギンを驚かせた。
「どうしたのヨシさん?何か仕事で問題でもあった?」
「いや・・・問題は別になかったんだが・・・すまん!ギン。あの仕事は昨日辞めてきたんだ。」
この発言は更にギンを驚かせた。
芳樹はギンの紹介である商店の用心棒についていた。
以前、商店に様子を窺いに行ったところ、仕事ぶりに問題はなく、相手側も充分に満足している様子だった。
それだけに突然の辞職はなおのこと不可解であった。
治安の悪さ故に用心棒の需要は常に存在する。
しかし、その中で条件の良い職場を求めればおのずとその選択肢も限られてくる。
芳樹がついていた商店の用心棒は環境的にも報酬的にもかなり優良な仕事だったのだ。
「えぇぇ?いったい何で?」
「まぁ・・・それを報告しようと思って今日は来たんだが・・・」
そこで芳樹はちらりと鉄馬の様子を伺う。
口元にはまだ笑みが浮かんでいるが、しかしそこにどこか鋭いものが加わっている。
「・・・なぁ鉄さん。俺達、知り合ってもうそれなりになるが、腕比べって奴だけはまだやったことなかったよな?」
唐突な問いかけに鉄馬は眉間の皺を深める。
「えぇ。そうですね。幸い仕事で争いあうようなこともなく、これまで交流してこれたと思いますが・・・」
「そうなんだよなぁ・・・それ自体は俺にとっても悪くないことだったんだが・・・」
芳樹はどこか困ったような顔で鉄馬と向き合う。
「やっぱりさ、お互い腕に自信のある者同士、一度位は腕試しって奴をしてみたくはないか?」
芳樹の顔には困ったような笑み、しかしその目は至極真剣であった。
「鉄さん・・・ぶしつけなのは百も承知だが、一度でいい。俺と軽く仕合っちゃもらえないか?」
「ちょっと!ヨシさん、どういうことだよ?」
用心棒同士の腕比べ。
それは意地や誇りだけではない、今後の稼業にも大きく影響を及ぼす。
過去に用心棒同士で仕合うことは度々あったが、それらが穏便、円満に収まることなどごく僅かだった。
ギンは兄貴分の鉄馬はもちろん、芳樹のことも友人として親しくしている。
その2人が争う姿などギンとしては見たくはなかった。
「いや、ギン。別に俺は鉄さんをどうこうしたいってんじゃあない。俺なりのけじめとして、空手屋の鉄馬と自分の腕を比べてみたいんだ。なぁ、鉄さん頼む。どうか受けちゃもらえないか?」
とうとう頭を下げる芳樹。
彼の様子は真剣そのもの。それだけに「けじめ」という言葉がギンの耳に強く引っかかった。
しばしの沈黙。
それを破るようにして鉄馬が口を開く。
「・・・いいでしょう、芳樹さん。仕合いましょう。」
芳樹は顔を上げ、ギンは驚いて振り向く。
「鉄兄!」
「落ち着けギン。俺達は別に憎んで傷つけあうんじゃない。純粋に互いの腕を比べる為に仕合うんだ。・・・・・・そうですよね?芳樹さん。」
「・・・あぁそうだ。つき合わせてすまねぇ。鉄さん・・・」
顔を上げた芳樹の顔には、再び人懐っこい笑みが浮かべられていた。
次話は2日後、投稿予定です。