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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第7章 魔界 反乱編
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 入ってきた二人組は、やけに興味深そうにルドヴィーコを観察している。

 ルドヴィーコとしても、その二人組は少々奇っ怪だった。なにせ一人は、トサカのような真っ赤な(とんが)りを頭の上に乗せているし、もう一人は銀色の大きい鼻輪をつけている。


「生きてるなぁ」

「ああ、生きてる。生きてる人間が魔界にいるぞ」

 まるで見世物だな、とルドヴィーコは肩を竦めた。とりあえず、ここが魔界であるという確証は得た。

「貴方がたは?」

 敬語を使ってから、慌てて魔王を見る。彼は平然としている。大丈夫そうだ。視線に気付いた魔王は、その意図するところに気付いたのだろう、「自分に向けられたものじゃなければ平気なんだ」と誇らしげに胸を張った。

「お、まおーサマも生きとるべ」

「ていうか、まだここにいんの?」

「そりゃあ繋がれているからねぇ」

 魔王はにやにやと笑う。どうも彼に関しては、ルドヴィーコと違い、自力で脱出できそうな気配がするのだが。

「さっさと出て来て一緒に暴れたら良いのに」

 付け加えるなら、彼らも魔王が“監禁状態にある”とは微塵も思っていないようだ。

 一緒に暴れたら、という言葉に、どうやら自分にとっては彼らは敵の一味であるらしいと悟る。同時に、貴重な情報源でもある。

「“暴れる”? 争いでもあったんですか?」

 普段と変わらない口調で訊ねれば、二人組は「あるもなにも」と顔を見合わせる。「これからあるんだよ」彼らは口を揃えて言う。

 トサカ男が、にやにや笑った。

「なんだ、知らねぇの? 遅れてんなぁ」

「待て待て、俺らが流行を先取りしてるって考え方もあるべ」

「な、なるほど……!」

 衝撃を受けたように目を見開くトサカ男に、鼻輪男はフフンと胸を張っている。なんだろう、このコンビ。確実に、そして着実に、緊張感を削ぎ落としてくる。調子が狂う、と口元を引き攣らせる。

 ただしそれも次の言葉を聞くまでであった。


「流行を先取りしている俺が、遅れているお前に教えてやろう、人間。──俺たちはこれから、人間界を攻め落とすんだ!」


 表情を凍らせたルドヴィーコのことなど気にも留めず、「ワクワクするだろう?」と男たちは嬉しそうに表情を緩めている。

「俺はな、夢があるんだ」

 トサカ男は、夢想するように目を輝かせ、両手を広げた。その拍子にトサカが左右に揺れる。

「人間界を侵略したら、通りにな、露店を出して、人間の丸焼きを売るんだよ」

「繁盛すんのか、それ」

「味の保証はしない。食ったことないし」

 それを救いと見るべきなのか、どうなのか。判断に困るルドヴィーコの前で、男たちは会話を続ける。

「なんでまたそんな面倒くさいことを」

「だって、やつら野蛮なんだ」

 トサカ男は、握り拳を固め、ぐぬぬ、と唸った。

「俺の同族だって丸焼きにされて、店頭に並べてんだぜ? 噂によると、メデタイメデタイって食べるらしいじゃないか! いっぺんぐらい、あれを見た時の悪寒を感じてみればいいと思わないか! 畜生、涙が出てきやがる!」

「ああ、アレ、美味いよな、鳥の丸焼き」

 ぺろり、と鼻輪男が舌舐めずりをした。お前はどっちの味方なんだ、とトサカ男が恨みがましい目で睨む。

「お前だって分かるはずだろう。仲間が切り刻まれてお綺麗に飾られた皿を見て悲しい気持ちにならないのか! なるだろ!?」

「ならんなあ。牛肉も美味い」

「お前には仲間意識が無いのか!? 裏切り者ぉ!」

「ってもなあ、なにせ魔界人だからなあ」

 裏切りなど日常茶飯事である。その程度でいちいち目くじらを立てていては、魔界人など務まらない。それに、美味いもんは美味い。

 鼻輪男は首を捻ってから、「ただやっぱり店を出すなら鳥にしたら良いと思うがね」と相棒の悲しみを総スルーした発言をした。なおも言葉を募ろうとするトサカ男に、「それにさ、考えてもみろよ」と諭すように言う。


「人間って、俺らと同じ形してんだぜ? 丸焼きにしたら余計に似てるよ。お前それ見たら絶対泣くべ?」

「……なるほど、その発想は無かった」


 トサカ男は、衝撃を受けて黙り込んだ。その想像力を持って、自分と同じ形をした人間が丸焼きにされて並んでいる光景を脳内に描いたのだろう、ぶるぶると身震いをし、「悍ましいな」と呟く──できれば、最初に口にする前に想像をして、最初の企み自体を自分で押し留めて欲しかったところだが──。

 人間としても悍ましいと感じる敵方の計画が、何故か敵の手によって頓挫したところで、ルドヴィーコは気を取り直し、「教えてくれて感謝します。ところで」とまた口を挟む。

「何故、俺をここへ?」

 最大の疑問をぶつければ、今度こそ“知っている”前提で、不思議そうな顔を向けられた。


「なんでってそりゃあ、ウーノは卑怯な輩だからな」

「我らが大将、俺らより弱いしな」

「むしろ魔界で最弱だもんな」


 大将、という言葉を使う割に、尊敬の色は見られない。逆に蔑むような色も無い。

 前後の会話を繋げ、頭を働かせる。

「つまり俺は……ラウラへの牽制のために連れてこられたってことか?」

 もしそうだとしたら、なおのことここにいるわけにはいかない。彼女の足を引っ張るなど、言語道断だ。自分は、あの蜥蜴の相棒でありたいのだから。

 そうだけどそれが何か、となおも不思議そうな二人組の顔つきで、答え合わせをしたルドヴィーコは顔を顰め、すぐに表情を緩めた。

 ここで彼らとの関係性を悪化させても仕方が無い。幸い、二人組はまだルドヴィーコに対して敵愾心を見せてはいない。すぐに敵意を消したお陰が、トサカ男も鼻輪男もルドヴィーコの表情の変化に気付いた様子は無い。魔王だけが可笑しそうに低く笑う。


「ウーノは、ここには来ないだろうね。あれでプライドが高いから、きみを見舞ったりはしないだろうねえ」

 だからきみらを“世話役”にしたんだろう、と問い掛けると、「世話役っつーか、なあ?」「人間って脆いし、“使う”までに死なれたら困るべ」と二人は顔を見合わせた。

 いくら考えても魔王の話が読めず、微かに眉を寄せれば、「ウーノの能力は、自分より“弱い”ものにしか効かないから」と彼は大して補足にもなっていない情報を付け加え、笑う。


「きみが今、自我があって自らの意思で行動して、ラウラのことを大事に思えているのなら、きみはウーノよりも強いってことになる」


 おそらくウーノとやらの能力は、精神系の攻撃なのだろう。そう予測する。であれば、あの不可思議な魔獣の動きは、“ウーノ”の意思が働いてのものか。むしろそうでなければ、複数種の魔獣が自らの意思で一斉に砦を襲うとは考え難い。

 そこまで考えてから、ルドヴィーコは違うことを頭に浮かべ、それを口にした。

「強い、とは……何を基準に?」

「さあなんだろう」魔王は笑うだけで、答えを出してくれはしない。「ただ、きみはウーノよりも強いってことだけが、ハッキリしている」

 しかしね、と彼は続けて、言った。

「強いものが勝つわけじゃない。弱いものが負けるわけでもない」

 しばしその意味を咀嚼してから、「だろうなあ」とルドヴィーコは息を吐いた。


「弱くても強くても、俺は勝たなくちゃならないし。それに、たとて個々人の力が足りなくても、団長たちは負けない」


「生意気だ。この人間、調子乗ってんべ」

「いい度胸だ、表へ出ろーい! 決闘だ、決闘!」

 いきり立つトサカ男に、「(そと)に出て良いなら、喜んで」と応えれば、二人組は「逃げる気だこいつ!」と目を剥いた。いまいち憎みきれない二人組だ。


「仕方ないから失礼な発言は不問にしてやる」

「大人しくしてろよ、人間!」


 喋る度に揺れるトサカに注目しながら、「はぁ」と気の無い返事をする。ただ彼らはそのあたりは気にしていないのか、返事があったという一点でのみ満足したようで、それ以上の追及は無かった。

 代わりに、ガチャガチャと物音を立て始める。やけに響く。

 起きているんならちょうどいいや、という小声がボソリと聞こえた。何がどうちょうどいいのか。



 今更ながらこれだけ暴れては他の“住民”に迷惑ではないか、と視線をズラすと、即座に魔王から「ここには僕ら二人以外には誰も収容されてないよ」とこちらの思考を読んだ言葉を掛けられた。

「僕ら、滅多にこういうのは使わないからね。少し前なら、狼がいたんだけど」

 アドルフォのことだ。そういえば、反乱を起こした後、牢に繋がれていたと言っていた。

 珍しいこともあるもんだ、とラウラも驚いていたが──「あの子ね、暴れ回るのは良いんだけど、妻が大事にしてた庭を掘り散らかしたものだから。壊すならせめて芸術的に壊してくれないと困るよね」──どうやら、器物損壊罪による投獄だったようだ。

 まあ直したから良いんだけど、と続けた魔王には、既に当時の怒りはすっかり抜けているように思う。怒りを持続するのは骨が折れること……とはいえ、なんとも不思議な種だ。人間と相容れない根底が、見えたような気もする。


「さ、用意できたぞ、人間」


 目の前に飛び込んできたのは──なんとも表現し難い、ナニカ、だった。




どうしよう、魔界人が出ると場が締まらない。

これシリアスなシーンなのに!

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