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蜥蜴の忠誠、貴方に誓う。  作者: 岩月クロ
第6章 騎士団 坑道調査編
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それぞれの相手と対峙すること、ものの数分。

 ラウラは相手の首の後ろに、重い拳を叩き込んだ。重量のある身体が、ズンと地に沈む。

 ぱんぱんと手を払う。やはり魔力があると楽だ。こうなれば、以前に遅れを取ったことすら腹立たしくなってくる。まるで、魔力がなければ大したことはない、と言われているみたいではないか。ああ腹の立つ。


 ほぼ同じタイミングで、セルジュが相手の首を折り、勝利したようだった。アドルフォはまだ遊んでいる。


 ルドヴィーコたちは……助太刀は不要か。厳しいようなら手を出す、と決めて部屋の中央へ戻る。

「ラウラ様も、おかしなことをなさる」

「何がだ?」

「人間など、放っておけば良いのに。どうせ手助けしたところで、我らより早く死ぬのです」

 面食らったのは、それがこれまであえて考えないようにしていたことだったからか。

 今助けても、見殺しにしても、結局、彼らは自分より早く死ぬ。道理だ。妖精と人間も同じ。たとえ仮にフィリンティリカを救ったとしても、いずれ別れが来る。結局、どちらかが残される形で。


 少し悩んでから、しかしラウラは笑った。

「それでも、無駄じゃない」

 訝しげなセルジュは、何故、と言いたげだった。

「例えば──まあ、有り得ないが──私があの時、あの反乱の時に、死んでいたとしよう」

「有り得ません!」

「だから有り得ないと言っているだろう」

 話の腰を折るな。じっとりした目で睨む。


 んん、と咳払いをして進める。

「別に、死ぬ、という想定でなくてもいい。ジーノには召喚されず、蜥蜴の姿で生き残る。それでもいい。とにかく──そうしたら、私は人間界に来ることもなく、ジーノにも、それ以外の連中にも会うことがなかったわけだ」

「そうですね。そのことについては、特に大したことだとは思えませんが」


 人間界に来なかったなら、人間と会うことはなかった。ただそれだけの話だ、とセルジュは切り捨てた。会わなかったら会わなかったで、死ぬわけではない。どちらにせよ、自分達は生きていく。

 ならば、その出逢いにはなんの意味がある。


「そうだな」

 にべもない返答に、苦笑する。伝わらなくても構わない、と思った。そこは、個人の自由だ。

「でもそれが、私にとって無駄じゃない理由だ」

 そんなものですか、とセルジュは首を傾げる。

 そんなものだ、とラウラは頷いた。

 明確な意味なんて、なくたっていい。ただラウラはルドヴィーコや、それ以外の人間たちと出逢えたことを、嬉しく思う。それだけで十分だ。違うか?




 魔獣が倒れる。

 生死の確認、アンデッド化の対策。そこまで済ませてから、二人はハイタッチを交わす。

「さて、あっちも大丈夫そうだな。──アドルフォ! そろそろ先に行くから終わらせろ!」

「えー」

「えー、じゃないわ阿呆!」

 気付けば大型の狼に変化し、相手を楽しげに虐めていた彼は、怒鳴り声に肩を竦めた。仕方ないなあ、とトドメを刺す。

 ガキ、と音がした。錠が外れる音だ。ゆっくり扉が開き、──その中からわらわらと魔獣が出てきたのを見て、ラウラは嘆息する。

「悪趣味な作りだな」

 なんとなく想像は付いていたけれど。


 地面を這ってくる幼虫のようなソレを前に、「これは人の仕業じゃなくて、単に魔獣が住み着いていただけだろう」とジェラルドが指摘する。きっと部屋の中のどこかにこの大きさの魔獣が通れる穴でも空いているのだ、と。


 幼虫に気を取られていたら、背後からも、小型の魔獣が押し寄せてきた。自分達が恐れる人型魔獣がいなくなったことを察知したからか。

 なんとも現金なものである。


 はあー、と大きなため息。

「仕方ないですね……」

 呟きが聞こえた瞬間、セルジュの長い尾(・・・)がグンと伸びて幼虫をさらうように薙ぎ払った。そのまま尾を自分の頭の周りに持って行き、とぐろを巻くと、シャー、と掠れた音を発した。

「おー! 久し振りに見た、蛇!」

「煩いです、絞め殺されたいですか」

 チロチロと舌を出し入れしながら、不機嫌そうにしている。サイズはラウラやアドルフォと比べると二回りは小さい。それでも十分、大蛇と表現して差し支えない程だ。


「……全滅させようにも、キリがありませんね。さっさと確認してきてください」

 セルジュに促され、ジェラルドが我に返り、走り始める。

「ジェラルドの方を、」

 言いながら、足元から這い上がろうとしてくる幼虫を、剣で刻む。プシャリと噴き出た体液が、服を濡らす。

「頼んだ、蜥蜴っ子!」

 逡巡したが、現時点でソレが最善か、と主人に背を向ける。まさかジェラルドの警護をアドルフォに任せる訳にもいくまい。


 幼虫を雑に踏み付けながら、ジェラルドの後を追って部屋に突入する。

「これは──すごいな」

 入った瞬間、目に飛び込んできたのは、あまりに巨大な魔石だった。部屋の中央から、奥の壁を覆い尽くさんとばかりに広がる魔石は、長い時を経れば、部屋の全面を囲うだろう。

 透明度の高い、まさに純真な魔力。これはどんな魔獣、魔界人でも好物だろう。


 思わず見入るラウラと違い、ジェラルドは冷静だった。否、それよりも大事なことがあっただけか。

 自分の持つ魔石を掲げる。中に潜んでいたフィリンティリカの気配が、トクリと動いた。

「反応、あった……」

 声が震えた。神よ、と呟かれた言葉を、ラウラは聞かなかったフリをした。

 ふ、と息を浅く吐いた彼は、懐から道具を取り出した。魔石を切り出す、専用工具だ。適当な場所に当てると、道具を押し込んだ。キィン、と高い音が鳴る。ここからは、力加減が重要だ。


 いつか(・・・)のために練習していたのだろう、ジェラルドの腕は多少震えてはいたが、手馴れていた。難無く適切な大きさの魔石を手にする。まずは一安心だ。

 次に、フィリンティリカが潜んでいる魔石と、新たな魔石を触れ合わせる。程なく妖精は惹かれる方に移るだろう。

 魔石が光を纏い始める。光は、ゆっくりともう一つへと移動していく。


「これで……大丈夫だ」


 心底安堵した様子のジェラルドの前で、魔石が応えるように輝きを増した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ──揺籠でゆったりしている時のような微睡みの中、掠れるような意識のもとで、遠い、けれどとても近い、“昔”のことを思い出していた。



 生まれながらにして、フィリンティリカ=ファータは、弱い妖精だった。

 しかしそれでも、困ったことは無かった。

 心優しい仲間たちは、フィリンティリカがただ妖精(ファータ)であるだけで、仲間と認め、互いに慈しみ、愛し、愛され、笑いながら接してくれた。フィリンティリカ自身も負い目のようなものはなく、同じように周りを愛した。


 困ったことがあるとすれば、精々が栄養補給が上手くできなかったことだろうか。

 フィリンティリカと共鳴する魔力は、フィリンティリカが所属していた妖精の集落では見つからず、しかしながら食べずにいれば消滅してしまうので、辛うじて受け入れられるものを吸収していた。それだって、極僅かなものだ。当然のように、フィリンティリカの身体は同世代の妖精よりも小さかった。

 それでも周りは優しくて『フィーは小さくて可愛いね』『綿菓子みたいにふわふわで、素敵よ』『みんなで力を合わせればいいのだわ』と彼女を当然のように受け入れた──フィリンティリカと同じように、なかなか自分に合う魔力が見つからない仲間も、少数ではあるがいない訳では無い、という背景も影響していたのかもしれない──。



 ふわふわとしていて、甘くて、優しくて、光ばかりだった生活。

 幸福か、と訊ねられたら、迷わずに、幸福です、と笑顔で答えるだろう。



 ──しかし今、それが恋しいかと問われると、答えは、否、だ。



 ある日、フィリンティリカは、傷付いた人間を見つけた。

 その人間は、自分と同じくらいの大きさをしていた。自分と同じくらいなのに、あまりに痛々しい表情をしていた。それまで、フィリンティリカが見たこともないような、苦しげで、何かを心から憎んでいる顔をしていた。まるで負の感情に強く爪を立てたような……。


 何故かはわからない。彼女は、その人間の傷を癒し、命を救った。

 フィリンティリカが、慈悲深き妖精という種であったからかもしれないし、それ以外に理由があったのかもしれない。

 自分の命が減っていく。相対するように命の光を取り戻していく人間の瞳が、フィリンティリカのことを憎々しげに見据えた瞬間、彼女は身を竦めた。



 彼女は、ひどく泣きたくなった。理由は、やっぱりわからないまま。



 ハッキリしていたのは、フィリンティリカが、『妖精でありながら、妖精と共に暮らせなくなった』という、その一点のみであった。

 妖精が人間と関わることは、決して御法度ではない。咎められることでもない。妖精は、何かを決定的に咎めたりはしない。

 ただ、線を引かねばならぬだけだ。人間と関わった以上、もう二度と妖精のみの集落に、いることはできない。


『何故、人間を救ったの』と様々な妖精が、悲しげな顔でフィリンティリカに訊ねた。

 自らの食事すらまともにできない弱い存在が、それでも妖精の集落で暮らしていれば何ひとつ不自由などなかった彼女が、──命を削り、寿命を縮め、それでも手を出した理由は何か。



 わからない。フィリンティリカは首を振る。彼の命を救った理由も、彼に睨まれて泣きたくなった気持ちの在り処も。……なにもかも。




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