08
コレットは、ルドヴィーコに恋をしているようだった。それは、傍目から見て分かりやすい程、ハッキリしていた。
ルドヴィーコはどうなのだろう。彼の本心はよく分からない。好きでないなら傍にはおかないと思う。しかし、それが恋愛的な意味の“好き”なのかは、分からない。
もどかしい関係に、バルトロが「お前らもう付き合えばいいじゃん」とデリカシーの欠片もなく、ルドヴィーコに言っていた。これがコレットもいる場だったら、ラウラは容赦なく魔法を浴びせていただろう。可憐なコレットの恋心を公言して弄ぶとは何事か、と。
ルドヴィーコは、バルトロの言葉に押し黙った。それから軽く頭を振る。
「あいつは、嘘偽りを言わないやつだし、真っ直ぐなやつだから、ちゃんと考えて、話すよ」
結局、明確なところは不明なままだ。
普段なら蜥蜴のラウラに愚痴や悩みを零すのに、この時ばかりは、彼は何も言わなかった。それがもどかしくて、でもどこか安堵していた。きっと、冷静に返すことなんて、できないだろうから。
ラウラは初めて、自分が蜥蜴であったことに感謝した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝食は寮の食堂でとるが、昼食は学園の食堂を利用することが多い。
ラウラはお零れを貰うために、トレイの中に鎮座していた。ここにいると、蜥蜴に分け前をやることを、ルドヴィーコが思い出してくれるのだ。
「ルドヴィーコ様!」
コレットだ。彼女は、ルドヴィーコのことを、様付けで呼ぶ。爵位も、学校内での“階級”も違うから、らしい。
「隣、いいですか?」
「ああ、どうぞ」
彼女からは、花の香りがする。随分前に、庭いじりが好きなのだ、と彼女は語った。将来は庭師にでもなろうかと思っている、と冗談交じりに彼女は言った。子爵家の令嬢に、きっとその道は用意されていないのだろうけれど。
人間とは、窮屈だ。
魔界人は、乱暴者は多いが、ほとんどの者が自由に生きている。というよりも、自由に生き過ぎて、逆に問題を起こしている。
二人は、仲良く喋っている。幸せそうだ。分け前として貰ったパンをぱくんと飲み込んで、ラウラは思った。
「そういえば」
コレットが思い出したように言う。いや、思い出した体を取っているだけで、本当は、最初から言おうと思っていたのだろう。手が少し震えている。
「もうあと一ヶ月で、卒業ですね」
「ああ……もうそんな季節か」
ルドヴィーコは、「実感無いなぁ」と口の中の物を咀嚼しながら、呟いた。
「ルドヴィーコ様の進路は……以前と変わらないんです、よね」
「そうだな。うん。変わらない」
その言葉に迷いは無かった。くしゃりと顔を歪めたコレットは、ルドヴィーコが卒業後にどこに行くか、知っている数少ない友人だ。
「あ、あの……」
「ん?」
訊き返すルドヴィーコは、頑なにコレットの方を見ない。これから、何を言われるか、知っているからなのか。
「卒業式の後、少しだけ、お話をしてもいいですか?」
決意のこもった、震えた声に対する返事は、しばらく無かった。
ルドヴィーコは、スープを飲んで、それから一言、ゆっくりと、しっかりと、返した。
「いいよ」
ああ、人間って、なんて窮屈。
ラウラは、また呟く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日も、その次の日も、コレットは食堂には現れなかった。
そして、更に次の日も。
ルドヴィーコのいる教室からは、実は裏庭に続く道が見える。人の目では、なかなかに難しいが、魔界人は目が良いのだ。
そこに、コレットがいるのを、ラウラは知っていた。熱心に、庭いじりをしている。もう卒業まで、食堂にも来ないつもりなのだろうか。
──寂しい。
ととと、とルドヴィーコの肩から降りて、窓の外を見る。
「蜥蜴っ子、お前最近、窓の外をよく見てるな」
「好きな女の子でもできたんじゃねーの?」
バルトロが言っていることは、あながち間違いではないかもしれない。無論、恋愛的な意味ではないが。
「窓でも開けてやる?」
冗談交じりに笑いながら、バルトロが窓に手を掛け、少し横にスライドした。風が教室に忍び込んでくる。
「おい! 危ないだろうが!」
ルドヴィーコが本気で怒っている。
別に落ちたって平気なのだが。
ふわり、と漂った風に、コレットの甘い香りがした。そして、──不快な香りも。
(…………あ?)
なんだか、背筋がピリピリする。嫌だ、と全身が拒否している。なんだったか、このニオイ。……ああ、思い出した。
思い出した途端、ラウラは窓の隙間から飛び出していた。
「あっ!?」
後ろから悲鳴が聞こえた。
ラウラは、蜥蜴の手足の間に膜を張り、滑空した。
残された側は、ポカンと口を開けて、その光景を見送った。
「なあ、ジーノ、やっぱアレ、ただの蜥蜴じゃないと思う」
「実は人間食を食べ始めたあたりから、いや鳴き声がアレなあたりから、俺も疑ってた」
ルドヴィーコは肩を竦めた。
「もう何があっても、驚かない」
「蜥蜴さんが今以上に変身しても?」
口にしてから、言った本人が、あり得ないな、と笑った。流石にそれは無い、と。
「いや、どうだろう。でも多分受け入れられる」
ルドヴィーコは大真面目な顔で答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コレットは一人、庭いじりを楽しんでいた。一番、心が落ち着く時間だ。
想い人の近くにいることも好きだが、それは同時に、周囲の反感を買うことでもあった。現に何度か、呼び出しを食らっている。
それでも、自分が彼の近くにいる時間は、限られているのだ。それならば、ハイソウデスカ、と傍を離れるのはもったいない。
なら、どうして自分は食堂には行かないのだろう。
コレットは、その気持ちに蓋をした。卑怯な自分を、見てしまいそうだったから。
「花は良いなあ」
ぽつ、と呟く。できることなら、来世は花が良い。
そんなことを考えていると、後ろから、ガッ、と土を蹴る音が聞こえた。その荒々しい音に、コレットは嫌な予感がした。
ぐるぐるなラウラさん。