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第4話 一人歩きしたわたしの背中

別れ際に、聞きたかったことを聞いてみた。


よくニュースでも取り上げられるコミュニケーションツールを、案の定かなちゃんは使っていた。


アプリケーションのダウンロードから、アカウントの取得まで、全部、かなちゃんが手早くやってくれた。もちろん最初の友だちはかなちゃんで、こっちの方が行き違いがなくて便利だからって、これからはこのツールでやり取りすることになった。


かなちゃんはわたしのいちばんめ、というのがとても嬉しいみたいで、そんなかなちゃんを見て、こっちも嬉しくなった。


ずっと手をつないで、帰って来た。


手をつないでいると、体温のほかに色んなものが相手に伝播していく気がした。わたしの嬉しいという感情が、ちょっとでも伝わって欲しくて、少しだけ、握る力を強めた。


途中の別れる道で、ついでとばかりにかなちゃんの色んなことをたくさん、教えてもらった。


実は大勢で騒ぐより、静かに本を読む方が好きなこと。わたしが好きな作家のファンで、わたしが持っていない作品も持っていること。冬生まれなこと。兄がいて、遠くで離れて暮らしていること。


これから、毎日こうやって色んなことを知れたら、わたしの中のかなちゃんは平面から立体になって、肉付けされて、最後には血が通う気がした。そうなったら、わたしはきっと、もっとかなちゃんのことが好きになるんだろう。それが、どういう好きなのかは、今はまだ分からない。でも、確かにわたしは、昨日よりかなちゃんのことが好きになっていた。


わたしは、自分で言うのもなんだけど、単純な人間なのだ。だから、優しくされたら嬉しいし、気を許してしまう。ただでさえ、今まで全然人との付き合いがなかったから、余計に。


もっともっと仲良くなったら、今度は嫌われることが怖くなるんだろう。嫌われていないという絶対の自信を盾に、嫌われるいつかを危惧するようになるなんて、おかしな話だけど、きっとわたしにも、いつかそんな日が来るのだ。


それに。


かなちゃんにとっての今は、きっと通り過ぎていく通過点に過ぎないんだろう。仮にわたしがかなちゃんのことをそういう意味で好きになって、かなちゃんにわたしの持てる全部をあげられる日が来ても、いつか、もういらないって、言われる日が来るんだろう。


その日が1日でも、来るのが遅くなるようにって、縋るようになる日が、近いうち、きっと来る。嫌われたくなくて、かなちゃんに好かれる自分でいようと足掻く日が。


だって、わたしの友だちはかなちゃんしかいないから。


柔らかく微笑んでくれて、手を握ってくれて、わたしを好きだと言ってくれる稀有な人は、かなちゃんしかいないのだ。


かなちゃんと別れて、ひとりで坂道をのぼって、家に入った。部屋のベッドの上で、ひとり、嫌なことをたくさん考えてしまって、勝手に憂鬱になった。


明日からどうしようっていう不安。花枝さんたちのことも、クラスのことも。かなちゃんと仲良くしたい人は沢山いるのだ。かなちゃんは部活動には入っていなかったけど、生徒会の役員だったから、後輩もいる。色んな人に好かれている、わたしの友だち。


きっと、明日の朝、また手をつないで学校に行ったら、やっぱり周囲の目が怖くなるんだろう。花枝さんたちから、また呼び出されるかもしれない。別の人から、嫌なことを言われるかもしれない。


でも、変わると決めたのだ。


変わりたい変わりたいと口で言っても、実際に行動に移さなければ何も変わらない。そんな中途半端な自殺願望みたいものは、そろそろ捨てなければならないのだ。


変わるということは、今の自分を殺すこと。それは痛みや辛さを伴うということで、今までのわたしは、それが怖くてできなかった。

でも、今なら。


今なら、変われる気がするのだ。


変わったわたしなら、少なくとも、もっとかなちゃんと気安い関係になれる。かなちゃんに恐れをなしたり、怯えたりなんて、しなくなる。


さっきのこと。


唐突に、保健室でのことを思い出す。


あの時のかなちゃんは、とても怖かった。冷たい顔で見下ろされて、昨日の顔を赤らめていたかなちゃんと同じようには、思えなかった。


そういえば、花枝さんたちとの関係を、教えてもらえなかった。教えて欲しかったら、わたしはかなちゃんに全部をあげなくちゃいけない。でも、わたしはまだなんにも持っていないに等しいから、それはかなわない。


かなちゃんが要求したことは、一言で言えば私だけを見てって、ことだと、思う。


世間一般の女の子が、恋した時に言いそうなこと。だけど、かなちゃんの場合はちょっと違うような気がする。


わたしは、かなちゃんと対等な友だちになりたい。


でも、かなちゃんは友だちじゃなくて、付き合って欲しいって言った。要は恋人になって欲しいと。


だけど、ただの恋人ではなくて、わたしがかなちゃん以外のひとと話したり、仲良くすることを、きっとかなちゃんは許さない。


かなちゃんの恋人になるということは、朝から晩までかなちゃんのことだけを考えて、かなちゃんとだけ話して、触れて、感情を寄せるということ。現実的に可能かどうかは置いておいて、わたしにその要求に従う意思はあるだろうか。


今すぐ答えを出せというなら、多分、出来ると言える。


だって、わたしの中にいる他人は、かなちゃんだけだから。誰かのことを考えるとしたら、その誰かは決まってかなちゃんになる。仲良くするのだってなんだって、かなちゃんしか相手はいない。


でも、この答えでかなちゃんはきっと満足しないだろう。


だって、わたしは何も持っていない。


これから、色んなことを知って、わたしの中にたくさんのものが増えていって、数多の選択肢を持てるようになった時。その時に、迷わずかなちゃんを選ぶことを、かなちゃんは望んでいる。


ねえ、かなちゃん。


逆に聞きたいのだけど、かなちゃんはわたしがそうなった時、まだ、わたしを好きでいてくれる?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


まだ始まったばかりのことがらに、くよくよ悩んでも仕方ないって分かっているけど、やっぱり悩まずにはいられない。


結局、昨日もよく眠れなかった。


リビングでひとり、もそもそとトーストをかじって、今日のことを考えた。


また手をつないで学校に行ったら、やっぱり目立つんだろう。最悪嫌がらせやいじめのたぐいと、ご対面するかもしれない。


何より、花枝さんたちが気になる。


かなちゃんはどうするつもりなんだろう。どうにもするつもりがないのかもしれないけど、このままは良くない。でも、かなちゃんが今まで仲良くしていたグループに、今更わたしが入れるわけも無い。


一緒にいたいと言ってくれるのは嬉しいけど、一緒にいるということが、衆人環視の場では話題になってしまう。特に、かなちゃんみたいな有名人ならなおさら。


かなちゃんがわたしを独占するのは容易いけど、わたしがかなちゃんを独占するのはとても、とても難しい。


変わりたい。でも、すぐになりたい自分になれるわけじゃない。


この不安や怯えが、日に日に薄くなってくれればいいと思う。いつしか、そんなものがあったことすら忘れてしまえるといい。


ふと時計を見たら、もう出ないといけない時間になっていて、わたしは慌てて家を出た。


坂道の下には、かなちゃんが立っている。


意識して、に、と笑顔を作って坂を下りた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


友だちというのは何をすればいいんだろう。こうやって一緒に学校に行って、おしゃべりをして…とにかく一緒にいればいいんだろうか。そもそも、友だちを友だち足らしめるものはなんだろう。


よく分からないけど、今、わたしはかなちゃんと一緒にいる。手をつなぐにしろつながないにしろ、一緒に学校に行くなら、何がしか話すはずだ。べつに、強制ではないんだろうけど。


そんなことを考えていたら、かなちゃんが話しかけて来た。ちょっと、安心した。


「試験、勉強大丈夫?」


「学力テスト、ちょっと不安かな…特に数学は証明が苦手だから…」


わたしは数学が得意ではない。理科や社会はなんとかなるけど、数学だけはだめなのだ。


「明日暇なら、教えてあげようか?」


今日は金曜日。明日は休みで、わたしにはなんの予定もない。


「ほんとう?迷惑じゃないなら、お願いしたいな」


かなちゃんは勉強が得意な子で、数学だってわたしよりずっとずっと成績がいい。かなちゃんに教えてもらえるなら、今度の学力テストではそこそこいい点数を取れるだろう。


「志望校、織機おりはただったよね。彩絵果の成績なら、もう少し頑張れば安定圏に入るよ」


「ほんと?なら、いいんだけど…かなちゃんは、やっぱり東芽ひがしめに行くの?」


織機は、このあたりでそこそこの進学校で、わたしはぼんやりそこに行けたらいいな、と思っていた。何より家からそこそこ近い場所にあって、早起きが苦手なわたしにはありがたいのだ。


「東芽?」


東芽は、この県で一番偏差値の高い進学校で、ここから少し離れた場所にある。でも、東芽に通うというだけで、ちょっとしたステータスになるくらいには、名の通った高校なのだ。


てっきり、わたしはかなちゃんは東芽に行くとばかり思っていた。


「私、考えてないよ」


「じゃあ、どこにいくの?」


「織機だけど」


「…そうなの?」


とっても、びっくりした。だって、かなちゃんの成績で行くにはもったいないレベルなのに。


「なんで、驚くの?」


「だ、だってかなちゃんの成績なら、東芽だって簡単に…」


「彩絵果がいないなら、意味ないよ」


当たり前のように、そんなことを言う。


「…かなちゃん」


嬉しかったけど、まだその嬉しさの実感は乏しい。


かなちゃんが好きなわたしのことを、わたしはちっとも知らない。かなちゃんの進路にまで影響を及ぼすわたしって、一体なんなのだろう。


入学した春から、告白されるまでの時間で、かなちゃんの中のわたしは、どんな風にその存在を大きくしていったんだろう。


ねえ、かなちゃん。


わたしがいないと意味がないって、そんな風に思うようになったきっかけは、一体なあに?


わたしは、わたしが好きだという女の子のことを、ほんとうに、全然、知らないのだ。


手を、強く握った。感じる視線に気付いてないふりをして、強く握り返された手のひらの温度がわたしに移っていくのを、じっと、噛み締めた。


わたしが、今何を考えているか、かなちゃんに伝わればいい。


口で言うには頼りなさすぎることがらを、わたしは手のひらの温度に託した。


そろそろ、手袋の季節だ。でも、今年は使わないまま、終わるかもしれない。


そうだったらいいなって、思った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


3年生の教室は2階にある。1年生が4階で、学年が上がるごとに階が下がっていく。


わたし達はAからEまで5クラスあるうちのD組で、校舎の中央の階段をのぼって、右折してすぐのところに教室がある。


昨日もそうだったけど、かなちゃんは上靴を履いたらまた、手をつないでくる。当然のように突き刺さる視線は、頑張って気づかないふりをする。気にしたら、こちらの負けだって分かっているから。


下は向かない。ちゃんと、かなちゃんの隣で、かなちゃんと話しながら、それが当たり前だって顔をして、そこにいる。


あからさまに無理をしている。でも、無理をしないと、こんなことはできない。そして、こんなことをしないと、わたしはいつまでも変われない。


教室に入ったら、沢山の視線が一斉にこちらを見て、その中に昨日、わたしを呼び出した人たちのものも入っていることに、わたしは気付いていた。


ホームルームまではまだ時間がある。かなちゃんは一度手を離して、カバンを自分の机に置いた。わたしも席に着いて、カバンを置いた。ヒソヒソ声は、うっとうしい耳鳴りということにしておく。


「かな、どういうつもりなの」


花枝さんの声だった。もちろん、かなちゃんに向けられたもの。


花枝さんはかなちゃんの席の横に立って、かなちゃんをじろりと見下ろした。対するかなちゃんはさして気にもしていない様子で、どうでも良さそうに花枝さんの顔を見上げた。


「どういうって、なにが?」


「湯井さんなんかとつるんで、なんのつもりなのって聞いてるの」


湯井さんなんか(・・・)。やっぱり、わたしは見下されている。そりゃあ、わたしはいわゆるぼっちで、なんの取り柄もないから、見下されるのも仕方ないのかもしれないけど。


「好きな子と一緒にいたいと思うのは、当たり前のことでしょ?」


「は?」


花枝さんは明らかに困惑している。ふたりを見守っているギャラリーも、それは同じ。


かくいうわたしだって、好きだと言われて戸惑っているわけで。


「昨日も言ったけど、私、あなた達のことなんてなんとも思ってないもの。ただ、仲良しごっこをしてただけ」


「仲良しごっこって、なに?かなは今まで、ウチらと友達のフリをしてたっていうの?」


「そう。都合が良かったから」


「…なにそれ、ワケわかんない」


正直、わたしもわからない。この場だけを切り取ったなら、間違いなくわたしは花枝さんの肩を持つだろう。


それに、今までみんなの前で使っていた柔らかくて優しい話し方じゃなくて、とても淡々としていて温度のないそれでは、何事かとみんな思っているに違いないのだ。


かなちゃんは、わたしが知っているみんなの前でのかなちゃんは、いつもにこにこしていて、あたたかくて、とてもいい子。


でも、今のかなちゃんは、それとは180度違って、別人のよう。


それを、かなちゃんはなんとも思っていない。だけど、みんなは、やっぱりそうじゃない。わたしだって、そう。


もともとこういう性格で、わたしとのことがきっかけで、化けの皮を剥がしただけなのかもしれない。でも、その影響は、かなちゃんが思っているよりも、絶対に大きい。


「最初から、薄っぺらい関係だったのに、そんなことを言われても困るんだけど。」


「かなにとってウチらは、ぽっと出の湯井さんに負ける程度のものなの?なんで?ねえなんでなの?」


花枝さんの声が震えていて、思わず、声が出そうになった。


だけど、わたしは部外者で、いちばん口を挟んではいけないひと。だから、黙って見守った。ここからお涙頂戴のハッピーエンドになったりは、しないって分かっているけど。


「いらなくなったから。必要なくなったから。それ以上の理由がいる?」


ナイフだ、言葉のナイフ。


かなちゃんの言葉は花枝さんに向けられたものなのに、わたしの心を深くえぐった。


ねえ、かなちゃん。


花枝さん、泣いちゃうよ。かなちゃんの言葉に、傷つけられて。


すっかり忘れていたら、チャイムが鳴った。花枝さんは肩を震わせながら席に戻っていって、教室内はとても、気まずい空気に支配された。


ポケットのスマホが鳴って、確認してみたらかなちゃんからメッセージが入っていた。


『気にしないで』


ねえ、かなちゃん。それは、いくらなんでも無理だよ。


わたしは、ほんとうに、羽根田かなという女の子のことをなんにも知らないんだって、思い知らされた。


そして、ちょっと、羽根田かなという女の子のことを、知るのが怖くなった。



なんで、どうして、ということは、とても大切なことなので、ちゃんと書きたいと思っています。


閲覧、ありがとうございます。

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