82
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ラウラは、残党どもを蹴散らしてウーノから取り戻した城の一部屋で、ルドヴィーコによって怪我の手当てを受けていた。流石は怪我をすることが日常的な職に就いているだけあって、迷いが無い。
なお主犯格のウーノは未だに気絶したままだったので、そのまま牢屋に放り込んでおいた。目が覚めたらラウラの父と仲良く牢獄ライフを送ることだろう。世話役には「自分たちは看守の経験がある!」と豪語する二人組に任せておいた。──ラウラの勘違いでなければ、あの二人、敵方にいたような気がするのだが。ルドヴィーコが「大丈夫だ」と笑顔で頷いたので、気にしないことにした──。
手当てを受けながら、約束を交わしていたルドヴィーコの話を聞く。
「──と、いうわけなんだ」
サラリとした締め括り。「ここも怪我、してるな」ルドヴィーコはそう呟きながら、ペタリとラウラの腕に治療シートを貼った。
「ふうん」
シートの具合を確認しながら、「そんなに神経質にならなくてもすぐ治るのに」と思う。が、不思議と悪い気はしないので、拒否もしない。
ぐ、ぱ、と手を開け閉め、次いで腕をぐるりと回し、それらが邪魔にならないことを確認すると、満足気ににんまりした。
「ふうん、って。それだけか?」
「うん……?」
探るような声に、首を捻る。話がある、と彼は言った。その話を、今、聞き終えたところだった。
曰く、彼は英雄の肩書きを持つ人間で、魔界人の血も引いているのだとか、なんとか。
事実を指折り数えながら羅列し、彼を見た。
「他に何かあるのか?」
「無いけど、な」
「なら、別にいい」
彼の祖先の例からして、ルドヴィーコと過ごす時間は、ラウラが思っていたよりも長くなりそうだ。それに対しては嬉しかったけれど、それだけだ。他に何があるというのか。
「それで私とジーノの関係が変わるわけではないんだろう」
ラウラが魔王の娘と知った時、ルドヴィーコがそう言ったように。ルドヴィーコが、ルドヴィーコでなくなるわけではないのだから、その身にどのような血が流れていようが些末なことである。あえて改まって言う話ですらない気もする。ただ、彼が自身の長年の悩みを告白する相手にラウラを選んだというのは、純粋に誇らしい。
一拍置いてから、ああ、とルドヴィーコが柔らかく微笑む。
「ラウラなら、そう言うと思ったんだ」
ラウラの腕よりも太いソレが背中に回り、ラウラの瞳よりも軽い色をした金色の髪が、肩にうずまった。
「なっ……な!?」
「すごく焦ってるな」
ふは、と可笑しそうな声。揶揄ったのか、と瞬時に悟り、眉尻を上げた。
「べ、別に! 別にそんなことない!」
「そうか? ならいいけど」
ラウラの言葉を聞いているのか、いないのか。少なくとも信じていないことは確かだ。大きな掌が、彼女を宥めるように頭に乗る。
「きゅ、急になんだ。驚くだろう」
蜥蜴の姿で鼻先をつつかれたり、摘まれたりすることはあったし、人型で頭を撫でられることはあったが、こんなことは今までにない。
うー、と歯を剥きながら訊ねれば、「いや……」と主人は珍しく歯切れ悪く答えた。
「なんというか、……なんだろうな?」
焚き付けられたというか。ごにょごにょとそんなことを耳元で囁かれ、眉を顰める。焚き付けられる、って、誰に。何を?
「あと」
ルドヴィーコが纏う空気が緩んだ。
「それとは別に、……もっと単純に、こうしていると、案外、思っていたより落ち着く」
「は……?」
どういう意味か、と訊ねるより早く、部屋の扉が開いた。
「このセルジュ、ただ今、ようやく、ようやく! 貴方様の元に戻りましたラウラさ──ラウラ様ああああ!?」
突然に現れたセルジュが、何してやがるこの野郎、と普段の彼からは思いも寄らない程に口悪く罵り、ルドヴィーコを睨めつけた。
対するルドヴィーコは余裕なもので、特にその視線を気にしてはいないようだ。
「せ、セルジュ? アドルフォとヴィゴールもいるのか。人間界はどうした?」
妙な気恥ずかしさが募り、ルドヴィーコの腕の中でもがきながら、ラウラは熱い頬を隠すように、三人に鋭い眼を向けた。
「うー、あいつら、急に散っていった!」
ラウラの視線には一切気付いた様子が無いアドルフォが、獲物を逃した悔しさからか、尻尾をブンと乱暴に振った。小さな狼姿なのは、ラウラと違い力をセーブせずに全力闘魂したためだろうか。笑いたいところだが、こちらも前科があるので我慢する。万が一反撃されたら、ぐうの音も出なくなる。
「ウーノが倒れて、コントロールが解けたんだろうな」
ルドヴィーコが冷静に答えたが、その表情には、はっきりと安堵が浮かんでいる。人間界の状況、死傷者の有無は現段階でわからないが、ひとまず魔獣の進行が止まったのであれば、今より悪くなることはない。
彼はラウラから身を離すと、「ところで俺はどうやって人間界に戻ればいいかな」と呑気に口にした。
「……城にあるワープゾーンを使えばすぐにでも戻れますよ。魔王様の許可が要りますけど」
セルジュが素直に答えたのは、忌々しい人間をすぐさま目の前から消し去りたかったからだろう。でなければ彼がルドヴィーコに手を貸すことはない。
さっさと行け、と暗に語る瞳に、ルドヴィーコは苦笑し、それから至って自然な動作でラウラに手を差し出す。
「蜥蜴っ子も来るか?」
主人の顔を見、次いで大きな手を見る。
「ラウラ様は行かなくてもいいでしょう!」
「俺も行きたーい」
「は!? 阿呆狼、貴方は魔力切れ起こしてる真っ最中でしょうが!」
「セルジュお前必死だな」
ヴィゴールがせせら笑う。完全に他人事モードである。散々暴れたので、彼としてはもう満足なのだろう。ふさりとした尻尾がリラックスしている心中を表すように、ゆっくりと左右に揺れていた。
ぎゃあすか騒いでいる同胞を無視して──というより、気にしている余裕が無かった──目の前に差し出されたままの手を、再度見やる。
「……行くに決まっているだろう? 私はジーノの使い魔なんだからな」
人間ごときの使い魔だなんて! と上がる悲鳴を無視して、ラウラはトンとジャンプすると空中で蜥蜴の姿に変身し、綺麗に掌に着地した。慣れた道を通り、するりするりと、定位置へと辿り着く。
(うん、やっぱりここが落ち着く)
あの至近距離での密着は、心臓に悪過ぎる。これくらいがちょうどいい。いつも通りの近さに胸を撫で下ろし、しかし不意に視線を向けた先のルドヴィーコの視線が、いつもよりも柔らかいような気がして、やはり落ち着かない気分になった。
──いつもと同じなのに、いつもと少しだけ違う。何故そのような変化が?
さっぱり覚えが無くて、蜥蜴は一人、戸惑う。首を忙しなく左右に動かし、動揺を露わにしている使い魔の姿に、ルドヴィーコはくすりと笑った。
第7章 魔界 反乱編[完]
残りはエピローグ二話です。
来週二話同時更新して、完結となります。




