表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第11話 わたし、私、あたし、

「あなたたちのそれ、お友だちとは言わないと思うんだけど?」


「あなたに、言われる筋合いはないでしょ?」


他人様は関係ない。だって、これはわたしたちのこと。わたしたちが決めることだから。


「でも、それはお友だちじゃない。だってそれは、」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


わたしとかなちゃんは特別な『お友だち』。世間様からは、なんと言われるか分からない間柄。でも、友だちの定義なんてそれぞれで、わたしたちにはわたしたちの線引きやルールがある。


かなちゃんは、わたしのことが好き。それは、友だちへの好きじゃない。わたしを、ひとりの恋愛対象として見ている。


わたしは、そのことを知っていて、その上でかなちゃんと友だちでいる。わたしはかなちゃんのことが好き。それは、友だちへの好き。かなちゃんを、大切な友だちとして見ている。


わたしたちのそんな関係、『お友だち』。わたしがかなちゃんの特別で、かなちゃんはわたしの特別。ちょっと、変な感情が混ざっている、わたしたちのための言葉。


これからふたりの間に何が起きても、理由はひとつだけ。


だって、『お友だち』だから。


あの昼休みの件以来、かなちゃんの視線は、鋭くなった。


わたしは今まで通りかなちゃんと一緒にいて、色んなことを話して、笑って。何も変わらない。


でも、かなちゃんはわたしに疑いの目を持っている。わたしが、かなちゃんに隠れてほずみやさんと話しているんじゃないか、連絡を取り合っているんじゃないかって。


馬鹿みたいって思うけど、かなちゃんの不安を取り払うには、かなちゃんを見ているしかない。ずっとかなちゃんと一緒にいて、話して、触れていればかなちゃんは疑う必要がない。だから、そうするしかない。


かなちゃんの手の上にいた時より、今の方がかなちゃんが可愛く見える。揺らぐ瞳、ゆがむ口、余裕のない顔。綺麗なかんばせを、わたしが作り変えていく。


知っている。


かなちゃんの中にいるのはわたしだけだって、わたしは知っている。


でも、かなちゃんだって、わたしの中にいるのがかなちゃんだけだってこと、とっくに知っている。


かなちゃんは嘘をつくことはあっても、絶対にわたしを裏切らない。わたしも、かなちゃんにぜんぶは話さないけど、裏切ることはしない。


だって、『お友だち』なんだもの!


かなちゃんを好きになればなるほど、わたしは意地の悪い女の子になっていく。


湯井彩絵果わたしは、羽根田かなという女の子によって、今まで知ることもなかった自分の、醜くて汚れた部分をたくさんたくさん知っていく。


そして、そんな自分を否定しないで、もっと深みにはまろうとしている。


ねえ、かなちゃん。


こんなわたしなのだけど、それでもかなちゃんは、わたしが好き?


わたしの、全部が欲しい?


もちろん、聞いたりなんて、しないけど。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お友だちの定義って、確かに人それぞれだけど、でも、ちょっと違うんじゃない?」


「どうして」


そうやって、大多数の正義を振りかざして、この人は何が面白いんだろう。


「だって、お友だちって、互いを尊重するものでしょ?縛り合う関係じゃあ、ない」


縛り合ったら、友だちじゃないの?そんな取り決め、わたしは知らない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


期末テストが終わる頃には、世間はクリスマスで賑わっていた。


これでクリスマス商戦が終わると次は年末商戦。世の中は目まぐるしい。


夏と違って短い冬休みが近づいて来た。クリスマスも。でも、わたしたちは受験生だから、そんな暇はない。塾の集中講義とか、そういうので皆わたわたしている。


でも、わたしとかなちゃんはそんなに変わらない。今回の試験、わたしはかなちゃん先生のおかげで随分成績を上げた。残念ながら、かなちゃんの隣には並べなかったけど。


今日貼り出された上位50人の紙の中に、わたしとかなちゃんの名前はちゃんとあった。かなちゃんは今回、2番だった。わたしは、10番目。過去最高記録を更新できた、やったね。


「次は、ヒトケタいけそうだね?」


「が、がんばる」


名前を右から左へ眺めていて、わたしの視線はあるところで止まった。


わたしは今まで、紙の右端にいるかなちゃんの名前ばかり見ていたけど、今回、気になる名前を見つけてしまった。


「ろくがつ、ついたちの宮?」


22番目の名前、六月一日宮。知っているような気がする。


「ああ、C組の。いつもその辺りにいるけど」


かなちゃんの言うとおり、名前の上には3年C組とあった。


「…」


この人だ。


前に図書室でわたしに話しかけて来たひと。思い出した。ほずみやは、六月一日宮だ。


スポーツができて、勉強もできて。その上名前だけで話題ができる。なんとまあ、妬ましい。


わたしの動揺をかなちゃんは見逃さなくて、すぐに気付いた。


「この人?ほずみやって」


「…うん」


ほずみやさんは、名前を六月一日宮心ほずみやこころというらしい。


すると、噂をすればなんとやら。


「やあ、湯井さん」


空耳にしては明瞭に耳朶に響いた。声のした方を向けば、いつぞやの女の子。


「…どうも」


かなちゃんの手を握る力が強くなって、わたしはギクリとした。かなちゃんは、六月一日宮さんを見ない。


「湯井さん、凄いね。もしかして東芽目指してるの?」


こちらのことをお構いなしに、六月一日宮さんは話しかけてくる。お隣さんの嫉妬に火がついた予感。


「東芽には、行かないけど…」


「ええ?じゃあ、どこ行くの?」


東芽は遠い。それに、数学、もっと頑張らないと無理だ。


「…織機」


六月一日宮さんは、にっかり笑って油を撒き散らしてくれた。こちらの気も知らないで。


「へえ!奇遇だね、あたしも織機行こうって思ってたんだよね」


そろりと、隣を見た。かなちゃんの顔は、能面のようにぺったりしていた。ああ、凄く怒っていらっしゃる。


「じゃあ、これで」


この場を離れるべく、わたしは踵を返す。教室に戻らないと、お隣様の機嫌がもっと悪化する。


「またね、湯井さん」


「…」


なんで、今になって。


秋は終わった、今は冬。わたしはかなちゃんに告白されて、友だちになって、『お友だち』になった。もう、誰かが入り込む隙間なんてない。


六月一日宮さんには、そんなに興味はない。嘘じゃない。これは、ほんとう。向こうだって、面白がってるだけに決まっている。


だから、かなちゃん、ねえ、かなちゃん。


そんなに強く手を握らないで。わたし、かなちゃんの手を、離したりしないから。


それともなあに?わたしは、信用できない?


ねえ、かなちゃん。


わたしのこと、ちゃんと、見てくれている?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あなたには関係ないことじゃない?」


「そうやって意地を張って、何と戦ってるの?世間体?」


「それこそ、あなたには関係ない」


「でも、世間様は認めてくれないよ。あなたたちは、お友だちじゃないもの」


そんなこと、とっくに知っている。わたしも、かなちゃんも。でも、それじゃあ相手は納得しないみたい。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その日の帰り、かなちゃんの部屋で、かなちゃんは言った。


「数学、もっと頑張れば行けるよね?」


ふたりでソファに座って、かなちゃんはわたしの手を強く握っている。冷たい。


「…そうだね」


もう、どこに、なんて聞かない。


分かり切っている。どこへ行くのかなんて。現実的な問題は、成績がどうこうより朝、わたしが早起きできるかだ。


「でも、同じだったとしても…同じクラスになるとは限らないんじゃ」


「私が気に食わない」


「かなちゃん…」


「あの、六月一日宮ってひと、彩絵果にしか興味ないみたいだし?」


要するに、同族嫌悪というやつみたい。確かに、六月一日宮さんはかなちゃんのこと、全然見ていなかった。図書室の時も。


六月一日宮さんは、わたしに興味がある。羽根田かなでなく、その隣のわたしに。


でも、どちらにしたって、六月一日宮さんはわたしがかなちゃんと仲良くならない限り、わたしのことを知らなかっただろうし、興味だって持たなかっただろう。だから、かなちゃんより先に六月一日宮さんと知り合うことは無いのだ。わたしが、図書室の常連ではなかったんだから。


「でもね、かなちゃん」


冷たいかなちゃんの手に、空いた手を重ねる。わたしの両の手に包まれたら、きっとすぐにぬるくなる。


かなちゃんを見た。きっと、こういうことをずっとおそれていたんだろう。だから、今、不安になっている。


澄ましていない、取り繕っていない顔。ちょっと青くて、泣きそうで。わたしの好きな、かなちゃんの顔。


「あの人は、かなちゃんという付加価値がなければ、わたしに気付かなかったんだよ。ずっと、わたしを見ていたのはかなちゃんだけ」


まあ、確かにその見方はちょっとあれだったかもしれないけど。


ほんとうの意味で、わたしをずっと見ていたのはかなちゃんだけなのだ。わたしより、わたしのことを考えていたのは、少なくとも、かなちゃんしかいない。


だって、かなちゃんは入学式のその日から、ずっとわたしを見ていたのだ。3年もの間、わたしに気付かれないように、ずっと。


確かに六月一日宮さんとは気が合うのかもしれない。かなちゃんとよりも、本の話題で盛り上がるのかもしれない。


でも、もう冬なのだ。秋は終わってしまった。春は二度も来ない。かなちゃんが連れて来たから、それきり。


だから、


「だからね、かなちゃん。そんなに不安にならないで。わたしを、信じて?」


「…うん」


かなちゃんの揺れる瞳に、わたしが映っている。可愛い。


わたしにとって、ただひとりのお友だち。かなちゃんが欲しいものは、その先にあるけど、今は考えない。受験生だし、ね。


メッキが剥がれていったら、羽根田かなという女の子はどうなるんだろう。


こんなに弱々しい女の子、きっともっと奥に、すごく柔らかくて、大事に隠している場所がある。


わたしは、それが知りたい。


羽根田かなの、本人さえ気づいていないような場所に、わたしの色を少しずつ入れていきたい。


つまり、わたしはかなちゃんが欲しいのだ。


でも、まだ、そんな喜ばせるようなこと、言ってあげない。


だって、わたしとかなちゃんはただの、にこにこ笑い合うだけの、お友だちだから。


そうでしょ?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「奇遇だね、こんなところで出くわすなんて」


「…どうも」


相手はわたしの考えていることを、先回りしてさらっていく。


「あたしは羽根田かなみたいに、ストーキングはしてないよ。趣味じゃない」


「…」


ほんとうに、偶然。そんな奇跡みたいな偶然、別に欲しくない。


「なんで、許容出来るの?普通なら、気持ち悪いって思わない?」


「あなたには、関係ない」


「純粋に興味があるんだよね。どうして、湯井さんはそんな羽根田かなを受け入れたのか」


あなたの関心ごとの正体を、わたしはもう知っている。でも、


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


冬休み直前になって、かなちゃんもわたしも、進路変更することになった。先生は、かなちゃんはともかく、わたしに関してはちょっと渋い顔をした。


今回のテストの点数なら確かに無理じゃないけど、本番でこれくらいの点が取れる保証はない。ぎりぎり枠線ボーダーラインに足を突っ込んだようなものなのだ。


それでも、わたしはひかなかった。猛勉強すれば、まあ、なんとかなると思う。思いたい。


わたしだって、織機に行きたいのを諦めて、その上に行くことを決めたのだから、それなりの覚悟くらいしている。今年の冬休みはずっと数学と仲良しこよしだ。


職員室から戻る途中、わたしは隣を歩くかなちゃんに言った。ある意味決意発表。


「というわけで、かなちゃん、国語なら教えられるから、数学お願いね」


「うん」


あらあら、嬉しそうな顔しちゃってまあ。やっぱり、わたしはこの取り繕っていない笑顔が好き。年相応のかなちゃんの方が、ずっとずっと可愛い。


冬が終わる前に、わたしはこのメッキを全て剥がせているだろうか。まあ、かなちゃんのメッキを剥がす前に、わたしの嫌なところが全部露呈する気がするけど。


でも、もういい。


かなちゃんと仲良くなったばかりの11月は、こんな自分が嫌で、変わりたくて仕方なかった。でも今は、12月のわたしは、ちょっと違う。


この1ヶ月で気がついた。


変わりたいという願望は、気づけばなりを潜めていた。その代わり、かなちゃんをもっと知りたいっていう願望が、わたしを埋めるようになった。


それから、わたしは自分でも知らないような、無意識のうちに隠していたわたしを、たくさん知った。


でも、そんなわたしをそれでも良いやと受け止めて、開き直れば直るほど、わたしは自分でも驚くくらい変わって行った。


かなちゃんに嫌われたくなかったわたしは、今やかなちゃんのずっと奥に向けて、手を伸ばしている。


変わりたかったわたしは、きっとこんな顔をしていないんだろう。でも、いい。これでいい。


今のわたしは、かなちゃんに手を差し伸べられるのを待っているだけの、臆病な子じゃない。自分から、手を差し伸べられる。


気づけば、わたしはとっくに自分を殺して殺して、脱皮を繰り返していた。


「行こう?」


わたしが差し伸べた手を、かなちゃんは拒まない。


「うん」


わたしたちは、お友だち。にこにこ笑い合う、お友だち。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「だってそれは、ただの依存だよ」


依存。


わたしたちは共依存しているのかもしれない。否定の言葉は、出てこない。


でも、なら逆に聞くけれど、


「それの、何が悪いの?」


だって、わたしたちは『お友だち』だもの。



拘泥するようになると、ちょっと目も当てられないですね。


六月一日宮さんは、こういうポジションです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ