やはり用心棒には向かない男 (第1話 完)
10日後 屋台村にて
「いや、まさかあれだけ嫌がってたのに、今になって雇ってくれるなんてどういう風の吹き回しなのかね。ねぇ鉄兄?」
一度は完全に脈なしと思われた屋台村用心棒の仕事。
しかし一週間ほど前、うどん屋の店主より改めて依頼の連絡がギンに届いた。
いぶかしみながらギンが店主と会い、話をしたところ今度は巴も承諾済みだと言う。
鉄馬にも改めて話を持ちかけたが、こちらも快く承諾。
そんな事情により、一週間前より鉄馬は屋台村の用心棒も勤めることとなっていた。
主な仕事は見回りと揉め事の仲裁。現状、大きな問題もなく勤め上げている。
ギンは10日前の戦いについては知らない。故に突然の状況の変わりように今も首を傾げていた。
今、ギンと鉄馬はうどん屋の屋台で腰掛けている。
休憩中の鉄馬はギンの言葉にも素知らぬ顔でうどんをすすっている。
「・・・でもさ鉄兄。鉄兄が何も言わないから黙ってたけど、ちょっとばかりここの仕事料安すぎない?」
ギンが隣の鉄馬にこっそりと耳打ちする。
鉄馬の仕事料はギンが考えていた額のおよそ半額以下だった。
食事の無償提供という特典こそあるものの鉄馬ほどの武道屋を雇うにはあまりに安すぎるとギンは思っていた。
「ちょっとギン!人聞きの悪いこと言わないでよ。」
ギンの言葉を聞きつけ割ってはいったのはうどん屋の看板娘にして『うどん屋御前』こと巴であった。
「言っとくけど屋台村はちゃんとまっとうな金額を提案していたのよ。でもこの人が・・・」
巴が鉄馬へと視線を向ける。
巴とギン、2人の視線が集まっていることに気付いた鉄馬がようやく箸を置く。
「・・・ギン。あまり欲をかくな。俺は長屋とこちら2つの場所を掛け持ちしている身だ。いつでも常駐していられる訳じゃない。そんな状態の俺を雇ってくれているのだ。今でも充分すぎるくらいだ。」
それだけ言うと再び箸を持ち、うどんをすすり始める。
眉間の皺を緩め、旨そうにうどんをすするその姿は全く不満を持っていないようだった。
「ほらね。鉄馬さんはあんたみたいに意地汚くないのよ。」
巴が勝ち誇ったようにギンに言う。
「意地汚いってひどいな・・・・・・ていうか巴ちゃん、俺より鉄兄に対して優しくない?」
「そりゃ当然よ?あなたは仲介する人。鉄馬さんは実際身体を張ってここを守ってくれる人。扱いが違うのは当然じゃない?」
「そりゃまぁそうだけどさ・・・でも本当どうしたの?あんだけ鉄兄のこと嫌ってたのに。2人なんかあったの?」
ギンからすれば自分の扱いよりその点が何より気になっていた。
実際、巴の鉄馬に対する評価は大きく変わった。
当初こそ巴や屋台村の人々に若干の警戒の目で見られていた鉄馬であったが、その後の仕事ぶりによってそれは大きく改善されていた。
常駐こそしていないもののまめに働き、仕事外でも長屋の人達にするのと同様にあれこれ気を回す鉄馬は早々に屋台村の人々からの信頼を勝ち取っていた。
巴にしても助けられたことに加え、日頃の生真面目な働きぶりを見るにつけ、今では鉄馬に対し少なからぬ好感を抱くようになっていた。
相対的にギンに対する扱いが低くなったとも言えるが、遠慮のない口を叩くその関係は、ある種親しい関係といえないこともなかった。
「ところで、鉄兄。ここの様子はどう?前に見たチンピラとかは来てないの?」
「ああ、今のところ問題ない。」
無論、揉め事、厄介事の類は今でも時折発生する。
しかし、以前に現れたチンピラ3人組に関してはその後姿を見せることはなかった。
3度も鉄馬にやられ、虎の子の用心棒まで撃破され、さすがに恐れをなしたのだろう。鉄馬の知る限り、この界隈でそれらしき3人組が騒ぎを起こしていると言う評判はついぞ聞かなかった。
むしろ鉄馬が思い返すのは『玄武岩』こと岩城 玄蔵である。
彼についてもその後姿を見ていない。
特に大きな怪我を負ったということもないはずなので、よもや用心棒を辞めたということは無いだろう。
勝利こそ収めたが、けっして岩城は弱い武道屋ではなかった。
動きや技の鋭さから察するならば、彼はけっして生来の強さに胡坐をかくゴロツキではない。今も鍛錬を続けていればこそのあの力であり、技の筈だ。
用心棒に身を落としてなお鍛錬を続けるその姿勢。
もし東京がこんな状況でなければ、今もまっとうな柔道家として人々の手本となっていたのではあるまいか。
岩城の姿を思い返すにつけ、鉄馬はしみじみそんなことを考える。
「同じ穴の狢」の身の上、人をとやかく言う権利などありはしないが、いつかまっとうな武道家として立ち直って欲しい・・・鉄馬は密かにそう願わずにはいられなかった。
もの思いにふける内に鉄馬の前のどんぶりは空になっていた。
「あっ。鉄馬さん、おかわりいりますか。」
気付いた巴がそんな声をかけてくる。
「いえ、せっかくですがこれで充分です。そろそろ仕事に戻らないと。」
鉄馬の言葉にギンは首を傾げる。
「でも鉄兄。昼の見回りはさっき済ませたし、特に揉め事も起きてない。仕事って何やるの?」
屋台村の用心棒とはいえ仕事の内容は長屋のものと大きく変わらない。
日に何度か様子を見回り、有事の際はそれに応ずる。
それ以外は強いて鉄馬が成すべき仕事はない。
見回りを済ませた鉄馬が今から何の仕事をするのか。それがギンには不思議だった。
巴も検討がつかないらしく、同じく首を傾げている。
「ああ、重要な仕事だ。」
そう言うと鉄馬は立ち上がり、懐から何やら白い布を取り出す。
そしておもむろにそれを捻り頭に巻く。
捻り鉢巻である。
ぽかんとするギン、巴をよそに鉄馬は口を開く。
「それでは店主。後は自分が・・・」
「ああ、鉄さん。それじゃあすまないねぇ。」
うどん屋の店主と言葉を交わすと鉄馬は屋台に入っていく。
更に店主と何ごとか言葉を交わし、入れ替わるように店主が出て行く。
そして残された鉄馬はおもむろに
うどん生地をこね始めた。
突然のことに言葉もでないギンと巴。
その間にも鉄馬は一心不乱に生地をこね続ける。
「奥さん。このような感じで問題ないでしょうか?」
「えぇもうばっちりですよ。やっぱり主人とは力が違うわねぇ。男はこうでなくちゃ!」
店主婦人はこの状況に疑問はないらしく、いたって機嫌良く鉄馬と言葉を交わしている。
「いえ、恐縮です。どうかご指導のほどよろしくお願い致します。」
「あら鉄さんは礼儀正しいわねぇ。あなたみたいな人が婿に来てくれたら巴ちゃんも安心なんだけどねぇ。」
「恐縮です。」
何やら屋台の中で和やかな会話が繰り広げられる。
しかし、ギンと巴はどこまでもその会話についていくことができない。
「ね、ねぇ鉄兄?何してんの?」
「む・・・・・・見ての通りうどんの生地をこねているんだが・・・?」
「いや、それは見りゃわかるよ。俺が聞きたいのはなんで鉄兄がうどんをこねてるのかってことで・・・」
「・・・言っていなかったか?今日は店主にどうしても外せない会合があるらしくてな。その間、生地をこねる人間がいないというので、代役を引き受けたんだ。」
「最初は大丈夫かって心配してたんですけど。鉄さんは器用ねぇ。すぐに仕事を覚えちゃって・・・」
和やかに笑う店主婦人と当然の如く手伝いを引き受けている鉄馬。
ギンの隣では巴が何やら頭を抱えている。
きっと頭痛だろう。なぜならギンも同じ心情だからだ。
「鉄兄・・・」
「どうした、ギン?」
「前から思ってたんだけどさ・・・」
「何だ?」
「鉄兄って致命的に用心棒って仕事に向いてないよね。」
「む?」
はなはだ不可解といった顔でギンを見返す鉄馬。
そんな兄貴分の様子にギンの身体から力が抜ける。
本部 鉄馬
ギンが慕う、敬愛すべき兄貴分である。
腕も立つし、人柄だって悪くない。
しかし、この兄貴分が果たして用心棒としてちゃんとやっていけているのか?
そこだけは弟分として大いに不安だった。
第一話 用心棒には向かない男 了