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第3話 慢性的自殺願望癖

わたしはどうすれば良かったんだろう。


ずっと鳴り続ける、自分のあまり汚れていないスマホを眺めながら、ぼんやりそんなことを考えた。


昨日のあんなことがなかったら、わたしは静かに今日も過ごしていた。かなちゃんはさっきの子たちとやっぱり仲良くしていたんだろう。


かなちゃんにとって、あの子たちはなんなんだろう。今まで仲良くしていたのが、嘘だったなんて思えない。もしわたしが、あの子たちの立場なら、やっぱり突然現れたその子に突っかかるかもしれない。


仲良くしていた子が唐突に、自分たちに見向きもしなくなるなんて、誰だって嫌なことだ。その嫌なことを引き起こしたのはわたしで、そのせいでこんなことになった。


あからさまじゃなかったら、きっと良かったんだ。こっそり、メールのやり取りだけするとか、朝ちょっと目配せするとか。それだったら、わたしは今もはしゃいでいたに違いない。


かなちゃんは、なんであそこまではっきり変えたんだろう。その変化を、かなちゃんはなんでもないことのように思っていたのかもしれない。でも、周りからすればそれは大きなことで、無視できるものじゃない。


「ねえ、かなちゃん。なんでわたしだったの」


昨日突然告げられたこと。


どうして告白して来たんだろう。もっと、ささやかなやり方があったはずで、そうすれば、わたしはこんな惨めな思いをしないで済んだのに。


休み時間はもう終わる。


屋上に続く階段の、最上段に座ったまま、いっそさぼってしまおうかな、なんていけないことを考えた。


でもさぼるなら保健室の方が都合はいい。いつもあんまり顔色が良くないから、仮病だってばれないだろう。


わたしの気持ちは既に、次の時間をさぼる方に傾いていた。


それくらい、教室に戻りたくなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


保健室の先生は、わたしの顔を見るなり貧血の心配をしてくれた。お陰様でわたしは6時間目を堂々とさぼれる運びとなった。


4階建ての校舎の1階に保健室はある。さっきまで4階にいたから、移動には少し時間がかかった。保健室に入った途端チャイムがなって、先生は少し驚いていた。


「いっそ、早退したら?」


5時間目が終わって、6時間目が始まった。6時間目が終われば下校だから、帰りのホームルームに出るくらいならここで早退してしまった方が確かに楽だ。


気を遣って先生が荷物をとってきてくれるらしい。またあんな視線を向けられるのは嫌だ。だから、お願いしますって申し訳なさそうに言った。先生はいいのよって、にこにこ笑っていた。


先生が出て行って、静かになった。保健室にはわたししかいない。仕切りのカーテンを一応閉めてから、ベッドに横たわって、天井を眺めた。怖くなって、スマホの電源は切った。


かなちゃんはこんなわたしを見て失望しただろうか。でも、生憎、かなちゃんが好きになった女の子は、こういうやつなのだ。


目をつむって、今までのことを思い返した。そういえば、かなちゃんはわたしのことを恋愛対象として見ているのだった。わたしは、初めての友だちとして、かなちゃんを見ているけど。これは、そのギャップなんだろうか。でも、どちらにしたって、相手と仲良くしたいと思う気持ちは一緒のはずなのだ。


わたしと仲良くしたいなら、もっと穏便な方法をとって欲しかった。わたしは目立つことに慣れていない。かなちゃんとは違う。だから、視線が怖いし噂話の対象になるのが嫌だ。


ねえかなちゃん。


本当は、わたしのこと嫌いなんじゃないの?だからこんなこと、してるんじゃないの?


真っ黒な感情が渦巻いているみたい。こんな自分が嫌で、変わりたいと何度も思ってきたけど、結局変われなくて、わたしは今もわたしのまま。


嫌いだ。


かなちゃんのことをそんな風に疑ってしまうわたしが、何よりも嫌い、大嫌いだ。


視界がぼやける。涙が浮かんで、ああ、泣いてしまうんだなって思った。


悲しいんだろうか。それとも悔しいんだろうか。色んな感情がぐちゃぐちゃに絡まってしまって、もうよく分からなくなった。


でも、泣きたくはなくて、手で乱暴にこすった。気を緩めたらもっと出て来そうで強く唇を噛んだ。起き上がってベッド脇のチェストに置かれた時計を見たら、5分くらい経っていた。


もうすぐ先生が帰ってくる。顔色が悪い上に涙で目が赤くなってしまっていたら、先生だって驚くに決まっている。


近くにあったティッシュボックスから2、3枚とって、思い切り鼻をかんだ。今日はもう帰ってすぐに寝てしまおう。受験生としては勉強しなくちゃいけないけど、今はそれどころじゃない。


ドアが開く音がして、慌てて見なりを整えた。涙だってもうかわいたはず。


靴を履いて、ベッドを降りた。仕切りのカーテンを開けようと思ったら、勝手に開いた。


え、と声を出す暇もなかった。


すぐにカーテンはまた閉まって、わたしは思い切り腕を引っ張られた。ちょっと痛かった。


「な、んで」


こんな掠れた声が出るんだなって、感心してしまった。


ねえ、なんでここにいるの。


ここに来るのは、保健室の先生であって、かなちゃんじゃ、ないのに。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「具合はどう?」


こんなに白々しい言葉も、そうそう無いだろう。ねえ、かなちゃん。心配している人は、そんな目で見たりしないよ。


かなちゃんが怒っているのは一目で分かった。だって、すごく冷たい目でわたしを見つめるから。


「もう、へいき」


「それは、良かった」


本当に良かったって思っているの?怖くてこんなこと聞けなかったけど、全然良かったとは思ってなさそうな声だったのは確かだった。


「に、荷物、ありがとう」


かなちゃんはわたしのカバンを持って来ていた。保健室の先生に言って、わざわざ来てくれたんだろう。


正直なところ、保健室の先生に持って来て欲しかった。


かなちゃんはわたしを引っ張って、ベッドに座らせた。見上げた先、真っ黒な瞳はとても冷たくて、そのまま吸い込まれそうだった。


「なんで、出ないの」


「え、えと、あ、ごめんね?その…」


スマホのことを言っているんだって、すぐ分かった。怖かったから、なんて言えない。だって追い詰められているような気がしたからなんて、言えない。


今見たら、かなちゃんからの履歴ですごいことになっているんだろう。


「呼び出されたんでしょ、なんで黙っていたの」


「それは…」


「答えて?」


わたしを真っ直ぐ見下ろすかなちゃんの顔はとても怖かった。冷たいその顔をなるべく見ないようにして、言葉を探した。


「だって…かなちゃん、花枝さんたちと仲良かったでしょ?だから、花枝さんがわたしに言ったのも、分かるし…」


「私に付きまとわれるのが迷惑だって、言ったの」


「それは、」


「ねえ、なんで関係ない人が出て来るの?」


「関係はあるよ、だってかなちゃん、花枝さんたちと仲良くしてたでしょ?むしろ私となんて昨日今日のはなしだし」


そう、かなちゃんとわたしは、昨日今日の間柄なのだ。これが入学して数日ならともかくとして、今は中学3年の秋で、もう終わりもいいところなのだ。


かなちゃんの態度に、驚かない人の方が少ないのだ。


「ねえ、かなちゃん。かなちゃんはどうしてわたしを好きになったの?」


わたしのことが好きな女の子。でも、わたしのどこが好きなのって聞いたら、全部って答えた。全部ってなあに?


幅の広い言葉の中に、わたしのすべてが入っていたとしても、わたしには理由が分からない。


どうして、わたしだったの?


こわごわと、でも真っ直ぐ見上げた瞳はやっぱり冷たかった。だけど、目は逸らさない。


かなちゃんは、じっとわたしを見ていたけど、突然ふいっと、目を逸らした。


「だってあなた、かわいいから」


一瞬、何を言われているのかわからなかった。かわいい?ねえかなちゃん、わたしは鏡じゃないよ。かなちゃんが見ているのはすぐに忘れられるような顔の、その辺の女子だよ。


「かな、ちゃん…」


「それより、私に付きまとわれるのが迷惑だって、聞いたけど」


「…それは、違うよ。でも、でもね、かなちゃん。かなちゃんがどう思っていたとしても、今までの時間は軽くないんだよ」


「どういうこと?」


「かなちゃんは花枝さんたちと仲良くしてた。それなのに突然話さなくなって、見向きもしなくなったら、おかしいって、誰だって思うんだよ」


わたしは、頑張って一生懸命伝えた。全然友だちがいなくて、想像で喋っているけど、花枝さんの気持ちだって、わたしにはやっぱり分かるから。


でも、かなちゃんにはあんまり伝わっていなかったみたい。


すごく、どうでも良さそうな顔をしている。なんでだろうって、思った。逆に、そんな顔をするなら、かなちゃんはなんで花枝さんたちと仲良くしていたんだろう。


「彩絵果、」


顔が近づいてきて、鼻と鼻がぶつかる、というくらいの距離になった。


「私の言うこと、全部きけるなら、全部、話してあげる」


「いうことって?」


その白い手が、私の頬を包んだ。冷たかった。


「私は彩絵果が好きだよ。彩絵果も、じゃない、彩絵果だけが好き。私の言ってる意味、分かるよね」


「う、うん…」


「私はね、彩絵果だけが欲しいの。他のものなんて何もいらない…ねえ、全部くれる?彩絵果の全部をわたしにくれる?」


だから、全部ってなあに?


わたしのどこが好き?


全部。


わたしの何が欲しいの?


全部。


全部ってなんだろう。


わたしの全部って、何が詰まっているんだろう。


すぐそこにあるかなちゃんの顔は真面目で、ほんとうに全部が欲しいんだってことは、分かった。


「ねえ、かなちゃん…わたしの全部って、なあに?」


わたしが持っているものは、なんだろう。この五体満足な体と、感情のほかに、何があるんだろう。


真っ直ぐかなちゃんを見た。


かなちゃんも、わたしを真っ直ぐ見ていた。


わたしはかなちゃんの瞳に映るそれなりに真剣な顔のわたしを見た。


「全部っていうのはね、彩絵果」


頬から外れた白い手は、わたしの肩まで落ちて、そして、わたしは気付けばベッドに倒れていた。


かなちゃんは倒れたわたしの上に押しかかった。顔の横に無防備に置かれたわたしの両手は、かなちゃんの両手に掴まれた。蛇に睨まれた蛙みたいに、わたしは身じろぎ一つできなくなった。


「あなたの眼差しの先に、わたし以外の人が映るのが嫌。あなたのその笑顔が、わたし以外の人に向けられるのが嫌。あなたの心の中に、わたし以外の人がいるのが嫌。あなたの好意が、わたし以外の人に向くのが嫌。あなたのこの華奢な体に、わたし以外の人が触れるのが嫌…彩絵果、全部ってね、こういうことだよ」


わたしのたいらな胸元に、かなちゃんの頭が乗っかる。昨日聞いたかなちゃんの胸の音はとても大きくてはやかったけど、今のわたしの鼓動は、どうだろう。


かなちゃんの言う全部は、つまりそういうことだって、なんとなく分かった。


わたしの全部って、わたしというものをつくる全部なのだ。わたしがわたしであると証明できるすべてが、かなちゃんは欲しいのだ。


それなら、かなちゃんはわたしをわたし足らしめるものすべてが好きだということになる。


なんで?かわいいからっていう理由だけで、それだけで、そんなものが欲しくなるの?


嵐のようだなって、思った。


昨日突然告白されて、今、昨日の告白よりも濃いことがらを、囁かれている。


でも、今は入学して間もない春じゃない。あと少しで冬になる、中学3年の秋だ。


今の今まで全然話さなかった、ただのクラスメイト。そのクラスメイトが、わたしの全部を寄越せと言う。


ものごとには順序があって、踏むべき手順がやっぱりある。でもかなちゃんは、そういう、わたしにとっては大切なことを、全然、なんとも思っていない。


そうじゃなかったら、こんなことにはならない。


明日から、学校どうしよう。あとひと月と経たないうちに学力テストだってある。割と切羽詰まった時期に、こんなこと、している場合じゃないのに。


「…あのね、わたしね、」


でも、明日のことは今は考えなくてもいいことにして、とりあえず今と向き合うことにした。だって、少なくともかなちゃんはほんとうのことをわたしに伝えている。なら、わたしもほんとうのことを伝えなければならない。


「やっぱり、まだよく分からないんだ。でもね、これから、知っていくことはできるよね?もう、あんまり時間はないかもしれないけど…だけど、羽根田かなっていう女の子のことを、知ることは、わたしにもできるよね?」


好きっていう感情だって、わたしにはよく分からない。だって、いわゆる恋愛感情を、抱いたことが一度もないから。


ただでさえ、わたしは羽根田かなという女の子のことを、ちっとも知らない。表面的なことは知っているけど、ちゃんと知らないといけない、内側のことは何も知らない。


「友だちからって言ったのはね、わたしが、かなちゃんのことを何も知らないから。あとは、わたしが、そういう、恋とか…分からないからっていうのも、あるけど…だから、これから教えて?かなちゃんのこと、色々、それこそ全部。そうじゃないと、わたしの全部は、かなちゃんにあげられない」


中学に入って、友だちがひとりもいないわたし。本とか、そういうもので知った知識しか、わたしの中にはない。そういう意味では、私の中には何もないのかもしれない。


ないものは、あげられない。欲しいというなら、これからつくっていくしかないのだ。


かなちゃんはしばらく黙っていて、とても静かだった。気付けば掴まれていた両の手は解放されていて、かなちゃんの顔は遠くなった。


「じゃあ、これからたくさん話してあげる。私のこと、私が好きなあなたのこと。だから、彩絵果も教えて?私が知らない彩絵果のこと」


優しい声だった。ちょっとだけ、何かを諦めたような顔。でも、さっきまでの冷たい顔より、わたしは今の顔の方が、ずっとずっと好きだ。


「うん、分かった。分かったよ、かなちゃん」


起き上がって、かなちゃんの顔をじっと見た。かなちゃんの瞳に映るわたしは、さっきまでのぐしゃぐしゃなそれじゃなくて、ちょっとはましな顔をしていた。


おずおずと手を差し出したら、かなちゃんは柔らかく握ってくれた。


「今日は、お弁当、一緒に食べられなくてごめんね、それから、えっと、スマホも…」


「こっちこそ、ごめん。だけど、私はやっぱり彩絵果と一緒にいたい」


「それは、えっと…うーん、頑張る」


好奇の視線にさらされることに慣れなかったら、わたしはかなちゃんのことは分からない。だから、変わるしかないのだ。それに、これはいい機会なのだと思う。変わりたいって、ずっと思っていたのだから。


もう一つの手でわたしの手を包んだかなちゃんは、ほんとうに柔らかく、笑った。


「ありがとう」


確かに、この笑顔がわたしだけに向けられるなら、それはとても、幸せなことだ。


かなちゃんにとってもそうならいいと、わたしは思った。


それからすぐに保健室の先生が帰ってきて、話しているうちにチャイムが鳴った。


かなちゃんは自分のカバンを取って戻ってくると、わたしの手を引いて保健室を出て行った。


保健室の先生が、にっこり笑って見送ってくれたから、ちょっと安心した。


その日は、そのまま、言葉少なに、手をつないで帰った。


朝みたいな惨めな感情は、不思議と生まれなかった。

それなりに、各話のタイトルは真面目に考えています。内容できたあとに、真剣に悩みます…


こんな感じのはなしですが、これからよろしくお願いします。

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