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第2話 変わりたい、変わりたい?

秋もそれなりに深まって、街路樹はそこそこ赤や黄色に染まり出した。


朝は天気が良くてもちょっと寒くて、羽織ったカーディガンだけでは物足りなくなっていた。


だけど、その寒さは今はどうでも良くて、わたしの心臓はドキドキ跳ねていた。


家を出てすぐの坂道の下、まっすぐわたしを見ている女の子。


急いで、でも走りはせずに近寄って、上ずった声で話しかけた。


「お、おはよう、かなちゃん」


だって、だって。


「おはよう、彩絵果」


初めてなんだもの、誰かと待ち合わせて学校に行くなんて!


「かなちゃん、寒くないの?」


平静を装って、そんなことを聞いてみる。


こんな何気ないことですら、わたしにとっては新鮮で。


「別に、寒くないけど…それより彩絵果、顔赤いよ?もしかして熱とか…」


白い手がわたしの頬に触れる。その顔は心配していることがありありと分かって、わたしは一人、感動した。


「う、ううん。ちょっと緊張してるの」


「なんで」


「だって、友達と学校に行くのとか、はじめてだから…」


「…」


かなちゃんは何も言わなかった。その代わり、わたしの右手を、左手で握った。手をつなぐなんて幼稚園の時以来だったから、わたしは嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、ちょっとだけ握り返した。


「…彩絵果にとって、私はまだ友達」


「かなちゃん?」


「遅れるから、急ごう?」


同じ女の子の私でも、かなちゃんの笑顔はびっくりしちゃうくらいきれいで、まっすぐには見れない。


この笑顔に慣れて、気安く笑い返せるようになる頃には、わたしたちはちゃんとした友達に、なれているだろうか。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


初めてメールの通知が来たのは、夜の8時を少し回った頃だった。


わたしは皆が使っているようなコミュニケーションツールは使っていなくて、連絡を取り合うにはメールか電話しかない。きっとかなちゃんはそういうツールの方がよく使うのだろうから、明日聞いて、スマホに入れてみよう。


当たり前だけど、送信者はかなちゃんだった。


嬉しくて、わたしは一度ほおをつねってみた。痛かった。


ゆめじゃない。わたしはほんとうに羽根田かなという女の子と友達になって、そして今こうやってメールをもらった。


これが、夢じゃないなんて!


文面はとてもシンプルで、内容はたったの数行。だけどわたしは、その数行の内容を諳んじられるほどに読み込んだ。


『今日はありがとう。明日からなんだけど、

一緒に学校にいかない?彩絵果の家のすぐの

坂道の下で、待ってる』


嬉しくって、でもすぐには返信ができなかった。


なんて返せばいいんだろう?だってメールなんて初めてだから、分からなすぎて文面が浮かばない。


結局五分くらい考えて、打ち込んだメールを送信した。


『こちらこそありがとう、明日のこと、分かったよ。よろしくね』


送るとき、たった送信の部分をタップするだけなのに、指が震えた。こんなに緊張していたら、友達なんてやってられないのに。


その日、わたしはドキドキし過ぎてなかなか眠れなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


女の子と女の子が手をつないでいても変な目で見られないのは、せいぜいランドセルを背負ってるうちまでなんだろう。


ただでさえかなちゃんは有名人で目立つのに、それで手なんて繋いでいたらもっと目立ってしまう。


背が高くて、でもとても可愛らしい顔の女の子。キリッとした顔は確かにかっこいいけど、でも、やっぱり可愛い。そして、そんなこと、わたしだけじゃなくて、皆思っているわけで。


そこそこ長い黒髪は枝毛一つなくて、歩くたびさらさらと揺れる。わたしを見るその瞳は大きくて、ぱっちりの二重まぶたに長い睫毛。少し羨ましいと思ってしまう。


顔は、というか肌は全部真っ白で、きっと見えない場所もそうなんだろう。言葉を紡ぐ唇は、ちょっとだけ、赤い。


こんなに可愛くて、きれいな人を、独り占めしている。それはとても嬉しいことではあるけど、同時に周囲の目が、どうしても気になってしまう。


「目立って、るよ…」


「気にしないで。私たち、変なことしてる?」


「手をつないでたら、目立つから…」


あと、実のところちょっと歩きづらかったりもする。


普段、かなちゃんが通る道とはちょっとだけ、違うルートを歩いている。


だけど、学校の近くで大きな通りに出たら、あとはおんなじ。


手をつないだ時の高揚感は、すでに萎んでいた。わたしは、臆病者なのだ。


「…皆、真新しいことには目をやるものだから。でも、慣れたらそれでおしまいだよ」


かなちゃんは、なんでもないことのように言う。事実、そうなんだと思う。


だけど、だけどね、かなちゃん。


慣れるまでって、結構な時間がかかったり、するかもしれないんだよ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今まで全く話しかけて来なかったのに、突然、かなちゃんがわたしと一緒にいるようになったことは、すぐに話題になった。


移動教室の時も、休み時間ももちろん一緒。かなちゃんは今まで仲良くしていた女の子たちとは全然話さなくなって、見向きもしなくなった。まるで、人が変わったようだった。


スイッチが切り替わったなんて、単純なものじゃないはずなのに、それくらいしか言い表せる言葉は見つからなかった。


今まで、わたしは全然目立たなかった。誰にも意識されていなかった。だけど、いきなり渦中のひとになってしまった。


案の定、わたしは昼休みに呼び出しを食らった。かなちゃんがたまたま職員室に行っていて、教室にいない時だった。


呼び出したのは昨日までかなちゃんと仲良くしていた子たちで、その目つきはちょっと怖かった。有無を言わせない声だった。


「ちょっと、いいよね?」


連れて行かれたのは、昨日、かなちゃんに告白された場所だった。

昨日は告白今日は尋問。ちょっと忙しすぎる。


リーダー格の女の子が、わたしに尋ねた。


「どういうこと?」


棘のある言葉だった。今までこんな感情を向けられたことは、たぶんない。だから、免疫だってない。


リーダー格の女の子は背が私よりいくらか高くて、だぼだぼのカーディガンを着ていた。スカートはとても短くて、いかにも今時の女の子といういでたち。名前は、確か花枝はなえださん。下の名前は、覚えていない。


怖い女の子たちに囲まれて、わたしは既に泣きたかった。心臓は嫌にどきどき跳ねていて、痛いくらいだった。


「あ、あのね、かなちゃん優しいでしょ?だから、わたしのこと、その、気にかけて、くれてて…」


嘘は、言っていない。だってずっと気にかけてくれていたのだ。どういう感情を向けていたかは別として。


それを聞いて、女の子たちはヒソヒソと話し出した。


「それで、可哀想だからお友達にでもなってもらった?」


馬鹿にされている、と思った。わたしは今、この女の子たちに見下されている。


でも、仕方ないのだ。だって、なんでかなちゃんはこんな私のことが好きなのか、わたしだって分からない。何が全部なんだ、哀れみを向けられているみたい。


「う、うん。かなちゃん、結構ストレートだから、それで、今日みたいなこと、したんだと思う…」


かなちゃんの態度は露骨なまでに変わった。最初から好きだったなら、もっと早く、それこそ入学式の日にでも言ってくれれば良かったのに。なんで、今になって。


勇気が無かった?


嘘だ、そんなの嘘。


「あのね、湯井さん」


今度は、打って変わって優しい声だった。薄ら寒いくらいに。


「湯井さん、クラスでもあんまり目立たない子でしょ?だからきっと、今日のことで戸惑ってると思うんだよね」


「う、うん…」


「お友達なら、嫌なことは嫌だって言わなきゃダメだよ?ねえ」


そう言って、周りの子たちに賛同を求めると、他の子達はねー、と声を合わせた。


「だからさ、かなに言いなよ。迷惑だって」


「え…」


「かなもさ、正義感強いからさ、ほっとけなかったと思うんだよね。でも、こういうのは、嫌でしょ?」


どうなんだろう。


わたしは、かなちゃんと待ち合わせて手をつないで学校に行って、一緒に行動して、嫌だったのだろうか。


恥ずかしかったのは事実なのだけど、でも、嬉しかった。だって中学に入って、初めて友達ができた。アドレスを交換して、一緒に学校に行く約束もした。それは、確かに嬉しかった。


「あー、もしかしてさ、かなに悪いと思ってる?そうだよねえ、気にするよね」


何も言えない私の周りで、話はとんとん進んでいく。


「なら、ウチから言ってあげるよ。それなら、大丈夫でしょ?」


そーしよー、そんな同意が出て来て、花枝さんはニッと笑った。


「じゃあ、言っとくから。湯井さんが困ってるって」


タイミング良く鳴ったチャイムで、話は切られた。


一緒に中庭で食べようって、約束していたから、きっと、かなちゃんは中庭で待っていたのだろう。ポケットに入れっぱなしのスマホを確認すると、かなちゃんから沢山、メールも着信も来ていた。


サイレントにしていたから、気づかなかった。でも、気づかなくて良かったかもしれない。花枝さんなら、きっとここにかなちゃんを、呼び出したに違いない。


それは、嫌だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


のろのろと教室に戻ると、授業はもう始まっていて、ちょっとだけ、現代文の先生は嫌な顔をした。


わたしの席は廊下側の最後尾だから、後ろからはいればすぐに席につける。でも、扉の開いた音で、クラス中の視線はわたしに向いた。


おとなしくわたしは席に着いたけど、女の子たちが、わたしのことでヒソヒソ話しているのが分かった。


斜め二つ前の席にいるかなちゃんの方を見ると、教科書に目を落としていて、わたしに気づかなかった。


なんとなく、夢が覚めたような、そんな気がした。


帰りは、どうなるんだろう。


その前に、この授業が終わった休み時間は、どうなるんだろう。


今まで静かに過ごしていた時間が、騒がしくなってしまった。


女の子たちの嫌な視線も、男子たちの悪意のないひやかしも、全て、わたしにはぐさぐさと刺さっていく。


抱きしめられた昨日のことが嘘のように思えてきた。


本当は、好きだと告白されたのも、夢だったのかもしれない。もう、ぐちゃぐちゃだ。


だけど、盗み見たスマホのアドレス帳には羽根田かなの名前だけが登録されていて、昨日、初めてもらったメールは確かにあった。


遠くから、現代文の先生の眠たくなる声が聞こえる。今は中原中也の詩なんて楽しんでる場合じゃない。汚れてしまったのは、一体なんだろう。


泣きたくなったけど、頑張ってこらえて、授業が終わってすぐ、わたしは逃げるように教室を出て行った。


かなちゃんの顔は、見なかった。


女の子のドロドロは、美味しい。

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